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Staff Hero ― 支える勇者 ―  作者: 和泉發仙


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巡察前夜の足音 ― 砂がざわめ

【前書き】


今回のテーマは

「巡察教士の“査定”が始まり、街の空気が急激に歪む」

ジージー、セルグレン、タリサ、ミーヤ弟、ベルツ……全員へ“選択の圧”が迫る回。



【本編】


夕刻のリルモア市は、

昼間よりも静かだった。


だが、静けさの中には、

「何かが始まった」匂いが確かにあった。


白い外套の巡察教士が街に入ったその瞬間からだ。


「どうして……

 みんな、こんなに急に……」


ミーヤが呟く。

弟のリオンを抱いた腕がわずかに震えていた。


人々は家の扉を閉め、

裏通りを避け、目を合わせないように歩く。


ただでさえ重かった街の空気が、

さらに一段階、圧力を増したように感じられた。


「……“査定”が始まったんだ」


セルグレンの声は低かった。


「巡察教士はまず、街の“健康度”と

 “労働力の有用性”を確認する。

 そのために、施薬院と理事会館を中心に回る」


「労働力……」


ジージーはその言葉に眉を寄せた。


(あたしたちの“名前”は、

 ここでは“働き”か“数字”でしか見られてない……)


「グレン老人は……

 リオンは……

 どうなるんですか……?」


ミーヤは声を震わせた。


セルグレンは、しばし沈黙してから言う。


「……守る。

 ただし――“砂”として動く覚悟がいる」


「砂……」


ジージーはセルグレンの横顔を見る。


(砂の民……

 この街に潜る影のネットワーク……

 “数字”に抗うための、すごく小さな、でも確かな動き……)


あたしはその“入口”に、今いる。



施薬院に戻ると、

ベルツ事務官が入口に立っていた。


彼の顔はいつも以上に青ざめている。


「……巡察教士が、明朝ここに来る」


短く、硬い声。


「ミーヤ。

 弟のリオンを連れて、明日の朝いちばんで

 “裏の部屋”に移動させろ」


「う、裏の部屋……?」


「以前、施薬院が倉庫にしていた場所だ。

 帳簿上は“使用されていない部屋”として記録してある。

 そこに“対象者”を置くと、巡察の査定から外せる」


ミーヤは胸元にリオンを抱き寄せた。


「……守って、くれるんですか……?」


ベルツは視線を逸らし、

机の上の帳簿を握りしめた。


「……数字の上では、誰も守れない。

 だが――“帳簿の隙間”なら、まだ使える」


その言葉は、

自分自身を責めているようにも聞こえた。


(この人……

 数字に逆らってる……)


ジージーが言う。


「ベルツさん。

 あたし……何かできますか?」


ベルツの目が、驚いたように揺れた。


「君が……?」


「はい。

 あたしは……

 ただ“見ているだけの数字”でいたくない」


ベルツは、しばし黙り、

それからひとつ深いため息をついた。


「……なら、一つだけ頼みがある」


「……?」


「“調整案”の原本を、

 明日の朝までに“砂”へ渡したい。

 だが、俺が動けば即座に不審がかかる」


セルグレンの目つきが鋭くなる。


「……つまり、運び手が必要というわけか」


「そうだ」


ベルツはジージーを見る。


「君に――頼みたい」


ジージーは唇を結び、頷いた。


「……やります」


(あたしにも……できることがあるなら……)


ベルツは、机の引き出しから

薄い束の紙を取り出した。


古い布で包まれている。


「これが、原本だ。

 “候補者”の名前がすべて書かれている。

 帝国が本格的に動く前に……

 砂の連中へ渡さなければいけない」


セルグレンが受け取ると、

思った以上に重い音がした。


(この紙の束で……

 人の人生が決められてるんだ……)


ジージーは息をのんだ。


「ジージー」


ベルツが言う。


「君は――“数字ではなく名前を見る”人間だ。

 その目は……どんな帳簿よりも正しい」


胸が熱くなる。


(あたしは……

 “数字の外側”を見てる……

 そう言ってくれる人がいる……)



外に出ると、

夜風が冷たかった。


セルグレンは包みをジージーに渡す。


「持て。

 “砂”に渡す役目は、お前だ」


「え……?」


「これは街全体の問題だ。

 だが、同時に“お前自身”の問題でもある。

 帳簿にお前の名前が書かれていた以上……

 これはお前の戦いだ」


ジージーは深く息を吸い込む。


「……はい」


(逃げない……

 あたしは、ここで生きる……)


セルグレンは小さく微笑む。


「よし。

 これから“砂”の本拠地へ行く」


「ラガンさんの……?」


「いや、もっと深い場所だ」


ジージーはごくりと喉を鳴らした。


夜の街を歩くと、

どこかで灯りが消えていく。


巡察教士たちの影が、

大路をゆっくりと横切っていく。


その足音は、

祈りのようであり、

死刑執行人の歩みのようでもあった。


(間に合う……?

 明日の査定までに……

 砂の人たちに渡せる……?)


胸の中の紙束が、

重く、熱く、脈打つように感じられた。


(誰かの“数字”を変えられるかもしれない……

 そのために、

 今夜──走る)


ジージーは外套を握りしめた。


「行きましょう、セルグレンさん」


「……ああ。

 砂は夜に動く」


二人は濃い影の中へと足を踏み入れた。


――巡察前夜。

  数字の行が書き換わる前の、

  最後の砂の時間が始まる。


――――――――――――――――


【後書き】


今回の回は

「巡察教士の影 × 帳簿原本の奪取 × 砂へのバトン」

という章全体の山場の入口になっています。


このあと続く展開:

•砂の民の“本拠地”へジージー初訪問

•タリサの危機(ひとつの伏線が動き出す)

•ミーヤ弟の査定日

•巡察教士の“教義”との対峙

•原本をめぐる攻防

•この章の決着:ジージーの名前の扱いが決定する

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