楽都ワーダン② ― 音なきオーケストロン
◆1 静寂を裂くもの
舞台が震える。
木材が軋み、割れ、破け──
沈黙の巨躯が、ゆらりと立ち上がった。
手。手。手。
何十本もの腕が絡まり、捻じれ、客席をつかもうと蠢く。
顔。顔。顔。
潰れた声帯を抱えた無数の口が「叫べない悲鳴」を広げている。
音はない。それが逆に不気味だった。
「こ、これ……」
ジージーは喉の奥が冷たくなるのを感じた。
「ここで、音が死んだ」
ミナの声は震えている。
「……相当、ひでぇな」
リゲロが牙を噛みしめた。
セルグレンは一歩前へ出て盾を構える。
「来るぞ!!」
◆2 支える勇者、前へ
巨楽人の腕の一本が、観客へ走る。
セルの盾がそこへ飛び込む。
「はあああぁッ!!」
衝撃は石畳を砕き、
セルの膝が一瞬落ちる。
「重っっ……!!」
別の手が、裏側から舞台を叩き割る。
木片が飛び散り、観客の頭上へ。
「ヤバッ! リゲロ!!」
「任せろ!!」
影が巨大なマントのように広がり、
木片をまとめて受け止める。
「ミナ、観客の保護お願い!!」
ジージーが叫ぶ。
「了解っ!みんな動かないでぇ!!」
霊体の幕が客席を包み込む。
しかし巨躯は止まらない。
音のない咆哮が、舞台ごと押し寄せる。
(……どうする。殴るだけじゃ足りない)
伸縮棍が手の中で脈打つ。
『聞け』
そう言っているようだった。
◆3 声を返す拍
「……あたしが、返す」
ジージーは棍を構えなおした。
「音を喰われて苦しいんだよね。
なら――」
棍がしゅるりと伸び、
竜骨のようにしなる。
「声を、返してやる!!」
踏み込む。
棍を──叩きつけずに、
弾く。
空気を震わせる、低い一音。
ドン。
巨躯がぴたりと止まった。
耳を澄ますように、頭部が傾く。
「……そう。あなたの声、聞かせて」
ジージーは続けた。
トン。
トン。
トン。
拍を刻む。
棍と床で作る“場所を指す音”。
巨楽人の無数の口が、わずかに開く。
「苦しい、よね」
ジージーは、祈るように声を落とす。
(叫べないなら、代わりに“出す場所”を作ればいい)
「声は、ここに」
棍を高く掲げ、響かせた。
響音術
――解声の拍!!
ぐわん、と空気が弾ける。
巨躯の胸に光が走り──
閉ざされた口から、溢れ出す。
悲鳴。怒り。嘆き。愛。
切り裂かれた旋律が、嵐のように逆噴射した。
「……声だ」
ミナが涙を浮かべる。
「みんな……まだ、生きてるんだ……」
リゲロが低く呟く。
「じゃあ、鎮めてやんねぇとな」
◆4 守る拍、支える仲間
「俺が楯だ!! まとめて受ける!!」
セルグレンが立ちはだかり、
流れ込んだ“声の奔流”を盾で受け止める。
盾が震える。
だが折れない。
「迷子の声は、あたしが導く!」
ミナが霊体の道を作る。
「影は噛む!」
リゲロが腕を掴む影の牙を裂く。
そしてジージーは、
光る棍を握りしめる。
「戻れ……本来の場所へ!!」
拍が増し、音が大きくなる。
巨楽人の身体が、ほどけるように解けていく。
無数の腕は譜面へ帰り、
顔は観客の胸にそっと溶けた。
「ありがと……」
どこからともなく、声がした。
(お礼は……いらないよ)
ジージーはそっと棍を下ろした。
「これで、少しは楽になれた……?」
◆5 沈黙の後
舞台に残ったのは、大きな“空白”。
楽器も、演奏者も、まだ完全ではない。
でも。
「声……少し戻ってる」
観客の誰かが呟く。
「歌……歌える……?」
震える声が、宙に浮いた。
「ラ……ララ……ッ……」
最初は、かすかなひと粒。
だが次の瞬間、
満場が小さなメロディで満たされ始めた。
「すごいや……」
ジージーは胸が熱くなるのを感じた。
伸縮棍がぽこん、と一拍。
(よくやった、ってこと?)
「ふふ……ありがと」
棍を撫でると、
またひと拍だけ返ってきた。
◆6 黒い影
安心の波が広場を染める中、
リゲロはただ一人、舞台の奥を睨んでいた。
「……消え方が気に入らねぇ」
「なにか気づいた?」
ジージーが寄る。
「黒い糸……途中で切れたんじゃねぇ」
影走りの声は低い。
「“回収された”んだ。
誰かに」
「……!」
ミナは背筋を震わせる。
「まだいるの……?」
「いる。絶対」
リゲロは言い切る。
「リリスティアじゃない。もっと深くに“本丸”が潜んでる」
ジージーは拳を握った。
(なら進むしかない)
「声を奪う奴がいるなら――」
ジージーは、湖上を指差した。
「探しに行く。
音を返しに。」
◆7 救われた者、現れる依頼
「君たち!」
呼び止める声がした。
白いローブの女性。
長い銀髪。
喉に巻かれた歌唱者の儀式用スカーフ。
瞳は深い青。
「わたくしは
聖歌騎士リンネ・アクア」
彼女は深く頭を下げた。
「救ってくださって……ありがとう」
「いいよ、支える勇者だから」
ジージーが笑う。
だが、リンネの表情は深刻だった。
「どうか、助けてください。
楽都ワーダンは今、
『真の沈黙』へ沈みかけています。」
ジージーたちは息を呑む。
「それって……いまのが前兆ってこと?」
「ええ。
“声なき霧”は街の中枢へ向かっている」
リンネは震えながら言った。
「歌姫長が失踪しました。
代わりに、霧の底から“呼ばれて”います」
ミナが表情を強張らせる。
「呼ばれてる……?」
「誰に」
セルの問いに、リンネは答えた。
「湖の底に棲む声喰いの主──
《沈黙王》に。」
風が止まった。
伸縮棍がコツン、と鳴った。
(行け、と言ってる)
「分かった」
ジージーは湖を見据えた。
「次の舞台は、水の中。
沈む声を全部、引っ張り上げてやる!」
リンネは震える声で礼を述べた。
「感謝します、杖の勇者と仲間たち……!」
風が再び吹き、
楽都の楽器がかすかに歌った。
まだ、街は生きている。
拍もある。
止まっていない。
(なら止めさせない)
ジージーは静かに棍を握った。
「行こう、みんな」
━━━━━━━━━━━━━━
◆ 次回予告
━━━━━━━━━━━━━━
楽都ワーダン③ ― 声なき霧の元へ
・湖底神殿への潜行
・リンネの歌の力、覚醒
・沈黙王の幹部 “音喰らい”との遭遇
・リゲロの影術が危機に(※覚醒伏線)
そして――
闇の奥、鎖に囚われた 歌姫長 の姿。
次回も、“拍を刻め”。




