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Staff Hero ― 支える勇者 ―  作者: 和泉發仙


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巡察の足音 ― 名を奪う影

【前書き】


※今回は

・巡察教士が初めて“街に触れる”

・ミーヤ弟に危険信号

・タリサが狙われる可能性

・ベルツの異変

・ジージーの決意が固まる瞬間

など、街の緊張が一気に増大する回になります。


―――――――――――――――――――――


【本編】


 巡察教士が理事会館に入ったという報せは、

 一瞬で街中を駆け回った。


 その日の夕暮れ。

 リルモアの空気は、朝以上に静まり返っていた。


 市場の店は半分以上が店を閉め、

 路地には子どもの姿がない。

 家々の窓は固く閉ざされ、

 扉の隙間から怯えた瞳だけが覗いている。


(……これが“巡察の日の街”の姿……?)


 ジージーは胸がひやりと冷えた。


 風が吹く。

 砂と土のにおいが混じった冷たい風。


「ジージーさん!」


 ミーヤがこちらに駆け寄ってくる。

 顔が青ざめていた。


「弟が……リオンが……!」


「えっ、リオンくん、どうしたんですか?」


「今朝より熱が高いの……!

 施薬院の薬も効かなくて……

 でも巡察の前に“病床調査”が来るかもしれないって……!」


 ミーヤの声は震え、

 抱きしめた弟の頭に額を当てている。


 リオンの呼吸は早く浅い。


(まずい……)


「と、とりあえず施薬院に戻りましょう!」


 ジージーは走り出し、

 ミーヤはその後を追った。



 施薬院の中も、異様な緊迫感に包まれていた。


 他の子どもたちは布団に押し込まれ、

 薬師たちは必死に薬棚を整理している。


「ジージー!」


 リルモア施薬院の薬師長・ソルダが駆け寄ってきた。


「巡察教士が“病床の確認”に来る。

 今夜か明朝かは不明だ」


「そんな急に……!」


「帝国の急使が同行している。

 “発熱者は送致候補に上がる可能性がある”と……」


 ミーヤがリオンを抱きしめて泣きそうになる。


「そんなの……!

 そんなの理不尽です……!」


 その時、

 施薬院の裏口がバンッと開いた。


「ジージー!」


 セルグレンだ。

 肩に砂埃をつけている。


「ミーヤの弟はどうだ?」


「高熱で……!」


 セルグレンはリオンの顔をひと目見ると、

 すぐにソルダに向き直った。


「巡察は“病床確認の名目で、候補人数を増やす”つもりだ。

 裏で数字を合わせてくる」


「やはり……」


 ソルダは悔しそうに唇を噛みしめる。


「ベルツからの“もう一つの紙”も確認した」


 セルグレンの表情は険しい。


「今日の調整案は通ったが……

 “外来者枠”は増やされる可能性が消えていない。

 ミーヤの弟は“要注視者”扱い。

 病床が増えれば、確実に候補として上げられる」


 ミーヤはその場に膝をつきそうになった。


「いや……やだ……

 リオンを……連れていかないで……!」


 ジージーは思わずミーヤの肩に手を置いた。


「大丈夫!

 あたしが……あたしが絶対何とかします!」


(“何とかする”って……

 本当は、何をどうすればいいの……?)


 胸が苦しくなる。


 その時。


 施薬院の外から足音がした。


 均整の取れた軍靴の音。

 複数人。


 そして、

 耳に残る冷たい声。


「――リルモア施薬院。

 巡察教士が“病床確認”に伺った」


 扉がノックされる。


「開けなさい」


 ソルダの表情が強張る。


「……来たか」


 ジージーの心臓が跳ねた。


(今……!?

 本当に、今なの……!?)


 リオンはまだ息が荒い。


(ここで見つかったら……

 “送致候補”にされる可能性がある……!)


 ソルダはすぐに指示を出した。


「リオンを奥の部屋に!

 布団を一つ増やせ!

 “施薬院内の私室”扱いにする!」


「はい!」


 薬師たちが走る。


「ジージー、ミーヤ、ついてこい!」


 セルグレンが二人を背中で押した。


 奥の部屋に入ると、

 布団を二つ並べた小さな寝室。


「ミーヤ、嘘でもいい。

 “今夜はあなたも熱がある”と言え。

 姉弟で一緒に寝ている設定にする!」


 ミーヤは頷いた。


「ジージー。

 外来者の名簿が見られたらまずい。

 お前は“施薬院の補助員”として部屋の外に控えろ」


「はい!」


 セルグレンはもう一度だけリオンの額に触れ、

 小さく呟いた。


「……必ず、時間を稼ぐ」



 巡察教士たちが施薬院に入った。


 白い外套に金糸の刺繍。

 胸には聖教国の紋章。


 その背後には、

 帝国の使者が腕を組んで立っている。


「病床者は?」


 淡々とした声。


「こちらです」


 ソルダが案内する。


 教士の一人が記録帳を開き、

 “人数”を確認していく。


 ジージーは廊下の端で、

 胸を押さえながらじっと立っていた。


(お願い……

 お願いだから……

 リオンが、あの帳簿に書かれませんように……)


 部屋の中からは、

 巡察教士の声と、

 ミーヤの弱々しい返事が聞こえる。


「発熱はいつから?」


「……おとといから、です……」


「弟と同室か?」


「はい……

 いつも一緒に寝ています……」


 淡々と質問が続く。

 まるで、物を数えるだけのような声。


 やがて――


「“姉弟で同室”ならば、

 発熱原因は接触によるものと判断する。

 弟の症状は、姉に準ずるとする」


 帝国の使者が記録帳を覗き込み、


「“姉の発熱は軽度”と判断しておこう。

 よって――」


 ジージーの胸が止まりそうになった。


(よって……?)


「――弟は、送致候補から“除外”だ」


 ジージーは息を漏らした。


 膝が震える。


(助かった……!

 ミーヤも……リオンも……!)


 しかし、その瞬間。


「ただし」


 別の巡察教士の声が重なる。


「施薬院の“外来者枠”については、再調査する必要がある。

 名簿を確認させてもらおう」


(外来者枠……!

 あたし……!?)


 ジージーの心臓が跳ねた。


「外来者名簿はどこだ?」


「こちらでございます」


 ソルダが棚に手を伸ばす。


(ここで……

 ここで“ジージー”の名前を見られたら……

 “仮補”の文字が見られたら……!)


 セルグレンが、離れた位置でジージーを見ている。

 その目に、迷いはなかった。



「外来者名簿だ」


 巡察教士の手が、帳簿のページをめくる。


 ジージーは息を殺して立っていた。


(お願い……

 お願いだから……!)


 ページを捲る指が止まった。


「――“ジージー”」


 呼ばれた。


 ジージーの背中を冷たい汗が流れた。


「この者は?」


 ソルダが答える。


「施薬院の補助員として働いております」


「外来者。

 十五歳前後。

 労働評価は……?」


 巡察教士の指が、余白の文字に止まる。


(終わった……!?)


 その時。


「――“非推奨”」


 静かな声が部屋を裂いた。


 入口のほうから歩み寄ってきたのは――

 ベルツ事務官だった。


「送致候補としては“非推奨”。

 施薬院の業務に不可欠であり、

 送致による街の負担増が予測されるため」


 巡察教士はわずかに眉をひそめた。


「それは“理事会側の判断”か?」


「はい。

 本日の調整案にて提出済み」


 ベルツは、机の上に一枚の写しを置いた。


 そこには、

 “外来者 ジージー:送致 非推奨”

 の文字があった。


 ジージーは息を呑んだ。


(ベルツさん……!

 あれを……残していた……!?)


 巡察教士はしばらく沈黙し、

 やがて淡々と言った。


「……了解した。

 本件、外来者“ジージー”は送致候補から除外する」


 ジージーは目を閉じた。


 膝から力が抜け、

 壁に小さく寄りかかる。


(助かった……!

 本当に……助けられた……)



 巡察教士たちが去ったあと、

 施薬院にはようやく夜の静けさが戻った。


「ジージー!」


 ミーヤが駆け寄り、ジージーの手を握った。


「ありがとう……ありがとう、本当に……!」


「ううん……

 あたしは何も……

 何もしてない……!」


 その時、

 ソルダがゆっくりと近づいてきた。


「いや──お前は“立っていた”。

 この街に残りたい者として」


 セルグレンも静かに頷いた。


「数字を見る側と、数字にされる側。

 どちらにも立てたのは、お前だけだ」


 ジージーは胸が熱くなった。


(あたし……

 ここで、生きていくんだ……)



 帰り道。


 夜の街は冷たく、

 しかしなぜか澄んだ空気だった。


「ジージー」


 隣を歩くセルグレンが言った。


「今日で、お前はひとつ“覚悟”を決めた」


「……はい」


「次は、

 “誰の名前を守るか”を決める番だ」


 それは、

 エイリアスがよく言っていた言葉だった。


 ジージーはそっと、胸元の布袋を握りしめた。


(守りたい“名前”がある限り──

 あたしは絶対に、数字にはならない)


 風が吹き、街の灯りが揺れた。


 巡察は、まだ終わっていない。


―――――――――――――――――――――


【後書き】


今回で、

・リオンの危機

・“外来者 ジージー”の帳簿問題

・ベルツの決断

・巡察教士との初遭遇

が終わり、いよいよ章の最終盤に入ります。


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