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Staff Hero ― 支える勇者 ―  作者: 和泉發仙


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葬王のピラミッド・二階層 ― 亡霊王と断霊の鏡 ―

 


◆1 王の間へふたたび


 砂漠の朝は、意外と冷たい。


 夜のあいだに冷えた空気が、

 まだピラミッドの石肌にまとわりついていた。


「……よし、目は覚めたな。」


 セルグレンが、手の甲で自分の頬をパシンと叩く。


「昨日の疲れ、残ってない?」


「肉とココナッツで完全回復だよ。」


 ジージーは、短杖を肩に担ぎ直した。


 ムハジが、テントの前で手を振る。


「お客人方、あっしはここで“いい知らせ”を待ってやす。

 くれぐれも、王様を怒らせすぎないように。」


「怒らせないで鏡だけ取ってくるの、無理じゃない?」


 リゲロが苦笑しながら肩をすくめる。


「とにかく――」


 ジージーは振り返って、

 昇りはじめた朝日を一瞬だけ見上げた。


(ファーティマ姫。

 今日、必ず“中の人”を引き剥がす準備を整えるからね。)


「ミナ。」


「いるよ。」


 幽霊少女は、ジージーのすぐ横でふわりと浮かんでいた。


「今日の上の階、昨日より“冷たい”感じ。

 でも、ちゃんと“形がある”冷たさ。」


「リッチさん“在宅”ってことだな。」


 リゲロが肩を回す。


「よし。じゃあ、“ご挨拶”に行こうか。」


 三人+一体は、

 昨日と同じ石段を下り、

 再び葬王のピラミッド内部へと消えていった。


 


◆2 一階の静けさと、階段の前


 一階層は、もう静かなものだった。


 昨夜、眠らせ直したミイラたちが起き上がる気配もなく、

 罠の矢も落とし穴も、もう一度は動かない。


「一度“牙を抜かれる”と、

 この階はただの廊下みたいになるんだな。」


 リゲロが、矢の飛んでこない通路を歩きながら言う。


「それでも、油断はするな。」


 セルグレンが短く返す。


「罠の“やり残し”がある可能性もある。」


「分かってるって。」


 ジージーは、昨日と同じように

 杖の先で床をコツコツつつきながら歩いていた。


 昨日の落とし穴も、今日は蓋が石で固定されている。

 そこを慎重に跨いで、王の棺が置かれていた部屋へ。


 そして――その奥。

 階段の前に、また立った。


 階段の両側には、包帯巻きの兵士像。

 昨日はただの像に見えたが、

 今日は微かに“見られている”ような感覚があった。


「……上、こっちのことを“待ってる”ね。」


 ミナが、わずかに眉をひそめる。


「気づいてる?」


「うん。

 でも、罠とかは、階段の先に集中してる。」


「じゃあ――」


 ジージーは、一度大きく息を吐いた。


(怖い。

 怖いけど、ここを越えなきゃ、姫さんを助けられない。)


 手の中の短杖の重みを確かめる。


「行こう。」


「おう。」


 セルグレンとリゲロも頷き、

 三人は階段を一段ずつ踏みしめながら上がっていった。


 


◆3 亡霊王の玉座


 二階層は、広間だった。


 さっきまでの狭い通路が嘘みたいに、

 そこには天井の高い、長大なホールが広がっていた。


 左右の壁には、ずらりと立ち並ぶミイラ兵の列。

 三十――いや、もう少し多いかもしれない。


(うわ……)


 ジージーの背筋が、ぞわりと震えた。


 どいつもこいつも、

 包帯の下の骨がきしむ音を立てながら、

 それでも微動だにせず、じっとこちらを見下ろしている。


 ホールの奥には、石でできた大きな玉座。

 その上に、黒いローブをまとった影が腰かけていた。


 頭には欠けた王冠。

 手には、宝玉のはめ込まれた錫杖。


 顔は――もう、顔と呼べるほど肉は残っていない。

 白骨の上に、乾いた皮の切れ端が貼りつき、

 眼窩の奥では、薄い緑色の火が燃えていた。


「……ようこそ、来訪者ども。」


 声は、乾いた石がこすれるようだった。


 口の動きと、耳に届く言葉は微妙にずれている。

 それでも、この国の言葉としてはっきり形になっていた。


「我は、葬王アシュル=ラード。

 千年の眠りを破り、なおこの場所を守る者。」


(うわ、ちゃんと喋るタイプのボスだ……)


 ジージーは、心の中でだけ突っ込んだ。


 セルグレンが、一歩前へ出る。


「ファーティマ姫にかけられた呪いを解くための鏡を探しに来た。

 “悪霊を切り離す鏡”を、ここに隠していると聞いて来た。」


 葬王は、しばらく黙っていた。

 眼窩奥の火が、ゆらゆらと揺れる。


「……鏡。」


 かすれた声が漏れた。


「“断霊の鏡”のことか。」


「知ってるんだね。」


 リゲロが低く笑う。


「だったら話は早い。

 さっさと渡してくれるなら、

 こっちも“全部ぶっ壊す”つもりはないんだけどな。」


「無礼な。」


 王の玉座の横に並ぶミイラの一体が、

 骨だけの顎を開けて咆哮しかけたその時――


 アシュル=ラードは、錫杖をコツンと床に突いた。


 ミイラたちが、ぴたりと黙る。


「……断霊の鏡は、我の墓所を荒らし、

 この身を“この座”に縫い付けた、あの魔女が置いていったもの。」


 声には、怒りとも悲しみともつかない色が混ざっていた。


「魔女……」


 ミナが、小さく呟く。


「ファーティマ姫に呪いをかけた、“あの気配”と似てる。」


「そうか。」


 セルグレンが、静かに頷いた。


「ならば、その鏡はなおさら必要だ。

 姫から悪霊を切り離すためにも、

 お前を“この座から解放”するためにも。」


 王の眼窩の火が、わずかに揺れた。


「解放……」


「俺たちの目的は、“お前を倒して奪う”ことじゃない。」


 ジージーが、一歩前に出る。


 玉座からの視線が、彼女に集まる。


「あなたが縫い付けられているなら、

 それを切る方法を探す。

 鏡は、その手がかりになる。」


「……人の身で、何を分かったようなことを。」


 アシュル=ラードが、低く笑った。


「千年、“座”から離れられぬ呪いだ。

 鏡は、あの女が“戯れに”置いていった鎖の欠片に過ぎぬ。」


「欠片でもいい。

 欠片を集めたら、鎖そのものを断ち切れるかもしれない。」


 ジージーは、短杖をぎゅっと握りしめた。


「それに――」


「それに?」


「……このまま、

 “自分じゃないもの”に体を乗っ取られて

 変な声で笑ってる女の子を見るの、

 すごく、イヤだから。」


 葬王は、一瞬黙った。


 玉座の上で、白骨の指が、

 ほんのわずかに動く。


「……愚かで、傲慢で、傲岸不遜だな。

 それでも――」


 緑の火が、少しだけ強くなった。


「悪くない。」


 錫杖が、床を強く打つ。


 ざらざら、と音を立てて――

 ホール左右のミイラたちが、

 一斉に首をこちらへ向けた。


「儀礼は守らねばならぬ。」


 王が言った。


「我は“試練”を課す。

 そなたらがこの身の配下を打ち倒し、なお立っているならば――

 鏡を与えよう。」


「試練ってことは、

 “殺し合いじゃなくて勝負”ってことでいい?」


 ジージーが確認するように言う。


「……好きに解釈するがよい。」


 葬王が薄く笑った。


 次の瞬間――


「――来るぞ!」


 セルグレンが叫ぶ。


 三十の包帯が、いっせいに鳴った。


 


◆4 三十体のミイラと、骨一号


 ミイラたちは、一斉に動き出したわけではなかった。


 ホール左右、それぞれ一列ずつ。

 前から五体ずつ、ゆっくり歩み出てくる。


「波状攻撃……!」


 リゲロが舌打ちした。


「数で押し潰すんじゃなくて、

 常に“疲れた頃に新手”が来るパターンか。」


「セルグレンさん、どこで止める?」


「階段前だ。」


 セルグレンは玉座へ続く中央の通路から、

 半歩だけ後ろへ下がる。


「ここで横一線を張る。

 ミナ、レイスと骨一号で“後列の武器”を狙え。」


「了解。」


 ミナが両手を広げる。


「――《仲間を呼ぶ・Lv2》!」


 レイスが二体、骨一号がひょいと床から立ち上がる。


 骨一号は、昨日より少しだけ

 動きが滑らかになっている気がした。


「よし、任せたぞ、骨一号。」


「ギシ。」


 骨一号は、武器を握り直し、

 ミイラの一群めがけて駆け出した。


 セルグレンの前に、

 ミイラが五体並ぶ。


「盾を上げろ、セル!」


「分かっている!」


 ガキィィン!!


 錆びた曲刀と槍が、一斉に盾に叩きつけられた。


 重さより、数が凶悪だ。


 ジージーは、セルグレンの右側に密着するように立ち、

 横から飛び出してくる武器だけを弾き落とす。


「右の二体は、俺が崩す!」


 リゲロが左に回り込み、

 ミイラの脚を斬りつける。


 骨は、意外と脆い。


 ただし、“数”が多い。


「セルグレンさん!」


「まだ耐えられる!」


 盾の後ろから聞こえる声は、

 いつもより低く、重い。


 そのとき――


「ひとつめ!」


 ミナのレイスが、

 ミイラの腕にまとわりつき、

 錆びた槍を持つ手を包み込んだ。


 槍が、床にガランと落ちる。


「骨一号!」


「ギシ!」


 骨一号がすかさず前に出て、

 丸腰になったミイラの膝を

 骨の棒で横から殴りつける。


 バキッ!


 膝が砕け、ミイラが前のめりに倒れる。


「今!」


 ジージーが飛び出し、

 倒れたミイラの背中を、

 短杖で思い切り叩きつけた。


「――眠れッ!」


 骨と魔力の繋がりを意識して、

 “動きを止める”拍を打ち込む。


 青い火が、ぷつんと消えた。


(いける――!)


 ジージーは、続く二体目、三体目と、

 “関節を狙う”打撃で一体ずつ崩していく。


 数は多いが、

 ひとつひとつの動きは単調だ。


 セルグレンの盾が前を完全に塞ぎ、

 リゲロと骨一号とレイスが“側面と後列”を崩し、

 ジージーが“止め”を入れる。


 三人+一体+二体――

 拍がぴたりと合っていた。


 


◆5 持久戦と、“心の拍”


 だが、波は終わらない。


 五体を倒すと、次の列が前へ出てくる。

 それを倒すと、また次――


 呼吸が荒くなる。


 腕が重くなる。


 汗が、冷たい空気の中で妙に冷たく感じられ始めた頃、

 ジージーは自分の胸の中で、

 別の“拍”を感じていた。


(――ミナ。)


「うん。」


 ミナの声が、かすかに重なる。


(“怖い”と“楽しい”、どっちが今大きい?)


「半々くらい。」


(なら、まだ大丈夫だね。)


 自分で自分を確認するみたいに、

 ジージーは息を整えた。


(怖くなくなったら、きっとどこかで足を滑らせる。

 楽しさしか感じなくなったら、多分“何か”を見落とす。

 だから――)


「このくらいが、ちょうどいい。」


 そう呟いて、

 もう一度短杖を構える。


 ミイラの数は、目に見えて減り始めていた。


 骨一号も、あちこちにヒビが入りながらも、

 相変わらず淡々と関節を狙っている。


「骨一号、丈夫だな……」


「“死人の根性”ってやつだね。」


 リゲロとミナが、

 息の合ったツッコミを入れながら、

 最後の一群を削っていく。


 やがて――


 ホールに立っているミイラは、

 最後の二体だけになった。


「セルグレンさん、もういいよ。」


「ああ。」


 セルグレンが一歩前へ出る。


「――《断ち割り》。」


 盾と剣を組み合わせた

 短く重い一撃が、ミイラの胸骨を砕いた。


 最後の一体は、

 骨一号とレイスたちが協力して倒す。


 青い火が消え、

 ホールの中は、静寂に包まれた。


「……ふぅ。」


 ジージーは、短杖を床についた。


 息を整えながら、

 玉座の上のアシュル=ラードを見る。


 


◆6 亡霊王との一撃


 葬王は、

 ミイラたちの残骸をしばらくじっと見つめていた。


「……千年。」


 かすれた声が漏れる。


「共に戦場を駆けた兵たちも、

 今やこの有り様か。」


「ごめん。」


 ジージーは、少しだけ肩を落とした。


「でも――

 あなたの兵隊さんたち、“やり切った顔”してた。」


「顔など、残っておらぬ。」


「“雰囲気”が。」


 ミナが、そっと補足する。


「長い間、ここに縫い付けられてたけど、

 最後に“ちゃんと戦って”眠れた、って感じ。」


 葬王は、

 玉座の上でわずかに体を揺らした。


「……そうか。」


 それが、安堵なのかどうかは分からない。


 ただ――次の瞬間、

 緑色の火が、一段と強く燃え上がった。


「だが、儀礼はまだ終わらぬ。」


「えっ。」


「主が座を離れず、

 試練を課したまま、

 “自ら剣を取らぬ”などということがあろうか。」


 王が錫杖を床から引き抜く。


 その動きは、

 骨と干からびた筋肉しかないはずなのに、

 不気味なほど滑らかだった。


「来るぞ!」


 セルグレンが前に出る。


 アシュル=ラードが錫杖を振り上げる。


「――《冥界の息》。」


 冷たい風が走った。


 それは“風”というより、

 声のない悲鳴の塊だった。


 床から立ち上る影が、

 ジージーたちの足首を掴もうと伸びてくる。


「魔法系か!」


 リゲロが、咄嗟に後ろへ飛ぶ。


「ミナ!」


「任せて!」


 ミナのレイスたちが、

 “冥界の息”の流れに飛び込むようにぶつかる。


 レイスと影がぶつかり合い、

 互いの輪郭が削れていった。


「ジージー、前衛、任せた!」


「うん!」


 セルグレンが盾で“息”を少しでも遮り、

 ジージーは玉座へ駆け出す。


 距離を詰める間にも、

 アシュル=ラードは次の魔法を紡ぐ。


「――《骨の槍》。」


 床から、尖った骨のような柱が突き出してくる。


「っ!」


 ジージーは、

 ほんの少しだけ早く足を出し、

 “拍”が変わるタイミングで横へ跳ぶ。


(セルグレンさんの稽古で――

 “地面の変化を感じろ”って、

 さんざん投げられたもんね……!)


 骨の槍が背後で砕け散る音を聞きながら、

 ジージーは短杖を構えて飛び込んだ。


「そこ!」


 狙うのは、王の錫杖を握る“手首”。


 死人相手でも、関節を狙うのは同じだ。


 ガンッ!


 杖の一撃が、白骨の手首を打つ。


 錫杖がわずかにずれ――

 アシュル=ラードの魔法の構えが崩れた。


 その隙に、リゲロが横から回り込む。


「――《二連突き》!」


 短剣の一撃目は、

 王の肩口の骨とローブだけを貫く。


 だが二撃目は――

 玉座と王の間をつなぐ“鎖”のような光に触れた。


「っ……!」


 リゲロの腕に、

 冷たい痛みが走る。


「リゲロ!」


「大丈夫。これ、肉体じゃなくて――」


 リゲロは、一瞬だけ目を細める。


「“呪いの鎖”だ。」


 アシュル=ラードが、

 はじめてわずかに体勢を崩した。


 玉座の背もたれに手をかける。


 ミナが、ジージーの耳元で囁いた。


「ジージー。

 あの“鎖”、多分、断霊の鏡と同じ種類の魔術でできてる。」


「同じ種類?」


「どっちも、“魂と場所を結びつける術式”。

 鏡は“切るため”、鎖は“縛るため”。」


(ってことは――)


 ジージーの中で、

 ひとつのイメージが閃いた。


「セルグレンさん!」


「何だ!」


「“魔術じゃない拍”で、あの鎖を揺らせますか!」


「試す価値はある!」


 セルグレンが、玉座と王の足元を結ぶ見えない線に向けて、

 盾の縁を叩きつける。


 ガン!


 重い音が響いた瞬間――

 ジージーは、その“音の拍”に短杖を合わせた。


「――《拍術・連拍》!」


 杖の先で、

 二度、三度と軽い打撃を重ねる。


 “打たれた場所”ではなく、

 “その奥にある何か”を揺らすイメージで。


 見えない鎖が、

 きしむような音を立てた。


「ぐ……!」


 アシュル=ラードの眼窩の火が、一瞬だけ乱れる。


 ミナが、王の背後に回り込む。


「今、“縛り”が緩んでる!

 この状態なら――」


「“断霊の鏡”の位置、分かる?」


「うん!」


 ミナはホールの側面を見た。


「王の右側の壁。

 棺の裏に、“鏡の気配”がある!」


「リゲロ!」


「行ってくる!」


 リゲロが、王の攻撃範囲をかすめるように走る。


 その一瞬――アシュル=ラードは、

 玉座の上から手を伸ばした。


「逃がすと――」


「させない!」


 ジージーが、その手首を再び棍で打ち払う。


(“倒す”んじゃなくて、“動きを止める”!)


 短杖の打撃は、

 王の骨を砕くほどの力はない。


 だが、拍をずらすには十分だった。


 王の魔法の詠唱が、わずかに噛み合わなくなる。

 その隙に――


「見つけた!」


 リゲロが、壁際の棺の裏から

 古びた鏡を引きずり出してきた。


 鏡は、丸い。


 縁には古代文字が刻まれ、

 表面は、砂漠の砂でうっすらと曇っていた。


 だが、その奥には――

 水面のように揺れる、

 銀色の光が見え隠れしていた。


「これが……」


「断霊の鏡。」


 ミナが、鏡の前にふわりと浮かぶ。


「魂と魂を結び付ける鎖を、

 一度だけ“切る”力を持ってる。」


「一度だけ?」


「うん。

 “切る”って、それだけ重いことだから。」


 アシュル=ラードの眼窩の火が、

 じっと彼らを見つめていた。


「……持って行け。」


「え?」


 王は、錫杖を床に戻した。


「試練は終わった。

 我の兵は、そなたらに打ち倒された。

 それで十分だ。」


「でも、あなたの鎖は……」


「それは、そなたらの務めではない。」


 王の声は、どこか遠くなっていた。


「千年、座り続けた王が、

 今さら別の場所で眠る必要もあるまい。」


「……でも。」


「よい。」


 アシュル=ラードは、

 ほんの少しだけ玉座の背にもたれかかった。


「“あの女”の呪いを、どこかで誰かが断ち切るというのなら、

 それだけで、ここで待ち続けてきた意味はある。」


 ジージーは、唇を噛んだ。


「……いつか必ず、

 あなたの鎖も、全部まとめて切る方法を見つける。」


「期待せずに待っていよう。」


 骨の顔は、

 それでもどこか、楽しそうに見えた。


「行け。」


 錫杖が、床を軽く打つ。


 その合図で――

 ホールの奥にあった壁が、静かに開いた。


 そこには、下へ続く通路ではなく、

 “地上へ戻るための階段”が現れていた。


「王様、ありがとう。」


 ジージーは、玉座に向かって一礼する。


 ミナも、深く頭を下げた。


「行こう、みんな。」


「おう。」


 短杖、盾、短剣、レイス、骨一号、

 そして断霊の鏡。


 彼らは、その全てを抱えて、

 葬王のピラミッド二階層を後にした。


 


◆7 砂漠の夕暮れと、決意の夜


「お客人ーーー!!」


 入口付近で待っていたムハジが、

 半ば泣きそうな顔で駆け寄ってきた。


「生きて戻られて、何よりでさぁ……!」


「大げさだな。」


 リゲロが笑う。


「ちゃんと従業員保険に入ってたろ?」


「そんなもん、どこのギルドも払ってくれやせんよ!」


 ムハジは、肩で息をしながら

 ジージーたちの全身を順番に確認する。


「怪我は? 呪いは? 変なもん憑いてない?」


「多少の打撲と、魔力の疲れくらい。」


 セルグレンが答える。


 ジージーは、

 抱えていた布包みをそっと開いた。


 その中には、丸い鏡。


 砂を軽く拭うと、

 銀色の面がぱっと光を返した。


「これが、“断霊の鏡”ですかい。」


「うん。」


 ミナが鏡を覗き込む。


 鏡の中には、

 ジージーたちの姿だけでなく――

 薄く、ファーティマ姫の影も揺れて見えた。


「……急がないと。」


 ジージーが呟く。


「姫さんの中の“悪霊”、

 この鏡の匂いに気づいたら、

 きっと暴れる。」


「今夜、行くのか。」


 セルグレンが問う。


「うん。

 夜の方が、人目も少ないし。」


「忍び込みか。」


 リゲロの口元が、わずかに楽しげに歪む。


「得意分野だな。」


「ムハジさん、悪いけど――」


「はいよ。」


 ムハジは、すかさず頷いた。


「あっしは城の外で“聞こえないフリ”をして待ってやす。

 何かあったら、全力で“何も知りませんでした”って顔しますんで。」


「それ、頼もしいのか頼もしくないのか分かんないな。」


 ジージーは笑いながらも、

 鏡を大事そうに包み直した。


 砂漠の夕暮れが、

 ピラミッドの影を長く引き伸ばしている。


「一度アフナの街に戻って、

 軽く体を休めてから――」


「夜の城へ忍び込む。」


 セルグレンがまとめるように言った。


「姫の部屋の位置は、

 ネズミ獣人から聞いている。

 あとは、悪霊を“鏡に映して切り離す”タイミングだけだ。」


「ミナ。」


「うん。」


 ミナは、鏡の表面に手を重ねた。


「姫の中の“異物”を、

 私と鏡で挟み込むように引っ張り出す。

 ジージー、セルグレン、リゲロは――

 暴れる姫を抑えて。」


「柔術……出番だね。」


 ジージーは苦笑する。


「前の人生で、まさか“悪霊入り姫様”を

 スリーパーで落とす展開になるとは思わなかったけど。」


「何にせよ、

 やることは“止める”だけだ。」


 セルグレンが、静かに言った。


「命を奪わず、

 中にいる“余計なもの”だけを引き剥がす。」


「任せろ。」


 リゲロが、短剣を鞘に収める。


「人間相手には、刃は抜かない。

 そのルールは、ずっと変わらねぇ。」


 ジージーは、

 鏡の包みを胸に抱きしめた。


(大丈夫。

 怖い。

 でも――)


 怖いだけじゃない。


 砂漠の空に、

 ぽつぽつと星が灯り始めていた。


「行こう。」


 その声は、

 砂漠の夕風に溶けていった。


 


◆8 夜の城へ


 夜のアフナ王城は、

 昼の豪奢さとは違う顔を見せていた。


 白い石壁は月光を受けて青白く光り、

 要所要所に灯された松明が、

 赤い点となってゆらゆら揺れている。


 城門の前には、

 槍を持った衛兵が数名。


 だが、ジージーたちが狙うのは正面ではない。


「こっちだ。」


 リゲロが、小声で囁く。


「ネズミ獣人が教えてくれた“台所側の荷物搬入口”。

 夜はほとんど人が通らねぇらしい。」


 城壁の影に身を寄せて、

 低い扉の前へ回り込む。


 ミナが、扉の隙間から中を覗いた。


「今、中には寝落ちした調理人が一人だけ。

 鍋に頭突っ込んでる。」


「ね、寝てるなら、むしろ起こしてあげた方が――」


「今はいい。」


 セルグレンが小声で制した。


「扉は?」


「鍵がある。」


 リゲロが、取っ手を軽くいじる。


「でも、簡単だ。」


 彼は、懐から細い金属ピックを取り出し、

 鍵穴に差し込む。


 カチャ。


 音もなく、扉が開いた。


「どこでそんなスキルを。」


「若い頃、色々あったんだよ。」


 リゲロは、それ以上語らなかった。


 三人+一体は、

 音を立てないよう、城の中へ滑り込む。


 ミナが先行し、

 衛兵や侍女たちの位置を次々と報告する。


 台所、物置、廊下。

 大広間の裏、客間の列。


「姫の部屋は、この上の階。

 右側の回廊の突き当たり。」


「よし。」


 ジージーたちは、

 石の階段を一段ずつ上がっていく。


 心臓が、少し早く打ち始めていた。


(昼間は、“呪われた姫様”ってだけだったけど――

 今夜は、“悪霊と正面から向き合う”んだ。)


 階段を上がりきると、

 ひときわ静かな回廊が現れた。


 壁には、

 砂漠の王たちの肖像画。


 その突き当たりの扉の向こうから――

 かすかに、あの笑い声が聞こえた。


「クスクスクス……」


 ファーティマ姫の声なのに、

 どこか女の声でもあり、

 もっと古い何かの声でもある。


「……来た。」


 ミナが、鏡の包みにそっと手を当てる。


 銀の面が、

 かすかに震えた。


「ジージー。」


「うん。」


 三人は顔を見合わせた。


 セルグレンが頷き、

 リゲロが息を整え、

 ジージーは、鏡の包みを胸に抱きしめたまま、

 扉の前に立つ。


 ミナが囁く。


「――準備、いい?」


「怖いけど、うん。」


 ジージーは、小さく笑った。


「いつも通り、“止める”だけだよね。」


「そう。」


 ミナも微笑む。


「いつも通り、“止める”。

 ただ今日はちょっとだけ、

 相手が“デカい”だけ。」


「了解。」


 ジージーは、そっと扉の取っ手に手をかけた。


「ファーティマ姫。

 約束通り――」


 小さく息を吸って、

 扉を押し開く。


「――助けに来たよ。」


 部屋の中で、

 月明かりに照らされた姫が、

 ゆっくりとこちらを振り向いた。


 その瞳の奥で、

 何かが笑った。


 断霊の鏡の銀面が、

 静かに、しかし確かに光を増した。


 ――悪霊と、鏡と、柔術の夜が始まる。

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