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Staff Hero ― 支える勇者 ―  作者: 和泉發仙


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『領主宅編 その2 ― 小さな令嬢と、三人の冒険者 ―』


【前書き】


 救出任務から帰還した翌日。

 冒険者ギルド、町の人々、孤児院……

 あちこちから“ありがとう”が届くなかで、ひときわ重みのある封筒がジージーたちに届けられた。


 差出人は――

 レーヌ湖畔公国を治める伯爵、エドモンド・ラ=フロール。


 今日は、その招待状に応えての、はじめての領主館訪問。

 ここで、三人は領主エドモンドと、その娘マリーヌという“新しい出会い”を迎えることになる。


 そして、領主家の奥にひそむ“北方の影”の伏線が、少しだけ動き出す。


 では本編です。




【本編】


◆1 領主館の応接室へ


 レーヌ湖畔公国の中心部。

 白い石造りの領主館は、湖面の光を受けて、静かに輝いていた。


 城というほどの威圧感はない。

 だが、丁寧に磨かれた石畳と、よく手入れされた庭木が、ここが“この国の心臓部”であることを物語っている。


 案内役の若い従者に先導されながら、ジージーはそわそわと落ち着かずに廊下を歩いていた。


(こ、こんな立派な建物……

 リルモアの理事会館より緊張する……)


 背後で、リゲロがぼそっと呟く。


「……なぁセル、俺たち場違いじゃないか?

 ほら見ろよ、この床。オレのブーツ、絶対キズつけるやつだ」


「黙れ。顔に“野営で寝てます”って書いてある」


「書いてねぇよ!」


(書いてる……完全に書いてる……)


 幽霊のミナは、三人にしか分からない薄さで、ジージーの肩の少し後ろにふわりと浮かんでついてきている。

 通りすぎる従者たちは、誰もその存在に気づいていない。


「まぁまぁ、緊張しすぎよ、ジージー。

 ほら、背筋。もう少し伸ばすと“ちゃんとした冒険者”に見えるわ」


 ミナの声も、聞こえているのはジージー、セル、リゲロの三人だけだ。


「う、うん……ありがとうミナ」


 ジージーがこっそり姿勢を直したそのとき――


「きゃっ! 来ましたわ!!」


 甲高い、しかし澄んだ声が廊下の奥から聞こえた。


 次の瞬間、淡い金髪のツインテールが、ばさばさと揺れながらこちらに突進してくる。


「ジージー様……! ――あっ、はじめまして! わたくし、マリーヌ・ラ=フロールと申します!」


「え、えっ……? は、はじめまして……?」


 淡い青のワンピースに、品の良いレースのついたリボン。

 年相応のあどけなさと、公女らしい仕草が不思議な両立を見せている。


(“様”って付いた……!?)


 セルがジージーの耳元に顔を寄せ、小声で漏らす。


「……すげぇな、お嬢さまの勢い」


「セル、落ち着け。こういうのは慣れだ」


 なぜかリゲロは妙に自信満々だ。


「なんで慣れてるの!?」


「冒険者やってると、ときどき貴族のお嬢さんにキャーキャー言われるもんなんだよ。

 ……まぁオレの場合、酒場で酔った奥さま方に絡まれただけだが」


「それ慣れとは言わない!!」


 そんな会話をしているうちに、マリーヌはすでにジージーの手をぎゅっと握っていた。


「お父さま――エドモンド伯爵も、お会いしたいと申しておりますの!

 どうぞこちらへ!」


 ジージーの背中を押しながら、まるで宝物を運ぶように応接室へと案内していく。


(ひ、人の流れがマリーヌ中心にできてる……!)


 従者たちがあたふたと道を開けていくのを見て、ジージーは内心で悲鳴を上げていた。



◆2 エドモンド伯との対面


 重厚な扉が静かに開くと、そこには湖を一望できる広い応接室があった。

 大きな窓からはレーヌ湖の水面がきらめき、白いカーテンが風にそよいでいる。


 窓辺に立つ中年の男性が、ゆっくりと振り返った。


 落ち着いた茶色の短髪。

 穏やかな印象の目元だが、その奥には戦場を知る者特有の鋭さが、細く宿っている。


「ようこそ。我が館へ」


 男――エドモンド・ラ=フロール伯爵は、柔らかな声で言った。


「昨日の君たちの働き、すでに詳しく報告を受けている。

 レーヌ湖畔公国を預かる伯爵として、心より礼を言おう」


 ジージーたちは、慌てて頭を下げる。


「ど、どうも……その、ジージーです。ジージー・メイス……」


「リゲロだ。ええと……今回は、運が良かっただけです」


「セルグレンです。職業は……まあ、野営と判断と段取り担当です」


「ちょっとセル…それ職業って言わないでしょ……!」


 ジージーの小声ツッコミに、エドモンドはふっと目を細めた。


「ラ=フロール家は、宮廷の形だけの言葉より、実際の働きを尊ぶ。

 肩書きはどうでもいい。現場で動ける者こそ、我が領の宝だ」


 そう言って、彼はもう一度、三人を見渡す。

 その視線は優しいが、どこか骨の髄まで見透かされているような気配を含んでいた。


「このレーヌ湖畔には、古くから精霊や幽鬼の伝承が多い。

 私自身、若いころに“見えない何か”に助けられたことがあってね」


 エドモンドが窓のほうへ一瞬だけ目をやる。

 その視線の先、ジージーたちのすぐ後ろで、ミナが小さく肩をすぼめた。


(ひゃっ……い、今のはたぶん偶然よね?)


 もちろん、その小さなぼやきを聞いているのも、三人だけだ。


 そして、エドモンドの視線がジージーに戻ってきた。


「ジョージア――いやジージー、と呼ばせてもらってもいいだろうか」


「は、はい!」


「君はまだ年若い。

 だが、報告を読む限り、“前に立った”のは君だと聞いた」


 ジージーの喉が、ごくりと鳴る。


「……なぜ、そこまでできた?

 なぜ、子どもたちを追って、北の闇へ踏み込めたのだ?」


 鋭い問いではない。

 けれど、その言葉は、ジージーの胸の一番痛いところをそっと指先で触れるような響きを持っていた。


 言葉が詰まる。


 すると、セルが横から静かに助け船を出した。


「こいつは、“修行中”みたいなものでして。

 強さというより……覚悟があるんです」


 リゲロも肩をすくめる。


「自分が怖くてもさ、仲間を見捨てるって選択肢がないんですよ。

 俺らが危なくても、必ず戻ってこようとする。困ったヤツです」


「も、もういいから……!」


 ジージーが真っ赤になって抗議すると、エドモンドは目を細めて頷いた。


「……この街は、君たちのような者を、ずっと求めてきた」


 その一言に、ジージーの胸がぐっと熱くなった。



◆3 マリーヌとアンリエット、そして“礼儀”


 ひととおり挨拶が済むと、扉が軽くノックされた。


「失礼いたします、伯爵さま。お茶の支度が整いました」


 入ってきたのは、灰色を帯びた髪をきっちりまとめた、年配の女性だった。

 無駄のない動きでワゴンを押し、ティーセットを並べていく。


 アンリエット。

ラ=フロール家のメイド長にして、“館の秩序そのもの”と噂される人物。


「お客様。よろしければお掛けになってお待ちくださいませ」


 低くよく通る声でそう言われ、ジージーたちは慌ててソファへ腰を下ろした。


(ひぃ……この人、絶対怒らせちゃいけないタイプだ……!)


 と、その後ろから。


「アンリエット、あとはわたくしが! お持ちいたしますわ!」


 さきほどの勢いのまま、マリーヌが両手にティーカップを持って突進してきた。


「お、お、お嬢さま!? そのように走ってはいけませんと、何度申し上げましたでしょうか!」


「だって! ジージー様に一番にお出ししたいんですもの!!」


 アンリエットが目元を押さえて天井を仰ぐ。


「……伯爵家のご令嬢が、“様”付けでお呼びするとは。世も変わりましたわね」


「す、すみません……!」


 なぜかジージーが謝っていた。


 だが、ティーカップを受け取るとき、ジージーは両手を添えて、きちんと会釈した。


「ありがとうございます。いただきます」


 アンリエットの目が、わずかに細まる。


「…………ふむ」


 その小さな反応を、ジージーは見逃した。


 マリーヌはというと、今度はどさっと焼き菓子の皿をテーブルに置く。


「本日はとっておきの焼き菓子ですの!!

 あの……よかったら、ジージー様、“あーん”して差し上げますわ!」


「ええええええええーーーー!?!?」


 ジージーの悲鳴。

 セルとリゲロの「出た」という顔。


「マリーヌお嬢さま!!」

 アンリエットが慌てて前に出る。


「お客様を困らせてはいけないと、あれほど……!」


「ですが……ジージー様、お強くて、お優しくて……わたくし……!」


「ダメです!!!!」


 なぜかセルが全力で止めに入った。


「マリーヌ嬢、ジージーは自分で食える!」


「セル。嫉妬か?」

 リゲロがすかさず茶々を入れる。


「ち、違う!!」


「ふふっ。燃えてるわねぇ、セル」

 ミナが三人の耳だけに聞こえる声でくすくす笑う。


 ジージーはもう、耳まで真っ赤だ。


「ま、マリーヌ……自分で食べるから大丈夫だよ。ね?

 あの……気持ちはすごく嬉しいから!」


「……ほ、本当ですの……?」


「うん。本当。本当に嬉しいよ」


 ジージーが真剣な目で言うと、マリーヌの顔がぱぁっと明るくなった。


「では! わたくしもご一緒にいただきますわ!!!」


「うん、それなら……!」


 アンリエットは、そんな一部始終を黙って見ていたが、

 ふっと息を吐いて、小さく頭を下げた。


「ジージー様」


「へ? は、はい」


「先ほどは、ティーカップの受け取り方がとても丁寧でいらっしゃいました。

 礼節をわきまえた、そのご様子……この館のメイド長として、好ましく感じましたわ」


「え、あ、ありがとうございます……?」


 思わず背筋が伸びる。


「マリーヌお嬢さま。

 ジージー様は、貴女のご友人としても、客人としても十分に相応しい方です。

 ですが、慌てて駆け寄るのは、お行儀が悪いですわね?」


「う……はい……」


「歩いて近づき、“ご一緒にいかがですか”と申し上げるのが、レディのたしなみでございます」


 マリーヌはしょんぼりとしつつも、こくこくと頷いた。


 ジージーは、なんだか自分が褒められたようで、こそばゆい気持ちになりながら笑った。


(メイド長さん……怖いだけじゃなくて、ちゃんと見ててくれるんだ)


 アンリエットは、そんなジージーの様子をちらりと見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。



◆4 エドモンド伯の“本音”と、北方の影


 ひととおりのティータイムが終わり、マリーヌとアンリエットが下がったあと。

 エドモンドは、テーブルの上の茶器に目を落とし、しばし黙考するように沈黙した。


 窓の外では、湖面を渡る風がカーテンを揺らしている。


「……さて」


 エドモンドは、少しだけ声を低くした。


「ここからは、少々重い話になる。

 マリーヌには、席を外させた」


 ジージーたち三人の背筋が自然と伸びる。


「今回の件――

 北方へ人を送る“影のルート”が絡んでいると聞いた」


 リゲロの表情が引き締まる。


「はい。今回の連中は、明らかに“北送り”に慣れていました。

 足跡の消し方、森での野営の仕方、子どもの扱い方すべてが、素人の盗賊じゃなかった」


 セルも続ける。


「森の中には、“影道”がありました。

 普通の街道の裏をまわる獣道……ですが、地形ごと細工されていて、外からは分かりにくい。

 あれは、土地に詳しい者か、古くから使ってきた連中の仕事です」


 ミナがふわりと浮かび、窓のほうを見やる。

 その横顔は、三人にしか見えない。


「それだけじゃありません。

 あの道には、人のものじゃない“冷たい気配”が潜んでいました。

 魔族の血を引く者……あのハーフデモンの男の匂いに、近かった」


 ミナの声に、ジージーたちは小さく頷く。

 エドモンドには、そのやりとりの意味までは見えない。ただ、若者たちの表情から察していた。


 エドモンドは、目を閉じ、小さく息を吐いた。


「……やはり、そうか」


 机の引き出しから、古びた地図が取り出される。

 レーヌ湖畔公国と、その北に広がる山岳地帯、さらにその向こう――帝国圏に繋がる道筋が、細かく線で記されていた。


「この領地でも、ここ数年、“不自然な失踪”が続いている。

 子ども、若い亜人、腕の立つ労働者……。

 表向きは事故や家出で片付けられるが、どうしても納得のいかない事例が多すぎる」


 声には、どうしようもない悔しさが滲んでいた。


「私にも、騎士団にも、限界がある。

 “表のルート”で動くしかない我々は、影の道を追い切れぬ。

 北方帝国との条約もあり、あまりに強く踏み込めば、この公国そのものが揺らぐ」


「……帝国、ですか」


 ジージーは、地図のさらに上――大陸の北方をじっと見つめる。


 そこには、灰色のインクで描かれた、巨大な国の輪郭があった。


「北送り……あれはもはや、“国家間の影取引”だ」


 エドモンドの声は低い。


「この公国だけの力では、根こそぎ断ち切ることはできぬ。

 だが――」


 そこで、彼は地図の一点を指先で軽く叩いた。

 ジージーたちが戦った“影道”に、赤い印がつけられる。


「今回、君たちはそこから、二人の子どもを取り戻した。

 これは、北の連中にとって“計算の外の一手”だ。

 『この地は簡単には荒らせない』という楔になる」


 ジージーは、胸の奥で何かがじんと熱くなるのを感じた。


(ミーロも、テドラも……

 ほんの一歩遅れていたら、もう二度と会えなかったかもしれない)


 セルが静かに言う。


「伯爵さま。

 今回の件は、単なる盗賊の犯行ではありませんでした。

“専門の集団”が裏で動いている。あのハーフデモンも、その一部でしょう」


 リゲロが、少し乾いた笑いを混ぜて言う。


「正面からぶつかった感じだと……

 あれ、“帝国直属の影部隊”でもおかしくないレベルでしたね」


 部屋の空気が一瞬、冷たく凍りつく。


 エドモンドの頬がわずかに引き攣り、拳がひざの上で静かに握られた。


「……その名を、軽々しく口にしてはならぬ」


 低い声。

 だが叱責ではなく、ただ深い現実を告げる響きだった。


「だが、君たちはもう、知ってしまった。

 そして、影道の場所も――その気配も」


 ジージーは、一歩前に出る。


「伯爵さま。

 あたしたちは、この街を出て旅を続けます。

 だからこそ、言わせてください」


 ミナが、ジージーの肩にふわりと手を置く。

 温度のない感触は、三人だけの支えだ。


「レーヌの北には、まだ“穴”が空いています。

 あそこを塞がなければ、きっとまた、誰かが連れていかれます」


 ジージーは、握りしめた拳に力を込めた。


「ミーロも、テドラも……あたしにとって、大切な仲間です。

 この街の子どもたちは、みんな――あたしたちの“仲間”です」


 セルとリゲロが、言葉には出さずとも、横で静かに頷く。


 エドモンドの瞳に、わずかな光が宿った。

 感嘆と、安心と、そして――若者たちへの尊敬。


「……君たちは“旅人”でありながら、この街の者として戦ってくれた」


 彼は立ち上がり、胸に手を当て、深く礼をした。


「レーヌ湖畔公国領主、エドモンド・ラ=フロール伯爵の名において、礼を言う。

 君たちは、この街の“恩人”だ」


 元・前線指揮官であり、伯爵家当主である男が、若い冒険者たちに頭を下げていた。


 扉の向こうでこっそり覗いていたマリーヌが、小さく息を呑んだ。


「すごい……!

 お父さまがこんなに深くお辞儀なさるの、はじめて見ましたわ!」


「マリーヌ、覗き見はいけないと、いつも――」


 しかしエドモンドは、軽く咳払いをしただけで、顔には笑みを浮かべていた。



◆5 三人への“新しい待遇”


「……では、改めて」


 エドモンドは席に戻ると、書類の束を一枚ずつ机に並べた。


「君たちの功績に対する、領としての正式な処置を伝えよう」


 まず、ジージーの前に、一枚の金縁のカードが置かれる。


「これは、レーヌ湖畔公国公認の“特別従事証”だ。

 簡単に言えば、『この街において、君が武器――その杖を帯びていることは、領主が認めている』という証だ」


「えっ……そんな、あたしなんかが……」


「君はすでに、街を救っている」

 エドモンドは揺るがない眼差しで言う。


「その杖は、子どもたちを守るために振るわれた。

 ならば、この街でその杖を構える権利を、私が認めぬ理由はない」


 ジージーの胸の奥に、ゆっくりと何かが灯る。


(認められてる……

 “危ない子ども”じゃなくて、“守る者”として)


 セルとリゲロの前にも、それぞれ書類が差し出された。


「セル、リゲロ。

 君たち二人には、公国からの正式な“依頼優先権”と、一定期間の滞在費免除を与える。

 ギルドを通じて、今後しばし、レーヌ領内の治安案件は優先して君たちに回ることになるだろう」


「……そんな大それたもの、受け取っていいのか?」

 セルが眉をひそめる。


「私が欲しいのだ」

エドモンドは静かに言う。


「正面から戦えて、影を恐れない者たちが。

 北方の闇に対抗するには、“剣”だけでも、“法”だけでも足りぬ。

 その中間に立てる者を、私はずっと探していた」


 リゲロはカードをくるくると指で回しながら、苦笑いした。


「いやぁ……急に肩が重くなった気がするな」


「今さら何を言う」

 セルが肩をすくめる。


「すでに命、賭けてるだろうが」


「それもそうか」


 ミナが、三人のまわりをくるりと一周しながら言う。


「ねぇねぇ、幽霊にも何か特典は?」


「特典は“好き勝手浮いてても怒られない”でいいだろ」

 リゲロが小声で返す。


「それ、いまもそうなんじゃない?」

 ジージーがふきだす。


 セルも肩を揺らした。


「十分好き勝手してるぞ、お前」


「むぅ……」


 ミナは不満そうに頬をふくらませ――もちろん、その様子が見えるのも三人だけだが――部屋の隅へぷいっと飛んでいった。



◆6 小さな令嬢と、英雄さま


 会見の終わりに。

 マリーヌがもう一度、きちんとしたレディの礼儀で部屋に入ってきた。


「ジージー様。セル様、リゲロ様」


 スカートの裾をつまみ、丁寧に一礼する。


「本日は、お父さまとわたくしの……いえ、このレーヌ湖畔公国のために、ありがとうございました」


「わ、わたしたちこそ……そんな」


 ジージーが慌てて手を振ると、マリーヌはふふっと笑った。


「それから……」


 彼女は一歩、ジージーに近づく。


「ようこそ、わたくしの大好きな“英雄さま”たち。

 また、必ずお会いしましょうね?」


「え、英雄……?」


 ジージーは言葉を失った。


「あ、あたしはそんな大した――」


「ジージーは英雄だよ」

 ミナが、三人だけに聞こえる声で微笑みながら言う。


「だって、友達を救ったんだもの。

 あの日、泣いていた魂を、ちゃんと“こっち側”に連れ戻した」


 セルも、口元にわずかな笑みを浮かべる。


「俺もそう思うぞ。

 現場であれだけ動ける奴、そうそういない」


 リゲロが肩をすくめて付け加える。


「そうそう。オレなんか、半分は“勢いだけ”だしな。

 ジージーの“ここで引かない”って踏ん張りがなかったら、全滅してたろ」


「そ、そんなこと……!」


 ジージーは耳まで真っ赤になり、どうしていいか分からず視線を彷徨わせる。


 その様子を、マリーヌはキラキラと目を輝かせて見つめていた。


(この子……すっかり懐いてるわね)

 ミナが小声で呟いた。


 アンリエットが一歩前に出て、静かに告げる。


「マリーヌお嬢さま。

 本日はここまででございます。

 “また会うためには、別れのご挨拶も美しく”が、レディの作法にございます」


「……はい!」


 マリーヌは深呼吸をひとつして、もう一度、完璧な礼をしてみせた。


「それではジージー様。また必ず、お会いしましょう。

 今度お越しの際は、わたくし、もっとたくさんお菓子を用意しておきますわ!」


「う、うん……楽しみにしてる」


 本心からそう答えた自分に気づき、ジージーは少しだけ可笑しくなった。


 このときのやりとりが、ずっと後になって、“ある噂”の芽になるのだが――

 それを知る者は、まだ誰もいない。



◆7 帰り道 ― 灯の下で


 領主館をあとにして、三人と一人(幽霊)は、石畳の道をゆっくりと歩いた。


 夕暮れの光が、街の屋根を金色に染めている。

 遠くからは、市場の片付けをする音や、子どもたちの笑い声が聞こえる。


「……なんか、戦いとは違う意味で疲れたなぁ……」


 ジージーが空を見上げてぼやく。


「でも、みんな助けられて……

 しかも、あんなふうに“恩人”なんて言われて……変な感じ」


「変な感じでいいさ」

 リゲロが笑いながら肩を叩く。


「ちゃんと報われるってのは、大事なことだ。

 そうじゃないと、人間、そのうち折れちまうからな」


「まだ終わってはいないがな」

 セルが短く言う。


「“北送り”の道は生きている。

 あれを断たなければ、また次が出る」


「……うん。分かってるよ」


 ジージーは、胸の前でそっと手を握りしめた。


「でも今は……

 今だけは、救えたことを喜びたい。

 あの子たちが、ちゃんと“おかえり”って言われたことを」


 ミナがふわりと浮かび、街の灯りを見下ろす。


「この街、やっぱりあったかいね。

 人の気配が優しい。

 ここでしばらく過ごすのも、悪くないかも」


「うん」


 ジージーは微笑む。


「ここには……助けたい人がいて、大切な人たちがいる。

 それに……」


 領主館のほうを振り返り、少し照れくさそうに付け足した。


「ちょっとだけ、あたしのことを“英雄さま”だなんて思ってくれてる子もいるし」


「お、言ったな?」

 リゲロがにやりとする。


「そのうち、本当に何かとんでもない噂が立つかもな」


「や、やめてよ! そんな恥ずかしいの!!」


 セルは肩をすくめた。


「どうせ放っておいても広がる。

 今日のことを見ていた目が、あちこちにあったからな」


「だよねぇ」

 ミナが楽しそうに笑う。


 夕風が、四人のあいだをそっと通り抜けていく。

 湖のほうから運ばれてくる涼しい風は、どこか、これからの旅路の匂いも含んでいるように思えた。



――そしてこの街で、

 ジージーの“未来の仲間”たちとの出会いが、少しずつ形になっていく。


(次:マリーヌ/ルーシー/テドラ再会編へ)

───────────────────


【後書き】



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