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Staff Hero ― 支える勇者 ―  作者: 和泉發仙


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風鳴りの丘と、風の塔へ

 


潮騒の巣を抜けてからしばらく、

海風は少しずつ、山の匂いを混ぜ始めていた。


「ねぇ……風の匂いが、変わってきたよね」


ジージーが鼻をくんくんさせる。

セルグレンは足元の土を踏みしめてうなずいた。


「海の塩気が薄くなってきたな。

草の匂いが強くなってる。ここから先は丘陵地帯だ」


遠くに見える、丸い盛り上がりの連なり。

その向こう――

空に突き刺さるような細長い影が立っている。


「……あれが、風の塔」


リゲロの声は、少しだけ緊張を帯びていた。


ミナはふわふわとジージーの上を飛びながら、

ぼんやりと丘を見つめる。


「ねぇねぇ、あそこね、風が歌ってるよ。

高いところから、ひゅぅひゅぅって」


「ミナちゃん、それ楽しそうに言うけど

けっこう怖いやつじゃない?」


「うふふ。落ちなければだいじょうぶ」


全然安心できない。


 


◆風鳴りの丘


丘に足を踏み入れると、風がぐっと強くなった。

草は低く、常に同じ方向へ倒れている。

まるで“この先へ行け”と風に押されているようだ。


「うわっ、髪が……!」


ジージーの三つ編みが風にあおられ、

ミナが慌てて押さえるふりをする(触れない)。


セルグレンはマントをまとめて胸元で結ぶ。


「ここは“風鳴り”の名の通りだな。

声が風に消されないように、互いに近くを歩こう」


「了解。影の繋がりも薄くなりがちだ。

離れすぎないようにする」


リゲロはわざとジージーの影に足を重ね、

くすっと笑う。


「こうしておけば、

もし飛ばされても一緒だ」


「一緒に飛ばされるのはイヤだよ!」


そんなやりとりをしていると――風の音に混じって、

キイ……ギャァ……

甲高い鳴き声が聞こえた。


「来るぞ」


セルグレンが盾を構えるより早く、

丘の斜面の向こうから、

翼の生えたトカゲのような魔物が数体飛び出してきた。


風蜥蜴ウィンドリザードか!」


翡翠色の体、膜状の翼。

体を滑らせるように空を飛び、

風の塊を口から吐き出してくる。


「ジージー、伏せろ!」


セルグレンのバックラーが風弾を受け止め、

金属が高い音を立てた。


リゲロは一歩遅れて動いたように見えて――

次の瞬間には風蜥蜴の背後に回り込んでいる。


「【影走り】」


双剣がカンッ、カンッと芯だけを叩き、

風蜥蜴の翼の“要”を麻痺させて落とした。


「殺さず落とすなんて、さすがだね……!」


ジージーは息を呑みつつ、

伸杖を地面に突き立てる。


「よし……【風受けの陣】!」


杖先から淡い光の輪が広がり、

足元の草が一瞬だけしとやかに伏せる。

風の流れが少しだけ柔らぐ結界だ。


「すごい、歩きやすくなった」


「さすが、勇者の杖」


セルグレンが珍しく素直に褒めると、

ジージーは照れ笑いを浮かべる。


「えへへ……怖いけど、こういうのなら……!」


その横で、ミナが小さく指を鳴らす。


「私の番」


スカルナイトが、

どこからともなく“ずしん”と現れた。

冥界レイスがその周りをふよふよ回る。


「スカくん、風よけ係。

レイちゃん、視界見張り係ね」


「名前が雑だな……」


セルグレンが思わずツッコミを入れたが、

スカルナイトはただ無言でジージーの風上に立ち、

分厚い盾を構えた。


風が直撃するたび、

ゴウッ……ドンッと鈍い音がし、

ジージーたちの方へ来る風が和らぐ。


「わぁ、便利……!」


「幽霊さんの眷属って、けっこう頼りになるな」


リゲロが感心する。


ミナは胸を張って、


「でしょ? みんなで、怖くないようにするの」


と、あくまで“怖いのは前提”で話すのだった。


 


丘を登るにつれ、風はさらに強くなった。

空には薄い雲が流れ、

遠くで雷鳴のような音も混じる。


「あと少しで丘の頂上だ。

そこを越えれば、塔の出入口が見えるはずだ」


セルグレンの声に、ジージーがうなずく。


「よし……みんな、もうひと踏ん張り!」


 


◆風の塔・麓


丘の頂上を越えた瞬間、

視界が開けた。


草地がすとんと途切れ、

そこから先は岩と石の世界。


灰色の岩場の真ん中に――

風の塔が立っていた。


円筒形の塔。

ところどころ崩れていて、

外側には風車のような羽根車がいくつも取り付けられている。


「うわぁ……本当に風の塔って感じだね……」


風車は風を受けて、

ひゅるひゅると忙しなく回っている。

その回転音が、何かの歌のように聞こえる。


塔の入口は半壊した石門で、

中は薄暗く、

上へと続く螺旋階段が見えた。


「ここを登るのか……

落ちないように気をつけないと」


セルグレンが真顔で言うと、

ミナは楽しそうにくるりと宙返り。


「私は落ちないよ。もう死んでるから」


「それはそれで怖いんだよね!?」


ジージーは苦笑しつつも、

杖をぎゅっと握りしめた。


「よし……行こう!


 風の塔を越えたら、

 風鳴りの丘の向こうの世界が

 もっとちゃんと見えるんだよね」


リゲロが笑う。


「その先には“星を見る人たち”の集落がある。

星する町――

そこで、魔女の森への道を教えてもらえるかもしれない」


「魔女の森……」


ジージーは一瞬だけ表情を曇らせたが、

自分でその不安を振り払い、

ぐっと顎を上げる。


「怖いけど、みんなと一緒なら大丈夫。

行くぞ!」


 


◆塔内・一階


風の塔の中は、思ったより明るかった。

壁の穴から、風と光が差し込み、

埃がきらきら舞っている。


その代わり――

風の通り道がめちゃくちゃだ。


「わ、わ、わっ!」


階段を登りかけたジージーのスカートが

ばさっと持ち上がり、

ジージーが数段すべり落ちかける。


「ジージー!」


セルグレンが腕を掴んで引き寄せる。

ジージーは真っ赤になりながら、


「この塔、絶対わざとだよ……!」


と、誰にともなく抗議した。


リゲロは足元をよく見ていた。


「風が強い場所と弱い場所がある。

床の石の色が少し違うだろ?

風の“筋”が見える……」


確かに、床石の色が

薄いものと濃いものに分かれている。

濃い部分には砂が溜まり、

薄い部分には何もない。


「濃いところを通れば、

風にあまり当たらず進めそうだ。

ジージー、俺の足のあとを踏むように」


「う、うん!」


セルグレンは盾を前に構え、

ジージーはリゲロの後ろ、

ミナはふよふよとそのさらに後ろをついていく。


 


塔内のあちこちには、

古びたレリーフが刻まれていた。

風をまとった女神、

翼のある獣、

風見鳥の紋章。


ジージーはそれを横目で見ながら、


「この塔を作った人たちって、

風のこと、本当に大好きだったんだね……」


とぽつりと呟く。


「風は見えないが、

運ぶものは見える。

噂、祈り、匂い、音……」


セルグレンは壁に手を触れながら言う。


「魔軍が海峡を越えたという噂も、

この風が運んできたのかもしれないな」


「うぅ……その噂、できれば追い返したいな……」


ジージーが顔をしかめた瞬間――


パサァッ……!


頭上の穴から、

何かが舞い降りてきた。


「……羽?」


白い羽根。

だが、次の瞬間――


羽根は空中でねじれ、

小さな鳥人間のような魔物の姿に変わった。


風羽妖ウィンドインプ!」


リゲロが低く呟く。


インプたちは甲高く笑いながら、

小さな槍を構える。


「侵入者は、落とすぅ〜〜〜」


「そういうこと言うのやめてほしい!」


ジージーは即座に杖を構えた。


「【延杖・横薙ぎ】!」


伸びた杖が空中を横薙ぎに走り、

インプたちの群れをまとめて弾き飛ばす。

だが彼らは羽を“薄く”して風に溶け、

再び頭上に現れた。


「風に同化してるのか……!」


セルグレンは盾で小槍をはじき、

リゲロは影を延ばしてインプの足を絡め取る。


「【影鎖】!」


捕まったインプはじたばた暴れる。


「は、離せ〜〜! 落とす仕事ができない!」


「落とさなくていいから」


ジージーは苦笑しつつ、

インプめがけて杖先を向けた。


「【眠りのそよ風】!」


柔らかい光と風の粒が

インプたちを包み込む。


「ねむ……く……な……」


インプたちはぽとぽとと落ち、

床で丸くなって寝てしまった。


「よし、これで“落とされる”ことはないね」


「ジージー、非致死の戦い方が

だいぶ板についてきたな」


セルグレンがうなずくと、

ジージーは少し誇らしげに微笑んだ。


「怖いけど……

眠ってくれるなら、ほんのちょっとだけ、

優しくなれた気がするから」


 


ミナが眠るインプたちを見下ろして、

にこりとする。


「かわいい。持ち帰って眷属に――」


「それはダメ!!」


三人の声が見事にハモった。


 


◆中腹・風穴フロア


塔をさらに登ると、

壁の一面が吹き抜けになった階層に出た。


外の風が直接吹き込んできて、

床のあちこちには穴が空いている。


「うっ……ここ、絶対落ちたらアウトなやつじゃん……!」


見下ろすと、

穴の底には霧しか見えない。

深すぎる。


「ジージー、俺の後ろから離れるな」


セルグレンの声は今度こそ真剣だった。


リゲロは周囲を見回してから、

ジージーの方に向き直る。


「ジージー、杖を……橋にできるか?」


「えっ、橋?」


リゲロは穴と穴の間隔を測る。


「この距離なら、

杖を伸ばして渡り板にできるはずだ。

セルグレンが支えて、俺が反対側で受ける。

その間にミナと眷属とインプ……は置いていこう」


「インプは置いていこうね!」


ジージーは覚悟を決め、

杖を前方の穴の上へ突き出した。


「【延杖・固定】!」


杖はするすると伸び、

両側の床に“かちっ”と食い込む。

細かった杖は少しずつ太くなり、

子ども三人が渡れるくらいの幅になる。


「おぉ……」


思わず三人が声を揃える。


ミナは浮かんでいるので、

橋の下からじっとそれを見て、


「落ちたらどうなるかなぁ……」


「そういう想像を声に出さないで!?」


セルグレンが先に渡り、

途中で立ち止まって盾を構える。


「ジージー、来い!」


「う、うんっ!」


ジージーは深呼吸して、

橋の上を慎重に進む。

下から吹き上げる風が怖い。


その時――

塔の外から、

ギャアアアアア!

という叫び声。


「今度は何!?」


風穴から、

大きな影が飛び込んできた。


巨大な鳥のような魔物――

翼を広げれば、ジージーたちが渡っている

橋ごと覆い隠せるほどの大きさだ。


風鷲ウィンドイーグル……!」


リゲロが目を細める。


巨大な風鷲は鳴き声と共に

強烈な突風を吐き出した。


「きゃっ――!」


ジージーの体が浮く。

足が杖から離れかけた、その瞬間――


ガシッ!


セルグレンが片腕でジージーの手を掴み、

もう一方の腕で盾を突き立てた。


「危ないっ!」


リゲロは影を伸ばし、

風鷲の翼の影を地面に縫い止めるように

【影釘】を打ち込む。


「【影釘・三連】!」


影が床に“打ち付けられた”ように固定され、

風鷲の動きが一瞬だけ鈍る。


「今だ、ジージー!」


「うん……!」


ジージーはセルグレンの腕を離さないようにしながら、

もう片手で杖を握り締める。


「【黎明・風裂き】!」


杖の先から、

光と風が混ざった斬撃が放たれ、

風鷲の足元を薙いだ。


「ギャァァァ!」


風鷲は翼を大きく羽ばたかせ、

しかし直撃は避けて

太い風を一気に吐き出す――

その方向は、塔の外。


「まさか……自分で、飛んで逃げた?」


セルグレンが驚く。


風鷲は塔の外へ飛び出していき、

そのまま遠くの空で

小さな点になっていった。


「……あの子、

ちょっとだけ目が優しかった」


ジージーがぽつりと言うと、

ミナが目を細める。


「ここの守り手だったのかも。

だから、ちょっとだけ手加減しておいたよ」


「えっ!? 何したのミナちゃん!」


「風の中に“ねむねむ”を混ぜた」


どうりで最後の風が

少し柔らかかったわけだ。


 


ジージーたちは無事橋を渡り切り、

杖を元に戻す。


「ふぅ……

風の塔って、聞いてたよりもずっと大変だね……」


「だが、頂上は近い」


セルグレンが息を整えながら言う。


リゲロは階段の上の方を見つめて、


「風が……歌い方を変えたな」


と呟いた。


 


◆頂上・風の祭壇


最後の階段を登り切ると、

そこは屋根のない円形の祭壇だった。


風が一層強く吹き抜け、

四方には風車の羽根が取り付けられている。


中央には、

石で作られた小さな台座。


その上に――

小さな、羽根飾りのようなものが置かれていた。


「これは……?」


ジージーが近づき、

そっと手を伸ばす。


羽根飾りは淡く光り、

触れた瞬間、

ジージーの杖と共鳴するように震えた。


「【風導きのフェザーロード】……」


ミナがぽつりと言う。


「知ってるの?」


「昔見たことある。

風の道しるべ。

迷った人に、進むべき風を教えてくれるんだよ」


ジージーの握る杖から、

柔らかい風が広がっていく。


その風は塔の外へ流れ、

遠く――

丘の向こうのどこかを指し示すように

細い光の筋を描いた。


「星する町の方向か?」


リゲロが目を凝らす。


セルグレンはうなずきつつも、

表情を引き締める。


「風が示す道は、

必ずしも“安全な道”とは限らないがな」


「でも……

進むしかない、よね」


ジージーは羽根飾りを大事に胸に抱き、

それを杖の根本に結びつけた。


「怖いけど、

みんなと一緒なら踏み出せる。

風の塔も越えられたから――

きっと、星する町も、その先の森…そしてワーダンの街もたどり着ける。」


ミナがくすっと笑う。


「うんうん、その先には、

もっと“面白い怖さ”がいっぱいあるよ」


「怖さの単位が独特なんだよね、ミナちゃん!」


 



◆レーヌ湖畔・勇気供給隊サイド


その頃、レーヌ湖畔公国では――


共有収納鞄が、

ぽこんっと跳ねた。


「動きましたわ!」


マリーヌが目を輝かせる。


アーサーが鞄を慎重に開くと、

中には風で少しくしゃくしゃになった地図と、

ジージーの筆跡の手紙が入っていた。


『みんなのおかげで、潮騒の巣を抜けて

 風の塔まで来ました!

 すごく怖かったけど、

 ルーシーちゃんのポーション、

 味は……えっと、すごく元気になりました!

 本当にありがとう!

 次は“星する町”ってところを目指します!

 みんなも元気でいてね。

 — ジージーより』


「やったぁぁぁ!」


ルーシーが跳び上がる。


「味、“すごく元気になりました”って、

褒めてるよね!? ね!?」


テドラがそっとフォローする。


「う、うん、たぶん……

(たぶんね……)」


アーサーは笑いをこらえつつ、

地図を広げる。


「風の塔を越え、

星見の集落に向かっているようですな。

今後は高度と気温が下がるでしょう。

保温具と、風対策用のマントを

優先的に送るべきかと」


「承知いたしましたわ!」


マリーヌが手を挙げる。


「わたくしたちレーヌ湖畔勇気供給隊、

ジージーたちが寒さに震えませんように――

モコモコのマントと、

あたたかいスープの素を用意しますの!」


「スープの味は任せて!」

ルーシーが拳を握る。


テドラは物資リストを見ながら、

小さく頷く。


「無駄なく、ちゃんと続けないと……

だよね。

ジージーたちが、帰ってくる場所だから」


カミラが、

湯気の立つカップをトレイに乗せて現れる。


「皆さまも、まずはお茶を。

補給も作戦も、健康第一でございますわ」


「はーい!」


拠点の中に笑い声が広がる。


その笑い声は、

風に乗って、

どこか遠くの塔の上――

ジージーたちの耳にも、

かすかに届いているような気がした。


 


◆塔の頂上・出発


ジージーは、風の塔の頂上から

遠くを見下ろした。


丘陵地帯の先、

薄い霧の向こうに

小さな光の粒が点在している。


「あれが……星する町?」


「だろうな。

夜になれば、もっとはっきり見えるはずだ」


セルグレンが言う。


リゲロは風を感じ取りながら、


「この風は……あっちからも来ている。

向こうにいる連中も、

空を見上げてるのかもしれないな」


と呟いた。


ミナは、

ジージーの杖に結んだ羽根飾りをつんつんして、


「次はどんな“怖楽しい”とこかな」


と、相変わらずの感想を漏らす。


ジージーは笑って、

胸いっぱいに風を吸い込んだ。


「行こう。

風鳴りの丘を越えて、

風の塔も越えて。

次は――星する町!」


風が彼女たちの背を押した。


潮騒の音はもう聞こえない。

代わりに、

丘の向こうから届く小さなざわめきがある。


ジージーたちの冒険は、

次の一歩を踏み出そうとしていた。



次回は「星する町(星見の集落)」編です。

•星を読む人たち

•魔女の森への“道しるべ”

•夜空×ジージーの心情

•レーヌ湖畔勇気供給隊からの“新マント補給”

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