旅路の章 ― 砂と風の短編集 ― **第2話・山陰の家(後編) ― Sweet Home Shadows ―**
【前書き】
前編では、森で倒れていた冒険者リゲロを救い、
彼を休ませるために“古びた山陰の家”へ入ったジージーたち。
だがそこで、不可解な笑い声、物音、揺れる影が彼らを包み始める。
後半では、家に宿る“未練”と対面する一夜――
そして思わぬ新しい仲間が生まれる回です。
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【本編】(後編)
ジージーが足元の小さな木片を拾い上げた瞬間。
――コンッ。
天井裏から、小石を落としたような乾いた音が響いた。
「……まただな」
セルグレンが、剣に手を掛けたまま低く言う。
家の中の空気が明らかに変わっていた。
外の夜風は止まり、森の虫たちの声すら途絶えている。
「笑い声……また聞こえる」
リゲロが、半分上体を起こして呟く。
毒で青ざめていた顔はまだ完全ではないが、目に怯えが宿っている。
ジージーは、耳を澄ませた。
――たしかに、聞こえた。小さな子どもの笑い声。
しかしそれは、不自然なほど遠くて、そして近い。
(この気配……人じゃない)
床がミシッと沈む。ジージーが身構えた瞬間――
部屋の奥の襖の影から、白い手がのびてきた。
「っ!!」
ジージーが咄嗟に棒を構える。
セルグレンは剣を半分抜き、リゲロは呻きながら後退した。
白い影は、襖を押し開けるようにするりと出てきた。
――少女だ。
年は10歳ほど。黒髪。ぼろぼろの白いワンピース。
ただし、足がない。
ふわりと宙に浮いたまま、静かに彼らを見ていた。
「お父さん、帰ってきた?」
その声は震えていた。
(……迷子の幽霊?)
ジージーはすぐに棒の構えを解いた。
少女の怨念は“怒り”より“哀しみ”の色が強い。
「ねえ、お父さん……? また会いにきてくれたの?」
少女は、ジージーに向けて歩くように近づく。
だがその瞳は、どこか遠くを見ている。
セルグレンが低声で問う。
「ジージー……見えるのか」
「うん。はっきり」
少女の小さな手が、ジージーの腕をすり抜けた。
その瞬間、冷たい空気が全身を撫で――
次いで、家そのものが軋むような悲鳴を上げた。
「う……あっ!」
リゲロが胸を押さえ、吐き気を堪えた。
(この家……“誰かの死”が染みこんでるんだ)
少女は振り返り、奥の部屋を指差した。
「ここで……お父さん、死んじゃったの。
だから、わたしひとりになっちゃったの……」
その言葉と同時に、襖の奥から――
黒い影がドロリとあふれ出した。
怒り、憎しみ、嘆き……負の塊。
おそらくは、この家で命を落とした父親の怨念。
「来る!!」
影が天井まで伸び上がり、牙のような形を作った。
セルグレンが前に出る。
「おいガキ、下がれ! 俺がやる!」
「だめだよセル! あれは“ぶった切って”どうにかなる相手じゃない!」
ジージーは棒を逆手に持ちかえ、深く息を吸った。
(非致死……ほどほど……蝶番へ)
気持ちを整えると、影の揺れ方が少しだけ見える。
重心。流れ。
まるで“風の動き”だ。
「セル、ちょっと時間稼ぎ!」
「任せろッ!!」
セルグレンが影へ向かって飛び込む。
斬るというより、“気を逸らす”立ち回り。
怪力の連撃で影はひるむが、すぐに形を戻して襲いかかる。
ジージーは床に置いていた古い木箱を開いた。
そこには、小さな木彫りの人形と手紙が残っていた。
(これ……少女のお父さんの形見?)
人形を握りしめ、ジージーは影に向かって飛び出した。
「あなたの娘さん、ずっと待ってたよ!!!」
叫びと同時に、少女がジージーの背後にふわりと現れた。
涙に似た光をこぼしながら。
「お父さん……」
その一言で、影は一瞬、動きを止めた。
ジージーは影に近づき、人形をそっと差し出す。
重い空気が揺れる。
「帰ってあげて。ずっと、ひとりで……怖かったんだよ」
影は震え――
やがて、少女へと手を伸ばした。
少女もまた、影へ手を伸ばす。
「お父さん……迎えにきてくれたの……?」
次の瞬間、黒い影はふっと光に溶け、少女を優しく包みこんだ。
そして――そのまま消えた。
家中の寒気が、一気に晴れていく。
セルグレンが剣を戻しながら息を吐く。
「……終わったか」
リゲロは壁に寄りかかりながら呟いた。
「助かった……幽霊と戦うなんて、もう二度と御免だ」
しかし、そのとき。
部屋の中央に、淡い光が浮かんだ。
小さな少女――先ほどの幽霊――が形をとり直す。
「ありがとう」
声が、はっきりと響いた。
ジージーは驚き、思わず膝を折る。
「まだ……いるの?」
「うん。でも、もう怖くないよ。
お父さんは、わたしに“外の世界を見てきなさい”って言ったの」
「え……?」
「だから、あなたたちと行きたいの。
わたしだけだと、こわいから。
でも……あなたは、怖くない」
少女はジージーにだけ見えているらしい。
セルグレンはぽかんと口を開けている。
「ジージー……まさか、増えたのか?」
「う、うん……かも……」
「幽霊が仲間って……お前、すげえな……」
少女はにっこり笑った。
「わたしの名前……“ミナ”。
これからよろしくね、ジージー。セルのお兄ちゃん」
こうして――
ジージーとセルグレンの旅は、思わぬ“もうひとり”を迎え入れた。
その夜、森にはもう、あの家の呻き声は響かなかった。
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【後書き】
今回のキーワード:
●“未練の正体”
怨念系の敵は倒すよりも「ほどほどに流す」ことで成仏できる。
ジージーの“蝶番”の戦い方と相性が良い回でした。
●新キャラ:ミナ(幽霊少女)
・ジージーにしか見えない
・セルにも“なんとなく気配だけ”わかる
・戦闘では敵の行動をわずかに先読みできる
・旅先で時々“事件の鍵”になる
・コメディ枠にも使える
次回から、三人体制の旅が始まります!




