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Staff Hero ― 支える勇者 ―  作者: 和泉發仙


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巡察教士の目 ― 白い外套が見るもの

【前書き】


※今回は、

・巡察教士たちが実際に“何を見るか”

・施薬院に落ちる最初の影

・ミーヤ弟とタリサに近づく危険

・ジージーが「数字の目線」を初めて体感する

……という回です。


――――――――――――――――――――――


 巡察教士が理事会館に姿を現してから、まだ一日も経っていない。


 それなのに、街の空気は目に見えて変わっていた。


 露店の数が減り、

 人々は石畳を歩くとき、自然と声を潜める。

 いつもならくだらない噂話が飛び交う市壁近くの酒場も、

 今日は妙に静かだった。


「……まったく、空気が悪い」


 ミーヤが施薬院の窓から外を見て、吐き捨てる。


「昨日の鐘の音、街中に響いてたからね。

 “聖教国の巡察教士様ご到着”ってやつ」


 ジージーも横から覗き込む。

 遠く、理事会館の丘に白い点のようなものが見える。


 外套。

 聖典。

 帳簿。


 それらをまとった“白い影”たちが、

 今この街を数字で測ろうとしている。


(数字で“信心”や“忠誠”を測るなんて、

 変な話だ……)


 そう思いながらも、

 皮膚の上には確かな緊張が残っていた。



「ミーヤ、今日の午前は弟さんの具合を見ながらでいい。

 こっちは私とジージーで回すから」


 施薬院の理事長――初老の女性が、

 白衣の袖をまくりながら言った。


 額には深い皺が刻まれているが、

 目だけはまだ鋭い。


「巡察の連中は、まず役所と理事会館、それから“施設”に顔を出す。

 施薬院も例外じゃないはずだ」


「来るんですか……?」


 ジージーが思わず声を上げる。


「来るだろうね。

 病人と貧民の数を、“神の名の下に”だとか言って確認しに」


 理事長は鼻で笑った。


「来られて困ることは、ないんですか?」


「“困ること”しかないさ」


 きっぱりと言い切る。


「病人の数を見て、“この街は怠けている”と言われる。

 薬の消費を見て、“無駄が多い”と言われる。

 看護の手を見て、“信仰が足りない”と言われる」


「信仰……?」


「聖教国式の考え方だよ。

 “神を信じていれば病は減るはずだ”ってね。

 だから、その逆は“信心が足りない印”になる」


 理事長は肩をすくめた。


「病を診る側からすれば、

 そんなものはただの言いがかりだ」


 ジージーは黙り込んだ。


(病気も怪我も、

 “弱さ”じゃないのに……)


 拳を握る指に、少しだけ力が入る。


「……とにかく、

 来たら“数字に合う顔”だけしておきなさい」


 理事長が言う。


「数字に合う顔?」


「逆らわず、否定せず、

 “はい”と“いいえ”を必要なぶんだけ言う。

 嘘はつかなくていいが、余計な真実も口にしない」


 ミーヤが小さく笑った。


「理事長の言う“素直”は、いつも独特だよね」


「生き残るための素直ささ」


 理事長はそう言って白衣のポケットから眼鏡を取り出すと、

 カルテの束に目を落とした。



 昼前。


 施薬院の入口の前に、ふいに人だかりができた。


 ミーヤが廊下を走ってきて、

 ジージーの腕を掴む。


「来たわよ。

 白いのが」


 ジージーは息を飲んだ。


(本当に来た……)


 二階の窓から見下ろすと、

 施薬院の前に白い外套をまとった数人の姿があった。


 先頭の中年男は、柔らかな微笑みを浮かべている。

 その後ろには、

 聖典と帳簿を抱えた若い従者たち。


「ルーデンス聖教国第七巡察隊、

 巡察教士ハザル・アニエル様、

 ご到着であります」


 理事会の役人が慇懃に頭を下げている。


「頭を上げなさい。

 私はただ、神々とニーヤ様の言葉を確かめに来ただけですから」


 柔らかな声。

 穏やかな笑み。


 だがその目は、

 どこか遠くを見ているようだった。


(この人が……)


 ジージーは、

 胸の奥に冷たいものが落ちるのを感じた。



 施薬院の玄関ホール。


 理事長が白衣のまま姿勢を正す。

 その横に、ミーヤとジージーも並んだ。


 巡察教士ハザルが、

 ゆっくりと歩み寄ってくる。


「ここが、この街の施薬院ですか」


 穏やかな声。


「はい。

 リルモア市施薬院、理事長のレーネと申します」


 理事長が落ち着いた声で答える。


「神の御前に立つ者として、

 病を扱う場の責任を問われることも承知しております」


「立派な心がけです、レーネ理事長」


 ハザルは、微笑を崩さない。


「病は時として“試練”です。

 ですが、それをどう扱うかは人の側の問題でもある。

 私たちは、その“あり方”を確かめに来ました」


 従者の一人が、帳簿を開く。


「では、まず“病床数”と“収容者の在籍期間”から」


「承知しました」


 理事長が淡々と答える。


 ハザルはホールを見回し、

 一人ひとりの顔をゆっくりと眺めた。


 その視線が――ジージーのところで止まる。


「……君は?」


「施薬院の補助員、ジージーです」


 喉が乾いている。

 けれど声は、意外としっかり出た。


「外来者ですね」


 ハザルは穏やかに微笑む。


「君の名前は、

 昨日、理事会館で見ましたよ」


 息が詰まりそうになった。


(やっぱり……帳簿で見てる……)


「外から来た者が、

 このような場所で奉仕している。

 それはとても喜ばしいことです」


 柔らかな言葉。


 だが、その裏で、

 自分が“どの行”に記されているのかを思うと、

 足元がわずかに揺らいだ気がした。


「ジージー。

 彼女はよく働いてくれています」


 理事長が口を挟む。


「薬草の扱いも上手く、

 子どもたちの世話も。

 この子を失えば、

 施薬院は確実に人手不足になります」


 ハザルは、穏やかな目をレーネに向けた。


「それは、理事会の帳簿にも反映されているでしょう」


 従者たちが紙をめくる音がする。


「“施薬院補助:有用度高、送致非推奨”」


 ベルツの余白の文字が、

 どうやら“正式欄”に書き直されているらしい。


 ジージーの胸の奥が、じん、と熱くなった。


(ベルツさん……)


 ハザルは小さく頷く。


「よろしい。

 外来者の中にも、“この街を支える砂”はいるのですね」


 その言い回しに、ジージーは一瞬だけ目を瞬かせた。


(砂……?)


 巡察教士が“砂”という言葉を好むのを、

 このときジージーはまだ知らない。



 巡察は、

 静かで、しかし徹底していた。


 病室ごとの患者数。

 入院期間。

 治療内容。

 薬の種類と使用量。

 診察を受けずに帰ってしまった者の数。


 ハザルはひとつひとつ質問し、

 従者たちがそれを帳簿に記録していく。


「この老人は、もう三月ほど入院しているようですが」


 七番病室。

 老女の枕元で、ハザルが問う。


「はい。

 骨折箇所が多く、回復に時間がかかっています」


 理事長が即座に答える。


「家族は?」


「息子が一人おりますが、遠方の工場で働いており、

 こちらに通う余裕はありません」


「ふむ……」


 ハザルは、老女の顔をじっと見つめた。


 その視線は、

 まるで“壊れかけた器”を眺める陶工のようだ。


「“養生期間を過ぎても回復の見込みが薄い者”は、

 帝国の支援施設に送ることもできます」


 従者の一人が口を挟む。


「献身労働という形で、

 残りの生を神々に捧げる道です」


 ミーヤがたまらず割って入った。


「それって……“鉱山送り”ってことですよね」


 室内の空気がピンと張り詰める。


 理事長が慌てて彼女の腕を掴んだ。


「ミーヤ」


「だってそうでしょ。

 “支援施設”なんて言葉でごまかしても、

 実際に何が待ってるか皆わかってる」


 ハザルは、

 それでも微笑を崩さない。


「言葉は人を惑わします。

 “鉱山送り”という表現は確かに過酷に聞こえる。

 だが、“奉仕の場”と言い換えればどうでしょう」


「言い換えても、することは同じじゃないですか」


 ミーヤの声は震えていた。


 怒りなのか、恐怖なのか。

 あるいは両方か。


「君の弟も、ここで世話になっているのでしょう?」


 ハザルが、柔らかく問う。


「その子に必要なものは何か。

 薬か。食事か。

 家族の愛情か。

 それとも――

 君自身の“覚悟”か」


 ミーヤは一瞬、言葉を失った。


「……覚悟?」


「病は、時に“試される”のです」


 ハザルは静かに続ける。


「家族がその者をどう扱うか。

 街がその者をどう位置づけるか。

 それを私たちは見に来ている」


 ジージーの拳が、

 ぎゅっと握りしめられた。


(病人を、“試験”みたいに言うな……)


 胸の中で、

 熱いものが渦を巻く。


 だが、理事長がすぐ横で

 ミーヤの腕を強く握っているのを見て、

 ジージーは飲み込んだ。


「ここは、治すための場所です」


 理事長が、低くしかしはっきりと言った。


「“試す”のではなく」


 ハザルは、理事長をじっと見つめる。


 数拍の沈黙。


 やがて、

 彼はふっと微笑んだ。


「……立派な心がけです。

 ニーヤ様も、きっとお喜びになられる」


 その言葉が、

 褒めているのか、

 試されているのか――


 ジージーには、わからなかった。



 巡察隊一行が施薬院を出ていったのは、

 日が傾き始めたころだった。


 玄関ホールに静寂が戻る。


 ミーヤはその場にへたり込み、

 大きく息を吐いた。


「っはぁぁぁぁぁ……!」


「ミーヤ、大丈夫?」


「大丈夫じゃない。

 けど、倒れてる暇もない」


 額の汗を拭いながら、

 彼女は立ち上がる。


「……あいつら、絶対弟の病室も見てた。

 “数字の顔”で」


 ジージーは黙って頷いた。


(弟くんの名前は、

 “要注視者”のところにあった)


 数字の目線。

 送致候補。

 奉仕枠。


 全部、あの白い外套の向こうで動いている。


「ジージー」


 背後から、静かな声がした。


 セルグレンが扉の陰に立っていた。


「終わったか」


「はい……。

 でも、まだ終わってない気がします」


「当然だ」


 セルグレンは短く答える。


「今日見られたことを、

 今夜“数字”に書き足す。

 明日、理事会で“調整”される。

 明後日、帝国への報告が出る。

 三日後、送致候補が“神の名の下に”確定する」


 ミーヤが顔をしかめた。


「そんなに早く……?」


「巡察は“短期決戦”だ」


 セルグレンは言う。


「長居すれば、それだけ街の反発を招く。

 だからこそ、“一気に見る”」


 ジージーは、

 胸の中に小さな炎が灯るのを感じた。


(なら――

 あたしたちも、“一気に”動かないと)



 その夜。


 雑貨屋ラガンの奥の部屋には、

 いつもより多くの影が集まっていた。


 ラガン。

 セルグレン。

 ジージー。

 タリサ。


 それに、数人の顔なじみ――

 水売りの青年、鍛冶屋の娘、

 理事会館の書記官見習い。


「巡察教士は、午前中に施薬院、その後は工区と塀外の簡易宿舎を回った」


 ラガンが机の上に紙束を置く。


「“見られた場所”は、

 すべて帳簿に“印”がつく。

 明日の朝会議で、

 何が“問題あり”とされたかが出るだろう」


「施薬院は……?」


 ミーヤの顔が強張る。


 ラガンは紙の一枚を広げた。


 そこには、

 今日各施設で取られた“簡易控え”の内容が、

 タリサの字で書き写されていた。


「病床数、在院期間、

 慢性疾患の割合、

 家族の有無……」


 ジージーは紙の上の数字を追う。


(この数字の全部に、

 “顔”がある……)


 数字の“向こう側”を、

 もう見ないふりはできない。


「弟さんの病室も、ちゃんと“家族あり”で記録されてる」


 タリサがミーヤを見る。


「それに、“回復傾向”って印もついてた。

 すぐには“送致候補”にはならない……はず」


「“はず”、ね」


 ミーヤは苦笑した。


「でも、

 数字は簡単に書き換えられるってこと、

 もう嫌ってほど知ってるから」


 ラガンが、

 机を指で軽く叩いた。


「そこで、だ」


 全員の視線が集まる。


「明日の朝会議で“動きそうな数字”がある。

 “追加七名”の枠だ」


「外来者、工区の負傷者、

 “回復見込み薄”の老人……」


 セルグレンが低く言う。


「そのうち何人かは、

 まだ“動かせる数字”だ」


 ジージーは息を飲んだ。


「“動かせる”って……」


「隠せる。

 別の行に回せる。

一時的に“見えない場所”に移せる」


 ラガンが、ゆっくりと指を折る。


「数字は“本当のこと”じゃない。

 誰がどの目線で書いたかで、

 どうとでも変わる」


 ジージーは、自分の掌を見つめた。


(エイリアスが言ってた……

 “空気は吸うもんであって、信じるもんじゃねぇ”って)


 数字も、そうなのかもしれない。


「ジージー」


 セルグレンが名を呼ぶ。


「お前は、明日の朝――

 施薬院で“待っている側”になれ」


「……え?」


「巡察の後、

 必ず“再調査”の話が来る。

 “この患者をもう一度診てほしい”とか

 “この者の働きぶりを報告しろ”とか」


 セルグレンは、

 ジージーの目をまっすぐに見た。


「そのとき、

 “数字で見る前に人を見る”役目が必要だ」


「それって……」


「お前にしかできない」


 はっきりと言い切られる。


「ラガンたちは“帳簿”を動かす。

 俺は“外”を押さえる。

 お前は“人の側”から、

 誰がどの数字の下に置かれるべきかを見てくれ」


 ジージーは、自分の胸に手を当てた。


(誰を、

 どの数字から守るのか――)


 怖い。

 責任が重い。


 でも――

 逃げたくない。


「……わかりました」


 小さく息を吐き、

 ジージーは頷いた。


「明日、施薬院で“待つ側”になります」


 ミーヤが、

 横から彼女の手を握った。


「じゃあ、あたしたちは“動く側”ね」


 タリサも頷く。


「誰か一人でも“行”から外せたら、それで勝ち」


 ラガンが笑った。


「最初の“数字との戦い”だ。

 派手な戦場はまだ先でいい。

 まずは机の上で、

 帳簿を通じて殴り合おうじゃねぇか」


 ジージーは、その言葉に苦笑した。


(殴り合いっていうか……

 “支え合い”に近い気がするけど)


 それでも、

 胸の奥に灯った火は確かだった。


(あたしは、“支える勇者”になる。

 いつか――

 この数字を“蝶番”に変える)


 静けさは、扉。


 その言葉を胸に、

 ジージーは明日を見つめていた。


――――――――――――――――――――――


【後書き】


読んでくださり、ありがとうございます。


今回は、

•巡察教士ハザル初登場

•施薬院への聖教国的な“視線”

•ミーヤの直感的な反発

•ベルツの“送致非推奨”が正式欄へ格上げ

•ラガンたち“砂の民”の初めての“机の上の戦い”準備

•そしてジージーが「待つ側」として役目を持つ


という、“前夜の前夜”のような回でした。



◆ キーワード:


「数字は本当のことじゃない」


ラガンの言葉どおり、

数字は「何か」を表しているようでいて、

実は“誰かの都合”と“どの角度から見たか”に大きく左右されます。


だからこそ――

•その数字に従いすぎれば、人を傷つける

•でも、数字をうまく使えば、人を守ることもできる


という “両刃の剣” になっていきます。


ジージーは今、

数字の怖さと同時に、

「数字を味方につける」という可能性にも足を踏み入れました。


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