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Staff Hero ― 支える勇者 ―  作者: 和泉發仙


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砂のように残るもの

【前書き】


※本話はグレン出立のあとの心情回です。

 大きな戦闘はありませんが、今後につながる“それぞれの決意”が描かれます。


―――――――――――――――――――


 昼の光が、石畳を白く照らしていた。


 送致者を乗せた荷馬車が街を出ていってから、まだ半刻も経っていない。

 それなのに、リルモアの空気はもう、何事もなかったかのような顔をしている。


 行き交う人々は、

 荷馬車が通った方向を、あえて見ないようにしていた。


 ジージーは施薬院の裏庭の片隅で、

 グレンからもらった布袋を握りしめていた。


 掌の中で、ごつごつとした小石が転がる。


(……結局、何もできなかった)


 グレンは笑っていた。

 最後まで、誰かを責めることもなく。


 その背中を思い出すたび、

 胸の奥がじりじりと痛んだ。


「ジージー」


 背後から、ゆっくりとした声がかけられる。


 振り返ると、そこにはセルグレンがいた。

 いつものように大きな影を落として。


「ミーヤの弟の様子を見てきた。

 ひとまず熱は引いたらしい」


「……そうですか」


「ミーヤも、今は眠ってる。

 あいつ、昨夜からほとんど寝てなかったからな」


 セルグレンはそう言って、

 ジージーの隣にどかりと腰を下ろした。


 しばし、沈黙。


 風が、薬草棚の乾いた葉を揺らす音だけが聞こえる。


「怒ってるか?」


 不意に、セルグレンが尋ねた。


「……はい」


 ジージーは迷わず頷いた。


「理事会にも、帝国にも、聖教国にも……

 それから、自分にも」


「素直でよろしい」


 セルグレンは、くつくつと笑った。


「怒りを持てないやつは、砂漠では長生きできん。

 ただし――」


 彼は、自分の胸を拳で軽く叩いた。


「ここに溜めっぱなしにすると、毒になる。

 どこかで“流れ”に変えてやらねばならん」


「流れ、ですか」


「ああ。

 水も風も、砂も、溜まると淀む。

 動かしてこそ、力になる」


 ジージーは、布袋を握りしめたまま、その言葉を飲み込んだ。


(流れに変える……)


 頭の中には、帳簿の行と数字が浮かぶ。

 ミーヤの弟の名前。

 自分の名前。


(あたしは、どこをどう動かせばいいんだろう)


 答えはまだ見えない。


 けれど、見ないふりをするには、もう遅かった。



 その頃、理事会館の一室。


 ベルツ事務官は、書類の山に囲まれながら、ひとりで椅子に腰かけていた。


 窓の外には、さきほど出ていった荷馬車のわだちが、うっすらと残っている。


 机の上には、

 朝会議で使われた帳簿と、いくつかの控え書き。


 その一番上に、

 グレン・ハーヴィスの名が記されたページが開きっぱなしになっていた。


(……頼み、か)


 老人の言葉が頭から離れない。


『もし数字の帳簿にまだ空きがあるならよ。

 俺の分を使って、誰か若い奴を一人、“こっちに残す”ってことにできねえか』


 規則では、

 そんな勝手な操作は認められていない。


 “帳簿の数字は、上から下ろされた神聖な枠”――

 そう教え込まれてきた。


 だが実際には、その数字をひとつひとつの名前に変えているのは、

 自分たち事務官だ。


(俺が押した判で、あの人は“優先”になった)


 それは事実だ。


 ベルツは深く息を吐き、椅子の背にもたれた。


 天井の隅には、

 ルーデンス聖教国から派遣された監察教士の印章が掲げられている。


 神の目と教え。

 帳簿は、それを街に降ろす道具。


 そう信じていれば、仕事は楽だった。


(……見なきゃよかったのかもしれんな)


 グレンが、ジージーの頭を撫でる姿。

 ミーヤが必死に弟を庇う姿。


 あれを見てしまった自分は、

 もう「数字ですから」の一言で済ませられない。


 机の端には、

 外来者一覧の控えが置かれている。


 “ジージー”という名の横には、まだ判は押されていない。


 ベルツはしばし迷い、

 やがて筆を取り上げた。


 外来者一覧の欄外、誰も見ないような余白に、

 小さな文字で書き込む。


 ――注記:施薬院補助として有用。

 ――現時点で送致は“非推奨”。


 規則で決められた書式ではない。

 けれど、まったく無意味でもない。


 どこかの誰かが、この行を目にしたとき。

 もしかしたら、判を押す手をほんの少しだけ止めるかもしれない。


(いいさ。

 帳簿なんて、人間が書いてるものだ)


 ベルツは、グレンの笑顔を思い出しながら、

 自嘲気味に笑った。


「たまには、人間の都合でいじったって、バチは当たるまい」


 そう呟き、ペン先を机に置いた。



 夕刻。


 施薬院の裏口から、

 ミーヤがこっそり外に出てきた。


 腕には、まだ幼い少年が抱えられている。

 ミーヤの弟――リオンだ。


 彼の顔色はまだ悪いが、

 呼吸は落ち着いている。


「……すぐ戻るわ。少しだけだから」


 ミーヤはそう言って、少年を静かに寝かせた。


 裏庭の隅、

 使われていない古い石祠の影。


 そこには、

 ジージーとセルグレンが待っていた。


「来たな」


「悪いわね、こんなところまで」


「ここなら、誰も耳を澄ませたりしない」


 セルグレンは短く答えると、

 ジージーに目配せした。


「ミーヤ。

 弟さんの名前は“候補者一覧”にはなかった」


 ジージーが口を開く。

 ミーヤは静かに頷いた。


「ええ、見たわ。

 でも“要注視者”の欄にはあった」


「……はい」


「つまり、“病気が長引いたり、親が仕事を失ったりしたら送る”って意味よね」


 ミーヤは淡々と言った。

 怒りは、すでに通り過ぎている。


「そういう仕組みなら、逆にわかりやすい」


「わかりやすい?」


「ええ」


 ミーヤは両手を腰に当て、

 不敵に笑った。


「あの子が“送ったほうがマシな存在”にならないように、

 あたしが必死で働いて、あの子に勉強させて、

 “帳簿上の数字”を変えてやればいい」


 セルグレンが目を細める。


「それは簡単じゃないぞ」


「わかってるわよ。

 でも、何もしないよりマシでしょ」


 ミーヤは、石祠の上に拳を置いた。


「アンタたちはあの砂漠の人たちみたいに、

 でっかいこと考えてるんでしょうけど。

 あたしには目の前の弟くらいしか守れないもの」


 その言葉に、

 ジージーはハッとした。


(守る相手を、自分で選ぶ……)


 エイリアスも、きっとそうだった。

 砂漠で、生きる覚悟のある者を拾い、

 自分の“家族”にした。


 ミーヤは、その街版なのかもしれない。


「ジージー」


 ミーヤが振り向いた。


「あんた、自分の名前がどこに書かれてるか見た?」


「……はい」


 ジージーはうなずいた。


「“外来者・身寄りなし要員”」


「そう。

 あたしたちと同じ帳簿に、

 あんたも組み込まれたってわけ」


 ミーヤは少しだけ意地悪そうに笑う。


「なら――

 あんたも、“数字の動かし方”を覚えなさいよ」


「動かし方……」


「誰が得して、誰が損するのか。

 どこで印がついて、どこで消えるのか。

 それを知らずに“世界を変える”なんて言ったって笑われるだけよ」


 図星だった。


 ジージーは思わず口をつぐむ。


(あたし、何も知らないのに偉そうなこと考えてたんだ……)


 ミーヤは肩をすくめた。


「ま、あたしだって全部知ってるわけじゃないけど。

 “知ろうとする”くらいはできる」


 その言い方が、

 どこかエイリアスに似ていて。


 ジージーは胸の奥が、少しだけ軽くなるのを感じた。


「……教えてください」


 気がつけば、そう口にしていた。


「帳簿の見方とか、

 窓口の手続きとか。

 ミーヤが知ってること、あたしにも教えてほしい」


 ミーヤは目を瞬かせ、それからふっと笑った。


「いいわよ。

 その代わり――」


「その代わり?」


「あんたも、“杖の振り方”だけじゃなくて、

 弟に体の動かし方を教えてやりなさい。

 病気がちだからって、体を甘やかしちゃダメ」


 ジージーは思わず笑った。


「……わかりました。

 それなら、得意です」


 セルグレンが、そのやりとりを静かに見守っていた。


(こうやって小さな“回路”が生まれていく……)


 ミーヤと弟。

 ジージーと杖。

 ベルツと帳簿。

 それぞれの小さな選択が、

 やがて大きな流れを作る。


「よし」


 セルグレンは立ち上がった。


「じゃあ俺からも一つ、“流れ”を増やしておくか」


「え?」


「ジージー。

 あとで少し時間をくれ。

 話したいことがある」


 その声色に、

 いつもの軽さはなかった。


 ジージーは、背筋にひやりとしたものを感じながら頷いた。


「……はい」



 日が傾き、

 裏庭に長い影が伸びるころ。


 セルグレンは、ジージーを街外れの丘に連れ出した。


 遠くに、

 グレンを乗せた荷馬車が消えていった方角が見える。


「ここ、風が強いですね」


「ああ。

 街の音が届きにくい」


 セルグレンは、腰に差した短剣を抜いた。

 刃は向けない。

 ただ、地面の砂を少し掘る。


 小さな穴が開いた。


「……墓穴ですか?」


「違う。

 “埋め穴”だ」


 セルグレンは短く答え、

 懐から一つの小さな金属片を取り出した。


 丸い。

 聖教国の紋章が刻まれた徽章。


 ジージーは息を呑んだ。


「それ、教士さんたちがつけてる……」


「俺も昔、これをつけてた」


 セルグレンの声は低かった。


「ルーデンス聖教国直属の“巡察兵”。

 帳簿を調べ、反抗的な街を見つけたら、

 帝国への“奉仕者候補”を増やす役目だ」


 ジージーの頭に、

 冷たいものが流れ込む。


「じゃあ……セルグレンさんは……」


「そうだ。

 俺はかつて、“帳簿の数字を増やす側”の人間だった」


 セルグレンは、徽章を穴の中に落とした。


「北へ送られていった奴らの何人かは、

 俺が“推薦”した」


 淡々とした口調だった。

 しかし、その拳はかすかに震えている。


「砂漠でエイリアスに拾われたとき、

 こいつを捨てろと言われた。

 “過去を忘れろ”じゃない。

 “過去を握りなおせ”ってな」


 ジージーは目を見開いた。


「握りなおす……?」


「罪をなかったことにするんじゃない。

 罪を知ったうえで、別の方向に力を使うってことだ」


 セルグレンは、穴に砂をかぶせた。


「お前が帳簿の行を見て怒るように、

 俺も昔の自分を思い出すたびに吐き気がする。

 だが、それがあるから今、

 “数字の向こうにいる人間”の顔が見える」


 見上げた空は、

 橙から群青へと変わりつつあった。


「ジージー。

 お前が“支える勇者”になりたいなら、

 綺麗なところだけ見てちゃ駄目だ」


「……」


「帳簿も、理事会も、帝国も、聖教国も。

 その全部の汚さを知ったうえで、

 なお“止める”って言え」


 風が、二人の髪を揺らした。


 ジージーは、掌の布袋をぎゅっと握る。


 中の小石が、かすかに音を立てた。


「……じゃあ、教えてください」


 自分でも驚くほど、声は静かだった。


「セルグレンさんが昔、何を見て、何をして、

 どうしてサンドイーグル隊に来たのか。

 あたし、それをちゃんと知りたいです」


 セルグレンはしばらく黙っていた。


 やがて、ゆっくりと笑う。


「いいだろう。

 ただし、一度に全部は無理だ。

 砂漠の夜は長いが、話すことも山ほどある」


「じゃあ、少しずつ」


「ああ。

 少しずつだ」


 その日、丘の上で語られたのは、

 ほんの断片――


 帝国北方の寒さ。

 聖教国の教会の暗さ。

帳簿を前にした人々の怯えた目。


 ジージーは、それを一つも取りこぼすまいと、

 耳を澄ませて聞いていた。


(綺麗なものだけ見てたんじゃ、

 きっとグレンさんみたいな人を守れない)


 砂のように、

 静かに積もっていく言葉。


 やがてそれが、

 彼女の中で一本の“杖”になることを――


 このときのジージーは、まだ知らなかった。


―――――――――――――――――――


【後書き】


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


今回は、

•グレンの“頼み”を受けたベルツ

•弟を守ることを選んだミーヤ

•自分の過去を少しだけ明かしたセルグレン


という、“大人側の小さな決意”を中心に描きました。



■「数字を動かす」ということ


本作では、

•帳簿=世界の“蝶番”の一つ

•そこに書かれた数字や印は、誰かの生き死にに直結する


という構造になっています。


だからこそ――

ベルツが余白に書き込んだ一行や、

ミーヤが弟のために選ぶ働き方、

セルグレンが過去を語る決意。


そうした“ささやかな動き”が、

やがて大きな流れを生んでいきます。



次回以降は、

•セルグレンの過去のもう少し踏み込んだ部分

•サンドイーグル隊の外のレジスタンス勢力

•帝国・聖教国・北の帝国の三つ巴構造


などを少しずつ見せていく予定です。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

よろしければ、また次の話でもお会いしましょう。

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