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Staff Hero ― 支える勇者 ―  作者: 和泉發仙


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白い外套の目 ― 巡察の日の前夜

【前書き】


※今回は、

・巡察教士たちの“やり口”が初お披露目

・ミーヤ&リオンに直接、影が落ちる

・ベルツ、タリサ、ジージー、それぞれの「小さな選択」

がメインです。


派手な戦闘はありませんが、

“どういう価値観で人間を測るのか”が、かなりハッキリ出てくる回になります。


――――――――――――――――――――


 重い鐘の音が、リルモアの空気を低く震わせた。


 巡察教士たちが理事会館に入っていってから、まだそう時間は経っていない。

 けれど街は、もうすっかり“巡察の日の顔”になっていた。


 家々の戸は少しだけ固く閉じられ、

 洗濯物は早めに取り込まれている。

 通りを歩く人々は、どこか落ち着きなく周囲の様子を窺っていた。


「……あいつら、そんなに怖いのか?」


 施薬院の裏庭に戻ったジージーは、

 薬草棚の影から通りを眺めながら、セルグレンに尋ねた。


「ああ」


 セルグレンは短く答えた。


「巡察教士は“神学校の出身者”だ。

 神の教えと帳簿を両方、疑わずに信じている連中だ」


「両方……?」


「“帳簿は神意を映す鏡だ”と本気で思っている。

 だから、数字に逆らう人間を見つけると、

 それを“信仰の欠如”だと判断する」


 ジージーは思わず眉をしかめた。


(数字に従わない=神に逆らう、ってこと?

 そんなむちゃくちゃな……)


「とはいえ、すぐに人を連れ去るわけじゃない」


 セルグレンは続けた。


「まずは“確認”だ。

 帳簿と、実際の人間の様子が合っているかどうか。

 そのために、施薬院にも足を運ぶ」


「施薬院にも……」


 胸がざわつく。


(ミーヤの弟……

 “要注視者”の欄に名前があった……)


 そのとき、裏口の扉が勢いよく開いた。


「ジージー!」


 荒い息と一緒に飛び込んできたのは、ミーヤだった。

 顔色は悪くないが、目が血走っている。


「ミーヤ、どうした?」


「どうしたもこうしたもないわよ!」


 ミーヤは半ば叫ぶようにして言った。


「巡察教士が、これから施薬院に来るって!

 弟のカルテと、帳簿の確認をするんだって!」


 ジージーの背筋に冷たいものが走った。


「いつ……?」


「今から一刻以内。

 さっき、理事会の使いが来たの」


(早い……

 帳簿を見て、すぐ“気になる家”をチェックしに来るってことか)


 セルグレンが腕を組む。


「施薬院を通すのは、“病気”と“怠慢”を見分けるためだ。

 “本当に病気で働けないのか”、

 “薬を理由に怠けていないか”を、奴らの目で判定する」


 ミーヤが拳を握り締めた。


「怠けてなんかいないわよ……!

 あの子は、どれだけ頑張っても、体がついてこないだけなのに……!」


「わかってる」


 セルグレンは静かに言った。


「だが、奴らの目にどう映るかは別問題だ」


 ジージーは、自分の胸の鼓動が早くなるのを感じた。


(さっき見た帳簿……

 リオンは“要注視者”。

 今のままだと、“次に動かされる数字”の候補だ)


 その数字の行に、

 白い外套の目が向けられる。


 それが何を意味するか、

 ジージーにもだんだん分かってきていた。



 施薬院の受付前。

 いつもの薄暗い待合室には、

 何人かの患者と付き添いの家族が座っていた。


 だが、空気は普段と違う。


 誰もがそわそわと落ち着かず、

 扉の向こうを気にしている。


「……来たぞ」


 受付の奥で、医師が小さく呟いた。


 木製の扉が開く。

 白い外套。

 胸元には、ルーデンス聖教国の紋章。


 巡察教士が二人。

 その後ろに、理事会の役人が一人付き従っている。


「失礼する」


 先頭の教士が静かな声で言った。


 年の頃は三十手前。

 金髪をきちんと撫でつけ、

 青い瞳は冷たく澄んでいる。


「我らルーデンス聖教国巡察局の者だ。

 この街における“奉仕状況”と“神の教えの遵守状況”を確認する」


 医師が頭を下げた。


「遠路はるばる、ご苦労さまです。

 施薬院の記録は、こちらに」


 教士はうなずき、

 書類を受け取る。


 その視線が、待合室の人々を一通りなめた。


「怠業者の匂いは……

 今のところ、強くはないな」


 隣の教士が小さく笑った。


「いくらか、怯えた顔は見えますがね」


 ジージーは、受付の陰からその様子を見ていた。

 ミーヤとリオンも、少し離れたベンチに座っている。


 リオンは眠そうに目をこすっていたが、

 その頬は少し紅潮している。

 熱が上がりかけているのかもしれない。


(お願いだから、今は静かにしてて……)


 ミーヤが弟の肩をさすりながら、祈るように目を閉じた。



 教士たちは、

 施薬院の記録と理事会館から持ってきた帳簿を照らし合わせていった。


「グレン・ハーヴィス……

 この者は?」


 記録に目を落とした教士が問う。


 医師が答える。


「先日まで通院しておりましたが、

 すでに“北方奉仕”に旅立ちました」


「そうか」


 教士の目がほんの少しだけ細くなる。


「不満度高。

 従順度低。

 身寄りなし。

 ……妥当な判断だ」


 その一言が、

 あまりにも軽くて。


 ジージーは、喉に何かが詰まるような感覚を覚えた。


(この人たちにとって、

 グレンさんは“正しい数字”だったんだ……)


 胸が熱くなる。

 怒りとも、悲しみともつかない感情が、

 静かに膨らんでいく。



「次。

 “要注視者”の一覧を」


 教士が言う。


 理事会の役人が、

 慣れた手つきで別の帳簿を開いた。


「こちらです。

 “送致候補”ではないが、

 今後状況によっては枠に入る可能性のある者たち」


 教士の視線が走る。


 そして、

 ある箇所で止まった。


「……“リオン・カフリル”。

 年齢、十歳。

 病名――“慢性呼吸不全の疑い”。

 “労働力としての奉仕は困難”。」


 教士は、少しだけ首を傾げた。


「医師殿。

 この者は、どの程度働ける?」


 医師が答えようとした瞬間――


「働けません」


 ミーヤが立ち上がっていた。


「……ミーヤ」


 ジージーは思わず息を呑んだ。


(やばい……

 相手は巡察教士だよ……!)


 教士は、

 ミーヤをじっと見つめた。


「君が?」


「母は数年前に亡くなりました。

 父は工区で長時間働いています。

 弟の世話は、ほとんどあたし一人です」


 ミーヤは、

 唇を噛みしめながら言った。


「“働けるか”なんて聞かれたら、

 答えは一つしかない。

 働けません。

 少なくとも、今のこの体では」


 教士の目が冷たく光る。


「……“少なくとも”?」


「薬と食事で、

 もう少しだけ体力がつけば、

 簡単な仕事ならできるようになります」


 ミーヤは真っ直ぐに言った。


「だから、今は“働けない”。

 でも、“働く気がない”わけじゃない。

 違いはそこです」


 待合室の空気が、

 一瞬だけピンと張り詰めた。


 教士は、

 ミーヤの顔をじっと見つめる。


 やがて、

 ふっと小さく笑った。


「言葉は達者だな」


 それは、褒め言葉ではない。

 皮肉でもない。

 ただの“評価”。


(……この人、

 ミーヤのことを“数字の欄外”として見てる)


 ジージーは、その視線にゾッとした。


「君の心情は理解した」

 教士は淡々と続ける。


「だが、我々が見るのは“今”だ。

 “いつか働けるかもしれない”という期待ではない」


 その瞬間、

 ジージーの中で何かが弾けた。



「じゃあ、“今”をちゃんと見てください」


 自分の声だと気づくのに、一瞬かかった。


 ジージーは受付から一歩前へ出ていた。


 教士の青い瞳が、

 彼女を捉える。


「君は?」


「施薬院の補助員です。

 外来者の、ジージー」


 ざわ……と

 周囲の空気がざわつく。


 外来者。

 身寄りなし。

 帳簿の“外来者枠”に載っている存在。


(バカ……!

 今、自分から名乗る必要ないのに……)


 ミーヤが目で訴えてくる。

 セルグレンはじっと黙って見ていた。


 教士は、

 ほんの少しだけ口元を歪めた。


「外来者……

 君の名前は帳簿で見たことがある」


「だと思います」


 ジージーは、

 手のひらの汗を服でそっと拭いながら続けた。


「“今”を見たいなら、

 リオンの胸を聴いてください。

 息の入り方、音。

 足の色。

 指先の冷たさ」


 敢えて、淡々と。


「それが“今の数字”です。

 帳簿の数字じゃなくて」


 教士の目がわずかに細くなった。


「……医学は専門外だ」


「じゃあ、専門家に聞いてください。

 この人たちの――」


 ジージーは医師たちのほうを指した。


「医師も、看護する人間も、

 “この子がどれだけ無理をしたら倒れるか”を知ってます」


 そして、自分の胸を軽く叩いた。


「数字じゃなく、“ここ”で」


 待合室の空気が、

 また張り詰める。


 教士はしばらく黙っていた。


(怒られるかな……

 連れていかれるかな……)


 膝がかすかに震えている。


 でも――

 逃げようとは思わなかった。


(ミーヤの弟の名前は、

 “リオン”だ)


(“要注視者”じゃない)


(グレンさんの名前も、

 “グレン・ハーヴィス”だ)


(“不満度高の老人”なんかじゃない)


(誰かがそれを、

 数字の前で言わないと)



 沈黙を破ったのは、医師だった。


「……外来者の言う通りです」


 中年の医師が一歩前に出た。


「我々は、

 この子がどのくらいの負荷で息が荒くなり、

 どの程度の熱で倒れるかを、何度も見てきました」


 静かな声。

 同時に、揺るぎない自負がある声。


「施薬院は、

 “働けるかどうか”だけで患者を見ているわけではありません。

 この子のように、“今は休ませるべき子”もいる」


 教士が目を細めた。


「では医師殿。

 この子は今後、“奉仕者枠”に入る見込みはあるのですか?」


「さあ、どうでしょうね」


 医師は肩をすくめた。


「神様でもないので、未来までは断言できません。

 ただ――」


 彼は、リオンの頭を優しく撫でた。


「この子が、

 人のために動けるくらいに元気になったら、

 きっと何かしら“与える側”に回るでしょう」


 教士の口元が、わずかに動く。


「信仰的な表現ですね」


「医者は信仰を語るつもりはありませんよ。

 ただ、

 “数字だけで患者を測るのは、私の仕事ではない”

 と言っているだけです」


 理事会の役人が、

 冷や汗をかいているのがわかった。


(こんな言い方……

 普通なら怒られるよね……)


 ジージーは、

 少しだけ後ろめたくなった。


(もしかしてあたし、火に油を注いだ……?)


 教士はしばらく考え込んでいたが、

 やがて帳簿を閉じた。


「……なるほど」


 淡々とした声。


「“専門家の判断”というなら、

 今回の巡察ではその意見を尊重しよう」


 役人がホッと肩を落とした。


 ミーヤの目に、

 涙がじわりと浮かぶ。


「ただし」


 教士は続けた。


「“要注視者”の欄から名前が消えるわけではない。

 今後の記録次第で、

 再びこちらで判断させてもらう」


 ジージーは、

 それでも胸をなでおろした。


(今じゃなければいい。

 今この瞬間に、リオンが数字に飲み込まれないなら……)


 ミーヤは小さく頷いた。


「……それで、十分です」



 巡察教士たちが施薬院を出ていったあと、

 待合室の空気は一気に緩んだ。


 ミーヤはその場にしゃがみ込み、

 リオンを抱きしめている。


「ありがとう……ジージー。

 本当に、ありがとう」


「いえ……

 あたし、ちょっと余計なことを言い過ぎました」


 ジージーは苦笑した。


「医師さんたちに迷惑かけちゃったかも」


「迷惑どころか」


 中年の医師が近づいてきた。


「助かったよ。

 私たちは、理事会にも聖教国にも頭が上がらない。

 何を言っても、“仕事”と“信仰”で押し返されてしまうからね」


 ジージーは目を丸くした。


「でも先生、

 さっきすごく、

 カッコよかったです」


「はは」


 医師は照れくさそうに笑った。


「年を取るとね、

 たまには格好つけたくなるのさ」


 ふと、

 部屋の隅で誰かが手を振る気配がした。


 タリサだった。


 清掃用のモップを持ちながら、

 ジージーに小さく親指を立てて見せる。


(“よくやった”って顔だ……)


 ジージーは、

 胸の奥がじんと温かくなるのを感じた。



 その頃、

 理事会館の記録保管室では。


 ベルツ事務官が、一人で机に向かっていた。


 巡察教士たちが持ち帰ったメモ。

 帝国急使の確認済み印。

 “追加七名”の枠。


(……外来者枠、二名)


 帳簿に記された数字を見ながら、

 ベルツは静かに息を吐いた。


 ジージーの名前の横には、

 小さく“送致非推奨”の注記。


 その下に、

 もう一つ空行がある。


(ここに誰の名前を書かせるかで、

 この街の“砂”の流れが変わる)


 グレンの笑顔。

 ミーヤの叫び。

 外来者の少女が、

 巡察教士の前で震えながらも立っていた姿。


 全部、頭に浮かんでくる。


(帳簿を書く手で、

 人を殺すことも、救うこともできる)


 それは、

 事務官にとってあまりにも重い真実だった。


 ベルツはペンを持ち、

 しばらく迷った末に――

 空行にそっと線を引いた。


 そこに、何も書かない。


(数字を一つ、動かさないこともまた、

 “選択”だ)


 “誰を送るか”だけじゃない。

 “誰をまだ送らないか”も、また一つの決断。


 ベルツは、小さく呟いた。


「……砂は、勝手に動いてくれる」


 彼は自分が“砂側”に立っていることを、

 まだ自覚してはいなかった。


 だが確かに、

 その手は数字ではなく、

 人の顔を思い浮かべて動いていた。



 夜。


 施薬院の屋根の上で、

 ジージーは星空を見上げていた。


 隣にはセルグレンが座っている。

 いつものように無言だが、

 どこか少しだけ柔らかい空気をまとっている。


「……怖かったです」


 ジージーはぽつりと言った。


「足、震えてました」


「見ればわかる」


 セルグレンが笑う。


「でも、“逃げなかった”」


「ミーヤが、あんなふうに言ったから……

 あの子の名前を、

 “数字じゃなくて言葉で守らなきゃ”って思って……」


「それでいい」


 セルグレンは星空を見上げたまま、言った。


「勇者ってのはな、

 剣を抜くことより先に、

 “誰の名前を守るか決める”やつのことだ」


 ジージーは、

 ゆっくりと目を閉じた。


(あたしは――

 誰の名前を、守りたい?)


 ミーヤ。

 リオン。

タリサ。

 グレン。

 ラガン。

 ベルツ。


 それから、

 まだ見ぬ誰か。


(全部は無理でも。

 せめて、目の前の人くらいは)


 風が吹く。

 砂の匂いがした。


「セルグレンさん」


「なんだ」


「あたし、

 やっぱり“支える勇者”になりたいです」


 セルグレンは、

 少しだけ目を丸くして――

 すぐにふっと笑った。


「そうか。

 なら、もうその道の上にいる」


「え?」


「“数字に文句を言った”ってだけで、

 十分だ」


 星空の下。

 ジージーは、

 自分の中の“何か”が少しだけ形になっていくのを感じていた。


――――――――――――――――――――


【後書き】


ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


今回は、

•巡察教士たちの“測り方”

•ミーヤ&リオンへの直接的な査定

•ジージーの“はじめての真正面からの口出し”

•医師・タリサ・ベルツ、それぞれの小さな反逆

•「数字は君たちを守らない」に対する“最初の反論”


を描きました。



■今話のポイント

•ジージーはまだ何も変えられていませんが、

 “数字の前で名前を名乗る勇気” を手に入れた回です。

•ベルツは「何もしない」という形で、

 “空行のまま残す=数字を増やさない選択” を取りました。

 これが後々、誰かの命の行方を左右します。



次回以降、

巡察はさらに街の隅々へと入り込み、

“誰か一人が失踪する小さな事件”が起こります。


それが、

リルモア編の“終盤”への入口になっていきます。


また続き、いきましょう!

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