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Staff Hero ― 支える勇者 ―  作者: 和泉發仙


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『勇者の残り香と、はじめての“報告書”』 ――「勇者の後始末」編(小さな波)

【前書き】


 昨夜、湖畔亭の打ち上げのあと。

 城下の酒場は、一度だけ本物の戦場になった。


 勇者カイン一行と、たまたま居合わせた冒険者たち。

 その中心で、倒れたBランク剣士ガレス。

 飛んできた追撃を、思わず叩き落とした短杖。


 あれは「戦い」だったのか。

 それとも、ただの「乱闘」だったのか。


 ――答えを決めるのは、いつだって「文字を書く側」だ。


 これは、勇者が去った翌朝。

 残された者たちが、その「後始末」を押し付けられる話。


 そしてジージーが初めて、“報告書”という形で、

 世界の理不尽さに触れる小さな一日である。


 では本編をどうぞ。


  ◇ ◇ ◇


◆1 酒場の翌朝、ギルド裏室にて


 朝のギルドは、いつもより少し静かだった。


 いつもなら、依頼掲示板の前で怒鳴り声。

 受付前で値切り交渉。

 酔いの残った冒険者が床で転がっていることさえ珍しくない。


 けれど今日は――

 全体に、ひそひそと抑えた囁き声だけが漂っていた。


(……やっぱり、みんな昨夜のこと、知ってるよね)


 ジージーは、セルグレンとリゲロに挟まれて、

 ギルド奥の小さな扉の前で立たされていた。


「緊張してる?」


 小さな声でセルグレンが訊く。


「そりゃ、しますよ……“事情聴取”なんて生まれて初めてだし」


「大丈夫だ。嘘をつく必要はない。見たままを話せ」


 リゲロが、いつもの調子で肩をすくめる。


「まぁ、俺は“勇者の剣を止めたジージー”って、

 ギルドの武勇伝に一行くらい載ってもいいと思うけどな」


「や、やめてくださいそういうの!!」


 ジージーが小声で抗議した瞬間、

 目の前の扉がギィと音を立てて開いた。


「入れ」


 低い声。ギルマス、ダイアーだ。


 中に入ると、こぢんまりとした会議室に、

 ダイアーと、副長エーリッヒが座っていた。

 二人の前の机には、紙の束とインク壺、そして羽ペン。


(……うわ、“本当に”報告書だ……)


 ジージーはごくりと唾を飲んだ。


「よし。座れ」


 ダイアーの一言で、ジージーたちは並んで椅子に腰を下ろす。

 ミナは、ジージーの背後の壁に溶け込むようにふわっと漂っていた。


「ふぅん……空気、ちょっと固いね」


 誰にも聞こえない声で、ミナが囁く。


「そりゃそうだよ……」


 ジージーが心の中だけで返す。


「じゃ、始めようか」


 エーリッヒが、淡々とした口調で切り出した。


「昨夜、酒場《シュタイン亭》で起きた騒ぎについて。

 まずは――“時間”と“きっかけ”からだ」


 羽ペンが、紙の上で音を立てる。


 ジージーは、深く息を吸った。


◆2 「見たままを話せ」――はじめての報告


「えっと……仕事終わりで、皆で集まって、

 最初は普通に、ご飯とお酒……私はジュースですけど……を飲んでて」


「ルーシーたち三人も、途中から合流したな」


 セルグレンが補足する。


「テドラとミーロは、途中で孤児院に戻らせた。

 騒ぎが大きくなる前だ」


「勇者一行が店に入ったのは?」


「えーと……日がすっかり沈んで、

 店がちょうど混み始めたころ……」


 ジージーは、昨夜の光景を一つひとつ思い出していく。


 カインが扉を蹴るように開けた音。

 取り巻きが客を乱暴に押しのけた手。

 エルナの肩を掴み、因縁をつけた瞬間の空気。


「エルナさんは、最初から怒ってたわけじゃありません。

 でも、“あれはお前の肩の入り方が悪い”とか、

 “そんな装備で前衛を名乗るな”とか……」


 拳を握りしめながら、ジージーは言葉を継ぐ。


「……最初から、“喧嘩を売りに来た”感じでした」


 リゲロが横から口を出す。


「ユルクのことも、完全に馬鹿にしてやがったな。

 “探索魔術専門? 戦えない奴は後ろに下がってろ”ってさ」


 エーリッヒの眉がわずかに動く。


「先に手を出したのは?」


「勇者側です」


 セルグレンの声は静かだった。


「エルナが立ち上がる前に、

 “軽い手合わせだ、手加減してやる”と言いながら、

 勇者が剣を抜いた。

 ……あれは、“手合わせ”なんて甘いものじゃなかった」


「実戦の斬撃だったな」


 リゲロも頷く。


「一合目から、あれは“殺すか、腕を落とす”軌道だ」


 部屋の空気が、少しだけ冷える。


 エーリッヒは黙ったまま、ペンを走らせ続けていた。


「……そのあと、Bランクのガレスが割って入った。

 お前らの話では、あいつは“助けに入った”んだな?」


「はい」


 ジージーは強く頷く。


「ガレスさんがいなかったら、

 エルナさんもユルクさんも、たぶん……」


(……生きて帰れなかった)


 その言葉は喉で止めたが、ダイアーには十分伝わったらしい。


「で、ガレスが一度、勇者の剣を弾いた。

 ……だが、勇者は止まらずに二撃目を振るった。

 そこへ――」


 エーリッヒが顔を上げる。


「そこへ、ジージー、お前が入った」


「……はい」


 短杖を握るように、指先に力が入る。


「ガレスさんが、よろけて膝をついた瞬間、

 カインさんが横薙ぎに斬りかかって……

 あの軌道は、ガレスさんの首か、修道服の誰かを巻き込む場所で――」


「それで、お前は“飛び込んだ”」


 ダイアーの低い声が、静かに言葉を区切る。


「短杖で剣の腹を叩いて、

 軌道を変えた。

 ……あの一撃を止めるには、それしかなかった」


「はい……」


 ミナが、背後でそっと囁く。


「全部ちゃんと話せたね、ジージー」


(……うん)


 エーリッヒは、最後まで書き終えると、

 ペン先をぬぐい、静かに紙束を整えた。


「よし。聞き取りはこれで十分だ。

 このまま全部書類に残したいところだが――」


 そこで一度、苦い笑みを浮かべる。


「今回は、“公式記録”と“内部記録”を分ける」


◆3 「模擬戦扱い」という名の嘘


「どういうことですか?」


 ジージーが首をかしげると、

 ダイアーが面倒くさそうに頭をかいた。


「簡単に言えばだな――

 “勇者様のメンツを、表向きは傷つけるな”ってことだ」


「……やっぱり」


 リゲロが、乾いた笑いを漏らした。


「今朝な。

 王都からの使いと、聖教国から派遣されてる神官が、

 揃って押しかけてきやがった」


 ダイアーの顔に、あからさまな不機嫌が浮かぶ。


「“勇者様は世界の希望であられる。

 そのお方に恥をかかせるような記録は、

 公国としても不本意であろう?”――だとよ」


「はぁぁ……」


 セルグレンが、額を押さえた。


「それで?」


 ジージーが恐る恐る問うと、

 エーリッヒが一枚の紙をひらりと見せた。


「公的な報告書には、こう書く」


 読み上げる声は、ひどく事務的だった。


「『昨夜、勇者カイン一行と当ギルド所属Bランク冒険者ガレス・ヴォルクが、

 酒場にて軽い模擬戦を行った際、

 一時的に加熱した場を、Cランク冒険者ジージーらが仲裁した。

 負傷者は出たが、いずれも軽傷であり、

 勇者一行と当ギルドの信頼関係に問題はない』」


「……全部、嘘じゃないけど……ほとんど嘘ですね?」


 ジージーが思わずこぼすと、

 エーリッヒは、かすかに笑った。


「事実を並べて、“意味”だけを変える。

 それが、書類の怖いところだ」


 ダイアーが、椅子の背にどっかりともたれる。


「俺としては、“勇者が先にキレた”って一文くらい、

 赤文字で書いてやりてぇところだがな」


「書いてくださいよ」


「バカ言え。

 そんなもん王都に送ったら、“ギルドごと更迭”だ」


 ダイアーは肩をすくめる。


「だから、表向きは“模擬戦”。

 お前らの動きは、“熱くなった大人たちを止めた、賢い子どもたち”って扱いだ」


「……なんか、むず痒い評価ですね」


「だが、悪くはない」


 セルグレンがぽつりと言った。


「少なくとも、“勇者に楯突いた不遜なCランク”ではない。

 そう記録されるよりは、よほどマシだ」


 ミナが、ジージーの耳元で小さく笑う。


「紙の上では、“丸い落としどころ”ってやつだね」


◆4 ギルマスの本音と、“触れられない看板”


「……で、ギルマスはどう思ってるんですか」


 ジージーが、机越しにダイアーを見る。


「勇者さんのこと」


 ダイアーは、しばらく無言でジージーを見返した。


 その目には、いつもの豪快さだけでなく、

 どこか疲れたような影が差していた。


「本音を言やあな」


 大きなため息。


「あいつらは、“世界の希望”って看板を掲げてる。

 だが中身はまだ、ただの若造の集団だ。

 魔王軍とやり合う前に、“人間相手”でイキがってる時点でな」


「……」


「けどよ」


 ダイアーは肩をすくめる。


「その看板があるからこそ、

 国は兵を動かせるし、人は“まだ希望がある”って思える。

 だから誰も、その看板に石を投げられねぇ」


 エーリッヒが、辛そうに付け足す。


「昨日、酒場にいた連中の半分は、

 “勇者は短気だ”“あれはやりすぎだ”と心の中で思っているだろう。

 だが、誰も声には出さない」


「“勇者様に文句を言うのか”と責められるから、ですね」


 ジージーは、以前聞いた言葉を思い出す。


(“勇者さまは神の使い。

 冒険者風情が口を挟むなど、おこがましい”)


 ルーデンス聖教国から来た神官が、

 そんなニュアンスの説教をしに来ていたと、

 アリーナが愚痴っていた。


「そういうことだ」


 ダイアーが短く頷く。


「“正義の看板”ってやつはな。

 掲げてるうちは便利だが、

 いったんヒビが入ると、その破片で一番ケガするのは、

 周りの奴らなんだよ」


◆5 ささやき声の勇者像


 事情聴取が終わって退室すると、

 ギルドのホールは、さっきよりも少しざわついていた。


 受付のアリーナが、こっそり手招きする。


「おつかれ、三人とも。

 ……どうだった?」


「模擬戦になりました」


 ジージーが肩を落とすと、

 アリーナは「あー……」と目元を押さえた。


「やっぱりねぇ。

 “勇者様に恥をかかせるな”って、朝から上がうるさくてさ」


 その背後では、何人かの冒険者たちが、

 カウンターから離れた場所で、こそこそと話していた。


「……なぁ、昨日見たか?」


「見た見た。あれ、どう考えても“手加減”じゃなかったよな」


「Bランクに本気で斬りかかってたって話だぜ。

 あんなん、“模擬戦”って言葉にしちまっていいのかよ」


「しーっ! 声でけぇ!」


 誰かが慌てて制す。


「勇者様の悪口、耳ざとい奴が聞いてたら、

 明日には教会の説教コースだぞ」


「……悪口じゃねぇよ。

 “あれはねーだろ”って言ってるだけだ」


「それを“悪口”って言われる世の中なんだよ、今は」


 ジージーは、聞こえなかったふりをしながら、

 その言葉を胸の奥にそっとしまった。


(“誰も触れられない”って、こういうことなんだ)


 勇者像に、確かにヒビは入った。

 だが、そのヒビを指でなぞることさえ許されない。

 そんな窮屈さが、街の空気を薄く曇らせていた。


◆6 「お前は勇者と張り合うな」


「ジージー」


 背中から呼ばれて振り向くと、

 ダイアーが、ギルドの入口の方で手を振っていた。


「ちょっと来い」


 三人で近づくと、

 ダイアーは入口の柱にもたれかかりながら、

 外の通りを眺めていた。


 市場の喧騒。

 行き交う荷車。

 その向こうには、昨日、勇者のパレードが通った道。


「……昨日、お前が剣を止めたときだ」


 ダイアーの声は、珍しく静かだった。


「正直、肝が冷えた。

 “こいつ、勇者と正面からやり合う気か”ってな」


「や、やり合うつもりなんてなかったですよ!」


 ジージーは慌てて両手を振る。


「あれは、その……

 ガレスさんが、本当に……危なかったから」


「ああ、分かってる」


 ダイアーは、ジージーの頭をぽん、と軽く叩いた。


「だからこそ、言っとく」


 少しだけ強い声になる。


「お前は、“勇者と張り合う”必要はねぇ」


「……」


「お前には、お前の戦い方がある。

 “止める戦い方”だ。

 誰かが暴れたとき、誰かが折れそうなとき、

 お前は、その“間に割って入る役”だ」


 ジージーは、短杖のグリップを握り直す。


「止める……」


「そうだ」


 ダイアーは、酒焼けしたような声で笑う。


「世の中には、“世界を救う”って大風呂敷を広げる奴もいる。

 “魔王を倒す”って宣言する奴もいる。

 それはそれで必要だ。

 だが、その連中の尻拭いをする奴も、絶対に要る」


 隣でセルグレンが、静かに付け足した。


「……ああいう奴らの“尻拭い”をする役目の方が、

 お前には似合っている」


「ひどくないですか、それ」


「褒めてる」


 セルグレンは真顔だった。


「昨夜、お前は“誰も殺させなかった”。

 それは、勇者が魔王を一体倒すのと同じくらい、

 意味のあることだと俺は思う」


 リゲロも笑う。


「そうそう。

 世界を救う奴の後ろで、

 “おいお前、味方まで斬ってんじゃねぇよ”って止める役。

 地味だけど、俺はそっちの方が性に合ってるぜ」


 ミナが耳元で呟く。


「ジージーはさ、“勇者の隣”じゃなくて、

 “世界のちょっと後ろ”に立つ人なんだと思う」


「……なんですか、その詩みたいな言い方」


 ジージーは照れ隠しに、わざと呆れた声を出した。


 胸の奥が、少しだけ軽くなる。


(そうだ。

 あたしは、勇者と競うために旅してるわけじゃない)


 守りたいのは、目の前の誰か。

 ルーシーやテドラ、ミーロ。

 セルグレンとリゲロ。

 ミナ。

 そして、まだ見ぬ誰かの「未来」。


(だったら――

 “止める戦い方”を、もっと磨かなきゃ)


◆7 「またか」――北からの報せ


 そのときだった。


 ギルドの扉が、勢いよく開く。


「ギルマス!! 大至急の報せです!!」


 駆け込んできたのは、

 まだ若いギルド職員だった。

 額には汗。息は切れ切れ。


「どうした。落ち着け」


 エーリッヒがすぐに水を渡し、

 短く促す。


「北の――

 北の小都市、フェルンハイムが……!」


 職員の声が震える。


「魔物軍に占拠されたとの報せが、

 さっき城門から……!

 避難民の一部が、この街にも向かっているそうです!」


 ギルドのホールが、一瞬で静まり返った。


「……また、か」


 誰かが、ぽつりと呟く。


 ダイアーは、短く舌打ちした。


「勇者様がパレードしてる間に、

 魔王軍か、その手先かは知らんが――」


 重い視線を、北の空へ向ける。


「現場は、また燃えてやがるってわけだ」


 ジージーの背筋に、冷たいものが走る。


 昨夜の酒場の騒ぎ。

 その後始末。

 勇者の残り香がまだ消えきらない街で――


 世界はもう一段階、

 静かに「本気」を出し始めていた。


「ジージー」


 セルグレンが小声で呼ぶ。


「……行く準備をしておけ。

 俺たちにも、すぐに何かしらの依頼が回ってくる」


「……はい」


 短杖を握る手に、力がこもる。


 勇者の背中を追いかけるわけじゃない。

 でも、勇者がこぼした穴を、誰かが埋めなきゃいけない。


(だったら――

 あたしたちの番だ)


 ジージーは、北の空を見上げた。


 そこにはまだ、何も見えない。


 けれど確かに、

 遠くでゆっくりと、黒い雲が集まり始めていた。


  ◇ ◇ ◇


【後書き】


 勇者パレードの翌日。

 「英雄」という看板の裏側で、

 ギルドと冒険者たちがどれだけ窮屈な思いをしているか――

 そんな“小さな現実”を描いた回でした。


・勇者=世界の希望(という建前)

・建前を守るために、書類と記録が歪められる

・その尻拭いをするのは、いつも現場の人間


 ジージーはまだCランクの子どもで、

 勇者と張り合う立場ではありません。

 むしろ「止める側」「尻拭い側」としての自分を、

 この回で少しだけ自覚し始めました。


 ラストで触れた北の小都市フェルンハイムの陥落が、

 次の「魔王軍の侵略宣言」編への橋渡しになります。


 ――勇者はパレードで剣を振るい、

 その後始末を、ジージーたちが引き受ける。


 そんな“役割の違い”を、

 これからじわじわ描いていければと思います。

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