月と精霊の加護(前編)
「では、本日の“勇気供給隊ミーティング”を始めますわ!」
マリーヌが小さな机をバンッと叩いた。
その前には三人娘とアーサー、
そしてカミラがお茶を配って立っている。
机の上には、今日の成果が並んでいた。
・蒼玻石 小粒×12
・湖鉄砂入りの小袋×5
・貝細工の髪飾り(売れたぶんの控えの1つ)
・夜光草の束
・そして――新しく仕立てた「もこもこマント」の布見本。
「貝細工の髪飾り、けっこういい値段で売れたね!」
ルーシーが帳面を覗き込みながら言う。
「小金貨2枚と、銀貨がこんなに…」
テドラは思わずごくりと息を呑んだ。
アーサーは眼鏡を押し上げる。
「これで、次の補給分の
保存食と、寒冷地用のマント、
それから新しい錬金用のガラス器具がそろいます」
「ジージーお姉ちゃん、山を越えて……
きっと、今は森の中ですよね」
ルーシーがそう言うと、
マリーヌはきゅっと拳を握った。
「わたくしたちの使命はただ一つ。
ジージーたちが“戦い続けられる理由”を
絶やさないことですわ!」
「……うん。わたしたちの準備が足りなかったら、
向こうで困るもんね」
テドラが小さくうなずく。
カミラが微笑みながら、
三人の前に包みを置いた。
「こちらは、皆さまご自身へのごほうびでございます」
包みの中には、小さな星形のブローチが三つ。
真ん中に、蒼いガラス片がはめ込まれて輝いている。
「これ……?」
「レーヌ湖畔の“星のお守り”ですわ」
カミラは、おだやかに言う。
「勇気供給隊の証として、身に着けてくださいませ」
マリーヌは胸元でそのブローチを握りしめる。
「ジージーたちに負けないくらい、
わたくしたちも頑張りませんとね!」
ルーシーとテドラも、
それぞれの胸元にブローチをつける。
──その瞬間、共有収納鞄が、
ぽすっと音を立てて膨らんだ。
「動きましたわ!」
アーサーが慌てず鞄を開くと、
中から折りたたまれた紙と、
小さな布袋が出てくる。
『マリーヌちゃん、ルーシーちゃん、テドラちゃんへ
山を越えて、北の森の手前まで来たよ。
寒い夜、マントすごく助かってる。
保存食も、おいしいスープも、本当にありがとう。
わたしたちがここまで来れたのは、
ずっと支えてくれてるみんなのおかげだよ。
いつかね、みんながやりたいことを
自分の力でできるように――
その時に胸を張って“支えた”って言えるように、
わたしもがんばるね。
— ジージーより』
三人は顔を見合わせ、
そろってにっこり笑った。
「よーし、じゃあもっといい物資を
送れるように、次もがんばるよ!」
「はいっ!」
その声は、湖畔の風に乗って、
遠い山と森へと運ばれていく。
――その森の中で。
いま、精霊との出会いが待っていた。
◆北の森・入口
風の塔から続く山道を越え、
ジージーたちは、
やがて“空の色が変わる境目”に辿り着いていた。
そこから先は、森。
といっても、ただの森ではない。
木々の葉は昼なのに青白く光り、
幹には細い光の筋が走っている。
「……ここが、星読みさんの言ってた
“北の森”……?」
ジージーはごくり、と喉を鳴らす。
セルグレンは盾を持ち直し、
辺りを見回す。
「空が少し暗いな。
さっきまで晴れていたのに」
リゲロは足元を見下ろす。
落ち葉一枚まで、妙に静かだ。
「鳥の声もしない。
魔物がいる気配は…うっすらある。でも……
何かに押し込められてるみたいだ」
ミナは、森の奥をじっと見つめていた。
彼女の目だけは、
ほかの誰より奥まで見えている。
「森が、迷ってる。
道がほどけて、結び直されて……
ぐるぐるになっちゃったみたい」
ジージーはミナの肩のあたりを
そっとなでる仕草をした。
触れられないけれど、それでも近くにいたい。
「星鏡っていうのを
探さなきゃいけないんだよね。
精霊と、ユニコーンに会えたらいいんだけど……」
「会う前に襲われる可能性もある」
セルグレンが現実的なことを言う。
「その時は、俺たちが前に出る。
ジージーは、最後の一歩を残しておけ」
リゲロが続ける。
ジージーはこくん、と頷いた。
「うん。怖いけど……
みんなでなら、踏み出せるから」
彼らは一歩、
森の中へ踏み込んだ。
◆森の“息”
森の中は、
音が削られたように静かだった。
足音は落ち葉に吸い込まれ、
風の音は梢の上で止まっている。
でも、聞こえないだけで――
何かが息をしているのが分かった。
すう……はぁ……
森全体が、ゆっくりと
眠る巨人のように呼吸している。
「……すごいね」
ジージーが思わず呟くと、
ミナが小さく笑った。
「森の夢の中に、
ちょっとだけ入らせてもらってる感じだね」
「夢なら、優しいといいな……」
そう言った瞬間――
ガサリ
茂みが揺れた。
セルグレンが即座に前へ。
盾を構え、ジージーを庇うように立つ。
「来る」
リゲロの声と同時に、
茂みの中から飛び出してきたのは――
四足で走る、
灰色の獣たちだった。
目が光り、
牙には黒い靄がまとわりついている。
「影喰い狼……!」
セルグレンが名を呼ぶ。
「ジージー、下がれ!」
「うん!」
ジージーは杖を構え、
スカルナイトとレイスを呼び出す。
「ミナちゃん、お願い!」
「うん。スカル、前。レイスは回り込み」
スカルナイトが盾を構えて突進し、
一匹の狼の牙を受け止める。
レイスが背後から滑り込み、
狼の足元にまとわりつく闇を
そっと吸い上げるように揺れた。
「【影喰い】って名前のくせに、
自分も影まみれなのね。ふふ」
ミナは相変わらずマイペースだが、
眷属の制御は的確だ。
リゲロは影の中から飛び出し、
狼の足だけを狙って
素早く二連撃。
「【二閃・影追い】!」
骨を折るまではいかない、
だが確実に動きを鈍らせる一撃。
セルグレンは、
倒れ込んできた狼の頭上に盾を押し当てた。
「【聖鎮】!」
盾から柔らかな光が走り、
狼の瞳を覆っていた黒い靄が
ふっと散っていく。
「きゅ……ん……」
狼たちの目から
狂気の色が消えた。
黒い靄が森の空気に溶け、
どこかへ吸い込まれていく。
ジージーは杖を握りしめて、
息を整えた。
「【黎明】……!」
杖の先から、
淡い光が輪となって広がり、
狼たちの傷を軽く癒す。
「ごめんね、びっくりさせて。
でも、もう大丈夫だからね」
狼たちはしばらくジージーを見つめ――
やがて、森の奥へ駆け戻っていった。
「ふぅ……」
肩の力を抜いたジージーの横で、
ミナがふと空を見上げた。
「……来るよ」
「え?」
ミナが指差した先。
森の上の、
少しだけ開けた空間に――
白い光の粒が集まり始めていた。
◆精霊・ルナ
光はゆっくりと形をとり、
やがて、ひとりの“小さな人影”になった。
銀色がかった髪。
薄い青の瞳。
月光をまとったような、
透き通る衣。
少女のようにも見えるし、
どこか年齢のない存在にも見える。
彼女は、
ジージーたちを見下ろす位置に、
ふわりと浮かんでいた。
「……あなたたちが、星読みの言っていた人間ね」
声は静かで、
鈴の音を溶かしたように澄んでいる。
ジージーは慌てて立ち上がり、
ぺこりと頭を下げた。
「あ、あの……!
わたし、杖の勇者ジージーです。
星鏡を探しに来ました!」
名乗った瞬間、
ルナの瞳がすっと細くなる。
「杖の勇者……
ふしぎ。
あなたからは“光”と“影”の両方の匂いがする」
ジージーは思わずミナを振り返る。
「え、えーと、それは多分……
ミナちゃんが一緒にいるから……?」
ルナの視線が、
ミナの方へゆっくりと向いた。
ミナは、
珍しく少し固まっていた。
「……見えてる?」
「ええ。
あなたは“こちら側”と“あちら側”の境目にいる。
とても珍しい魂」
ルナはすっと降りてきて、
ミナの目の前に立った。
ジージーたちには、
二人の間にふわっと
月光の膜が降りたように見える。
「あなた、生きてはいないのに、
生きている者たちのために
ずっと前に出ている」
ミナは、
少しうつむいて笑った。
「わたし、怖がりだから。
怖いものの前には、ちゃんと怖がれる子が
いた方がいいでしょ?」
「……ふふ」
ルナの表情が、少し柔らかくなる。
「あなたのような魂は、
夜の中でよく迷う。
でも、それでも仲間のそばにいたいと願うから……
だからこそ、“守り手”になる資格がある」
「守り手……?」
ミナが首を傾げた瞬間、
ルナはそっと手を差し伸べた。
「ミナ。
あなたに、わたしの加護を授けます」
「えっ」
ジージーが思わず声を上げる。
セルグレンもリゲロも、
驚きと警戒の両方をにじませる。
「どんな加護なんですか?」
セルグレンが問うと、ルナは
彼に静かな視線を向けた。
「夜の中で、
“本当に危ない影”を見分ける力。
そして、その影から
仲間を一歩だけ遠ざける力」
リゲロが目を細める。
「一歩だけ?」
「ええ。一歩だけ。
でも、その一歩が
生と死を分けることもあるでしょう?」
ミナはルナの手を見つめ、
ゆっくりと自分の手を伸ばした。
「……わたしに、そんなこと、できる?」
「できる。
あなたはもう、何度もそれをやっているわ」
ジージーの前に出て、
スカルやレイスを操り、
影の中へ踏み込んできた幽霊少女。
ルナの言葉は、
その全部を見てきた者のようだった。
ミナの手が、
ルナの光に触れる。
す――っと冷たい光が流れ込む。
ジージーには、
ミナの輪郭が一瞬だけ
くっきりと人間のように見えた。
「……あ」
ミナは目を瞬かせる。
「なんか、胸のあたりが
ちょっとあったかくて、
ちょっと、ひんやりする」
ルナは微笑んだ。
「それが《星幽の護》
あなたの新しい役目」
それから、ジージーの方を向く。
「杖の勇者。
ユニコーンは、森のもっと奥にいる。
あなたの“心の形”を見に来るはず」
「わたしの、心の形……?」
「恐れを隠さないこと。
それから、感謝を忘れないこと。
それが、あなたの強さだから」
ジージーは、
湖畔で待っている三人娘の顔を思い浮かべた。
わたしたちがここまで来れたのは
ずっと支えてくれてるから
胸がきゅっと熱くなる。
「……ありがとう、ルナさん。
ミナちゃんの加護も、
森の道を教えてくれたのも。
全部」
ルナは少しだけ目を細めた。
「礼を言うのは、わたしの方かもしれないわ。
この森の“迷い”を、
本気でほどこうとしている存在は
久しぶりだから」
彼女の身体が、
また光の粒になり始める。
「気をつけて。
この森には、星を喰べようとする影もいる。
ミナの加護は、
その時にきっと、もう一度目を覚ます」
そう言い残して、
ルナはふっと消えた。
◆森の奥へ
静けさが戻る。
ジージーはミナに駆け寄った。
「ミナちゃん、大丈夫!?
なんか変な感じしない?」
「ううん。
ちょっとだけ“ちゃんとここにいる”って
感じが強くなったかも」
ミナはくるりと一回転してみせる。
「それに……
変な影の匂いが、前より分かりやすくなった」
「……さっきの狼たちの“黒いの”とか?」
リゲロが確認する。
「うん。
ああいうのが濃くなったら、
すぐ分かると思う」
セルグレンは頷いた。
「頼もしいな。
ジージーの前に立つ守りは増えるほどいい」
ジージーは笑った。
「うん。
これからも、みんなで頑張ろうね。
そして……いつもありがとう」
ミナは、くすっと笑う。
「こちらこそ。
わたし、みんなと一緒に
明日のことを考えられるの、
すごく好きだよ」
森の奥から、
かすかな水音が聞こえてきた。
「……行こう」
ジージーが杖を握り直す。
ユニコーンと精霊の泉は、
もうそう遠くないはずだった。
──────────────────────
加護が“目を覚ます”のは、もう少し先で——
次の章で、
・ユニコーンとの邂逅
・森を彷徨わせる“星喰いの影”の襲来
・ミナの《星幽の護》が本格発動




