楽都ワーダン① — 静けさに沈む歌 音に満ちた街ほど、沈黙は深い。
黒々とした山脈を越えると、急に世界が広がる。
湖がある。
太陽をひらひらと反射しながら、
銀色にも翡翠色にも揺れ変わる巨大な水鏡。
その奥に寄り添うように建つ街があった。
青と白の石を組み合わせた家々は、
どこか楽器を模しているように見える。
細い路地はまるで、
譜面に走る五線のよう。
広場には大きな舞台。
塔には風を鳴らす管。
風が吹けば、街そのものが歌い出す。
楽都ワーダン。
歌が街を統べ、拍が生活を支える場所。
……の、はずだった。
けれど、湖上を渡ってきたジージーたちが最初に感じたのは、
音。
ではなく、
**妙な“静けさ”**だった。
◆1 違和感
「……思ったより、静かじゃない?」
湖を背にして街門をくぐった瞬間、
ジージーは眉をひそめた。
「静かというか……落ち着きすぎてるな」
セルグレンが盾を背から外し、訝しげに見回す。
「湖畔公国の首都級って話じゃなかったっけ?」
リゲロが影を路地へ滑らせながら呟く。
「音楽が盛んで、昼でも夜でも演奏が絶えないって」
ミナはふわっと浮いて、耳を澄ませる。
「……なのに、音がない」
楽都ワーダン。
本来ならば、街に近づくほど楽団の音が迎えてくれるというのに。
(なんで誰も歌ってないの?)
通りすがりの楽師も楽器を抱えている。
だが、誰も弾こうとしない。
足早に、下を向いて通り過ぎる。
「ようそ、ワ…ーダ…んへ……」
門番の声も、
途切れ途切れで、掠れていた。
「声……変だ」
ジージーは思わず呟いた。
「風邪でも流行ってんのか?」
リゲロが首を傾げる。
「いや……違うな」
セルは顎に手を当てる。
「喉じゃなくて、“声の根っこ”ごと弱ってる感じだ」
「根っこ?」
「うまく言えんが……魂が萎んでる、そんな感じがする」
そこへ不意に──
カラン……
細い金属音が転がるように届いた。
「……?」
路地の奥。倒れた譜面台。
その下で、楽器のバチが転がっていた。
ジージーが拾い上げようとした瞬間──
「触るな!!」
鋭い声。
と同時に、
バチを掴んだ手が震え、ぽとりと落とした。
少女が駆け寄ってきて、それを押さえる。
目の下に濃いクマ。唇は青紫に乾いている。
「ご、ごめんなさい!
あの、誰のか分からないもの、触っちゃだめなんです!
呪われてるかもしれないから……!」
「呪い……?」
少女は怯えた目で辺りを見た。
「声が……消えちゃうんです。
気づいたら、言葉も、歌も、音も……」
そこで、少女の喉が
ひゅ、と細く鳴った。
「あ……」
声が出ない。
彼女の目が限界まで見開かれる。
「大丈夫!落ち着いて!」
ミナが肩に触れ、幽気を通して安堵を流し込む。
「……ッ……ッ」
少女は震えながら、
なんとか言葉を絞り出した。
「逃げて……“声”が……喰われる……」
それだけ言うと、
少女は怯えたまま踵を返し、走り去った。
バチを拾うことなく。
◆2 声を失う街
宿に荷物を預け、
情報を集めるべく街の中心へ向かう。
広場には、人が集まっていた。
大きな舞台。
本来なら音楽祭の中心。
しかし今は──
「……追悼会だと?」
セルグレンが掲げられた掲示を読む。
亡き演奏者へ捧ぐ
追悼の黙祷
開演:日没
「音楽の街なのに……追悼が沈黙?」
ジージーは喉が締まる思いだった。
楽都が“黙る”ことほど、重い意味を持つものはない。
「これ、相当ヤバいってことだよね」
ミナの声にも緊張が滲む。
「原因は、例の魔女か?」
リゲロが鍔の下から睨む。
「断定できねぇが……嫌な匂いがする」
セルグレンの盾がわずかに鳴った。
「まずは確かめなきゃ」
ジージーは拳を握る。
「支える勇者は、まず話を聞くところから」
◆3 沈む夕暮れ
日が落ち始めると、
広場の空気はますます重くなっていった。
人々が集まり、ざわめき……
やがて静寂に変わる。
舞台中央に、喪服の女性が立つ。
彼女もまた、声の出ない口で喋っているように見えた。
ピアノの前に座り、
ゆっくりと鍵盤に手を伸ばす。
(弾くの……?)
ジージーは息を止めた。
しかし──
音が、鳴らなかった。
鍵盤が沈んでも、
どの鍵を押しても、
無音。
観客から、すすり泣きすら起きない。
「これは……」
セルグレンが低く呟く。
「音が……喰われてる」
演奏者の肩が震えた。
涙が落ちる。
ジージーは前へ出そうになる。
ミナが袖を掴んだ。
「待って。まだ断定できない」
「でも!」
「罠かもしれないんだよ。観客が巻き込まれる」
唇を噛む。
その時。
演奏者の喉が、裂けるように開いた。
白い霧が、喉奥から噴き出す。
「ッ……!」
そこに──
黒い手が生えた。
喉から。
胸から。
鍵盤の隙間から。
黒い手は、宙を彷徨いながら観客へ伸びる。
「避けろ!」
セルグレンが広場の人々を盾で守る。
「ミナ!援護!」
「いけ、冥界レイス!!」
影を裂き、幽鬼が黒い手を噛み砕く。
「リゲロ!」
「影縫い!足を止める!」
しかし手は増え続ける。
空気から。
静寂から。
“奪われた音”そのものから。
「声が……音が……!」
「歌を、返して……!」
「うあああああァァァ!!」
観客の口からも、無数の黒い手が──
◆4 伸縮棍、前へ
「くるな──ッ!!」
ジージーは走り出していた。
棍が脈動。
掌にしゅるんと吸い付き、伸びる。
伸縮棍
光を帯びた棍は、
まるで呼吸する生物のようにしなる。
「声を返せ!!」
床を払う一撃。
黒い手が弾け飛び、霧となる。
「仲間の声も!音楽も!
奪わせない!!!」
棍が音を鳴らすたび、
奪われた声が一瞬だけ戻るような気がした。
「せいっ!!」
三連打。
黒い手が一斉に消え──
◆ 代わりに、“何か”が露わになった。
舞台裏の闇。
そこから伸びる糸。
黒い糸。
「……操ってやがる」
リゲロの視線が細くなる。
ミナはひそりと呟く。
「裏に、何かがいる」
セルが盾越しに言う。
「隠れていやがるな、怖ぇくらいデカい“絶望”がよ」
◆5 楽都の影
黒い糸は、舞台袖へ消えていく。
だが、追おうとしたジージーの足元で──
舞台板が、ゆっくりと膨らむ。
「……!」
音を喰われた舞台。
蓄積した悪しき静寂。
そこに縛られていた者が、
うめきながら姿を現す。
沈黙の巨楽人
複数の手。
引き伸ばされた顔。
無数の口。
音を失った楽団の「怨嗟」の集合体。
「ッ……来るぞ!!」
セルグレンが盾を構え──
ジージーたちは、
再び前へと立った。
(奪わせない。
この街の拍を、黙らせない!!!)
伸縮棍が、確かな音を刻む。
音の消えた街で、
唯一響いた、勇者の拍だった。
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◆ 次回 予告
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楽都ワーダン② ― 音なきオーケストロン
・初戦:沈黙の巨楽人(非致死・ほどほど)
・ジージーの音撃、覚醒の兆し
・「声なき霧」の正体接近
・聖女歌姫(新キャラ)登場
・裏でほくそ笑む“黒幕の新影”
そして……
静寂はまだ序章。
真に声を喰らう者は、別にいる。
次回も、前へ。




