表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Staff Hero ― 支える勇者 ―  作者: 和泉發仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/242

旅路の章 ― 砂と風の短編集 ― 小さな配達員たち ― 一日だけの宅配ギルド

【前書き】


※この話は、前回までの重めの依頼(山賊・コイン一枚の依頼)のあと、

 少し肩の力を抜きつつ、

 「冒険者=戦いだけじゃない、“誰かの日常を支える仕事”」

 という側面を描く回です。


※1話完結です。


―――――――――――――――――――

【本編】


 レーヌ湖畔公国の城下町――

 石畳をたどってゆく風には、まだほんのりと冷たさが混じっていた。


 白壁と紺色の屋根が並ぶ通りの中央で、

 木製の看板が軋んだ音を立てて揺れる。


 《冒険者ギルド レーヌ湖畔支部》


 ジージーたちは、いつものようにその扉をくぐった。


「……なんか、今日は静かだな」


 カウンターを横目に見ながらリゲロがつぶやく。


 いつもなら、酒と笑い声と口論のざわめきでうるさいはずの広間が、

 今日は妙に空いていた。


 カウンターの向こうでは、受付嬢のアリーナが

 書類の山に埋もれかけている。


「あ、来たわね、貧乏パーティー」


「地味に傷つきますよね、その呼び方」


 ジージーが苦笑すると、アリーナは肩をすくめた。


「“現実”ってやつよ。

 山賊討伐の報酬も、半分は装備の修理代と宿代で消えたんでしょう?」


「……図星です」


 セルグレンは咳払いをひとつして、カウンターに肘をついた。


「依頼を探しに来た。

 できれば、今日一日で終わるものがいい」


「命が軽く飛んでいかないやつがいいです」


 ジージーが付け足すと、アリーナはニヤリと笑った。


「あるわよ、ぴったりなのが。

 ――“配達員の補助”」


「……配達?」


 リゲロが首を傾げる。


「戦わなくて済むなら、むしろ歓迎だけどよ」


「甘いわね、あんたも。

 “荷物を運ぶ”って、“誰かの事情ごと背負う”ってことなのよ」


 アリーナは書類束から一枚を抜き、三人に見せた。


「ギルド経由の配達依頼が溜まってるの。

 本来は《レーヌ宅配組合》の仕事なんだけど、

 ここ数日、人手不足でね。

 依頼が流れてきてるのよ」


「宅配組合……そんなのもあるんですね」


「ええ。だけど今日は、

 その組合のベテラン配達員さんが一本だけ、“どうしても手が足りない”って」


 アリーナは書類を指で弾いた。


「配達先は三つ。

 一つは城下の施薬堂。

 一つは川沿いの貧民街。

 最後が――」


「最後が?」


「城外、北の丘の上の一軒家」


 ジージーの肩がぴくりと跳ねる。


「……丘の上」


 森の奥で見つけた“呪われた家”の記憶が、一瞬よぎった。


「安心しろ。

 今回は幽霊屋敷じゃない」


 セルグレンが苦笑する。


「そういうことは、行ってから決めたいです」


 ジージーがぼそっと返すと、

 アリーナはくすくす笑いながら依頼書を滑らせてきた。


「報酬は、全部回り終えたら銀貨一枚と銅貨数枚。

 安いけど――」


「……“街の顔”が見えてくる、か」


 セルグレンが紙を眺めながら言う。


「レーヌ湖畔公国でこれから冒険者やってくなら、悪くねぇ話だな」


「それに」


 ジージーは拳を軽く握った。


「配達なら、あたしにもちゃんと“できる”ことがある」


「よし。受けよう」


 セルグレンの一言で、依頼書にギルドの印と三人の名前が刻まれた。


 その肩口で、透明な少女の姿――ミナがゆらりと浮かぶ。


「配達……なんだか楽しそうですね」


「お化け配達員は、ちょっと怖がられるかもしれないけどね」


 リゲロが茶化すと、ミナはぷうっと頬を膨らませた。


「姿は見えませんから、大丈夫です!」


「それもそれで怖いんだよなぁ……」



 ギルドを出ると、

 アリーナに紹介された“ベテラン配達員”が門のところで待っていた。


 背の曲がった老人。

 小さな荷車。

 首からは、組合の古い真鍮バッジがぶらさがっている。


「おぉ、おぉ。あんたたちが、今日の臨時かね?」


 目尻の皺が深い。


「えっと……今日だけ、お手伝いさせてもらうジージーです」


「セルグレンだ」


「リゲロ。よろしくな、じいさん」


「ワシは“ボロト”だ。

 この町で四十年、配達をやっとる」


「四十年!?」


 ジージーが思わず声を上げると、ボロトは嬉しそうに笑った。


「配達ってのはな、冒険者と同じだ。

 “誰かの頼み”を抱えて歩く仕事じゃ」


 荷車の上には、

 きちんと紐でくくられた包みが三つ。


 一つは、揺らすと軽くカラリと音がする木箱。

 一つは、布袋に入った小さな包み。

 最後の一つは、封蝋のされた厚手の封筒。


「これは施薬堂へ。中身は薬瓶じゃ。割るなよ。

 こっちは川沿いの小屋に住んどるおばあちゃんへの“生活袋”。

 最後の封筒は、丘の上の家に住んどる“とあるご老人”宛てじゃ」


「丘の家の人……どんな人なんですか?」


 ボロトは少しだけ目を細めた。


「ふむ。まぁ、行ってみりゃわかるさ。

 ワシからは何も言わんでおこう。

 配達ってのは、受け取る人と運ぶ人の“内緒話”みたいなもんだからな」


 それは、どこか詩のような言葉だった。


(内緒話……)


 ジージーは、

 胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。


「ルートは任せる。

 ただし、日が暮れる前には戻れ。

 “暗い街”は、ワシら配達員の仕事じゃない」


 ボロトはくるりと背を向け、

 ギルドのほうへと歩き出した。


「行くか」


 セルグレンが荷車を引き、

 ジージーとリゲロが両脇についた。


 ミナは、ふわりとその上に腰かけるように浮かぶ。


「配達員ミナ、今日はスパイ役もがんばります!」


「荷物、透けて落とさないでくださいね……?」



 最初の目的地は、城下の施薬堂だった。


 白い石造りの建物には、

 栄養剤や湿布の匂いが漂っている。


「レーヌ施薬堂のアーベルさん宛ですね……」


 ジージーが木箱を抱えて入ると、

 カウンターの奥から細身の青年が顔を出した。


「配達? あぁ、ギルド経由の便か。助かるよ」


 彼は手際よく受領のサインをしながら、ちらりとジージーを見た。


「君、前に見たことがあるな。

 この前、北区の熱病の子どもに薬持ってきてたろ?」


「はい。施薬院の手伝いをしていたことがあって……」


「そうか。

 薬は“運ぶだけ”でも十分人を救える。

 君みたいな子が増えればいいな」


 何気ない一言だったが、

 ジージーの胸にふわりと灯がともる。


(運ぶだけで……救える)


 木箱が空になり、荷車は少し軽くなった。



 次の目的地は、川沿いの貧民街だった。


 石畳は途中から土の道に変わり、

 家々の屋根はところどころ欠けている。


 子どもたちが裸足で駆け回り、

 誰かが干した洗濯物が風に吹かれている。


「ここ、ちょっと空気が違いますね」


 ジージーが呟くと、リゲロが肩をすくめた。


「どの町でも似たようなもんさ。

 ギルドから離れれば離れるほど、陽の当たらねぇ場所が増える」


 ミナが、布袋をじっと見つめている。


「この荷物……重さはそんなにないのに、何か“詰まってる”気がします」


「中身は、生活袋……って言ってたな」


 セルグレンが周囲を見回しながら、

 目的の小屋を探す。


 やがて、

 川に近いところで小さな煙突がちょろちょろ煙を上げている家を見つけた。


 扉をノックすると、

 しゃがれた声が返ってきた。


「……どなた?」


「ギルド経由の配達です。

 生活袋をお持ちしました」


「ああ……あああ!」


 扉が勢いよく開き、

 痩せたおばあさんが顔を出した。


 目の下には深い皺。

 だが、その瞳は驚くほど明るかった。


「ありがとうよ……!

 パンに乾燥肉、灯油、それから――」


 袋の中身を一つひとつ確かめながら、

 おばあさんは小さく頷いていく。


「これで、今月もなんとか越せるよ。

 組合のボロトさんには世話になってねぇ……

 ほんに、配達してくれる人がいなきゃ、ワシはここで干からびてただよ」


 ジージーは、

 胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


(ボロトさんの仕事って……

 こうやって誰かの“生活”をつないでるんだ)


「運んでくれて、本当にありがとう」


 おばあさんは、小さな乾いた手でジージーの手を握った。


「ワシ、名前を聞いてもいいかい?」


「ジージーです。

 ジージー・ギルバート」


「ジージーか。

 忘れんように、何度も唱えておくよ」


 名前、という言葉に、

 リルモアの帳簿の記憶が一瞬蘇る。


(数字じゃない……

 ここでは、“名前”で覚えてもらえる)


 布袋が空になり、

 荷車はずいぶん軽くなった。


「さて――」


 セルグレンが空を見上げる。


「最後は丘の上だな。

 日が暮れる前に、片付けちまおう」



 城下町の北側。

 石垣の門を抜けると、なだらかな丘が続いていた。


 レーヌ湖から吹き上げる風が、

 草を波のように揺らしている。


 丘の上には、ぽつんと一軒だけ家が見えた。


 木造の小さな家。

 煙突からうっすらと煙が立ち上っている。


「……本当に、ただの家だな」


「さっきから“ただの家”って言い方多くないですか?」


 ジージーが苦笑すると、ミナがふわふわと前方に飛んでいく。


「中に悪いものはいなさそうです。

 なんだか……寂しい匂いがしますけど」


「寂しい匂い……?」


 ジージーは封筒を抱え直し、

 玄関の前に立った。


 封蝋には、レーヌ湖畔公国の印。

 宛名は、

 ――《レーヌ湖畔公国 名誉騎士 タルク・ラウ》殿。


「……騎士?」


 ノックをすると、

 しばらくしてゆっくりと扉が開いた。


 現れたのは、

 白い髭を胸元まで伸ばした老人だった。


 だが、その背筋はすっと伸びている。

 瞳には、湖のような静かな光。


「宅配組合からの使いかね?」


 老人の声は低く、よく通った。


「ギルドから臨時でお手伝いに来ました。

 ジージーと申します。

 お届け物が一通――」


 封筒を差し出すと、

 老人は丁寧に受け取り、封蝋を指でなぞった。


「……ああ。

 今年も、この季節が来たか」


 小さく笑う。


「中身、見てもよろしいでしょうか?」


「構わんよ。

 どうせ、毎年そう変わらん」


 封が切られ、

 中から一枚の紙が現れた。


 そこには、公国の紋章とともに、簡素な文面が並んでいる。


『――今年も、あなたを“名誉騎士”として記録に残します。

 かつてレーヌ湖を守ったあなたの功績は、

 今なお語り継がれております。

 どうか健康に留意され、静かな余生をお過ごしください――』


「……」


 ジージーは言葉を失った。


(それだけ?)


 老人――タルクは、

 静かに目を閉じて紙に指を滑らせた。


「毎年同じ文面じゃ。

 だが、それで十分だ」


「十分、なんですか?」


 思わず聞いてしまう。


「もっとこう……

 誰か会いに来るとか、

 何か贈り物があるとか……」


 タルクは目を細め、丘の風を感じるように顔を上げた。


「レーヌ湖畔の騎士にとって、一番の勲章はな」


「はい」


「“忘れられていない”という事実じゃよ」


 その言葉は、

 リルモアの帳簿で見た、多くの“消えていった名前”を

 ジージーに思い出させた。


「ワシの仲間は、ほとんどもうおらん。

 だが公国の記録のどこかに、

 ワシの名が小さく残っておる。それで十分じゃ」


 タルクはそう言って、

 封筒を胸に抱いた。


「君の名前は?」


「ジージー・ギルバートです」


「ジージーか。

 良い名だ」


 タルクは小さく笑う。


「君が、誰かの配達をまた運んでやるとき――

 その相手の名を、心のどこかで一度でいいから“唱えてやりなさい」


「唱える……」


「名を呼ばれる者は、生きている。

 たとえ帳簿の数字だけになったとしても、

 誰かが名前を覚えていれば、その者は“完全には死なん”」


 その言葉に、

 胸の奥がじわりと熱くなった。


(名前を……覚えておく)


 グレン。

 ミーヤ。

 リオン。

 タリサ。

 ボロト。

 川沿いのおばあさん。

 そして――このタルク。


 ジージーは静かに、

 心の中で一人ひとりの名を唱えた。


「……ありがとうございます、タルクさん」


「礼を言うのは、ワシのほうじゃ。

 今年も“忘れていない”と知らせてくれてな」


 老人はそう言って、

 扉を静かに閉じた。


 丘の上に、風の音だけが残る。


「……すごい人でしたね」


 ミナがぽつりと言う。


「あの家、たしかに少し寂しい匂いがしたけど……

 心の中は、あったかかった」


「名誉騎士、か」


 セルグレンも小さく息をついた。


「どこの国にも、“表舞台の外側”で踏ん張った奴がいる。

 ああいう人たちがいるから、

 今、こうして普通に旅ができるんだ」


「……あたしも、いつか」


 ジージーは小さく呟いた。


「帳簿に名前が残るとかじゃなくて。

 誰かの心のどこかで、“忘れられない名前”になりたいな」


「おう、だったらまずは――」


 リゲロが笑って頭をくしゃりとかき回す。


「今日の配達仕事をちゃんとやり切ることだな。

 “配達員ジージー”、悪くねぇ響きだぜ?」


「ちょっと地味じゃないですか?」


 言いながらも、

 ジージーの口元には自然と笑みが浮かんでいた。



 城下町に戻る頃には、

 空は茜色に染まり始めていた。


 ギルド横の組合小屋では、

 ボロトが荷車を掃除している。


「おぉ、おぉ。ちゃんと帰ってきたか」


 三人が荷車を戻すと、

 ボロトは一つずつ確認する。


「施薬堂、受領印よし。

 川沿いのおばあちゃん、“ありがとうの言葉”が口頭で届いとる。

 丘のタルクさんも、ちゃんと受け取っとるようじゃ」


「どうしてわかるんですか?」


 ジージーが首を傾げると、

 ボロトは自分の胸を指さした。


「配達員の胸はな、“受け取った人の声”が、なぜかちょっとだけ届くんじゃよ」


「それ、ちょっと霊感っぽいですね……」


 ミナがくすくす笑う。


「ワシは幽霊はよう見えんがの」


 ボロトは腰の袋から小さな革袋を取り出し、ジージーに渡した。


「これが今日の報酬じゃ。

 銀貨一枚と銅貨三枚。

 あんたたちの分じゃよ」


「ありがとうございます」


「礼を言うのは、こっちじゃ。

 ワシ一人じゃ、今日中に終わらなかった。

 君たちが走ってくれたおかげで、“名前を呼ばれた人間”が何人もいる」


 ジージーは、

 胸がじんと熱くなるのを感じた。


(名前を呼ばれた人……)


 川のほとりのおばあさん。

 丘の上の騎士。

 施薬堂の青年。


 荷物のお届け先には、それぞれの“生活”があった。


 そのほんの一端に、

 自分も触れたのだと思うと――

 心の中に、今までにない温かさが広がっていく。


「また人手が足りない時は、頼んでもいいかの?」


 ボロトが尋ねる。


「もちろんです」


 ジージーは即座に頷いた。


「今のあたしたちにできることなら、いくらでも」


「……だそうだぞ、セルグレン隊長」


 リゲロがニヤリと笑う。


 セルグレンは、少しだけ照れくさそうに肩をすくめた。


「“隊長”はやめろ。

 だがまぁ――」


 眼差しは、どこか誇らしげだ。


「悪くない一日だったな、“配達員ジージー”」


「だから、その呼び方は地味だって……!」


 笑い声が、レーヌ湖畔の夕空に溶けていった。


―――――――――――――――――――


【後書き】


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


この話では、

•《レーヌ湖畔公国》の城下町の日常面

•冒険者ギルドと“宅配組合”の関係

•ベテラン配達員ボロト

•川沿いのおばあさん

•丘の上の“名誉騎士”タルク・ラウ


を通して、


「冒険者=戦うだけじゃなく、“誰かの日常を運ぶ”存在」


という側面を描きました。


リルモア編で出てきた

•「数字と名前」

•「忘れられないこと/忘れられること」


というテーマを、

レーヌ湖畔公国流の“穏やかな日常”に落とし込んだ回でもあります。


今後、

•リゲロの“冒険者としての過去”

•ミナの幽霊としての在り方

•セルグレンとジージーの“隊長と新人”関係

•本格的な大きな依頼(国境・帝国絡み)


などに繋がっていく予定です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ