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Staff Hero ― 支える勇者 ―  作者: 和泉發仙


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断霊の鏡と、城砦の夜戦

 


◆1 王の間へふたたび


 砂漠の朝は、意外と冷たい。


 夜のあいだに冷えた空気が、

 まだピラミッドの石肌にまとわりついていた。


「……よし、目は覚めたな。」


 セルグレンが、手の甲で自分の頬をパシンと叩く。


「昨日の疲れ、残ってない?」


「肉とココナッツで完全回復だよ。」


 ジージーは、短杖を肩に担ぎ直した。


 ムハジが、テントの前で手を振る。


「お客人方、あっしはここで“いい知らせ”を待ってやす。

 くれぐれも、王様を怒らせすぎないように。」


「怒らせないで鏡だけ取ってくるの、無理じゃない?」


 リゲロが苦笑しながら肩をすくめる。


「とにかく――」


 ジージーは振り返って、

 昇りはじめた朝日を一瞬だけ見上げた。


(ファーティマ姫。

 今日、必ず“中の人”を引き剥がす準備を整えるからね。)


「ミナ。」


「いるよ。」


 幽霊少女は、ジージーのすぐ横でふわりと浮かんでいた。


「今日の上の階、昨日より“冷たい”感じ。

 でも、ちゃんと“形がある”冷たさ。」


「リッチさん“在宅”ってことだな。」


 リゲロが肩を回す。


「よし。じゃあ、“ご挨拶”に行こうか。」


 三人+一体は、

 昨日と同じ石段を下り、

 再び葬王のピラミッド内部へと消えていった。


 


◆2 一階の静けさと、階段の前


 一階層は、もう静かなものだった。


 昨夜、眠らせ直したミイラたちが起き上がる気配もなく、

 罠の矢も落とし穴も、もう一度は動かない。


「一度“牙を抜かれる”と、

 この階はただの廊下みたいになるんだな。」


 リゲロが、矢の飛んでこない通路を歩きながら言う。


「それでも、油断はするな。」


 セルグレンが短く返す。


「罠の“やり残し”がある可能性もある。」


「分かってるって。」


 ジージーは、昨日と同じように

 杖の先で床をコツコツつつきながら歩いていた。


 昨日の落とし穴も、今日は蓋が石で固定されている。

 そこを慎重に跨いで、王の棺が置かれていた部屋へ。


 そして――その奥。

 階段の前に、また立った。


 階段の両側には、包帯巻きの兵士像。

 昨日はただの像に見えたが、

 今日は微かに“見られている”ような感覚があった。


「……上、こっちのことを“待ってる”ね。」


 ミナが、わずかに眉をひそめる。


「気づいてる?」


「うん。

 でも、罠とかは、階段の先に集中してる。」


「じゃあ――」


 ジージーは、一度大きく息を吐いた。


(怖い。

 怖いけど、ここを越えなきゃ、姫さんを助けられない。)


 手の中の短杖の重みを確かめる。


「行こう。」


「おう。」


 セルグレンとリゲロも頷き、

 三人は階段を一段ずつ踏みしめながら上がっていった。


 


◆3 亡霊王の玉座


 二階層は、広間だった。


 さっきまでの狭い通路が嘘みたいに、

 そこには天井の高い、長大なホールが広がっていた。


 左右の壁には、ずらりと立ち並ぶミイラ兵の列。

 三十――いや、もう少し多いかもしれない。


(うわ……)


 ジージーの背筋が、ぞわりと震えた。


 どいつもこいつも、

 包帯の下の骨がきしむ音を立てながら、

 それでも微動だにせず、じっとこちらを見下ろしている。


 ホールの奥には、石でできた大きな玉座。

 その上に、黒いローブをまとった影が腰かけていた。


 頭には欠けた王冠。

 手には、宝玉のはめ込まれた錫杖。


 顔は――もう、顔と呼べるほど肉は残っていない。

 白骨の上に、乾いた皮の切れ端が貼りつき、

 眼窩の奥では、薄い緑色の火が燃えていた。


「……ようこそ、来訪者ども。」


 声は、乾いた石がこすれるようだった。


 口の動きと、耳に届く言葉は微妙にずれている。

 それでも、この国の言葉としてはっきり形になっていた。


「我は、葬王アシュル=ラード。

 千年の眠りを破り、なおこの場所を守る者。」


(うわ、ちゃんと喋るタイプのボスだ……)


 ジージーは、心の中でだけ突っ込んだ。


 セルグレンが、一歩前へ出る。


「ファーティマ姫にかけられた呪いを解くための鏡を探しに来た。

 “悪霊を切り離す鏡”を、ここに隠していると聞いて来た。」


 葬王は、しばらく黙っていた。

 眼窩奥の火が、ゆらゆらと揺れる。


「……鏡。」


 かすれた声が漏れた。


「“断霊の鏡”のことか。」


「知ってるんだね。」


 リゲロが低く笑う。


「だったら話は早い。

 さっさと渡してくれるなら、

 こっちも“全部ぶっ壊す”つもりはないんだけどな。」


「無礼な。」


 王の玉座の横に並ぶミイラの一体が、

 骨だけの顎を開けて咆哮しかけたその時――


 アシュル=ラードは、錫杖をコツンと床に突いた。


 ミイラたちが、ぴたりと黙る。


「……断霊の鏡は、我の墓所を荒らし、

 この身を“この座”に縫い付けた、あの魔女が置いていったもの。」


 声には、怒りとも悲しみともつかない色が混ざっていた。


「魔女……」


 ミナが、小さく呟く。


「ファーティマ姫に呪いをかけた、“あの気配”と似てる。」


「そうか。」


 セルグレンが、静かに頷いた。


「ならば、その鏡はなおさら必要だ。

 姫から悪霊を切り離すためにも、

 お前を“この座から解放”するためにも。」


 王の眼窩の火が、わずかに揺れた。


「解放……」


「俺たちの目的は、“お前を倒して奪う”ことじゃない。」


 ジージーが、一歩前に出る。


 玉座からの視線が、彼女に集まる。


「あなたが縫い付けられているなら、

 それを切る方法を探す。

 鏡は、その手がかりになる。」


「……人の身で、何を分かったようなことを。」


 アシュル=ラードが、低く笑った。


「千年、“座”から離れられぬ呪いだ。

 鏡は、あの女が“戯れに”置いていった鎖の欠片に過ぎぬ。」


「欠片でもいい。

 欠片を集めたら、鎖そのものを断ち切れるかもしれない。」


 ジージーは、短杖をぎゅっと握りしめた。


「それに――」


「それに?」


「……このまま、

 “自分じゃないもの”に体を乗っ取られて

 変な声で笑ってる女の子を見るの、

 すごく、イヤだから。」


 葬王は、一瞬黙った。


 玉座の上で、白骨の指が、

 ほんのわずかに動く。


「……愚かで、傲慢で、傲岸不遜だな。

 それでも――」


 緑の火が、少しだけ強くなった。


「悪くない。」


 錫杖が、床を強く打つ。


 ざらざら、と音を立てて――

 ホール左右のミイラたちが、

 一斉に首をこちらへ向けた。


「儀礼は守らねばならぬ。」


 王が言った。


「我は“試練”を課す。

 そなたらがこの身の配下を打ち倒し、なお立っているならば――

 鏡を与えよう。」


「試練ってことは、

 “殺し合いじゃなくて勝負”ってことでいい?」


 ジージーが確認するように言う。


「……好きに解釈するがよい。」


 葬王が薄く笑った。


 次の瞬間――


「――来るぞ!」


 セルグレンが叫ぶ。


 三十の包帯が、いっせいに鳴った。


 


◆4 三十体のミイラと、骨一号


 ミイラたちは、一斉に動き出したわけではなかった。


 ホール左右、それぞれ一列ずつ。

 前から五体ずつ、ゆっくり歩み出てくる。


「波状攻撃……!」


 リゲロが舌打ちした。


「数で押し潰すんじゃなくて、

 常に“疲れた頃に新手”が来るパターンか。」


「セルグレンさん、どこで止める?」


「階段前だ。」


 セルグレンは玉座へ続く中央の通路から、

 半歩だけ後ろへ下がる。


「ここで横一線を張る。

 ミナ、レイスと骨一号で“後列の武器”を狙え。」


「了解。」


 ミナが両手を広げる。


「――《仲間を呼ぶ・Lv2》!」


 レイスが二体、骨一号がひょいと床から立ち上がる。


 骨一号は、昨日より少しだけ

 動きが滑らかになっている気がした。


「よし、任せたぞ、骨一号。」


「ギシ。」


 骨一号は、武器を握り直し、

 ミイラの一群めがけて駆け出した。


 セルグレンの前に、

 ミイラが五体並ぶ。


「盾を上げろ、セル!」


「分かっている!」


 ガキィィン!!


 錆びた曲刀と槍が、一斉に盾に叩きつけられた。


 重さより、数が凶悪だ。


 ジージーは、セルグレンの右側に密着するように立ち、

 横から飛び出してくる武器だけを弾き落とす。


「右の二体は、俺が崩す!」


 リゲロが左に回り込み、

 ミイラの脚を斬りつける。


 骨は、意外と脆い。


 ただし、“数”が多い。


「セルグレンさん!」


「まだ耐えられる!」


 盾の後ろから聞こえる声は、

 いつもより低く、重い。


 そのとき――


「ひとつめ!」


 ミナのレイスが、

 ミイラの腕にまとわりつき、

 錆びた槍を持つ手を包み込んだ。


 槍が、床にガランと落ちる。


「骨一号!」


「ギシ!」


 骨一号がすかさず前に出て、

 丸腰になったミイラの膝を

 骨の棒で横から殴りつける。


 バキッ!


 膝が砕け、ミイラが前のめりに倒れる。


「今!」


 ジージーが飛び出し、

 倒れたミイラの背中を、

 短杖で思い切り叩きつけた。


「――眠れッ!」


 骨と魔力の繋がりを意識して、

 “動きを止める”拍を打ち込む。


 青い火が、ぷつんと消えた。


(いける――!)


 ジージーは、続く二体目、三体目と、

 “関節を狙う”打撃で一体ずつ崩していく。


 数は多いが、

 ひとつひとつの動きは単調だ。


 セルグレンの盾が前を完全に塞ぎ、

 リゲロと骨一号とレイスが“側面と後列”を崩し、

 ジージーが“止め”を入れる。


 三人+一体+二体――

 拍がぴたりと合っていた。


 


◆5 持久戦と、“心の拍”


 だが、波は終わらない。


 五体を倒すと、次の列が前へ出てくる。

 それを倒すと、また次――


 呼吸が荒くなる。


 腕が重くなる。


 汗が、冷たい空気の中で妙に冷たく感じられ始めた頃、

 ジージーは自分の胸の中で、

 別の“拍”を感じていた。


(――ミナ。)


「うん。」


 ミナの声が、かすかに重なる。


(“怖い”と“楽しい”、どっちが今大きい?)


「半々くらい。」


(なら、まだ大丈夫だね。)


 自分で自分を確認するみたいに、

 ジージーは息を整えた。


(怖くなくなったら、きっとどこかで足を滑らせる。

 楽しさしか感じなくなったら、多分“何か”を見落とす。

 だから――)


「このくらいが、ちょうどいい。」


 そう呟いて、

 もう一度短杖を構える。


 ミイラの数は、目に見えて減り始めていた。


 骨一号も、あちこちにヒビが入りながらも、

 相変わらず淡々と関節を狙っている。


「骨一号、丈夫だな……」


「“死人の根性”ってやつだね。」


 リゲロとミナが、

 息の合ったツッコミを入れながら、

 最後の一群を削っていく。


 やがて――


 ホールに立っているミイラは、

 最後の二体だけになった。


「セルグレンさん、もういいよ。」


「ああ。」


 セルグレンが一歩前へ出る。


「――《断ち割り》。」


 盾と剣を組み合わせた

 短く重い一撃が、ミイラの胸骨を砕いた。


 最後の一体は、

 骨一号とレイスたちが協力して倒す。


 青い火が消え、

 ホールの中は、静寂に包まれた。


「……ふぅ。」


 ジージーは、短杖を床についた。


 息を整えながら、

 玉座の上のアシュル=ラードを見る。


 


◆6 亡霊王との一撃


 葬王は、

 ミイラたちの残骸をしばらくじっと見つめていた。


「……千年。」


 かすれた声が漏れる。


「共に戦場を駆けた兵たちも、

 今やこの有り様か。」


「ごめん。」


 ジージーは、少しだけ肩を落とした。


「でも――

 あなたの兵隊さんたち、“やり切った顔”してた。」


「顔など、残っておらぬ。」


「“雰囲気”が。」


 ミナが、そっと補足する。


「長い間、ここに縫い付けられてたけど、

 最後に“ちゃんと戦って”眠れた、って感じ。」


 葬王は、

 玉座の上でわずかに体を揺らした。


「……そうか。」


 それが、安堵なのかどうかは分からない。


 ただ――次の瞬間、

 緑色の火が、一段と強く燃え上がった。


「だが、儀礼はまだ終わらぬ。」


「えっ。」


「主が座を離れず、

 試練を課したまま、

 “自ら剣を取らぬ”などということがあろうか。」


 王が錫杖を床から引き抜く。


 その動きは、

 骨と干からびた筋肉しかないはずなのに、

 不気味なほど滑らかだった。


「来るぞ!」


 セルグレンが前に出る。


 アシュル=ラードが錫杖を振り上げる。


「――《冥界の息》。」


 冷たい風が走った。


 それは“風”というより、

 声のない悲鳴の塊だった。


 床から立ち上る影が、

 ジージーたちの足首を掴もうと伸びてくる。


「魔法系か!」


 リゲロが、咄嗟に後ろへ飛ぶ。


「ミナ!」


「任せて!」


 ミナのレイスたちが、

 “冥界の息”の流れに飛び込むようにぶつかる。


 レイスと影がぶつかり合い、

 互いの輪郭が削れていった。


「ジージー、前衛、任せた!」


「うん!」


 セルグレンが盾で“息”を少しでも遮り、

 ジージーは玉座へ駆け出す。


 距離を詰める間にも、

 アシュル=ラードは次の魔法を紡ぐ。


「――《骨の槍》。」


 床から、尖った骨のような柱が突き出してくる。


「っ!」


 ジージーは、

 ほんの少しだけ早く足を出し、

 “拍”が変わるタイミングで横へ跳ぶ。


(セルグレンさんの稽古で――

 “地面の変化を感じろ”って、

 さんざん投げられたもんね……!)


 骨の槍が背後で砕け散る音を聞きながら、

 ジージーは短杖を構えて飛び込んだ。


「そこ!」


 狙うのは、王の錫杖を握る“手首”。


 死人相手でも、関節を狙うのは同じだ。


 ガンッ!


 杖の一撃が、白骨の手首を打つ。


 錫杖がわずかにずれ――

 アシュル=ラードの魔法の構えが崩れた。


 その隙に、リゲロが横から回り込む。


「――《二連突き》!」


 短剣の一撃目は、

 王の肩口の骨とローブだけを貫く。


 だが二撃目は――

 玉座と王の間をつなぐ“鎖”のような光に触れた。


「っ……!」


 リゲロの腕に、

 冷たい痛みが走る。


「リゲロ!」


「大丈夫。これ、肉体じゃなくて――」


 リゲロは、一瞬だけ目を細める。


「“呪いの鎖”だ。」


 アシュル=ラードが、

 はじめてわずかに体勢を崩した。


 玉座の背もたれに手をかける。


 ミナが、ジージーの耳元で囁いた。


「ジージー。

 あの“鎖”、多分、断霊の鏡と同じ種類の魔術でできてる。」


「同じ種類?」


「どっちも、“魂と場所を結びつける術式”。

 鏡は“切るため”、鎖は“縛るため”。」


(ってことは――)


 ジージーの中で、

 ひとつのイメージが閃いた。


「セルグレンさん!」


「何だ!」


「“魔術じゃない拍”で、あの鎖を揺らせますか!」


「試す価値はある!」


 セルグレンが、玉座と王の足元を結ぶ見えない線に向けて、

 盾の縁を叩きつける。


 ガン!


 重い音が響いた瞬間――

 ジージーは、その“音の拍”に短杖を合わせた。


「――《拍術・連拍》!」


 杖の先で、

 二度、三度と軽い打撃を重ねる。


 “打たれた場所”ではなく、

 “その奥にある何か”を揺らすイメージで。


 見えない鎖が、

 きしむような音を立てた。


「ぐ……!」


 アシュル=ラードの眼窩の火が、一瞬だけ乱れる。


 ミナが、王の背後に回り込む。


「今、“縛り”が緩んでる!

 この状態なら――」


「“断霊の鏡”の位置、分かる?」


「うん!」


 ミナはホールの側面を見た。


「王の右側の壁。

 棺の裏に、“鏡の気配”がある!」


「リゲロ!」


「行ってくる!」


 リゲロが、王の攻撃範囲をかすめるように走る。


 その一瞬――アシュル=ラードは、

 玉座の上から手を伸ばした。


「逃がすと――」


「させない!」


 ジージーが、その手首を再び棍で打ち払う。


(“倒す”んじゃなくて、“動きを止める”!)


 短杖の打撃は、

 王の骨を砕くほどの力はない。


 だが、拍をずらすには十分だった。


 王の魔法の詠唱が、わずかに噛み合わなくなる。

 その隙に――


「見つけた!」


 リゲロが、壁際の棺の裏から

 古びた鏡を引きずり出してきた。


 鏡は、丸い。


 縁には古代文字が刻まれ、

 表面は、砂漠の砂でうっすらと曇っていた。


 だが、その奥には――

 水面のように揺れる、

 銀色の光が見え隠れしていた。


「これが……」


「断霊の鏡。」


 ミナが、鏡の前にふわりと浮かぶ。


「魂と魂を結び付ける鎖を、

 一度だけ“切る”力を持ってる。」


「一度だけ?」


「うん。

 “切る”って、それだけ重いことだから。」


 アシュル=ラードの眼窩の火が、

 じっと彼らを見つめていた。


「……持って行け。」


「え?」


 王は、錫杖を床に戻した。


「試練は終わった。

 我の兵は、そなたらに打ち倒された。

 それで十分だ。」


「でも、あなたの鎖は……」


「それは、そなたらの務めではない。」


 王の声は、どこか遠くなっていた。


「千年、座り続けた王が、

 今さら別の場所で眠る必要もあるまい。」


「……でも。」


「よい。」


 アシュル=ラードは、

 ほんの少しだけ玉座の背にもたれかかった。


「“あの女”の呪いを、どこかで誰かが断ち切るというのなら、

 それだけで、ここで待ち続けてきた意味はある。」


 ジージーは、唇を噛んだ。


「……いつか必ず、

 あなたの鎖も、全部まとめて切る方法を見つける。」


「期待せずに待っていよう。」


 骨の顔は、

 それでもどこか、楽しそうに見えた。


「行け。」


 錫杖が、床を軽く打つ。


 その合図で――

 ホールの奥にあった壁が、静かに開いた。


 そこには、下へ続く通路ではなく、

 “地上へ戻るための階段”が現れていた。


「王様、ありがとう。」


 ジージーは、玉座に向かって一礼する。


 ミナも、深く頭を下げた。


「行こう、みんな。」


「おう。」


 短杖、盾、短剣、レイス、骨一号、

 そして断霊の鏡。


 彼らは、その全てを抱えて、

 葬王のピラミッド二階層を後にした。


 


◆7 砂漠の夕暮れと、決意の夜


「お客人ーーー!!」


 入口付近で待っていたムハジが、

 半ば泣きそうな顔で駆け寄ってきた。


「生きて戻られて、何よりでさぁ……!」


「大げさだな。」


 リゲロが笑う。


「ちゃんと従業員保険に入ってたろ?」


「そんなもん、どこのギルドも払ってくれやせんよ!」


 ムハジは、肩で息をしながら

 ジージーたちの全身を順番に確認する。


「怪我は? 呪いは? 変なもん憑いてない?」


「多少の打撲と、魔力の疲れくらい。」


 セルグレンが答える。


 ジージーは、

 抱えていた布包みをそっと開いた。


 その中には、丸い鏡。


 砂を軽く拭うと、

 銀色の面がぱっと光を返した。


「これが、“断霊の鏡”ですかい。」


「うん。」


 ミナが鏡を覗き込む。


 鏡の中には、

 ジージーたちの姿だけでなく――

 薄く、ファーティマ姫の影も揺れて見えた。


「……急がないと。」


 ジージーが呟く。


「姫さんの中の“悪霊”、

 この鏡の匂いに気づいたら、

 きっと暴れる。」


「今夜、行くのか。」


 セルグレンが問う。


「うん。

 夜の方が、人目も少ないし。」


「忍び込みか。」


 リゲロの口元が、わずかに楽しげに歪む。


「得意分野だな。」


「ムハジさん、悪いけど――」


「はいよ。」


 ムハジは、すかさず頷いた。


「あっしは城の外で“聞こえないフリ”をして待ってやす。

 何かあったら、全力で“何も知りませんでした”って顔しますんで。」


「それ、頼もしいのか頼もしくないのか分かんないな。」


 ジージーは笑いながらも、

 鏡を大事そうに包み直した。


 砂漠の夕暮れが、

 ピラミッドの影を長く引き伸ばしている。


「一度アフナの街に戻って、

 軽く体を休めてから――」


「夜の城へ忍び込む。」


 セルグレンがまとめるように言った。


「姫の部屋の位置は、

 ネズミ獣人から聞いている。

 あとは、悪霊を“鏡に映して切り離す”タイミングだけだ。」


「ミナ。」


「うん。」


 ミナは、鏡の表面に手を重ねた。


「姫の中の“異物”を、

 私と鏡で挟み込むように引っ張り出す。

 ジージー、セルグレン、リゲロは――

 暴れる姫を抑えて。」


「柔術……出番だね。」


 ジージーは苦笑する。


「前の人生で、まさか“悪霊入り姫様”を

 スリーパーで落とす展開になるとは思わなかったけど。」


「何にせよ、

 やることは“止める”だけだ。」


 セルグレンが、静かに言った。


「命を奪わず、

 中にいる“余計なもの”だけを引き剥がす。」


「任せろ。」


 リゲロが、短剣を鞘に収める。


「人間相手には、刃は抜かない。

 そのルールは、ずっと変わらねぇ。」


 ジージーは、

 鏡の包みを胸に抱きしめた。


(大丈夫。

 怖い。

 でも――)


 怖いだけじゃない。


 砂漠の空に、

 ぽつぽつと星が灯り始めていた。


「行こう。」


 その声は、

 砂漠の夕風に溶けていった。


 


◆8 夜の城へ


 夜のアフナ王城は、

 昼の豪奢さとは違う顔を見せていた。


 白い石壁は月光を受けて青白く光り、

 要所要所に灯された松明が、

 赤い点となってゆらゆら揺れている。


 城門の前には、

 槍を持った衛兵が数名。


 だが、ジージーたちが狙うのは正面ではない。


「こっちだ。」


 リゲロが、小声で囁く。


「ネズミ獣人が教えてくれた“台所側の荷物搬入口”。

 夜はほとんど人が通らねぇらしい。」


 城壁の影に身を寄せて、

 低い扉の前へ回り込む。


 ミナが、扉の隙間から中を覗いた。


「今、中には寝落ちした調理人が一人だけ。

 鍋に頭突っ込んでる。」


「ね、寝てるなら、むしろ起こしてあげた方が――」


「今はいい。」


 セルグレンが小声で制した。


「扉は?」


「鍵がある。」


 リゲロが、取っ手を軽くいじる。


「でも、簡単だ。」


 彼は、懐から細い金属ピックを取り出し、

 鍵穴に差し込む。


 カチャ。


 音もなく、扉が開いた。


「どこでそんなスキルを。」


「若い頃、色々あったんだよ。」


 リゲロは、それ以上語らなかった。


 三人+一体は、

 音を立てないよう、城の中へ滑り込む。


 ミナが先行し、

 衛兵や侍女たちの位置を次々と報告する。


 台所、物置、廊下。

 大広間の裏、客間の列。


「姫の部屋は、この上の階。

 右側の回廊の突き当たり。」


「よし。」


 ジージーたちは、

 石の階段を一段ずつ上がっていく。


 心臓が、少し早く打ち始めていた。


(昼間は、“呪われた姫様”ってだけだったけど――

 今夜は、“悪霊と正面から向き合う”んだ。)


 階段を上がりきると、

 ひときわ静かな回廊が現れた。


 壁には、

 砂漠の王たちの肖像画。


 その突き当たりの扉の向こうから――

 かすかに、あの笑い声が聞こえた。


「クスクスクス……」


 ファーティマ姫の声なのに、

 どこか女の声でもあり、

 もっと古い何かの声でもある。


「……来た。」


 ミナが、鏡の包みにそっと手を当てる。


 銀の面が、

 かすかに震えた。


「ジージー。」


「うん。」


 三人は顔を見合わせた。


 セルグレンが頷き、

 リゲロが息を整え、

 ジージーは、鏡の包みを胸に抱きしめたまま、

 扉の前に立つ。


 ミナが囁く。


「――準備、いい?」


「怖いけど、うん。」


 ジージーは、小さく笑った。


「いつも通り、“止める”だけだよね。」


「そう。」


 ミナも微笑む。


「いつも通り、“止める”。

 ただ今日はちょっとだけ、

 相手が“デカい”だけ。」


「了解。」


 ジージーは、そっと扉の取っ手に手をかけた。


「ファーティマ姫。

 約束通り――」


 小さく息を吸って、

 扉を押し開く。


「――助けに来たよ。」


 部屋の中で、

 月明かりに照らされた姫が、

 ゆっくりとこちらを振り向いた。


 その瞳の奥で、

 何かが笑った。


 断霊の鏡の銀面が、

 静かに、しかし確かに光を増した。


 ――悪霊と、鏡と、柔術の夜が始まる。


◆1 姫の部屋、静かな開始


 アフナ王城の一室。

 厚手の絨毯と色ガラスのランプに囲まれた、香の匂いが濃い部屋。


 寝台の上で、ファーティマ姫が横になっていた。

 黒い髪は汗で額に貼りつき、大きな瞳は虚ろに半開きになっている。


 ジージーたち三人とミナ、

 それからアフナ王と、近衛隊長、宮廷魔術師。

 全員が固唾を飲んで、寝台の周りを囲んでいた。


「……本当に、危険はないのだな?」


 アフナ王が低く問う。


「“あっし”の聞いた話じゃ、王さま。

 その鏡は“魂の鎖を一度だけ断つ”って代物でさぁ」


 ムハジ・サラメが、帽子を脱いでペコリと頭を下げる。


「悪霊を、姫さまから引きはがす分には……これ以上の品はねぇはずで」


「ジージー」


 セルグレンが短く名を呼ぶ。


「やれるか?」


「やる。ミナ、準備はいい?」


「うん。鏡の“向き”だけ、絶対間違えないでね」


 ミナは、姫の枕元にふわりと浮かび、静かに目を閉じた。

 幽霊の姿は、ジージーたちにしか見えない。


(悪霊だけ、“鏡の中側”へ……。

 姫の魂はこっち側に残す……)


 ミナはそっと、姫の胸元に手をかざした。


「……ここにいる。“外側”から絡みついてる感じ」


 宮廷魔術師が、緊張した面持ちで鏡を両手に抱える。

 金の枠に緑の宝石が嵌め込まれた、“断霊の鏡”。


「姫君の上半身側に……この角度で……?」


「うん。それでいい。

 ジージー、合図したら“名前を呼んで”」


「分かった」


 部屋の空気が、じわじわと冷えていく。

 ランプの火が細く揺れた。


「……ファーティマ姫」


 ジージーは、一歩前へ出る。


「……聞こえますか。

 私たちは、あなたを助けにきました」


 虚ろだった瞳が、かすかにジージーの方を向く。


「……たす、け……?」


「ミナ」


「今」


 ミナの声が落ちた瞬間――


 鏡の面が、ぎらりと青白く光った。



◆2 アッサリ剥がれる


 音は、ほとんどなかった。


 ただ、

 ファーティマ姫の胸元から、黒い“墨”のような影がスッと浮き上がり、

 細い糸で繋がれたまま、鏡の方へ引っ張られていく。


「――っ!」


 姫の身体がびくん、と跳ねた。


 しかし、悲鳴も、暴れも、ない。


 影はそのまま、鏡の表面に吸い寄せられ――

 べたりと張り付き、黒いシミのような形になった。


 ミナが小さく頷く。


「……姫さまからは、もう完全に離れてる。

 鎖は、全部こっち側に切り替わった」


 宮廷魔術師の腕が震えた。


「ば、馬鹿な……。

 これほどあっさりと……」


「“鎖を断つ”ってのは、普通はこういうもんですよ」


 ムハジが小声で笑う。


「問題は、“相手がそのまま大人しくしてるかどうか”でさぁ」


 その言葉を、まるで待っていたかのように――


 鏡に貼りついた黒い影が、どろりと形を変えた。


 ぼんやりと頭部と肩、腕のような輪郭が浮かび上がる。

 目の位置にあたる部分だけが、燃える炭のように赤い。


「……見てる」


 ミナが、冬の窓みたいな声で言った。


「こっちを、すごく憎んでる目で」


「鏡を離せ!」


 セルグレンが怒鳴り、宮廷魔術師から鏡を取り上げる。


 その瞬間、影がガツンと鏡の裏側から叩いたような衝撃が走った。


「ぐっ……!」


 セルグレンの腕ごと、鏡が後ろに弾かれそうになる。

 ジージーが横から支える。


「出てこようとしてる!」


「王よ!」


 近衛隊長が叫んだ。


「すぐに兵を――」


 言い終わる前に、鏡の表面がひび割れ始めた。

 蜘蛛の巣状の亀裂が、中心から外へじわじわと走っていく。


「強度が……足りぬ……!

 こやつ、元が“ただの悪霊”ではない!」


 宮廷魔術師の顔から血の気が引いた。


「おそらく、“誰かに力を貸し与えられた存在”……!」


(やっぱり、後ろに“誰か”がいる)


 ジージーは息を呑む。


「来るよ、ジージー!」


 ミナの叫びと同時に――


 鏡が、ぱりんと音を立てて砕け散った。



◆3 闇のもの、城に溢れる


 砕け散った鏡の破片の中から、黒い霧が噴き上がる。


 ファーティマ姫の寝台の上。

 黒い霧は人型をかたどり、長い腕を広げた。


 声は、女とも男ともつかない。

 ざらついた砂を噛むような響き。


『……邪魔……したな……』


 その一語だけで、部屋の全員の背筋が冷えた。


「全員、下がれ!!」


 セルグレンが盾を構え、ジージーと姫の間に飛び込む。

 リゲロは一瞬で側面に回り込んだ。


 ミナは霧のさらに上へ浮かび、鋭い視線を向ける。


「“核”は、頭の中心あたり……!

 でも、これ……本体じゃない。

 “誰かの手駒”の、そのまた“影”!」


『……主を……傷つけた……。

 ……主の“遊び場”を壊した……』


 黒い霧が、ぐわっと膨れた。


『――ならば、この城ごと、喰らうまで』


 窓が、バンッ!と内側から弾け飛んだ。

 夜の風が吹き込み、城の上空で黒い輪が広がる。


 その輪から、砂のような粒がざらざらと降り――

 それが、骸骨の手足や、砂と骨でできた獣の姿を形作り始めた。


「城の外にも……!」


 ミナが振り返る。


「今の声、城壁まで届いた。

 門の上の見張りが、一斉に震えたのが分かる……!」


「兵を動かせ!」


 アフナ王が叫んだ。


「近衛隊、城内の要所を守れ!

 弓兵は中庭へ!

 市中警備隊には、すぐに避難の号令を――!」


「はっ!」


 近衛隊長が飛び出していく。


 ジージーは短杖を握り直した。


(……もう、“非致死”とか言ってられる相手じゃない。

 でも――)


 その考えを、セルグレンの声が断ち切った。


「ジージー、リゲロ。

 ――ここは“守りながら、切り崩す”ぞ」


「了解」


「了解っ!」


 黒い霧は、楽しむように笑った。


『……戦え。

 どう足掻こうと、“主”の影は、世界中に広がる』


「その前に、あんたをここから追い出すよ」


 ジージーは、一歩踏み込み――

 姫の寝台から黒い影を引き離すように、短杖を横に払った。


 霧が、ザリッと切り裂かれ、小さく悲鳴を上げる。


『……チッ』


 霧は窓から外へと吹き出していった。


「行かせるな!!」


 リゲロが後を追う。


 ミナが叫ぶ。


「ジージー、外! 城の中庭が“戦場”になり始めてる!」


「王さま、姫さまを頼みます!」


 ジージーは一礼し、セルグレンと共に部屋を飛び出した。



◆4 中庭、砂と骨の軍勢


 中庭は、すでに戦場になっていた。


 オアシスの泉を囲む石畳の上に、

 砂と骨でできた兵たちが、ぞろぞろと這い出てきている。


 半分崩れたミイラ。

 砂で肉を補った骸骨。

 ジャッカルの頭を持つ砂獣。


 城の兵士たちが、盾を構えて円陣を組んでいた。


「前列、押しとどめろ!

 弓隊、頭部を狙え!

 魔術師、火球準備――!」


 近衛隊長の怒号が飛ぶ。


 だが、砂と骨でできた魔物たちは、

 斬っても、砕いても、すぐに砂が集まって再生しようとする。


「くそっ、きりがねぇ!」


「頭を潰しても、砂が……!」


 そのとき、ジージーたちが中庭に飛び出した。


「ジージー!」


「手伝うよ!」


 セルグレンが兵士たちの円陣の隙間に滑り込み、盾を前に突き出す。


「左側の突破口は、俺が塞ぐ!

 その間に、中央を押し返せ!」


 リゲロは、砂獣の足首を的確に切りつけ、バランスを崩す。


「砂ごとまとめて切り飛ばしてやるよ!」


 ジージーは短杖を一回、地面にコンと打ちつけた。


「――ミナ、《仲間を呼ぶ》!」


「了解っ!」


 ミナの体が、淡い青白い光を放つ。


「《仲間を呼ぶ:レベル3》……来て!」


 空気が、ひときわ冷たくなった。


 ジージーたちの背後の影から、

 小さなレイスが三体、

 それに続いて、骨だけの戦士が一体、ゆっくりと立ち上がる。


 古びた盾と剣を持った、そのスケルトンは、

 どこか誇り高い雰囲気をまとっていた。


「みんな、味方だよ。

 この城を守って」


 ミナがそう告げると、レイスたちは甲高い声を上げ、

 スケルトンは無言で剣を構えた。


「……おお……」


 近くの兵士が、驚きと戦慄の混じった声を漏らす。


「幽霊が……骨の戦士を……?」


「心配しないで。

 この子たちは“城の味方”です」


 ジージーは短く言い、前に出た。


「ミナ、あれ!」


 中庭の空中で、さっきの黒い霧が再びまとまりつつあった。


 霧は、城の上空に獣の顔のような形を作り、

 そこから砂と骨の群れへ、力を流し込んでいる。


『……砕けても、砕けても……

 砂は、いくらでもある……』


「“供給源”はあそこか!」


 リゲロが舌打ちする。


「奴を止めねぇと、いつまで経っても終わらねぇ!」


「行くよ!」


 ジージーは短杖を構え、霧の下の泉の縁まで駆けた。


(“非致死”どころじゃない。

 でも――)


「ミナ! あの霧の“根っこ”、どこに繋がってる!?」


「……城の外。

 西の砂漠の向こう。

 ……そのまた先、遠くで笑ってる“誰か”がいる」


 ミナの声が、わずかに震えた。


「その“誰か”から、無理やり伸ばされた“影の腕”みたいなもの。

 だから、ここで完全に切り落とすことは、多分できない。

 でも、“この城から手を引かせる”くらいなら――!」


「十分!」


 ジージーは短杖を振りかぶった。


「セルグレンさん!

 霧の下まで道を!」


「任せろ!」


 セルグレンが盾で兵士と魔物の間に楔のように割り込み、

 盾の縁で砂獣の顎を叩き上げる。


「右へ寄れ! 道を空けろ!」


 兵士たちが声に従って動く。


 リゲロが、その隙間から飛び込み、

 砂の兵の膝を次々と断ち切った。


「道、通すぜ!

 “短杖のジージー”のお通りだ!」


 ジージーは、泉の縁まで駆け上がる。


 頭上には、黒い霧の塊。

 赤い目が、ジロリとジージーを見下ろしていた。


『……また、お前か……』


「そう。何度でも止めに来るよ」


 ジージーは、短杖を両手でしっかりと握る。


「――ここは、“あんたの主の遊び場”じゃない」


 呼吸を整える。

 前世で身につけた柔術の“崩し”と、

 この世界で磨いた“拍”を、一本の杖に込める。


「《拍術・空打ち》……!」


 短杖が、霧に直接触れない寸前で止まる。


 だが、空気がバシンッと叩きつけられたような音を立て、

 黒い霧が内側からぐらりと揺らいだ。


『――ッ!?』


 霧の中で、目の赤が一瞬だけ消えかける。


「今!」


 ミナの叫び。


「スケルトン、レイス! 一斉に!」


 レイス三体が霧の中へ飛び込み、

 スケルトンが跳躍して、霧の“核”に剣を突き立てた。


 骨の剣が、黒い影の心臓を貫いた瞬間――

 中庭全体が、ばちんっと静電気に包まれたような震えに襲われた。


『……主……』


 霧が、掠れた声で呟く。


『……ここは……少し、熱すぎる……』


 霧は、急速に薄まっていった。


 砂と骨の魔物たちも、

 糸を切られたように動きを止め、崩れ落ちる。


 ジャッカルの頭骨が、泉の縁にカランと転がった。


 中庭に、静寂が戻る。



◆5 兵たちの戦いと、小さな称賛


「……終わった、か?」


 近衛隊長が、剣を下ろした。


 周囲に残っているのは、砂と骨の残骸だけだ。


 ミナが、空中でぐるりと一周し、頷く。


「この城の中にいた“影”は、全部消えたよ。

 外の街にも、“手”は伸びてない」


「助かった……」


 近衛隊長が、息を吐く。


 兵士たちが、次々とその場に膝をつき、盾にもたれかかった。


「おい、見たか……」


「さっきの……幽霊たち……味方、だったよな?」


「短杖の嬢ちゃんが、“城の守り神”を連れてきたんじゃ……」


 ざわざわと、そんな声が広がる。


 ジージーは、ちょっとだけ居心地悪そうに頭をかいた。


「守り神は言い過ぎだよ。

 ミナたちは、“たまたま”ここを守ってくれただけ」


「でも、結果的にはそういうことよ」


 ミナが、いたずらっぽく笑う。


 スケルトンは、無言で剣を下ろし、

 ミナの方を一度だけ見た。


「ありがとう。

 もう休んでいいよ」


 ミナがそう言うと、スケルトンは静かにひざまずき――

 骨の身体は、白い砂となってほどけ、風に散った。


「……かっこよかったね」


 ジージーがぽつりと呟く。


「うん。

 “昔の誰か”の、誇りだけが残ってるみたいだった」


 ミナの声は、少しだけ寂しそうだった。



◆6 悪霊の残り香と、“誰か”の影


 戦いの後。


 城のテラスから、アフナ王が中庭を見下ろしていた。


 傍らには、まだ少し顔色の悪いファーティマ姫。

 だが瞳は、自分の意思を取り戻した光を宿している。


「……ありがとうございます、異国の方々」


 姫は、ジージーたちに深く頭を下げた。


「わたくし……ずっと夢の中で、誰かに手を引かれていました。

 砂の海の向こうへ、向こうへ……」


「その“誰か”の顔、覚えてますか?」


 ジージーが問うと、姫はゆっくり首を横に振る。


「霞がかった、黒いヴェールの人影だけ。

 でも、笑い声は……女の人でした」


 ミナが、ジージーの肩の辺りで小さく震える。


(やっぱり、“魔女”だ……)


 セルグレンが腕を組む。


「今日の奴は、その魔女の“影の一つ”だろうな。

 “本体”は、別のどこかから見ていたはずだ」


「そのどこかが、俺たちの目的地だ」


 リゲロが、砂に染まったブーツを見下ろす。


「ピラミッドも、城も。

 どっちも“試金石”に過ぎなかったってわけだ」


 アフナ王が、静かに言った。


「……旅の者たちよ。

 お前たちは、“俺たちの敵”ではない。

 むしろ、この都を救ってくれた恩人だ」


 王は、テラスの欄干に手を置き、

 遠く、西の闇の彼方を見つめる。


「だが、今の戦いで分かった。

 我らも、もはや“ただの豊かな砂漠の王国”ではいられぬと」


 王の隣で、ファーティマ姫が拳を握る。


「お父さま。

 わたくし、いつかこの“魔女”とも戦います。

 今日、守られただけで終わりたくありません」


「焦るな、ファーティマ」


 王は娘の肩に手を置いた。


「だが、その心意気は忘れるな」


 それから、ジージーたちに向き直る。


「旅人よ。

 そなたらが、西の果てで“何か”と戦うとき――

 アフナは、そなたらを敵とは見ない。

 それだけは約束しよう」


 ジージーは少し驚いたが、素直に頷いた。


「ありがとうございます。

 ……また、いつか戻ってきてもいいですか?」


「もちろんだ。

 そのときは、“もっと良い料理”と共に迎えよう」


 王の冗談に、ムハジが横から口を挟む。


「王さま、それ以上の料理を出したら、今度こそあっしらが破産しますぜ」


「なら、お前の店も繁盛させておけ」


 テラスに、ようやく柔らかな笑い声が戻った。



◆7 小さな約束と、次の旅へ


 夜が更け、中庭の片付けも一段落した頃。

 ジージーたちは、自分たちの部屋に戻る途中で、ふと足を止めた。


 城の壁越しに見える夜空は、

 砂漠の星でぎっしりと埋まっている。


「……ミナ」


「なに?」


「さっきの霧。

 “主が世界に影を広げてる”って言ってた」


「うん」


 ミナは、星空を見上げたまま答えた。


「でも、影って、光がないとできないんだよ」


 ジージーは一瞬きょとんとして――

 すぐに笑った。


「……そうだね」


「ジージーたちが、どこかで“灯り”を点けてる限り、

 影だけが世界を支配することはできない」


 ミナは、ふわりとジージーの頭の上に乗る。


「だから、“止める戦い”も、きっと意味があるよ」


 セルグレンが短く笑った。


「お前たち二人は、時々、妙に詩人だな」


「詩人ってほどカッコよくないですよ」


 リゲロが肩をすくめる。


「せいぜい、“柄のいい喧嘩屋”だ」


「それでも、今は十分かな」


 ジージーは短杖の先を軽く石畳に当てた。


(この城を守れた。

 姫を、“呪いから”引き離せた。

 ……次は)


 西の、もっと遠く。

 魔女の気配が濃くなる場所へ。


「行こうか、みんな」


「おう」


「了解」


「うん」


 砂漠の夜風が、四人を撫でていった。


 遠く離れたレーヌ湖畔には、

 まだ知らないまま、彼女たちのためにポーションを作る三人娘がいる。


 海の宝石とココナッツと一緒に、

 次の手紙を送るのが、少し楽しみになってきた。



【後書き】


アフナ編・城内決戦回でした。

•断霊の鏡で「姫からはアッサリ剥がれる」

•その代わり、悪霊が“城ごと喰らいにくる”形で実体化

•ミナの《仲間を呼ぶ:Lv3》でスケルトンも参戦

•ジージーたち+王国兵の共闘で、城を守り切る

•背後に“魔女”がいることが、ほぼ確定


というところまで進めてあります。


次は――

アフナを後にして、西へ。

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