雲梯渓突破(というか落下)
◆OP/風で語られる者
風が鳴る。
断崖を叩き、骨のような山背を削る。
そこに生きる者たちは、
声ではなく風で語る。
――来た。
――東からの小さな者たち。
――撓を持つ者。
音の無い囁きが、
岩の稜線を滑っていった。
「……すごい高さだな」
雲梯渓は――
谷ではない。
空そのものが、底だった。
右は垂直の断崖、
左は奈落へと落ちる深淵。
その間を細い道が背骨のように伸びる。
「高所恐怖症の人なら気絶だな……」
リゲロが苦笑する。
セルグレンは盾を構えたまま、
いつになく真剣な眼差しで足場を確認していた。
「風の流れが変だ」
ジージーは息を整える。
胸に、あの拍が集まっていく。
その時だった――
「――ヒウゥゥッ!!」
空から黒い影。
鋭い翼。
尾にのこぎりの骨。
《崖翼》
この地を縄張りとする飛び魔獣。
「来る!」
セルグレンが盾を突き上げる。
キィンと金属音。
「くそっ……狙い撃ちできない!」
リゲロの投擲がかすめたが、
風に攫われ落ちていく。
崖翼が旋回し、
今度は群れで突っ込んでくる。
「ミナ!」
「うん、分かってる!」
ジージーの背後で影が揺らぎ、
ミナが冷気を帯びて姿を現す。
透明な叫び声とともに――
《仲間を呼ぶ Lv3》!
影から三体のレイスが飛び出す。
崖翼の翼に絡み、軌道を乱す。
「ナイスだミナ! この隙に――」
ジージーは短杖を構えた。
呼吸と拍を合わせ――
「――風拍!!」
杖先が空を裂く。
風の壁が生まれ、崖翼の突撃を逸らした。
だが――
「まだ下!」
足元から
黒い“手”が伸びた。
「根喰!? なんでここに!」
闇に近い魔力。
地の下から伸びる根のような影。
しがみつき、落とす術。
「セル!!」
「任せろ!」
盾を振り下ろし、根をはがす。
だが地面が――揺れた。
「これ……崩れる前兆じゃねぇか!?」
ジージーは決断した。
「走れ!! 進むんだ!!」
「了解!!」
笑って――
リゲロが一歩前に飛び込んだ。
セルグレンが後ろを固め、
ミナのレイスが周囲を牽制する。
細道を、風が切り裂く。
前から、崖翼。
後ろから、根喰。
逃げ場は――ない。
「ジージー……!」
ミナの声が震えた。
あの感覚――
“ヤバい奴”が来るときの予兆。
風が逆流する。
空が濃くなる。
岩陰から
黒いフードの魔女が現れた。
両手に歪む鏡の破片。
目は、狂気に笑っている。
「ちょうどいいわ……」
「なっ……!」
魔女が破片を掲げ、呪文を吐く。
「飛べない翼は切り落とす――
世界の境界、裂けろ」
鏡の破片が割れた。
次の瞬間――
足場が、消えた。
「えっ」
感覚が遅れてついてくる。
ジージーも、
セルグレンも、
リゲロも、
ミナも――
空へ投げ出された。
風が叫ぶ。
崖翼が遠ざかる。
根喰の影も届かない。
意識が白くなる。
ミナだけが
ジージーの腕を必死で掴んだ。
(ジージー……死なないで……!)
◆
落下は――急に止まった。
砂。
熱。
潮風。
ついさっきまで、
黒い断崖の上にいたはずだ。
「……ここは……どこだ?」
ジージーは起き上がる。
地平線の向こうに――
巨大な海と、
陽の柱のような塔。
翡青列島
大宙海の中心。
リゲロが言葉を失い、
セルグレンは汗を握りしめる。
ミナは肩で息をしながら震えた。
知らない大地。
知らない空。
だが――
生きている。
ジージーは深呼吸した。
「……まずは、水と寝床を確保。
それから町を探す。
どこへでも行ける。
俺たちなら」
セルグレンが、笑った。
「前に任せろ。後ろは任せてくれ」
リゲロが短く頷いた。
「迷ったら、走れ」
ミナがそっと背中に触れた。
「……また助けるから」
風が吹いた。
海の匂いが、彼らを包む。
遠く離れた仲間の元へ帰る旅が――
ここから始まる。
⸻
◆後書き
雲梯渓突破(というか落下)回でした!
・崖翼
・根喰
・魔女の転送魔法
→ 未知の大陸へ
ジージーたちは
「死なない行軍」を選び続け、
結果的に世界の中心部へと
飛び込んでしまいました。
次回は
大宙海/翡青列島編スタート!
“海の宝石”と砂漠王国の間に
広がる交易都市が舞台です。




