表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Staff Hero ― 支える勇者 ―  作者: 和泉發仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
65/249

『旅路の章 ― 砂と風の短編集 ―』  第7話(最終話) 『湖畔の約束』



────────────────────


 朝靄が湖面を薄く覆う時間。

 孤児院の玄関先には、昨日から丁寧に並べられた木の馬が三頭。

 銀髪の少女、ルーシーが胸を張って、ジージーへ説明していた。


「えーっと、これが新作の“涼風号”! あと、真ん中が“ステラ一号”で」


「一号?」


「院長さんがモデルだから!」


「ほう……脚がしっかりしてるのは、納得」


「で、最後が“ミラちゃんスペシャル”」


「なにそれ」


 木片のたてがみが少しだけふわっと広がった姿。どことなく、ミラの癖毛みたいだ。


 ミラは照れたように指先をくねらせる。


「ルーシー、センス良い……たぶん」


「自信持てよ」


 ジージーは微笑みながら、子どもたちの前にしゃがみ込む。


「今日の目標は、『買ってくれる人がひとりでもいたら大勝利』。いいな?」


「はーい!!」


 その元気な声が、湖畔にパァッと広がった。


 



 


「へぇ、なかなか可愛いじゃないか」


 ノルテの魚店。

 テントの半分が仮補修されているものの、朝の港は賑わいが戻りつつある。


 ノルテがルーシーの木馬を手に取り、あごひげをギュッとつまんで唸る。


「バランスいい。倒れねえ。木も柔らかくて手触りが良い。……よし、置いてやる」


「やったぁ!!」


 ルーシーが飛び跳ねる。ミラも、控えめに袖を握ってジージーを見る。


「でも、お店の場所を借りる以上、売り上げの一割は店に入れるからな」


「それで十分だよ。むしろ助かる」


「いやぁ、子どもたちの未来に投資ってやつだ。大人の面子ってのがあるんだよ」


 ノルテは言いながら、乱暴に頭を撫でてくる。

 ルーシーは少し戸惑いながらも笑顔で応える。


「なぁに、まだ始まりだ。こっから増やせばいい」


 その声に、ミラの目がほんの少し潤んだ。


(みんな、自分の手で前に進もうとしてる)


 そんな思いが、ジージーの胸にじんわりと広がる。


 



 


「ジージー殿!」


 港の端。カイルが走り込んできて、肩で息をしながら手提げ袋を掲げて見せた。


「ついに、市からの物資整理の再調査が決まりました!」


「本当か」


「はい! エルンスト監査官が、ご自分の印章で押し通したんです」


 驚いた。

 てっきり彼は“仕組み側”の人間だと思っていたのに。


「支援物資は、すぐに孤児院へ回されるとのことです」


「……ありがたいな」


「それと……」


 カイルはぎゅっと拳を握る。


「僕、監査官付きの調整官に異動することになりました。

 もっと現場の声を届けたいと伝えたら……通ったんです」


「それは……おめでとう」


「まだまだ未熟です。でも、あの子たちを守りたい。その気持ちだけは、数字では隠さないつもりです」


 息を吐く様に、照れ笑いを浮かべるカイル。

 ノルテが横から肘で小突く。


「ほら見ろ。あんたも立派な“大人の面子”ってやつ持ってんじゃねえか」


「そ、そうでしょうか!」


「うるせぇから胸張っとけ!」


 三人で笑い合う。


 



 


 ――と、そのとき。


 港の倉庫の奥から、黒い小さなモヤがふっと浮き上がった。


(まだ残ってる……)


「ミナ」


「言われなくても分かってる。……あれは、もう自力では動けない」


 幽霊ミナがジージーの横へ滑り出る。

 黒いモヤは、倉庫管理の古い帳簿の上に漂い、しぼんでいく。


「ここの不安と諦め、吸い込み過ぎたのね。

 でもほら、見て。糸はもう千切れてる」


 ミナが指先をふわりと触れた瞬間、モヤは煙のように消えた。


 ミラが小さく安堵の息を吐いた。


「これで、港は大丈夫」


「孤児院は?」


 ミラの問いに、ジージーは迷いなく頷いた。


「支援も戻る。屋根裏の“声”も静かになった。

 ――この街の子たちは、大丈夫だ」


 ミラの表情に、ほっとした笑みが広がる。


 



 


 その日の夕暮れ。

 孤児院の庭に戻ると、子どもたちが走り寄ってきた。


「おかえりー!」


「売れた? 売れた?」


「うん! 一つ売れたよ!」


「うわぁぁぁぁ!!」


 全員がルーシーを祝福する。

 ステラ院長が泣きそうな目でルーシーを抱きしめる。


「ありがとう……みんなで頑張った成果ね」


「はい!」


 ルーシーの返事は、晴れた空みたいにまっすぐだった。


 



 


 夜。


 キャンドルの灯りに照らされた庭で、小さな祝勝会が始まった。

 ノルテが差し入れで持ってきた揚げパンを子どもたちが奪い合う。


「セル兄ー、これ食ってみて!」


「お、うま!?」


「リゲロ兄ー、縄跳びで三十回跳んで!」


「すでに無茶ぶりじゃない!?」


 ジージーは静かに湖を眺める。

 近くにミナ(幽霊)がふわりと浮かんでいる。


「……ねえ、ジージー」


「ん?」


「今日、ちゃんと“前に進めた”ね」


「うん。まだ全部じゃないけど」


「そう。でもさ――」


 ミナは小さな笑みを浮かべる。


「この家の子どもたちが、明日の朝、笑ってパンを食べられるなら、とりあえず十分」


「……ああ」


 ジージーは静かに頷いた。


(鐘は鳴らさない

 でも――蝶番は大きく動いた)


 ステラがこちらへ歩いてきた。

 目元は少し赤いが、笑顔は強い。


「ジージーさん。ありがとうございます。本当に……」


「礼なら、ルーシーとミラへ。

 それと、あんたが踏ん張ったおかげだ」


 ジージーは夜空を見上げ、ゆっくりと言葉を繋ぐ。


「この孤児院は、守る。

 静かに。だが、確実に」


 その声は、湖面に溶けて、夜風が拾っていく。


 キャンドルの光が、庭じゅうの笑顔を灯す。

 黒い気配は消え、数字の闇も押し返した。


 ジージーは、杖を軽く握り直す。


「――さて。

 明日は何の話から始めようか」


 ミラが隣で微笑む。


「ミラは、ルーシーの“トカゲ”作ってみたい。

 お馬さんの次は、トカゲ」


「木工の上級編に行くね……!」


「ジージー、教えて」


「もちろん」


 二人の笑い声が、庭で遊ぶ子どもたちへと溶けていく。


 



 


 その夜の孤児院は、

 湖畔の風に抱かれながら――

 不安も涙も、少しだけどちゃんと軽くなっていた。


 まだ先に、街全体の問題が残っている。

 でも今はそれでいい。


 今日ひとつ、確かな希望を掴んだから。


 


──孤児院編、これにて閉幕。

新たな日々と、次の冒険へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ