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Staff Hero ― 支える勇者 ―  作者: 和泉發仙


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103/249

葬王のピラミッド・一階層 ― 眠れる王と黄金の影 ―


 砂漠の真ん中に、それはぽつんと立っていた。


 果てしなく続く砂の海の中に、

 ひとつだけ突き立った、巨大な石の“山”。


 四つの斜面は風に削られて丸みを帯び、

 古い傷のような崩落の筋が、ところどころ黒く影になっている。


 頂上は、欠けた牙の先みたいに折れていた。


「……あれが、“葬王のピラミッド”か。」


 セルグレンが目を細める。


 空は、昼の青から夕暮れの橙へと移り始めている。

 熱は少しだけ和らいだが、砂の照り返しはまだじんわりと肌を焼いた。


「でっか……」


 ジージーは、肩にかけた短杖の重みを握り直した。


(ドラクエで見たピラミッド、こんな感じだったよな……って、

 考えても意味ないか。これは、ちゃんと“本物”だ。)


「お客人。」


 脇で、ターバンの男――ムハジ・サラメが口を開く。

 一人称は「あっし」、胸には帳簿を入れた革袋。

 砂漠商人兼ガイド、今は完全に“案内役”の顔だ。


「あれでも上の方は年々崩れておりましてね。

 昔はもっと、こう……刃物みてぇに尖ってたって話でさぁ。」


「十分、刃物っぽいよ。」


 リゲロが肩をすくめる。


「中は、どんな感じなんだ?」


「暗くて、狭くて、冷たくて、静かで、気味が悪ぃですな。」


「全部マイナスじゃん。」


 ジージーのぼやきに、ムハジは「はっは」と笑った。


「ただ――あっしが直接入ったことは、一度もござんせん。」


「え、ないの?」


「あるわけないじゃござんせんか。

 あそこは“墓荒らし”か“物好きの冒険者”の仕事ですぜ。

 商人は入口の手前までお届けして、あとは**“自己責任でどうぞ”**ってなもんで。」


「そういう意味では、ちゃんと“プロのお仕事”をしてるな。」


 セルグレンが小さく笑う。


 風がひとつ、砂を巻き上げた。


 ピラミッドの正面には、細長い石段が地下へ続いている穴があった。

 口を開けた獣の喉のように、暗闇がそこから地の奥へと吸い込まれている。


「……いこ。」


 ジージーは、自分で自分の頬をぺちんと叩いた。


「姫さんの“鏡”、取ってこないと。」


「ミナ。」


「うん。」


 幽霊少女は、砂粒ひとつ動かさぬまま、ふわりと前へ進む。


「中の“匂い”、見てくる。」


 ミナが先行し、ジージーたちは短い準備を整えた。


 セルグレンは盾の革紐を締め直し、

 リゲロは短剣の刃を指でそっと撫で、

 ムハジは懐からお守り代わりの木札を取り出して胸元に押し当てる。


「お客人。中で見つけた宝物、戻ったらちゃんと“鑑定と換金”あっしに任せてくだせぇ。」


「まだ入ってもないのに商売の話?」


「商人ってなぁ、そういう生き物でさぁ。」


 リゲロが笑う。

 ジージーも、少しだけ肩の力が抜けた。


「よし。」


 三人と一体と一人のガイドは、

 砂を踏んで、葬王のピラミッドの口へと足を踏み入れた。


 



 ひんやり、とした空気が、肌を撫でた。


 外の熱が嘘みたいに消えている。

 乾いた冷気。石と古い土の匂い。ほんのり、ほこりの味。


「……さむ。」


 ジージーは腕をさする。


「あら、温度差で体力削られるタイプだよねジージー。」


 ミナがいつの間にか戻ってきて、隣をふわふわと浮いていた。


「この辺は、まだ“普通の墓の匂い”。

 でも、奥の方――上の階から、“湿った魔力”が降りてきてる。」


「リッチだな。」


 セルグレンが短く言う。


「一階は、罠と見張り用の魔物だけってことか。」


「うん。

 あと、ちょっとお腹を空かせた“金色のやつ”がいた。」


「金色?」


「見れば分かるよ。ふふ。」


 含み笑いを残して、ミナは先行するように通路の奥へ滑っていった。


 通路は、人が二人並んで歩けるかどうかの幅。

 壁には古い壁画が掠れて残っている。


 戦車、王冠、砂漠、星、目玉。

 そして、王の足元にひれ伏す、包帯ぐるぐるの人影。


「……ちゃんと“ミイラ軍団います宣言”してるんだね。」


「親切設計ってやつかもな。」


 リゲロがくくっと笑う。


 セルグレンは、先頭に立ち、

 盾を半歩前に出しながら歩いた。


「ジージー。足元。」


「うん。」


 ジージーは短杖の先で、床の石を軽く突きながら進む。

 踏み石の段差、不自然な隙間、砂の溜まり方。


 アフナに来る前、ギルドの訓練場で、セルグレンに散々叩き込まれた“罠の基礎”だ。


「ここ。ちょっと高い。」


「なるほどな。」


 セルグレンが、足元の石をじっと見て、

 盾の縁でコン、と軽く叩いた。


 次の瞬間、通路の両側の壁から――


 ヒュッ! ヒュヒュッ!


 細い矢が、何本も飛び出した。


 ジージーは思わず身を縮める。


「うわっ!」


 だが、その矢は全て、セルグレンの盾に弾かれて、

 床にカランカランと転がっただけだった。


「……ふぅ。」


「今の、刺さってたらヤバいやつ?」


 リゲロが一本拾い上げて、矢尻を眺める。


「毒は塗ってねぇが、刃が骨ごと砕く形だな。

 “生者の足止め”ってやつか。」


「あっし、もう帰ってもいいでやしょうかね。」


 後ろでムハジが本気で震えていた。


 ジージーは、矢の一本を覗き込みながら、

 ふと、湖畔公国から届いていた手紙のことを思い出す。


(――“ポーション、いっぱい作れるようになりました!”)


 ルーシーとテドラとマリーヌ。

 あの三人が、自分たちのために錬金術を学び、

 鞄の向こうから補給を送ってくれる。


(あっちが、あんなにがんばってくれてるんだ。

 こっちで罠ごときにやられてる場合じゃないよね。)


「行こ。」


 ジージーはもう一度、杖の先で床をつつきながら進んだ。


 



 最初の罠を越えると、

 通路はゆるやかに右へ折れ、その先に広い部屋が現れた。


 四角いホール。

 中央には、石でできた長方形の台座があり、

 その上に、巨大な棺が横たわっている。


 棺には、王冠をかぶった人物のレリーフ。

 両脇には、武器を持ったミイラの像。


「……」


 ジージーは、棺から目を離さないまま呟いた。


「セルグレンさん。」


「ああ。」


「これ、絶対“起き上がる”やつだよね。」


「おそらくな。」


 リゲロが、肩をすくめる。


「出てきてくれた方が、まだ気楽だけどな。

 問題は、“どのタイミングで起きるか”だ。」


「ムハジさんは、ここで下がってて。」


「あっしは、ここでしばらく“空気になる”でやす。」


 ムハジは、部屋の入口近くの壁にぴったり張り付いた。


 ミナが、棺と像の周囲をふわふわと一周する。


「……中、空だよ。」


「え?」


「棺の中には、誰もいない。

 代わりに、“待ち伏せしてる気配”が――」


 彼女が言いかけたその時。


 床が、ガラガラと音を立てて崩れた。


「うわあっ!?」


 ジージーの足元の石が、突然なくなり、

 体がすとんと落ちる。


「ジージー!」


 セルグレンが手を伸ばすが、指先がわずかに届かない。


 視界が砂と暗闇でぐるぐる回った瞬間――

 ジージーは反射的に短杖を壁に叩きつけた。


「っらぁ!」


 杖の先が壁の凹みに引っかかる。

 腕がギシッと悲鳴を上げた。


(あっっっぶな!!)


 足は空を踏み、下からは底の見えない黒。

 落とし穴の罠だ。


「ジージー! 手、離すな!」


「……離したくても離せないっての!」


 リゲロが素早く近づき、

 腰に結んでいたロープをジージーの腕に引っかける。


「はいよっと!」


「うぉっ!?」


 セルグレンと二人でロープを引き、

 ジージーの身体をずるずると引き上げた。


 床に転がり出たジージーは、

 しばらく天井を見上げてゼェゼェと息を吐いた。


「……死んだかと思った……」


「落とし穴の底にも、たぶん“何か”がいたね。」


 ミナが、落ちかけた穴の底を覗き込みながら言う。


「さっき、牙の匂いがした。」


「落ちたら、下で別パーティと戦闘イベント……って感じか。」


 リゲロが苦い顔をする。


「ゲーム的にはおいしい経験値かもしれねぇけど、

 現実ではまったく笑えねぇな。」


「……ジージー。」


 セルグレンが、真剣な顔で彼女を見る。


「今の“杖で引っかかる動き”、よかった。

 が、あれを“狙って”できるように、あとで体に覚えさせろ。」


「はぁい……練習メニュー追加ですね……」


 ジージーがうなだれた、その瞬間だった。


 部屋の四隅の影が、むくり、と起き上がった。


 



 包帯。


 乾いた布が擦れる、ざりざりという音。


 四つの影が、ゆっくりと立ち上がる。


 ミイラだ。


 眼窩の奥で、青い火が揺れている。

 骨ばった手には、錆びた曲刀や短槍。


「来たな。」


 セルグレンが、一歩前へ出る。


 ジージーは、さっきまで震えていた手を、

 ぐっと短杖のグリップに力を込めて握り直した。


(こいつらは、“もう死んでる”。

 だから、“止める”じゃなくて、“眠らせ直す”……!)


「ミナ!」


「うん――《仲間を呼ぶ・Lv2》。」


 ミナが両手を広げると、

 足元の影から、ふわりと霧が立ち上った。


 レイスが二体。

 そして、骨の軋む音と共に、

 細身のスケルトンが一体、通路からひょいと顔を出す。


「え、増えてる。」


「新入りだよ。」


 ミナが、どこか誇らしげに笑った。


「まだ弱いけど、“骨だけだから罠に強い”って利点がある。」


 スケルトンは、ぎこちなくも杖――というより

 拾ってきた骨の棒を構え、ミイラたちと向き合う。


「よし、お前は“骨一号”な。」


 リゲロが勝手に名付けた。


「いけ、骨一号。痛みはないぞ。」


「ギシ。」


 意味が伝わったのかどうか分からないが、

 骨一号は「任せろ」とでも言いたげに首を鳴らし、

 ミイラの一体と真正面からぶつかった。


 レイスは、他の二体のミイラの視界を曇らせるようにまとわりつく。


「ジージー、右二体。俺が受ける。」


「了解!」


 セルグレンが盾を構え、

 ミイラの曲刀をがきん、と受け止める。


 ジージーは、その背後から脇をすり抜け、

 ミイラの足元めがけて短杖を振り下ろした。


「――っせい!」


 狙うのは“骨の関節”。

 膝の内側、足首の細いところ。


 バキィッ!


 乾いた音と共に、ミイラの脚が変な方向へ折れ、

 バランスを崩して倒れる。


 倒れたところに、リゲロの短剣が二閃。


「寝とけ。」


 包帯ごと骨を切り裂き、

 青い火がふっと消えた。


「よし、一体。」


 ジージーは振り返り、

 骨一号の方を見る。


 骨一号は、

 ミイラの突き出してくる槍を、ギリギリのところで避けながら、

 骨の棒で地味に、しかし確実に手首や肘の関節を狙っていた。


「アイツ、思ったより頭いいな。」


「骨は“経験の塊”だからね。」


 ミナが言う。


「生きてた頃、きっと隊長か何かだったんだと思う。」


「そりゃ頼もしい。」


 セルグレンが別のミイラを盾で突き飛ばし、

 ジージーがその背中を棍で殴る。


 不自然な角度で骨がきしみ、

 ミイラの体が崩れた。


 やがて、部屋の中の音は収まり――

 残ったのは、砕けた骨と、ほどけた包帯だけになった。


「……ふぅ。」


 ジージーは額の汗を拭った。


「最初の“歓迎会”にしては、派手だったな。」


 リゲロが、青い火が消えたミイラの眼窩を覗き込む。


「こいつら、“見張り”ってより、“残り香”って感じだ。」


「残り香?」


「誰かに命令されて動いてたわけじゃない。

 ただ、“ここにいるように縛られてる”だけの、哀れな兵隊だ。」


 ミナが静かに頷く。


「上にいる“王様”が、

 みんなを“ここに縫い付けてる”感じ。」


「リッチだな。」


 セルグレンが短く言った。


 その時――


 部屋の反対側の壁の一部が、

 カチリ、と音を立てて、わずかにずれた。


「今の音……」


「こっちだ。」


 ジージーが近づいてみると、

 壁の一枚の石が、他より少しだけ奥に引っ込んでいる。


「さっきのミイラたちを片付けたことで、

 “鍵”が回ったか。」


「罠と連動してるんだね。」


 ジージーが石を軽く押すと、

 ゴゴゴ、と鈍い音と共に、隣の壁が横へスライドした。


 そこには、小さな石の部屋があり、

 中央にぽつんと、宝箱が置かれていた。


 



「……出た。」


 本来なら喜ぶべき光景だが、

 ジージーとリゲロは同時に顔をしかめた。


「これ、絶対どっちかだよね?」


「罠箱かミミック。」


「そうそう。」


 ムハジが、入口の影からひょこっと顔を出す。


「ピラミッド産の箱は、開ける前に“叩く”のが常識でさぁ。」


「殴って確認とか、古典的にもほどがある。」


 リゲロが近づこうとしたとき――

 ミナが、ふっと箱の上に降り立った。


「……生きてるね。」


「やっぱり。」


「でもね。」


 ミナは、宝箱の“中”を覗くようにじっと見つめた。


「噛みついてくるタイプじゃない。

 “驚かせて逃げるだけ”の、小心者。」


「それでも、噛まれたくはねぇな。」


 セルグレンがぼそっと言う。


 ジージーは、短杖を構えた。


「じゃあ、“逃げる前に止める”ね。」


 一拍、息を吸う。


 箱の前に立ち、蓋にそっと手をかける。


(いくよ――)


 勢いよく蓋を持ち上げた瞬間。


「キシャ――!」


 中から飛び出してきたのは、

 全身が金色に輝く、トカゲのような魔物だった。


 長い舌、丸い目。

 体長はジージーの腕ほどしかない。


「うわ、ちっさ! かわ――」


「速ぇ!!」


 リゲロの叫び通り、

 金色のトカゲは床に着地するや否や、

 砂粒のようなスピードで部屋の隅へ駆け出した。


「待てっ!」


 ジージーは反射的に短杖を横薙ぎに振る。


「――《風の拍》!」


 杖の先から、低く短い風圧が走る。

 風そのものは弱いが、空気の“拍”で軌道をずらす。


 金トカゲの足元に、微妙な揺れが生まれた。


「ピィ!?」


 バランスを崩したトカゲは、その場でゴロンと転がり――

 セルグレンの盾の前にぴたりと止まった。


「確保。」


 セルグレンが、そっと足で囲う。


「ジージー、袋。」


「は、はい!」


 ジージーが布袋を広げ、

 セルグレンが中へ金トカゲを誘導するように蹴り入れた。


 袋の中で、トカゲはしばらく暴れたが、

 やがて観念したのか、もぞもぞと丸くなった。


「……捕まえちゃった。」


「お客人。」


 ムハジが、目を丸くして近づく。


「そいつぁ、“黄金蜥蜴ゴールデン・ゲッコー”ってやつでしてね。

 普通は一目見ただけで縁起もん、捕まえたら一年分の幸運……なんて言われてる代物ですぜ。」


「一年分かどうかは知らねぇが、

 売ればかなりの値がつきそうだな。」


 リゲロの目が、露骨に金勘定モードになる。


「いや、あの、これ生き物なんですけど。」


 ジージーが袋を大事そうに抱える。


「逃がしてあげた方がよくない?」


「逃がす前に、“ちょっとだけ”ウロコを一枚剥がすだけで、

 上等な金貨十枚分ですぜ。」


「えっ。」


「剥がしても、また生えてきます。」


「再生産型っ!?」


 ジージーは、袋の中のトカゲを見つめ、

 トカゲもまた、袋の隙間からジージーを見上げていた。


「……じゃあ、ごめん、ちょっとだけ。」


 ミナが笑う。


「そのウロコ、レーヌに送ったら、

 マリーヌ達、絶対びっくりするね。」


「“ジージーお姉ちゃん、砂漠から金ピカのトカゲの鱗送ってきた!?”って。」


「手紙のネタにも事欠かねぇな。」


 そんな会話をしながら、

 ジージーたちは素早くウロコを一枚だけ拝借し、

 黄金蜥蜴を通路の奥へ逃がした。


 トカゲは、一瞬振り返り、

 「ピィ」と鳴いてから、砂の隙間へ消えていった。


「……なんか、“ありがと”って言われた気がする。」


「そう思っといた方が縁起がいい。」


 



 宝箱の中身は、意外とシンプルだった。


 短剣の形をした古い装飾品。

 青く光るガラス玉。

 錆びかけた銀貨の束。


 セルグレンが短剣を手に取る。


「これは……儀礼用だな。実戦向きではない。」


「その青い玉、ちょっと見せて。」


 ミナが、ガラス玉に顔を近づける。


 玉の中には、小さな貝殻や、波打つ模様が閉じ込められていた。


「“海の記憶”だ。」


「海?」


「うん。

 昔、この国がまだ海と繋がってた頃に、

 砂漠の王が“遠い潮の音”を忘れないために作らせたんだと思う。」


「ロマンチック。」


 ジージーは、その玉をそっと掌に乗せた。


(これ、レーヌに送ったら――

 “砂漠から届いた海の宝石”だよね。)


 マリーヌとテドラとルーシーが、

 目を輝かせる姿が、自然と想像できた。


「これ、鞄に入れていい?」


「ポーションよりずっと軽いしな。」


 リゲロが笑う。


「お土産一号、決定。」


 ムハジが頷く。


「鑑定はあとであっしの店でやりましょうや。

 それとは別に、お客人の“友だち料金”で買い取るのはいつでも――」


「売らないよ。」


 ジージーとミナとセルグレンが、同時にぴしゃりと言った。


「これは、送るの。」


「……へいへい。こいつぁ参った。」


 ムハジは苦笑しながら両手を挙げた。


 



 罠、ミイラ、ミミックもどき、そして宝箱。


 葬王のピラミッド一階層は、

 まるで“冒険者訓練場の悪趣味豪華版”みたいだった。


 それでも、ジージーたちは、

 呼吸を乱さず、拍を揃え、着実に進んだ。


 ミナのレイスと骨一号は、

 罠の気配を感じては先行し、

 時に矢を身代わりに受け、

 時に通路の隙間から近道を教えてくれる。


 やがて、階層の奥――

 静かなホールへと辿り着いた。


 そこには、

 上へと続く、石の階段があった。


 階段の両脇には、

 またしても包帯の巻かれた兵士像が並んでいる。


「ここからが、“二階”か。」


 セルグレンが低く呟く。


「ミナ。」


「うん。」


 ミナは、階段の上を凝視した。


 しばらく黙っていたが、

 やがて、ゆっくりと戻ってくる。


「……上に、いる。」


「リッチ?」


「うん。

 “死んでるのに、死んでない感じ”。

 それと――」


 ミナは、ほんの少しだけ肩を震わせた。


「階の空気が、

 “誰かの墓”っていうより、“王座の間”になってる。」


「つまり、完全に“居間”か。」


 リゲロが苦い顔をする。


「本拠地ど真ん中ってことだな。」


 ジージーは、短杖をぎゅっと握った。


(ここを越えないと、鏡は手に入らない。

 鏡がないと、姫さんを助けられない。)


「……行こ。」


 そう言いかけたところで、セルグレンが手を上げた。


「今日は、ここまでだ。」


「え?」


「一階を踏破しただけでも、体力と集中を使っている。

 この状態で“王の間”へ突っ込むのは、

 セルグレン・ルールでは禁止だ。」


「セルグレン・ルール。」


 リゲロが肩をすくめる。


「まぁ、分かるけどな。

 死んだら元も子もねぇ。」


 ミナも頷く。


「上の気配、今は“こちらに気づいてない”感じ。

 階段の手前で静かに引き返せば、多分、“明日も同じ位置に座ってる”タイプのボスだよ。」


「ゲーム的表現やめよ。」


 ジージーが苦笑する。


「じゃあ、一度外に出て、

 入口近くで野営かな。」


 ムハジが、すかさず手を挙げた。


「お客人。外にはあっしが用意したテントと夕餉が待っておりやす。

 今日のメニューは――ココナッツ入りの羊の煮込みと、

 砂漠風ピラフでさぁ。」


「やった。」


 ジージーの顔が、一気に明るくなった。


「じゃあ今日は、“一階クリア打ち上げ”だね。」


「本番前に打ち上げすんな。」


 リゲロのツッコミに、

 ジージーは舌を出して笑った。


「でも、“一歩ごとに祝いながら進む”って、

 悪くないでしょ?」


「……まぁ、否定はしない。」


 セルグレンも、わずかに笑みを浮かべる。


 葬王のピラミッド一階層。


 罠を見抜き、ミイラを眠らせ直し、

 黄金の蜥蜴を一匹捕まえて友好の証にし、

 “海の記憶”を宿した青い玉を手に入れた。


 階段の向こうには、

 死してなお“王”であろうとするリッチと、

 三十体のミイラ軍団が待っている。


 だが――それは、明日の話だ。


 今はまだ、

 砂漠の夜風とココナッツの香りを、

 胸いっぱいに吸い込む時間。


 ジージーたちは、一度振り返って階段を見上げ、

 静かに背を向けた。


「――また明日ね、王様。」


 ミナだけが、小さな声でそう呟いた。

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