声が聞こえる
「結合!|褥崎結合!」
ぼんやりしていたらいきなり名前を呼ばれて「はぇ!」と変な声が出た。
「授業中にぼやっとしてるんじゃないよ。話聞いてたか?」
「すみません、聞いてませんでした」
素直に答えると、現国教師の比良坂先生は教壇に手をつきはぁと短く溜息をついた。
「あのねえ、現国だからってナメてんじゃないよォ?ミレイユ先生なんか『私も若い頃に国語を勉強しておけばよかった』が口癖なんだから…」
語気は強くないものの、くどくどと説教が続く。ちなみにミレイユ先生というのは帰化フランス人の体育教師で私達のクラスの担任でもある。
「…すみませんでした」
「わかればよろしい。教科書23ページの5行目から。読め」
ゴゴっと椅子を下げて立ち上がると慌ててページをめくった。
そんな事があった日の放課後。HRを終えてやれやれと鞄に教科書を詰め込んでいると、教壇のミレイユ先生に呼び止められた。嫌な予感。
「結合ー。ちょっと来い」
また説教か。長くなりそうだ。
「ごめん、先帰ってて」
姫子と恵を促すと二人は頷いてさっさと教室の外に出て行ってしまった。
まだ教室に残った生徒達の間を縫って教壇へ向かう。
「比良坂先生から聞いたぞ。授業中ぼーっとしてたって。まったく…恥かかすんじゃないの」
「すみません」
軽く頭を下げる。
「なに?寝てた?睡眠足りてないのか?」
「いやちゃんと寝てるんですけどね、なんというか…春でぽかぽかしてるせいですかねぇ、白昼夢というか…どこからともなく声が聞こえるというか…えへへ…」
我ながらなんというとぼけた回答だろう。だがミレイユ先生は笑わなかった。
「声が聞こえる、か。わかるぞ桜子。私も若い頃はよく『声』が聞こえたもんさ」
そう言いながらミレイユ先生はジャージの襟元から見え隠れする、左首の古傷を撫でた。意外に話に乗ってきたので私は思い切って相談する事にした。
「どうすればいいですかね?」
「どうって?」
「声ですよ『声』。なんか命令してくるんですよ、あれしろこれしろって」
「どうだろうなあ…。私は声に従っていい事もあったし、悪い事もあった。死にかけたりとかな」
絶対ダメなやつじゃん。私は身震いした。
「まあ、あんまり気になるようならいい病院を紹介するぞ。私の知り合いがやっててな」
「はあ…」
やっぱりそういう話になるか。
「考えておきます」
「うむ。困ったことがあったら言えよ」
話は終わったとばかりに出席簿をひらひらと振って先生は教室を出ていった。
話が短くて助かった。
私もよく人混みの中で声や笑い声が聞こえます。お薬飲もうね。




