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第9話 僕は狂っている?そうか。そうかもな


 僕は一歩また一歩と静かな闇に足音を響かせる。


「全く。そんな歩きで俺に攻撃を当てれるのか?」


「問題ない。すでに君の手には傷が入っている」


「馬鹿を言うなまだお前は何もして……ッ!」


 近づいた様子は見られなかった。それでも男には一本の傷が入っていた。


「どうやって」


 また一歩。僕が踏み出す。


「グハァッ」


 今度は腕に傷があった。


 男は焦り、急いで後退し体勢を立て直す。


「一体何が起こった、ただ歩いたようにしか見えなかった……くッ、だがいい」


 力いっぱいに地面を踏み込み、瞬きすら許されないスピードで目の前に現れる。風が遅れて男の背中を押した。


 その瞬間。


 鈍い金属音がこの広い空間に響き残った。


 男の剣を止めたのは一本の銀の剣だった。それは僕の靴から伸び男の剣を止めている。


「貴様ッ……。だが、お前に負けるわけにはいかない!」


 後退、回り込み、死角からの猛撃。何度も挑むが無慈悲に伸びる銀の刃によって弾き返される。手も足も出ない。それが今の状況だった。


「ハァハァハァ。クソがッ」


「どうした。僕を殺すんじゃなかったのか?」


「仕方ない。本気で行くとしようか」


 全身の魔力が体に圧縮され、男の周りの空気が少しずつ振動し始める。


 次の瞬間。


 男は先ほどまでのスピードを遥かに上回る動きを見せた。空気が渦を巻き壁にヒビをいれる。


「ほう。面白い。せいぜい足掻け」


 男を見据え僕は静かに待った。一筋の剣。が、そこには何重にも重なる衝撃が加わる。


「残像による多重攻撃か。大したものじゃないか」


 銀の剣一振り。その一振りで残像は消え男は壁まで思考する時間すら与えず飛ばされた。

 

「グハッ!」


 男は口から血を吐き自身の体を血に染める。


 本気を出しても傷一つすらつけられない。かつて私は負けたことは一度しかなかった。それはまだ若い頃、王都の騎士団長のグーラス・ハットと言う騎士トップ3に数えられるほどの実力者と戦った時だけだ。それでも少しはやりあえた。真っ当な戦いができていた。でもこれはただの遊びだ。子供が親に怒って反抗するようなものだ。


 俺は――私はなぜ負けている?いやなぜ勝負にすらなっていない?


 ――いけない。昔の記憶が蘇ってきた。昔などどうでもいいのだ今はただ俺は。


 骨が数箇所折れているにも関わらず、無理矢理に足を動かす。相当必死なのだろう。


「これがぁ俺の力だぁ!」

 

 フェイントをかけ、残像を置き去りにして真後ろへ回り込む。


 完全な死角。マリックの剣先が、少年の無防備な背中へと突き刺さる――。


 ――いける。


 そう確信した。だが、その確信は、無慈悲に伸びた銀の刃によって呆気なく弾き飛ばされた。


 僕の肩に深い傷が入り血が大量に流れ出る。


「ハッハッやった、どうだ!俺の、俺の力は!お前如きが敵う相手ではないんだよ!」


 一傷入れた程度で男は舞い上がる。そんな男を僕は横目に言った。


「残念」


 その言葉は深く男の頭に響く。


 じくじくと溢れ出ていた鮮血が、重力を無視して傷口へと巻き戻っていく。


 ぐちり、と嫌な音を立てて肉が盛り上がり、千切れた血管と神経が生き物のように絡み合って繋がっていく。


「ほら元通り」


 男は激しい怒りに思考を支配される。


「は?ふざけるな。何の悪い夢だ。そんなことができるはずが」


「できるんだよ」


 ただ今の僕じゃあ何度もは無理だけどね。


「それは、そのレベルの修復は、壮絶な痛みを味わうはずだ!なのに貴様わざと俺の攻撃を受けただろう。どれだけ俺を侮辱するつもりだ!」


「痛みそれは人間の脳の機能でしかない。もはや愛おしいだろう」


「狂っているのか?痛みを愛すなど。自分から負荷をかけるなど……」


「狂っている?あぁ、そうか。そうかもな。だがそれがどうした。さぁまだこれからだぞ早く体勢を整えろ」


「何だ。何なんだお前は!ッ!お前その顔なんで……笑っている!なぜ楽しんでいる!」


「なんだ。こないのか?ならこちらからいかせてもらう」


 その一瞬。男の後ろにまわり込む。


 隙だらけの背中を蹴り飛ばし、それと同時に僕も踏み込み、男の腹に拳がはいる。


 衝撃波と共に男は飛ばされる。


 地面には大きなヒビ。


「グハァ、オホッ。……仕方ない使うしか」


 男は懐から一つの瓶を取り出した。その中には赤い粒の薬が入っている。


「龍の血か?」


「あぁそうだ。だがお前が戦った剛拳のものとは純度、効力全てが桁違いの一級品だ!」


 龍の血。それは一時的に魔力を増幅させ、肉体を強化するものだ。


 ただそれの代償として一度使うと今まで通りの生活ができなくなる。


 かつこの薬は適合者じゃなければ使うことができず肉体が破裂し無残な姿で死ぬことになるが……。


「これでお前も終わりだ。俺はこれで頂きへと至る」


 手で瓶を握り割り、口に放り込む。


「ゴホッハァハァハァ……スゥ……ハァ。適合」


 これはすごい。魔力量肉体のポテンシャル全てが桁違いに跳ね上がる。


 男の目は真っ黒に染まり、髪の毛の色が抜け白髪になり全身の血管が浮き出て、存在するだけで大気を震わせている。


 一歩。その一歩で僕は飛ばされた。


 圧倒的なスピード、圧倒的な威力。


 痛み。ただそれ以上に。


「ハッハッハッ面白いな君」


 その僕の言葉に聞く耳持たずただ殴りかかってくる。僕は幾度も飛ばされ男が1人でキャッチボールをしているかのようだ。


 一息つこうにも目の前には大きな拳が後数センチで当たると言う距離にある。


 僕は男の動きを見据えた。


「龍の血の覚醒。もっと見せてくれ!」


 と、言っている間にもう目の前に迫る。そして男は自身の膨大なエネルギーを集めエネルギー弾を作った。


 触れれば指先から消滅するはずの超高密度エネルギー。


 しかし、少年は退屈そうに、ただ指先をその光に突っ込んだ。


 ――ジュ、と小さく音がして、凶悪な光弾が霧のように消える。


「フッ。いいぞもっとだ。もっと頑張れ」


 頑張れ? 命をかけた一撃を、まるで子供の泥遊びのように笑われた。


 マリックの思考が完全に停止する。なぜ、勝てない。なぜ、届かない――。


「なんだ、もう終わりか?まぁいい。今夜のパーティーを終わらせるとするか」


 男はあのエネルギー弾に魔力をほとんど使ったようでもう戦える魔力は残っていないようだった。


 ――次の瞬間。


 男の頭を掴み、僕は静かに佇む。銀剣の先端からは、男の血がポツポツと静かに滴り落ちていた。確かに強いけど所詮この程度。少し残念だが楽しませてくれたのは事実だ。



 ――あぁ、どうしてこうなった。なんで私はこうなってしまったのだ。あの時までは私は……。


「やぁマリック。今日も自主練頑張ってて偉いな」


 1人の騎士団長が声をかけた。


「いえ!これも騎士として民を守る為ですから」


「お前は騎士の鏡だ。本当にお前が騎士になってくれて私も嬉しいよ」


 その騎士団長の微笑みは私を救ってくれた。どんなに辛いことがあってもその微笑みを見るだけで気分が一瞬にして晴れ、幸せで満ち溢れていく。


 ――あんなことが起こらなければ。


 その日はいつも通り、街の巡回をしていた。団長は民に優しく愛されていた。ただその日の夕方。女性が襲われているところを発見し、急いで助けに向かった。


 団長は剣も使わず拳だけでその男を倒し捕まえた。


「もう大丈夫ですよ」


 優しく女性に声をかけ手を差し伸べた。


 それがいけなかったのだろうか。


 翌日城に呼び出され、告げられた。


「騎士団長、貴様を民を襲い、性的暴力を振るったとして、騎士の位を剥奪し、2000万ゼニーの賠償金を請求する!」


「待ってください。私はただ女性を助けただけです」


「嘘をつくな。被害者によると、道を歩いていたら、男を殴る騎士団長を見つけ、止めに入ったら私の手を掴み体を触ってきた。と言っておる」


「いえ!それは嘘です!信じてください!お願いします!どうか、どうか、どうかお慈悲を」


「これは決定事項だ。すでに証拠も証言も揃っておる。挽回は不可能だ」


「そん、な……」


 それから団長は街では蔑まれ、職に困り、みるみる痩せ細り精神がボロボロに削られてやがて廃人となった。


 私は許せなかった。長年国に貢献してきた団長をこうもあっさり裏切り、追い込む。何より私を大切に騎士として育ててくれた。親のいない私にとって本当の親のように接してくれたあの人をあんな目に遭わせたのが許せない。


 この国が嫌いだ。人が嫌いだ。


 そんな絶望していた私を拾ってくれたのが原罪教だった。それは新たな時代を切り開く私にとっての救世主のような存在だ。この国を見返してやりたいそんな思いで教団に力を注いできた。


 それがこうもあっさり終わってしまった。私は道を踏み間違えてしまった。


 あの人に教えてもらったこと与えられたもの全てを無駄にしてしまった。


 あぁごめんなさい。私は酷い人間だ……。

第九話を読んでいただきありがとうございました。


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