第10話 内通者
旅を始めて十三日目、見知らぬ人物からの手紙が宿屋に届いた。
封蝋には、灰の聖庁の印が押されていた。
「罠か」
「可能性はある」とロウは言った。「だが読んでみろ。気配を感じるか」
わたしは、紋様に意識を向けながら封を開いた。死の気配は、感じない。害意も感じない。ただ、怯えた何かが滲んでいるような感覚があった。
手紙の文面は短かった。
「あなた方が証拠を集めていることは知っている。私にも協力できることがある。明後日の夕暮れ、南の市場の水場で待つ。一人で来てほしい」
署名はなかった。
「行きますか」
「一人でとあるが、私は外で待つ。それが条件を守ることにはならないだろうが、お前一人を行かせる気はない」
「分かりました」
待ち合わせの場所に現れたのは、若い女性だった。二十代前半か、灰色のローブを着ているが、私兵ではなく書記の職にある者のようだった。目が赤くなっていた。
「……来てくれたんですね」
「あなたが手紙を出した人ですか」
「フィオさん、一つ聞かせてください」
「何ですか」
「怖くなかったですか。手紙を出すとき」
フィオは、少しの間黙ってから、「怖かった」と言った。
「三日間、書いては破って、書いては破って。出す直前にも、やめようと思いました。でも……改ざん記録の一番最初に出てきた名前が、わたしの弟と同じ名前で」
「弟さんと同じ名前で」
「同じ名前で、同じ年齢で。もちろん別の子なんですけど、見た瞬間に、どうしても他人事と思えなくて。もし弟だったら、と思ったら、手が止まらなくなりました」
「弟さんは、今も無事ですか」
「はい。おかげさまで。でも……その子は、無事じゃなかった」
「だから、動きました。弟のためではなく、その子のために」
「はい。私、フィオといいます。三年前から聖庁の書記をしていて……」
フィオは、周囲をきょろきょろと見渡してから、声を落とした。
「カイン様の執務室の書類を管理しているのが、私の仕事なんです。最初の頃は、何も知らなかった。でも、一年前から……おかしいと思い始めて」
「何がおかしかったんですか」
「選定の書類に、ある家から贈られた金の記録が添付されているものがあって。それを見ていたら……贄の名前が変わっている例が、いくつも見つかって。私、最初は書き間違いかと思ったんですけど」
「改ざんだと、気づいた」
「はい。でも、カイン様に言えなくて。言えば、どうなるか分からなくて。ずっと怖かったんですけど……あなた方が各地を回っていると、誰かから聞いて」
「誰から」
「ガラの村のおばあさんから、手紙で」
あの老婆が、手紙を書いてくれたのか、とわたしは思った。
フィオは、懐から折りたたんだ紙の束を取り出した。
「これ、私が書き写したものです。カイン様の執務室にある、最近五年分の改ざん記録の写し。使えますか」
わたしは、その束を受け取った。
「使えます。ありがとうございます、フィオさん」
「私に……できることって、それくらいで。あとは、あなた方にしかできないことだと思う」
「フィオさんは、これを届けた後、安全でいられますか」
フィオは、少しの間黙ってから、「分からない」と言った。
「でも、このまま何もしないよりは……自分の中で、納得できる気がして」
「怖かったですよね」
「怖かったです。今も怖いです。でも……名前を知りたいんです」
「名前?」
「私が写した改ざん記録の中に、名前のない人が何人もいる。書類には年齢と地域しか書かれていなくて。その人たちの名前を、誰かに覚えてもらいたくて」
わたしは、フィオの手を握った。冷たい自分の手で。
「わたしが覚えます。記録します。必ず、全部の名前を残します」




