巡察の朝 ― 呼ばれた名前と、呼ばれなかった名前前編
【前書き】
いよいよ前編です。
・巡察教士の「実地査定」
・街の不穏
・“名前が呼ばれる瞬間”
・ミーヤ弟リオンの瀬戸際
・タリサとベルツの決断
・ジージーの“選択”が動き始める
これらを描きます。
――――――――――――――――――――
【本編】
朝日が昇りきる前から、街はざわざわと騒めいていた。
リルモアの中央広場――
巡察教士たちがそこに陣取る、と噂が流れていたからだ。
「……今日、呼ばれるんだって」
「外来者枠は二人分」「東区から五人だとよ」
「ミーヤの弟……大丈夫かね」
ささやき声が、あちこちから聞こえる。
ジージーは、その中心の施薬院の前で深呼吸をした。
(今日…… “数字が” 決まる日だ)
その横で、ミーヤは弟リオンを抱きしめて震えていた。
「ジージーさん……怖いよ……」
「大丈夫。絶対、誰も触れさせない」
言葉に、ほんの少しだけ自分の声が震えた。
(でも……本当は、怖いのはあたしのほうだ)
◆
巡察教士たちは、広場中央の高台に立った。
白い外套。
分厚い帳簿。
ルーデンス聖教国の紋章。
その周りを、帝国の兵と理事会の役人が囲う。
ジージーとセルグレンは施薬院の影に隠れて見ていた。
「来たな……」
セルグレンは低く呟く。
「ジージー、いいか。
“呼ばれた名前”には絶対に触れるな。
助けられるのは、いまの段階では“名簿の外側”にいる者だけだ」
「名簿の外側……?」
「帳簿に書かれなかった者だ。
数字の外は、まだ砂で守れる」
ジージーは、拳を握った。
(数字の外……
でも、ミーヤ弟は……)
◆
やがて――。
「これより、巡察の一次査定を開始する!」
巡察教士の声が響く。
白外套の男が、帳簿の束を掲げた。
読み上げられる。
ひとり。
ひとり。
またひとり。
呼ばれた瞬間、
その家族が泣き崩れ、
兵の手が伸びる。
それら全部が、
ただの“行番号”で進んでいく。
(いやだ……
こんなの……)
ジージーの喉が熱くなる。
◆
「――外来者枠、二名」
読上げが始まった。
ミーヤが息を呑む。
ジージーも胸の奥が締め付けられた。
巡察教士が帳簿をめくる。
「外来者・一名――」
沈黙。
(リオンじゃない……!!
よかった……!)
だが同時に、
別の数字が読み上げられた。
「――外来者・二名目……
“タリサ”」
ジージーの視界が一瞬揺れた。
「……タリサ……?」
広場の反対側で、
小さな少女が膝から崩れ落ちた。
(なんで……!?
タリサが……?
昨日まで、“候補”ではなかったのに……)
その瞬間、横でセルグレンが低く唸った。
「紙が差し替えられたな……」
「差し替え……?」
「昨日ジージーが見た書類だ。
あれを“採用されなかった案”にして、
もう一枚、別の誰かが作ったんだ……!」
◆
兵士が、泣き叫ぶタリサを引きずっていく。
周囲は誰も助けようとしない。
助けられない。
“数字に触れた者”に逆らえば、自分が危険になるからだ。
ジージーは一歩踏み出した。
「……やめてください……!」
セルグレンが腕を掴む。
「駄目だジージー!
“呼ばれた名前”は砂では覆せん!」
「でも……!
タリサは……あの子は……!!」
「動いたら、お前が“穴埋め枠”だ!」
その言葉で、足が止まった。
(そうだ……
外来者枠は“変動枠”……
あたしが動けば、代わりにあたしが行く……
そういう仕組み……!)
タリサが遠ざかっていく。
声が聞こえる。
《ジージーさぁん……!》
耳に焼き付く。
◆
その時――。
「やめて!!」
ベルツ事務官が兵士の前に立った。
「その子は……っ
その子は――
“今日の選定基準”にそぐわない!!」
広場がざわめいた。
巡察教士が冷たい目で振り返る。
「事務官。
あなたの権限で“名簿”を覆す気か?」
ベルツは震えていた。
でも、退かなかった。
「そ……その子は、
昨日まで外来者候補では――!」
巡察教士は帳簿をめくり、
鼻で笑った。
「“昨日の帳簿”が正しいとは限らない」
「数字は常に変化する。
我らが決めれば、それが“正”だ」
その瞬間――
兵士の手が、再びタリサに伸びた。
(もう……だめだ……!
このままだとタリサが……!)
ジージーは、心の奥に“熱”を感じた。
(数字が……
彼女を飲み込む……
あたしは……
あたしは……!!)
◆
「……あたしは……!」
口が動いた。
全身が震える。
「タリサの代わりに……
“あたし”が行きます……!!」
広場の空気が止まった。
ミーヤの叫び。
セルグレンの怒号。
ベルツの絶望。
全部を貫いて、
ジージーの言葉だけが響いた。
「――あたしは、外来者。
あたしのほうが……
数字として“都合がいい”でしょう……?」
巡察教士がゆっくりこちらを向いた。
静かな、
しかし残酷な笑みだった。
「その通りだ」
帳簿が閉じられる。
「では――
外来者“タリサ”を除外し、
“ジージー”を追加とする」
広場に、重い鐘の音が響き渡った。
ゴォォン……!!
(これで……
タリサは……助かった……
あたしは……)
膝が震えた。
(……数字になった……)
◆
次の瞬間。
「ジージー!!」
セルグレンが彼女を抱え込んで後方へ飛び退いた。
兵士の手が届く直前――
砂の煙が舞った。
「走れ!!」
セルグレンの叫び。
「お前は“砂の子ども”だ!
連れていかせてたまるか!!」
周囲で、
“砂の仲間”が一斉に動いた。
タリサが泣きながら手を伸ばす。
ミーヤが弟を抱いたまま叫ぶ。
ベルツが帳簿を抱えて走る。
そしてジージーは――
生まれて初めて、
“数字に逆らって”走り出した。
◆
広場は混乱した。
兵が追う。
巡察教士が怒号を上げる。
その中で、
ジージーの胸には一つだけ、
強く確かな思いがあった。
(もう……誰も数字に飲まれさせない……!)
石畳を蹴る。
外套が翻る。
砂が舞う。
彼女は、走った。
「セルグレンさん……!」
「逃がすぞ!!
ジージー、“砂の外”に出るまで走れ!!」
生まれて初めて感じる“追われる恐怖”。
でもそれ以上に――
“誰かを守れた”という実感。
それが、
胸の奥で確かに光っていた。
――リルモア市編、残り1話。
――――――――――――――――――――
【後書き】
ここまで読んでくださりありがとうございます!
今回は
ジージーが初めて“自分の意志で数字を動かし”、
自分自身が“数字にされる”回
でした。
この章で描きたかったテーマ:
•「名前」が「数字」に変わる瞬間の残酷さ
•“外来者枠”の構造
•タリサの救済
•ベルツの決断
•セルグレン&砂の仲間たちの連携
•ジージーの“覚悟の形成”
すべてをここに詰め込みました。
次回いよいよ――
リルモア市編・最終話(第34話)
『砂の外へ ― ジージーの逃走と誓い』
に入ります。
読者の心に残る“転生勇者の第1転機”になります。




