北風の匂い/避難民と小さな決意
夜明け前の街は、いつもと違った。
ギルド前の石畳には、
車輪の跡がいくつも伸びている。
荷馬車。避難民。泣き疲れた子どもたち。
――遠いはずの戦火が、確かに着地点を変えた。
「なんだよこれ……朝から騒がしいな」
リゲロがあくびをしながら言う。
「仕方ないさ。北のフェルンハイムが落ちた」
セルグレンの声は、低い。
「……魔物に、街が占拠されたんだ」
「落ちた……」
ジージーは、聞いたばかりの事実を
喉の奥でもう一度噛みしめるように繰り返した。
(あれは、“他人事”だったはずだ)
湖畔公国は、まだ安全圏。
それでも――朝の空気が少し冷たく感じた。
*
ギルドの扉を開けた瞬間。
受付カウンターの前には長蛇の列ができていた。
冒険者、商人、避難民、そして兵士まで。
「アリーナさん!」
ジージーが声をかけると、
アリーナは書類で埋もれた顔を上げた。
「ジージー!来てくれて助かるわ!」
「どうなってるんだ、これ」
アリーナは荒い息を一つ吐き、
声を落とした。
「……避難民が押し寄せてる。
フェルンハイムからみんな逃げてきたの」
「この街が……亡命先、ってこと?」
「そう。まだ安全なのは、ここくらいなのよ」
アリーナの手は震えていた。
「“この国はもう安全じゃない”
なんて、今は誰も言えないけど――
遠い戦火が、少しずつ…近づいてる」
ジージーの胸の奥に、
はっきりしない痛みが走る。
(怖い……けど、逃げたくない)
セルグレンが、静かに背中を押すように言った。
「だから、俺たちがいる」
「……うん」
ジージーは短杖を握り直す。
*
◆ 孤児院 ― 食料の現実
昼、孤児院に顔を出すと
マルナ先生が申し訳なさそうに言いづらそうにする。
「ごめんね。急に人が増えて……
今日の食事、分けないといけなくて」
「私たちの分、少なくていいよ!
だから避難してきた人たちは食べて!」
ルーシーが小さな拳を握る。
テドラもお腹を押さえながら笑った。
「ちょっとくらい、平気だから」
(……あの子たちが、こんな顔をするなんて)
胸の奥がぎゅっと縮まった。
ミナが囁く。
「助けなきゃ、だよね」
「うん」
(“守る”って……こういうことか)
ジージーの視線が、窓の外へ――
ギルドの方向へ向く。
*
◆ ギルド作戦室 ― 緊急依頼
夕刻。呼び出しを受け、作戦室へ。
副長エーリッヒが地図の前に立ち、
短く告げる。
「北方街道の偵察と避難民護衛。
急ぎの依頼だ」
「魔王軍の気配は?」
セルグレンの問いに、エーリッヒは
淡々と答えた。
「まだ“影”の段階だが……
魔物が増えている。
偵察した冒険者は
一人帰って来なかった」
一瞬だけ、空気が止まる。
「死んだのか?」
「分からん。だが、生きてても囚われだ。
それは同じだろう」
(本物の“戦争”は、きっと……こう始まる)
ダイアーが腕を組んで言う。
「今回は3日だけの小遠征だ。
行って助けられる分だけ助けろ。
できねぇなら帰れ。
それが鉄則だ」
・ジージー
・セルグレン
・リゲロ
・他2パーティの混成
計9名での小隊出発が決まった。
「任せてください!」
即答したあとで、不意に足が強張る。
(怖いのは――死ぬことじゃなくて
守れないことなんだ)
ミナがそっと肩に触れた気がした。
「大丈夫。ちゃんと帰ろうね」
「もちろん」
*
◆ 補給隊、始動
出発直前。
屋敷へ顔を出すと、マリーヌが
胸の前で手を組んでいた。
「ジージーさま方が安心して戦えるように…!
わたしたち“補給部隊”が支えますわ!」
「補給部隊?」
「錬金術講座、明日から正式受講です!
ポーションをいっぱい作って
鞄で送りますから!」
テドラとルーシーも力強く頷いた。
「し、信じてるからねジージー姉」
「ぜったい戻ってきて!」
「……ありがとう」
ジージーは
短く、でも強く頷く。
(守るための力は
俺たちだけのものじゃない)
(繋がってる。ちゃんと)
*
◆ 出陣前夜
夜。
星が静かに湖面を照らす。
ジージーは短杖を見つめる。
(止める。奪わずに、守る)
(でも――奪われそうになったら……)
ミナが、小さく囁く。
「ジージー。
“怖い”は正しいよ。
怖くなくなったら、終わっちゃう」
「……うん」
セルグレンが、遠くから声をかけた。
「寝ろ。明日が本番だ」
「だな」
リゲロが苦笑する。
「こういうの、ワクワクすんだろ?」
「……ちょっとだけな」
(行こう。
一歩、前へ)
→次回予告
『北へ踏み出す一手 ― “影”との遭遇』
・夜の街道
・初の避難民護衛
・魔王軍の尖兵、姿を現す…?




