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Staff Hero ― 支える勇者 ―  作者: 和泉發仙


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30/242

帳簿の裏側 ― 砂が動き始める ―


【前書き】


※本話では、

・街内部の“地下レジスタンス”

・帳簿の裏側

・ジージーの視野が広がる瞬間

を中心に描きます。


物語が一段階、深い層へ潜る回です。


――――――――――――――――――――


【本編】


夕闇が街を覆い始めるころ、施薬院の灯りがぽつりとともった。


ジージーは薬草棚の前に立ち、乾いた葉を一枚ずつ確認していた。

ミーヤの弟――リオンの体調は安定しつつあるが、油断はできない。


(……昨日より、少し顔色が良かった)


そう思うと、胸の奥がじんわり温かくなる。


そのとき、小さく扉が叩かれた。


「ジージー、来てくれ。話がある」


扉の向こうから、低く落ち着いた声。

セルグレンだ。


「はい、今行きます!」


ジージーは薬草箱を閉じ、裏口から外へ出た。



夕暮れの空に、街灯の火がぼうっと揺れる。

セルグレンは施薬院の脇道に立っていたが、ジージーを見るなり歩き出す。


「今日は、街を少し見せる」


「街……ですか?」


「ああ。

 お前に“外側の世界”を知ってもらうのに、ちょうど良い」


その言葉に、少しだけ胸が高鳴る。


(外側の世界……?

 セルグレンさんの過去にも関係あるのかな)


ジージーは黙って後を追った。



街の裏通りは、昼とはまるで違う顔をしていた。


人気のない路地。

洗濯物が垂れ下がる木造の屋根。

ひび割れた井戸のふた。


そのすべてが、薄暗さをまとう。


セルグレンは、古びた雑貨屋の前で足を止めた。

看板は色褪せ、店内の灯りも弱い。


カラン、と扉の鈴が鳴る。


「よう、セルグレンさん。遅かったじゃないか」


出迎えたのは、四十代ほどの男。

だが目だけは、異様に鋭い。


「ジージー。この人は“ラガン”。表向きは雑貨屋だが……まぁ、裏の役目がある」


ラガンは苦笑して肩をすくめた。


「紹介の仕方よ。傷つくなぁ、それ」


「裏の役目……?」


ジージーは思わず聞き返した。


「そうだ。俺たちは“街の中の砂”だ」


ラガンは声を潜め、店の奥へと手招きする。


「砂……?」


「流れを止めず、風のように動く存在ってことさ。

 表は理事会、裏は俺たちが見てる」


セルグレンが補足する。


「レジスタンスの中には、街に根を張って情報を集める連中がいる。

 ラガンはその中心だ」


ジージーの胸が、ざわりと揺れた。


(街にも……砂の民の“仲間”がいるんだ)



奥の部屋は、狭い倉庫のようだった。

しかし、壁には見慣れない紙束が貼られ、

机には分厚い帳簿の複写が広げられている。


ジージーは目を丸くした。


(帳簿……?)


ラガンは椅子に腰を下ろし、指で帳簿の一行を触る。


「これは正式な帳簿じゃない。“写し”だ。

 だが、内容は本物と同じ」


ジージーの脳裏に、ミーヤの言葉が蘇る。


――“数字の動かし方”を覚えなさいよ。


「帳簿はよ。見るだけでわかることがある」


ラガンは数ページをめくり、ある箇所で止めた。


「まず、ここだ。外来者一覧」


ジージーの胸がどきりとした。


「……あたしの名前……」


確かにあった。

昨日、ベルツ事務官が見せてくれたのと同じ記載。


“外来者・身寄りなし要員”


(あたし、本当に“数字”なんだ……)


ラガンは続けた。


「この街じゃな、

 帝国、聖教国、理事会……

 この三つがそれぞれ“数字”を送り合ってる」


「三つ……?」


ジージーは息を呑む。


(帝国は北の巨大国家。

 聖教国は……あの亜人差別の強い国。

 そして理事会は、今のこの街を縛ってる存在……)


「三つのどれも信用できねぇ。

 だが、表向きは全部“平和を守る協力関係”なんて名目で繋がってる」


セルグレンが補足する。


「数字を送り合うことで、

 帝国は労働力を、

 聖教国は献身者を、

 理事会は支配の根拠を得る」


ジージーの胸が凍りついた。


(じゃあ……

 この街は、誰の味方でもないんだ)


「逆だよ、嬢ちゃん」


ラガンはニッと笑う。


「この街は、数字の味方なんだ」



ラガンは机の引き出しから一枚のメモを取り出した。

細かな文字がびっしり書かれている。


「これ、なんだかわかるか?」


「……?」


「“次の監察予定”だよ。

 聖教国の巡察教士が、三日後に来る」


セルグレンが眉をひそめた。


「早すぎる。前回からまだ二月も経っていないはずだ」


「だからおかしいんだよ」


ラガンは机をトントンと叩く。


「帝国からの急使も、もう街に入ってる。

 あいつら、帳簿の“調整”をする気だ」


ジージーの心臓が跳ねた。


「調整、って……

 数字を変えるってことですか?」


「そうだ。

 送り先を増やしたり、優先順位をいじったりな」


昨日見た光景が蘇る。

グレン老人の背中。

泣き叫ぶ家族。

ミーヤの目。


(それを……これ以上?)


セルグレンは深く息を吐いた。


「ラガン。具体的にどの数字が動きそうだ?」


「まだ確定じゃねぇが――」


そのとき、店の表で鈴が鳴った。


カラン……。


ラガンが即座に目を細め、指を一本立てる。


「来たな」


「誰か?」


「“もう一つの砂”だよ。

 嬢ちゃんにも紹介してやる」



表に戻ると、

そこには一人の少女が立っていた。


年はジージーとあまり変わらず、

薄茶の髪を三つ編みにしている。


だが、その目は驚くほど強い光を宿していた。


「あ、あの……ラガンさん。持ってきました」


少女は胸の前で書類の束を大事そうに抱えている。


「よく来たな、タリサ」


ラガンが笑う。


「タリサ……?」


少女はジージーを見ると、ぺこりと頭を下げた。


「あなたが、ジージーさんですか?

 施薬院でお手伝いをしているって……」


「あ、はい!」


「私はタリサ。

 理事会館の清掃員です」


(清掃員……?)


タリサは書類の束を差し出した。


「これ、今日の理事会館のゴミ箱にあった……

 破かれて捨てられていた“控え書き”です」


セルグレンとラガンが同時に目を細めた。


「控え書き……!」


ラガンは素早く束をめくる。

そこには、数字が並んだ表。

送致予定、優先、保留……


「……抜けてる」


ラガンの声が低くなる。


「本来、この右側に“理由”が書かれてるはずなんだ。

 だが全部破かれてる。

 これは“隠してる”ってことだ」


タリサが怯えたように唇を噛む。


「理事会の人が……

 “今日は監察が来るから綺麗にしとけ”って……

 だから、なんだか怖くて……」


ジージーは震える少女の腕にそっと触れた。


(同い年くらいなのに……

 こんな危ないこと、してるんだ)


タリサは涙をこらえるように目をぎゅっと閉じた。


「……誰かが、数字の裏を見ないと。

 誰も助からないから」


その言葉は、

ジージーの胸を刺すように響いた。


(グレンさんが言ってた……

 “数字に名前をつけてやってくれ”って)


(この子たちはもう、やってるんだ……)



ラガンは束の中から一枚を抜き、

セルグレンに手渡す。


「見てみろ。番号“17-05”。

 これ……お前の街だろ?」


セルグレンが一瞬、静止した。


「……ここは……」


ジージーは覗き込む。


欄には

“北部管理区・奉仕候補調整中”

とだけある。


“理由”は破かれている。


「セルグレンさんの……?」


「俺の故郷だ」


低く、押し殺した声。


(セルグレンさんの……

 奪われた家族の……)


ラガンはさらに言う。


「どうやら“再奉仕”がかかってる。

 誰かが数字を裏で増やしたんだ。

 しかも、かなり強引に」


「再奉仕……?」


「ざっくり言うと“二度目の徴発”だよ。

 一度送った街から、さらに追加を取る」


「そんなこと、ありなんですか……?」


「ありだよ。

 帝国が“不足してる”って言ったら、

 理事会も聖教国も逆らえねぇ」


タリサが震える声で付け足す。


「理事会館の人たち……

 “今回の監察は厳しいぞ”って言ってました。

 だからきっと、数字が……」


ジージーは息が詰まった。


(ミーヤの弟は?

 外来者のあたしは?

 ほかの家族は?

 次に増える数字は……誰?)


胸の奥が、再びじりじりと燃える。



ラガンは深く息を吸い、

机の上に手を置いた。


「三日後に巡察。

 その前日には帝国の急使が到着する」


「つまり……?」


「“数字が動く日”が近いってことだ」


部屋の空気が、一気に重く沈む。


セルグレンが、ジージーの肩に手を置いた。


「ジージー。

 お前に見せたのは、今日のこれが理由だ」


ジージーは顔を上げた。


「お前は、杖の勇者になる。

 だがそれは、強さだけでなれるもんじゃない」


セルグレンは、破かれた帳簿を指差した。


「“誰が、どこで、何を、どう失おうとしているか”。

 それを知る勇者になるんだ」


ラガンも頷いた。


「数字の裏側にある“名前”を知る勇者。

 それが本当に強い奴だ」


ジージーは、拳を握った。


(あたしも……

 この街の砂の一粒になる)


(止めるために。

 救うために。

 知るために)


「……教えてください」


ジージーの声は震えていなかった。


「帳簿の見方。

 数字の動き。

 裏のつながり。

 あたし、それ全部覚えます」


ラガンは、少年のように笑った。


「いいね。

 だったら――」


机の引き出しから、一冊の薄いノートが取り出される。


「これ、『裏帳簿アンダー・リスト』だ。

 俺たちが街を見て書き足している、もう一つの帳簿」


ジージーは受け取る。


中身は乱雑だが、

行間にはびっしりと名前が書かれていた。


石工。

荷運び。

洗濯屋。

薬草摘み。

病人。

行き場のない子ども。


ジージーの目が大きく開かれる。


「……みんな、“名前”がある」


「あたりめぇだよ。

 数字じゃねぇ。

 人間だ」


ラガンは力強く言った。


「だからこそ、守らなきゃいけねぇ」


ジージーは大きく頷いた。


(あたし……

 この街で、生き方を学ぶんだ)


(杖を振る前に、“数字の向こうにいる人”を見つけるために)


その瞬間、

ジージーの胸のどこかで、

静かに何かが開いた。


“静けさは、扉。”


エイリアスの言葉が、風のように蘇る。


そしてジージーは、その扉を一歩踏み越えた。


――“支える勇者”への第一歩を。


――――――――――――――――――――


【後書き】


今回の話では、

•帳簿の“裏側”

•市街地レジスタンス「砂の民(地上線)」

•タリサという新キャラ

•帝国・聖教国・理事会の三層構造

•セルグレンの故郷の伏線


など、多くの“情報の回路”を開きました。


これらは、後の


・裏切り

・サンドイーグル隊壊滅

・セルグレンとジージーの二人旅

・帝国との衝突

・聖教国の巡察編

・北方帝国の黒幕


すべてに繋がります。



次回(第30話)は、いよいよ


『三日後の巡察 ― 動き出す歯車』


・理事会館内部の緊張

・ベルツの葛藤

・“数字の改竄”が本格化

・ミーヤの弟に迫る影

・タリサが危険を冒して知らせに来る

・ジージー、初めて“自分から動く”


これらを描いていきます。


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