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Staff Hero ― 支える勇者 ―  作者: 和泉發仙


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『巡察の朝 ― 名前が消える音』

【前書き】


今回は

・巡察教士による街への初接触

・タリサの危機

・ベルツの“ひとつの嘘”

・ミーヤ弟への影

・ジージーとセルグレンが“踏み込む領域”

を描きます。


――――――――――――――――――――


【本編】


理事会館を出た瞬間、

ジージーは肌が粟立つのを感じた。


街の空気が――変わっている。


静かすぎる。

人々の歩幅が細かくなり、

目線は地面に落ちている。

兵士たちの数が、明らかに増えている。


「……巡察教士が来ただけで、ここまで?」


思わず言った声が震える。


隣のセルグレンが小さくうなずいた。


「“神の名で査定する”ってのは、

 それだけ人を縛るんだよ」


「査定……」


(人を、査定……?

 数字で?

 名前じゃなく?)


胸が苦しくなる。



そのまま施薬院に戻らず、

二人は裏通りの小さな倉庫へ身を隠した。


ほこりっぽくて暗いが、

ここは“砂”がよく使う安全地帯だ。


セルグレンが入口に耳を澄ませ、

危険がないことを確認する。


「……さっきの“調整案”、見ただろ」


「あれ……ベルツさん……

 書き換えてましたよね……?」


ジージーの声は震えていた。


「外来者枠を“二名”で押し切ったのは、

 あの人の判断だ」


「じゃあ、

 あたしの“仮補”は……?」


「――今日の時点では外れてる」


ふっと力が抜けた。

座り込んでしまう。


「……今日の時点、ってことは……

 まだ……」


「数字ってのは、簡単に変わるんだ」


セルグレンも壁に背を預けた。


「お前の働きぶりひとつ、

 施薬院の状態、

 理事会の機嫌、

 帝国の要請……

 いろんな要素で一瞬で“数字”になる」


(数字……

 今日みたいに、

 紙一枚で変えられる……)


「だが――」


セルグレンは続けた。


「あいつは、ああ見えて“中立”じゃねぇ。

 地方出だ。

 数字の裏にある顔を知ってるタイプだ」


「ベルツさん……」


「ただし、“いつまで味方でいられるか”は別だ」


胸の奥が冷たくなる。


(今日、ベルツさんが助けてくれたのは偶然……

 明日も、とは限らない……)


「ジージー」


セルグレンが真剣な声で言った。


「お前はもう“数字の外”に立った。

 これは、もう戻れない道だ」


(戻れない……

 でも……

 あたしは……)


自分でも驚くほど静かに言葉が出た。


「……戻りません。

 戻りたくないです」


セルグレンの目が細くなった。


「なら、覚悟しな」



施薬院に戻ると、

中はいつになくざわついていた。


「あっ、ジージー!」


ミーヤが駆け寄ってくる。

顔色が悪い。


「リオンが……兄さんが……!」


「リオンくんがどうしたの!?」


「巡察教士の人が来て、

 “診断が必要だ”って……

 連れていかれちゃった!」


(巡察教士が……?

 なぜ子どもに……!?)


ジージーの胸がぎゅっとつかまれた。


「ミーヤ!案内して!」


「こ、こっち!」



施薬院の東側の診察室。

そこには白装束の巡察教士が二人、

リオンの枕元を囲んでいた。


幼い体。

浅い呼吸。

怯えた目。


「……この子は“虚弱”だな」


ひとりが冷たい声で言う。


「労働力としては不適格。

 保護枠もこれ以上増やせない。

 地方送致を検討すべきでは?」


「し、失礼ですが!」


ジージーが思わず叫んだ。


二人の巡察教士の視線が一斉に振り向く。


(冷たい……

 数字しか見ていない……)


「そ、その……

 リオンくんは薬草の調合も少しできて、

 施薬院の手伝いもしていて――」


「外来者か?」


「いえ……市民、です」


別の巡察教士が帳簿を開く。


「“ミーヤ家”。

 母親は病死。

 父親は失踪。

 姉は低収入の外勤。

 生活支援記録あり。

 労働価値低。

 ――保護枠の“調整候補”だ」


ミーヤが震えながらジージーの袖を握りしめる。


「やめてください……

 この子しか、家族いないのに……!」


巡察教士は淡々と言った。


「“数字の調整”だ。

 感情で揺らぐことはない」


(……数字……

 数字のために、

 人の家族を切り捨てるの……?)


胸が熱くなる。

怒りなのか、恐怖なのか自分でもわからない。


その時――


「その判断は、時期尚早だ」


低い声が割り込んだ。


扉のところに立っていたのは――

ベルツ事務官だった。



「ベルツ事務官?」


巡察教士が怪訝そうに眉を上げる。


ベルツはゆっくりと歩み寄り、

リオンの診断書に目を通した。


「教士殿。

 この子は“昨日から薬草治療が進んだばかり”です。

 今朝も施薬院長が『回復の余地あり』と記録しています」


「しかし帳簿では――」


ベルツは紙束を差し出す。


「こちらは“古い帳簿”です。

 本日更新された分では、家族の支援体制も強化されています」


「強化……?

 誰がそんな記録を?」


「本日付で、私が確認しました」


しれっと言い切った。

完全な嘘。

でもその声は揺らがない。


巡察教士は紙を受け取り、静かに読む。


「……ふむ。

 確かに最新記録と食い違いがある。

 では診断は保留とする」


ミーヤが息を飲み、

泣きそうな目でジージーを見た。


(ベルツさん……

 嘘を……

 “守るための嘘”をついた……)


巡察教士たちは去っていった。


部屋が静かになる。


ベルツは深いため息をつき、

机に手を置いた。


「あまり……

 無茶はするなよ、ジージー」


(……見てたんだ)


ジージーは唇を噛んだ。


ベルツはほんの少しだけ、声を落とした。


「数字は、動く。

 だが――

 “名前”を忘れるな」


そう言い残して、静かに去った。



夕方。

施薬院の裏庭。

ジージーはひとり、空を見上げていた。


(ベルツさん……

 ミーヤ……

 リオンくん……

 タリサ……

 街の人たち……

 全部……

 数字にされちゃうの……?)


風が吹く。


(いやだ……

 いやだ……!)


セルグレンが背後から言った。


「……泣くな」


「な、泣いてません」


「嘘つけ」


ジージーは袖で目をこすった。


「お前、今日で一歩踏み出したんだ。

 “ただの外来者”から、

 “砂の一粒”になった」


(砂の……

 一粒……)


セルグレンは空を見た。


「覚悟があるなら言え。

 ――守りたい“名前”は誰だ?」


胸が熱くなる。


ジージーは震える声で言った。


「……みんな……です。

 数字じゃなくて……

 名前で……

 呼ばれた人、全部……!」


セルグレンは静かに笑った。


「なら、間に合ううちに動くぞ」


「……はい!」


風が吹いた。


リルモア市の空に、

砂の匂いが濃くなる。


――巡察は、始まったばかりだ。


――――――――――――――――――――


【後書き】


お読み頂きありがとうございます!


今回のポイントは

・リオンくんへの“数字の裁定”

・ベルツの“嘘による救済”

・ジージーの覚悟の確立

・「守りたい名前」の提示

です。


いよいよ次回、

“巡察教士による査定の本格開始”

そして

“外来者枠の二人目が誰になるのか”

が明らかになります。


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