第4話 両親の答え
「選定変更の承認。つまり、わたしは最初から選ばれていたわけじゃなかった」
「本来のリストに名前があったのは、村長の遠縁の娘――お前と同じ年頃の子だ。選定の三日前に、急にお前の名前に書き換えられている。お前の両親が、村長の家に多額の借金をしていたという記録もある」
わたしは、しばらく何も言えなかった。
両親が借金をしていたことは、薄々感じていた。食卓のスープが薄い日が増えたこと、父が夜中に帳簿を眺めて溜息をついていること。子供だったわたしには分からないふりをしていたけれど、何かがうまくいっていないのは、ずっと気づいていた。
「会いに行きます。両親に」
「責める気か」
「責めるためじゃないです。本当のことを、自分の口から聞きたいだけです」
ロウは少しの間わたしの顔を見つめてから、頷いた。「いいだろう。私は外で待つ」
夜更け、わたしは一人で生家の裏口から、そっと中へ入った。
台所には、明かりが灯っていた。覗き込むと、母が一人、椅子に座って俯いていた。手元には、わたしが幼い頃に編んだ不格好なマフラーが握られている。よれよれで、色も抜けかけた、昔のマフラー。捨てずに持っていてくれたのか、と思ったら、それだけで胸が痛かった。
「……お母さん」
母は弾かれたように顔を上げた。三日前よりもさらに痩せ衰えて見えた。目が充血していて、何日もまともに眠れていないのが分かった。
「ミラ……? まさか、そんな」
「生きてます。正確には、生きてるとも言えないかもしれませんけど」
母は震える手で、わたしの頬に触れようとして、けれど触れる寸前で止めた。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ミラ。あなたを、あんな……」
「聞かせてください。なぜ、わたしだったんですか」
台所に、静寂が落ちた。
「お父さんが……借金を、抱えてたの。村長さんの遠縁の方に。返せなければ、土地も家も取り上げられるところだった。そこに、聖庁の方から話があって……贄の名前を入れ替えれば、借金を帳消しにしてくれるって」
「だから、わたしを」
「違う、最初は断ったのよ。何度も断った。でも、聖印官様が直接いらして……『どうせ誰かが選ばれる。それなら、お宅の娘さんが選ばれた方が、村のためにも、お宅のためにもなる』って。『あなたがたが断れば、次はもっと幼い子になるかもしれない』って……」
「聖印官……カイン、ですか」
母は、その名前に怯えたように身をすくめた。
「灰色のローブを着た、目の細い方。あの人が来てから、村は何かがおかしくなった。逆らえば、村ごと聖庁から見放されるって、長老様も怯えていて。お父さんも、もう、選択肢なんてなかったって……」
「お父さんは」
「一昨日から、部屋に閉じこもったまま、出てこないの」
わたしは、扉の向こうの気配を感じた。父がそこにいる。分かる。境界人になって以来、そういうものが敏感に伝わってくるようになった。生きている気配、眠れない気配、何かを押し込めている気配。
「呼んできます」
「ミラ……」
わたしは、廊下に出て、父の部屋の扉に手を当てた。
「お父さん。ミラです」
しばらく、返事がなかった。
「お父さんが出てきても出てきなくても、わたしが言いたいことは変わりません。ただ、顔を見て言いたいから、聞いてくれると嬉しい」
扉が、ゆっくりと開いた。
父の顔は、三日でひどく老けていた。無精ひげが生え、目が落ちくぼんでいる。わたしを見た瞬間、その顔がくしゃりと歪んだ。
「……ミラ」
「はい」
「化けて出てきたのか」
「半分だけです。半分は、まだミラのままです」
父は、廊下に崩れ落ちるようにへたり込んだ。泣いていた。声を押し殺して、ただ震えながら。
わたしは、その前にしゃがんだ。
「お父さん、聞いてください。わたしは、その仕組みを壊しに行きます。カインという人間が、これまでどれだけの命を同じように利用してきたか、全部調べて、全部暴いて、絶対に止めます。だから、お父さんはここで、ちゃんと生きていてください」
「……お前に、そんなことを言う資格が」
「あります。わたし、まだ生きているから」
父は、わたしの手を掴もうとして、その冷たさに目を見開いた。
「お父さんに謝れ、とは言いません。わたしも、まだそれを受け入れられているわけじゃないから。でも、一つだけお願いがあります」
「……何だ」
「エルという子の話を、覚えていますか。三年前に、同じ井戸で死んだ」
父の目が揺れた。
「その子の名前を、忘れないでください。わたしの名前と一緒に、ずっと覚えていてください。それだけでいい」
わたしはそう言って、立ち上がった。
台所に戻り、母の手をそっと握った。冷たい自分の手と、震える母の手。
「行ってきます、お母さん」
振り返らなかった。今度は、悲しみを抑えるためだった。
外で待っていたロウは、わたしの顔を見て、何も訊かなかった。ただ、しばらく並んで歩いてから、ぽつりと言った。
「話が聞けてよかったな」
「……そうですね」
「怒りの向け先が、正しくなった顔をしている」
わたしは小さく笑った。この死神は、慰めるのが下手なくせに、要所では妙なことを言い当てる。




