野湯のある谷で
◆魚を求めて
リゲロが影を川へ走らせると、
水中から何匹もの大きな魚影が浮かび上がった。
「良さそうな魚が揃ってるな。影で網代わりにできる」
と淡々と言いつつ、
手際よく三匹、四匹と捕まえては地面へ転がす。
セルグレンはちょっと驚いた声を漏らした。
「こんな大物を、影で……器用なものだな」
「仲間の飯がかかってるから」
リゲロは照れくさそうに視線を逸らす。
ジージーは口をぽかんと開けた。
「すっごい……リゲロって実は万能なのでは……?」
ミナが、すうっと横から現れる。
「万能さならジージーも負けてないよ。
何より、仲間を見て支えられるのは強み」
「そ、そんなことないよ(照)
まだまだ怖いし、すぐ泣きそうだし」
ジージーは魚の横で座り込み、
深呼吸を一つ。
◆野湯の招待
猫族の親分らしき男が近付いてきた。
胸を張り、尻尾をゆらりと一振り。
「魚、五匹で入浴料は結構だ。
好きに温まっていきな。
ここはな、旅人の骨休めの場所でもある」
ジージーの顔がぱぁっと輝く。
「ありがとうございます! 助かります!」
セルグレンも、ほんのわずか
表情を和らげていた。
「休息できる時にしておかないと、な」
リゲロは橋を指しながらぼそり。
「さっきの吊り橋で体力削られたしな
いろんな意味で」
ジージーは肩を震わせた。
「あああ思い出させないでください……
あれは怖かったんだからぁぁ」
◆ミナの位置
湯気が舞う中、
ミナは野湯の外縁にふわりと浮いたまま。
「わたしは眺めてるだけで温かいから。
みんなが無事でいるのを見てると、
それだけで十分」
その穏やかな声音に
ジージーは笑みを返す。
「じゃあ、安心してくつろげるように
ミナ、そこお願いね」
「任せて( ̄∇ ̄)」
◆入浴準備
脱衣所と呼ばれる板小屋には
タオルや桶が整然と積まれていた。
ジージーは新品のタオルを手に取り
嬉しそうに頬へ押し当てる。
「ふかふか……いい匂い……
夢じゃないよね?」
「ジージー、先に入ってこい。
リゲロと俺は周囲を確認してから順番に入る」
セルグレンの提案に、ジージーはうなずいた。
「ありがとう。じゃあ先に……」
◆野湯と、山の夜と
湯船に足を入れた瞬間――
「ひゃあっ……あったかい……!」
吊り橋で震えた膝がふわりと緩む。
指先から心臓まで、じんわり温まっていく。
顔を少し上げれば、
山の上には蒼い空間。
星もまだ輝きを失っていない。
「……きれい」
湯気越しの星は、
まるで地上に降りてきたみたいだ。
ジージーは思わず目を細めた。
仲間がいる。
ミナがいる。
そして、湖畔の三人も応援してくれている。
今だけは、
胸の奥にあった恐怖と焦りが
少しだけ溶けていくようだった。
◆猫族娘の忠告
湯場の端から、
小柄な猫族の娘が顔を覗かせた。
「人間さん。
この谷にはね、夜になると
星の光が急に消えることがある」
「星が……消える?」
ジージーが顔を向ける。
猫族娘は声を潜めた。
「森の奥から、星を食べる“影”が
この湯まで来ることがあるんだって。
だから、長湯は危険だよ。
夜が深くなる前に休むといい」
ジージーの背筋に
ひゅっと冷たいものが走った。
さっきの影獣。
あれはひとつじゃない……。
「わかった、気をつけるね。
教えてくれてありがとう」
猫族娘はうなずき
湯の奥へと消えていく。
ジージーは湯へ潜りながら
小さく呟いた。
「休む間にも、
影は迫ってきてるんだよね」
ミナの加護が灯り、
ユニコーンが導いた先。
この先は、確実に
「魔女の森」の中心――
逃げ道は、ない。
◆次の一歩へ
湯から上がったジージーは
夜風に当たりながら
星鏡を手に見入った。
「この鏡があれば、
迷わない……はず」
ミナが隣で言う。
「迷わなくても、
襲われることはあるよ?」
「それは言わないでよ(汗)
……でも、そうだね。
油断はしない」
セルグレンとリゲロも
遅れて湯から出てきた。
全員の顔に
ほんの少し
余裕の色が戻っている。
セルグレン
「行こう。夜明け前までに
魔女の領域へ入る」
リゲロ
「影が沈む時間を選べば、
少しは有利になる」
ジージーは頷き、
自分の頬を軽く叩いた。
「行こう。
怖くても、
みんなと一緒なら大丈夫だから」
月は静かに
谷の湯気を照らす。
その奥に潜む影の気配を
一瞬だけ、ミナが睨んだ。
来るなら来なよ。
わたしが守る一歩だけは、
渡さないから。




