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葬鐘の国で、わたしは死神に拾われた  作者: わがままな饅頭


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第3話 帰らない村

 村の入り口が見えてくる頃には、日が高く昇っていた。


 石造りの門、見覚えのある畑、子供の頃から何百回も通った道。何も変わっていないはずなのに、わたしの目に映る景色は、もう以前とは違う色をしていた。あの道端の石も、あの農家の柵も、当たり前のように続いてきた日常も、すべてが、わたしを生かすために誰かが犠牲になることの上に成り立っていたのかと思うと、きれいだった景色がひどく汚れて見えた。


「顔に出てるぞ」


 ロウが、外套のフードを目深に被りながら言った。


「何がですか」


「怒りと、悲しみと、でもそれをなんとか理性で抑えているという顔が、全部出ている」


「……出てますかね」


「私は長く生きている分、感情の読み方には慣れている。特に、十代の境界人の顔は分かりやすい」


「十代の境界人、今までに何人いたんですか」


「お前が二人目だ」


「最初の子は、どんな子だったんですか」


 ロウはわずかに間を置いてから、「お前と少し似ていた」とだけ言った。それ以上追わなかった。ロウの横顔に、触れてはいけないものが透けて見えた気がして。


 

 広場のはずれで、見知った顔を見つけた。同じ年頃の、幼馴染みのレナだった。レナは井戸端で洗濯物を絞っていて、わたしの方を向いていない。


 呼びかけたかった。でも、できなかった。


 今のわたしの顔を見たら、レナはどんな顔をするだろう。驚くのか。怖がるのか。それとも、最初から知っていたのか。どれでも、今のわたしには受け止める自信がなかった。


 「行くぞ」とロウが静かに言った。


 わたしは、レナから目を逸らして、歩き出した。それでいい、と思った。今は。でも、いつかちゃんと話せる日が来るだろうか。


わたしたちは、顔を隠しながら村の広場に入った。見慣れた人々が変わらぬ顔で行き交っていた。パン屋のおかみ、井戸端で噂話をする女たち。誰も、三日前に贄として死んだはずの少女のことなど、気にしていないようだった。


「みんな、知っていたのかもしれない」


 思わず呟くと、ロウが静かに答えた。


「知っていた者と、知らずにいた者と、知っていても見ないふりをした者と。おそらく三種類いる」


「一番罪深いのは、どれですか」


「私の仕事上、その三つに優劣はつけない。ただ――見ないふりを選んだ者は、いつか自分でも気づく。何かを失って初めて、自分が見て見ぬふりをしてきたものの重さに」


 わたしは、その言葉を噛みしめながら歩いた。見ないふりをすることも、一つの選択だ。そしてその選択が積み重なった先に、誰かの命が消えていく。


 村でひときわ立派な屋敷が、正面に見えてきた。長老ガレオンの館。子供の頃、一度だけ祭りの手伝いで中に入ったことがある。あのとき見た豪奢な調度品の数々が、急に違う意味を持って思い出された。あの絨毯は、あの燭台は、いったい何人分の命と引き換えに手に入れたものなのか。


「あの調度、すべて聖庁からの謝礼だったんですね」


「察しがいい」


 わたしたちは屋敷の裏手に回り、使用人用の通用口から中の様子を窺った。死神の力を借りた今のわたしには、生者には聞こえないはずの会話まで、不思議と耳に届くようになっていた。壁一枚、扉一枚越しに、人の息遣いや、紙の擦れる音まで入ってくる。


「――次の贄の選定は、半年後で確定だ。カイン様への報告書は今夜中に……」


 長老の声だった。わたしの足が、思わず一歩、扉に近づく。


「待て」


 ロウの手が、わたしの肩を掴んだ。


「ここで飛び出してどうする。お前一人で長老を問い詰めて、何が変わる。証拠もなく感情だけで動けば、お前を消すための口実を相手に与えるだけだ。長老が守られているのは、その背後に聖庁があるからだ。枝を切っても、根が残る」


 悔しいが、ロウの言うことは正しかった。わたしは奥歯を噛みしめて、踏みとどまった。次の贄の選定、という言葉が耳に残り続けた。半年後、また誰かが選ばれる。それを、指をくわえて待つわけにはいかない。だからこそ、急がなければならない。急ぐために、今は動くべきではない。


 扉の隙間から見えた長老ガレオンは、机の上に広げた書類に、几帳面な文字で何かを書き込んでいた。その書類の隅に、見覚えのある紋章――灰色の鎖を模した紋様が押されているのが見えた。


「あの紋章……」


「灰の聖庁の印だ。同じ紋章を持つ村が、この国にいくつもある。私が千年かけて見てきた限り、少なくとも三十を下らない」


 三十。三十の村で、それぞれ贄が選ばれてきたとしたら、一体何人の命がこの仕組みの中で消えていったのか。エルのような子が、あちこちで。


「書類を確認したい。あの部屋に入れますか」


「私が影を使えば入れる。ただし、時間は限られる。三分だ」


 わたしは、ロウが足元から伸ばした影を踏んで、音もなく部屋の中へ滑り込んだ。


 影から生まれた移動は、不思議な感覚だった。足が地に着いているのに、一瞬だけ世界が反転するような感覚があって、次の瞬間には部屋の中にいる。身体が軽い。死神の力を少し借りているからか、気配を殺すのが、自然とできていた。


 机の上の書類を手早く確認する。選定リスト、各村への指令書、聖庁への報告書の写し。長老の几帳面な文字が並ぶ中、一番下に挟まれた一枚の紙に、目が止まった。


 走り書きの文字で、こう書かれていた。


「ノクス家の次女、選定変更の件。村長一族への配慮として承認済。カイン」


 走り書きの文字が、小さく震えて見えた。自分の字画が滲んでいるのか、それともわたしの手が震えているのか、判別がつかなかった。


 村長一族への配慮。その言葉が、ひどく清潔な字面で書かれていることが、かえって気持ち悪かった。配慮。人の命を、配慮と呼んでいる。


 三分ちょうどで、わたしは部屋を出た。


 外で待っていたロウに書類の写しを見せると、彼は一度だけ目を細めて、何も言わずに頷いた。

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