“帳が閉じる音” ― リルモア最後の夜
【前書き】
この章の完全ラストです。
・巡察教士の“査定”
・ベルツ事務官の決断
・ミーヤ弟リオンの運命
・タリサ
・外来者枠
・セルグレンとジージーの脱出
・ジージーが“名前の重さ”を知る瞬間
をひとつにまとめて終わらせます。
これでリルモア編は完全に終了となります。
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【本編】
リルモア市は、
まるで“息をしていない街”のようだった。
巡察教士が来る日は、
誰もが声を失う。
◆
午後三時。
教士たちの白外套が、街路に影を落としていた。
ひとり、
またひとり。
施薬院・工区・市場――
次々と“査定”が進んでいく。
名前が呼ばれ、
紙に書かれ、
線が引かれ、
数字に置き換えられる。
それだけで“誰かの人生”が決まっていく。
ジージーは、
施薬院の物陰で、
セルグレンと共にその様を見ていた。
「……あれが、巡察」
「数字を数えるだけの連中だ。
だが、その数字で人が死ぬ」
セルグレンの声は、
いつになく硬い。
「俺は――
あいつらより人間を信じたい」
ジージーは、
胸の奥がぎゅっとなる。
(この街の人たち……
みんな“名前”があるのに……
紙に載ると、“数字”にされる……)
ちょうどそのときだった。
白外套の一人が、
施薬院の扉を叩いた。
「施薬院補助――
リオン・ベール。
名を呼ばれた者は前へ」
ミーヤの瞳が凍りついた。
「……いや……
リオンは……
治ったばかりなのに……」
代わりに出たのは、
施薬院長の老女だった。
「巡察教士様……
この子は、まだ体が……」
「数字上の回復値は“完治”だ。
帳簿にはそう記されている」
冷たい声。
「“治っていない”と言うなら、
証明書類を出せ」
老女は震えた。
「……帳簿が……
すべて……」
ミーヤが泣き崩れた。
ジージーは、
思わず一歩踏み出した。
(リオンを……
連れて行かせたくない……!)
だがセルグレンが腕を掴んだ。
「ジージー。
いま出れば、お前まで数字にされる」
「でも……!」
「必ず助ける機会は来る。
いまは、飛び込むな」
悔しさで、
唇を噛みしめた。
(なんで……
“名前”じゃなくて数字なんだよ……)
◆
夕刻。
巡察は終わり、
白外套は理事会館へ戻っていった。
残されたのは――
“送致候補者”として名を挙げられた十数名。
ミーヤは泣きながら、
弟を抱きしめていた。
「リオン……
お姉ちゃんが絶対……
一緒に行くから……」
「だめだ」
ベルツ事務官の声がした。
「“同行者”は帳簿に載らない。
行けば、
君も“枠”に追加されるだけだ」
ミーヤは震える。
ベルツは、
黙って帳簿を一枚渡した。
「リオンの行き先だ。
帝国内の“救護院”としか書かれていない」
「救護院……?」
「だが……
帝国の“救護院”など、
この世には存在しない」
ジージーは息が止まりそうになった。
(……じゃあ、どこへ?)
ベルツは苦い顔をする。
「“北の帝国の地下鉱区”だ。
都市伝説ではない。
実在する」
ミーヤが崩れ落ちた。
「やめて……
リオンを……
あそこだけは……」
そのとき――
ベルツは一枚の紙を握りしめた。
「あの日……
君の名前を余白に書いた。
ジージー」
ジージーは息を呑む。
机の脇に置かれた
――“外来者(仮補)”
あの破られかけの紙。
「俺は……
数字に抗える人間が、
この街に一人でも必要だと思った」
ベルツの声は震えていた。
「だから……
今日――
お前の名前を帳簿から“消した”」
「――!」
ジージーの胸が熱くなる。
(ベルツさんが……
あたしを……守ってくれた……)
◆
夜。
街路の灯が消え、
風だけが吹いていた。
セルグレンが外套を手渡す。
「行くぞ、ジージー。
街は、もう“安全な場所”じゃない。
外来者であるお前は、
数字に戻される可能性が高い」
ジージーはミーヤの前に立った。
「ミーヤ……
絶対、リオンを取り返す。
あたし、強くなるから」
ミーヤは涙でくしゃくしゃになりながら、
ジージーの手を握った。
「ジージーさん……
あなたは……
“数字”じゃないもんね……」
リオンも小さく頷く。
「ねぇちゃん……
あのね……
ぼく……
ジージーねぇちゃんには……
また会える気がする……」
胸がきゅっと締めつけられた。
(あたし……
この街を絶対忘れない)
セルグレンが手を差し伸べる。
「行こう」
「はい……!」
――二人は夜の街路へ走り出した。
その背後で、
リルモア市の帳簿が
“閉じる音”がした。
ジージーは振り返らなかった。
もう、
名前を“数字”にされたくなかったから。
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【後書き:用語解説】
■《帳簿》
帝国・聖教国・理事会の三者が管理する“人間管理用の台帳”。
年齢・出生・病歴・職能を数字化し、送致候補者を選ぶ。
■《巡察教士》
聖教国から派遣される“査定官”。
人を“神の秤”にかけると称しながら、
実際は帳簿に沿って数字で裁く。
■《外来者(仮補)》
街に突然現れた者。
身寄りがなく“労働力”として使われることが多い。
数字上はもっとも切り捨てやすい枠。
■《救護院(帝国)》
建前だけで存在しない。
実態は“北の帝国地下鉱区”への強制労働送致。
■《ジージーの脱出》
ここから
セルグレン&ジージーの“二人旅” が始まります。




