転入生
セイレーン王立学園。この国の優秀な者たちがこぞって集まってくる、王国で一番名前の知られている学園である。この学園にライル・セイレーン――この国の王子はいた。次期国王ということもあって期待もされている彼の能力は優秀である。国で一番と言われるこの学園に入学しているのも当然のことだろう。
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賑やかな朝の教室。ライルは窓際の席で一人静かに読書をしていた。数年この学園に通ってきて、教師が来るまでの少しの間こうした時間を過ごすのが朝の習慣となっていた。学園にいられる時間も残り少なくなってきたが、この習慣だけは変わらない。
いつもと同じように時間を過ごしていると、教室の扉が開く音が聞こえた。教師が入ってきたのだろうと思い、本を閉じて読書を中断する。顔を上げて前を見ると、それは正しかった。けれど、予想外のこともあった。
教室に来た女性教師の隣には、初めて見る姿があった。短い黒髪をしていて、平均よりも少し背の低い少女。顔はうつむき加減で、どこか落ち着かない様子をしている。
このクラスの生徒じゃないな。一体誰だ?
自分と同じように思ったクラスメイトたちいたようで、周囲では彼女が誰だと口々に話し合っていた。
「皆さん静かに」
教師が騒がしくなった生徒たちをなだめると、彼らも静かにして教師の次の言葉を待つ。
「彼女ですが、今日からこのクラスで皆さんと勉強することになりました。要するに転入生です」
すると、再び教室はざわめき出した。転入生ということもだが、それよりもこの時期に入学してきたことに驚きを隠せないようだ。自分もそうで、何故という考えが脳裏に浮かんでいた。
「彼女はご両親の都合で、この国に暫く滞在されるそうです。だから、せめてその間だけでもとこの学園に学びに来たらしいです」
教師が他人事のように説明する。教師としての対応をしてはいるが、表情を見るに実際興味なさそうにしている。あくまで業務としての対応みたいだ。
「ということで、自己紹介を」
さっさと面倒ごとを終わらせたいのか、短く説明を終えて彼女を促す。教師から言われた彼女は自己紹介をするために一歩前に出るが、何かに引っかかったのか前へとつんのめってしまう。慌てて起き上がるものの、恥ずかしかったのか顔を赤らめていた。
「い、イリーナです……」
さして大きくもない声でそれだけを言う。他に何を言うのかと思ったが、下を向くばかりで言葉は続かない。
「……えっと、皆さん仲良くしてあげてね」
早く終わらせたがっていた教師としても一言だけとは思わず、さすがにそう言うしかなかった。ひとまず空いてる席にということで、後ろの席に彼女は着席する。
「それじゃあ授業を始めます」
少し変わったこともあったが、いつもと変わらず授業が始められた。
休憩時間になると、数人のクラスメイトたちは転入生の元へと集まっていた。この学園にいるのは貴族ばかりのため、平民が珍しいのだろう。貴族・平民など気にせず話しかけようとするのは素晴らしいことだと思う。皆がそうであればいいと常々思っているが、中々そう上手くはいかないのが現状だ。
彼らのように身分を気にせず話しかける一方で、遠巻きに彼女を蔑んだ目で見るクラスメイトたちがいる。
貴族至上主義。自分たち貴族こそが優秀であり、平民は自分たちよりも劣っていると決めつける考え。遠巻きに見る彼らはその考えを持つ者たちであり、同じ空間に彼女がいることが我慢ならないと考えているはずだ。だからこそ、彼らは自分たち貴族以外の者を排除しようとするに違いない。実際、過去にそういった考えを持った人物が、入学してきた平民の生徒を退学させていた。
ライルは幼い頃より、身分・地位など関係なく平等に暮らせる国にしたいと考えている。その考えは次期国王と告げられた後も変わらず、より一層思うようになった。だから将来国を任されるものとして、この国の実情を知るためにも王立学園へと入学することに決めた。
学園全ての生徒がその考えを持っているわけではなく一部だけではあるが、未だその考えは根強い。過去と同じようなことにならないか、彼女のことを少し心配に思っていた。
転入生が来るという出来事があってから数日後。昼食を終えて次の授業が行われる教室へ移動していると、誰もいない廊下で周りをキョロキョロと見回す女生徒を見つけた。それは転入生であるイリーナだった。次の授業があるにも関わらず関係ない場所で一人佇んでいることから、場所に迷ってしまったのかもしれない。人に聞こうにも周りに誰もおらず、どうすればいいか困っているのだろう。
ライルは助けを出すため、彼女へと近づいた。すると、彼女も気付いたようでこちらへと視線を向けてくる。
「イリーナさんだったね。こんなところでどうしたんだ?」
「あ……。ライル王子……」
彼女は助かったという安堵の表情をしつつも、動揺した様子を見せていた。彼女が名前を知っていたことから、王子である自分に話しかけるのは恐れ多いとでも思っているのかもしれない。
「一人でこんなところにいたから、もしかしたら場所に迷ったのかと思ってね。困っているように見えたから来たけど、僕の勘違いだったかな?」
「え……っと」
「この学園では貴族・平民など身分は関係ない。当然王子という立場もだ。だから、同じクラスメイトだと思って話しかけてくれていい」
そう言うと、彼女はどうするか少し迷った素振りを見せた。けれど、こちらが優しく微笑みかけると、彼女はゆっくりと口を開いた。
「い、いえ……。その……仰る通りです……」
友人のように思ってくれていい。そう言ったものの、彼女は恥ずかしさと恐れ多さからか、最後の方は消え入るような声になっていった。
「そうか。もし君がよければ、次の教室まで一緒に行かないか?」
「で、ですが……」
「なに、気にしなくていい。先ほども言ったが、クラスメイトとして困っているのを見つけたから助けようと思っただけだ」
そう説明すると、少し悩んだ後に「……お願いします」と返ってきた。彼女からの承諾も得られたため、ともに廊下を移動して次の教室へと向かう。
しかし、彼女は無言のまま横にではなく後ろをついてくる。一度は頷いたものの、自分の立場を意識してのものだろう。ライルとしては移動中の話し相手になってもらいたかったが、彼女が望まないのであれば仕方ない。いずれは、こういった身分も気にせず話せるような国にしようと改めて思う。
しばらく歩き、目的の教室に到着する。
「この教室だよ」
「あ、ありがとうございます」
「席は空いているところへ自由に座るといい。それじゃあ」
あまり自分が傍にいると、彼女としても居心地がよくないだろう。ライルは彼女の傍を離れ、少し離れた席へと座った。
離れた場所から彼女の様子を少し窺う。彼女も空いている席へと座り、鞄から授業に必要なものを準備していた。
彼女のような身分の者が気兼ねすることのない世を作らなければな。彼女を見ながら国の在り方について考えていた。




