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ツキヨミの巫女は未来を選ぶ 〜選ばれなかった未来とともに〜  作者: 凛花


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第十六話 繋がった違和感



重厚な扉が閉まる音が、静かに響いた。


長い机を囲むように並ぶ重臣たち。


その中央に、王が座している。


その視線が、ゆっくりとアヤカへ向けられた。



「……よくやってくれた」


低く、重い声。


「西の港の被害があの程度で済んだのは、お前のおかげだ」


静まり返る室内。


「礼を言う」


その一言に、空気がわずかに揺れた。


アヤカは、小さく頭を下げる。


「……当然のことを、しただけです」


その時だった。



「——本当に、そうかしら?」


静かな声。


だが、その場の温度を一瞬で下げる声。


ドルジェだった。


ゆっくりと、視線をアヤカへ向ける。


「この娘が来てから、厄災が増えた……そう言う者もおりますわ」


ざわり、と空気が揺れる。


だが——


誰も、何も言わない。


(……嘘)


アヤカは、すぐにわかった。


そんな声は、聞いたことがない。


それでも——


「……因果は、不明ですものね」


ドルジェは、楽しむように続ける。


「偶然か、それとも——」


一拍。


「呼び寄せているのか」


「……!」


空気が、張り詰める。


「ふざけないで」


アンの声が、鋭く割り込む。


「そんな根拠もないこと——」


「根拠?」


ドルジェが、ゆっくりと笑う。


「では、あるとでも?」


「……っ」


言葉が詰まる。


「この国は今、不安に満ちています」


淡々と、続ける。


「その中で、正体も知れぬ“力”を持つ存在を置くことが、どれほど危険か——」


視線が、アヤカに刺さる。


「排除すべきでは?」


その一言で、


空気が凍りついた。



「……やめろ」


低い声。


王だった。


「軽々しく口にするな」


「ですが、陛下」


ドルジェは一歩も引かない。


「万が一があれば——」


「万が一は、もう起きている」


王の声が、重く落ちる。


「それを食い止めたのが、この娘だ」


沈黙。


だが、その空気の中で——


レナンが、小さく肩をすくめていた。


視線は落ち、どこにも向いていない。


「……部外者が」


ぽつりと、カイルが口を開く。


「口を挟んでいい場ではないかもしれませんが」


「その通りね」


すぐに、ドルジェが被せる。


「あなたは部外者よ。騎士であろうと、この国の——」


「それでも言います」


カイルは、視線を逸らさない。


「現場で見た」


一言。


「逃げ遅れた者を救ったのも、崩落を止めたのも、この人だ」


静かに、だが確かに言い切る。


「それを否定するなら——」


わずかに間を置く。


「俺は、その判断に従えません」


空気が、揺れる。


ドルジェの目が、細くなる。


「……随分と、肩入れするのね」


「事実を言っているだけです」


短く返す。


その時——


「……違う」


ぽつりと、アヤカが呟いた。


全員の視線が、集まる。


「こんなものじゃない」


ゆっくりと、顔を上げる。


その瞳は、まっすぐだった。


「来るのは——これだけじゃない」


空気が、止まる。


「もっと、大きい厄災が来る」


誰も、動かない。


「今回のは、その“前触れ”に過ぎない」


息を呑む音が、どこかで響いた。



「……はぁ」


小さく、吐息。


ドルジェだった。


「また、曖昧な予言ですこと」


椅子を引く音。


「証明もできない未来の話で、この国を振り回すおつもり?」


立ち上がる。


「——付き合っていられませんわ」


踵を返す。


「行くわよ、レナン」


呼びかける。


だが——


「……」


レナンは、動かなかった。


「……レナン?」


わずかに、声に苛立ちが混じる。


それでも、動かない。


俯いたまま。


拳を、強く握っている。


「……好きにしなさい」


冷たく言い放ち、


ドルジェは一人で部屋を後にした。


扉が、重く閉まる。



残された静寂。


誰も、すぐには口を開けなかった。



その場は一度解散となり、アン、カイルと共に廊下へと出た時だった。


「……待ってください」


小さな声。


レナンだった。


顔を上げる。


その目は、まだ揺れている。


それでも——


「……少し、お時間をいただけますか」


アヤカを見る。


迷いながらも、確かに言った。


「……あなたに、話したいことがあります」


一瞬の沈黙。


そして——


「母上のことです」


空気が、変わった。




「……聞いてしまったんです」


アンの部屋。


レナンの声は、低く、かすれていた。


「母上が……誰かと話しているのを」


「誰なのかは、わかりません」


「姿も、見えなかった」


一瞬、言葉が途切れる。


それでも——


「でも……普通じゃなかった」


顔を上げる。


「まるで……そこに“何もいない”のに、話しているみたいで……」


空気が、わずかに冷える。


「その時、母上が——」


唇を噛む。


迷い。


恐れ。


それでも、言う。


「……言ったんです」


ゆっくりと。


「“ツキヨミの巫女は、もう存在しないはずだって」


静寂。


「……それから」


小さく、続ける。


「“どうして、今さら……”って」


顔が、歪む。


「……あんな声、初めて聞きました」


アンも、カイルも。


その場にいた誰もが、口を開けなかった。


やがて。


「……レナン。どうして、それを私たちに?」


アンが、かすかに震える声で問う。


レナンは、しばらく俯いたまま——やがて、絞り出すように言った。


「……最近の母上は、なんだか……怖いんです」


一度、言葉が途切れる。


「前みたいに、笑わなくて……」


小さく、息を吸う。


「……僕は、前の優しかった母上に、戻ってほしい」


その言葉は、願いだった。


「……ヘレン叔父様が亡くなって、レナンが王太子になってから」


アンが、静かに息を吐く。


「確かに、叔母さまの様子が変わったのは、私も感じていたわ」


視線が、遠くを見る。


「王太子の母としての重責に、押し潰されているのだろうって、お父様も言っていたけれど……」


揺れる、瞳。


一拍。


「……会っているんだと思う。」


小さく、アヤカが言う。


「“何か”に」



それは、あの時見た光景。


黒い、モヤのようなものと話す、ドルジェ。


アヤカは、ぎゅ、と拳を握りしめた。



(やっぱり——)



喉の奥が、ひりつく。


崩れる王都。


燃え上がる城。


血に染まる玉座。


その中で——


笑っているドルジェ。



あの時、見た光景。



ゆっくりと、顔を上げる。


誰にも聞こえないくらいの声で、


それでも、確かに言い切った。



「……次は、逃がさない」






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