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婚約者

 新たにクラスメイトが増えてから一週間が過ぎると、転入生であるイリーナは一人でいることが多くなった。


 最初は物珍しさから皆が周りに集まって質問攻めをしていたが、あまり積極的な性格ではないためか彼女の口数は少なかった。そのせいか、周りは彼女への興味を次第になくしていった。


「何かわからないところでもあったかな?」


「あ、えっと……」


 授業が終わり周りが教室から出ていく中、イリーナは一人残って先ほどの授業内容について考えていたようだ。


 婚約者でもない特定の誰かに肩入れするなど普段ならしないが、今回ばかりは話が違う。彼女の周りから人がいなくなることで、彼女のことを良く思わない者たちが動き出すからだ。


 一人になれて彼女としてはホッとしているかもしれないが、彼らからするとまたとない機会。周囲の人たちが邪魔で今まで静観していたが、これ幸いにと彼女にあの手この手で接触をしてくる。何をするつもりかはわからないが、きっと碌でもないことだろう。


 そんな心配もあってイリーナのことを気にかけていた。今の所彼らは何もしていないようだが、これからどうなるかはわからない。しかし、自分が彼女に目を向けていれば、彼らとしてもそうそう手は出せないはず。


 実際教室で一人の彼女を離れて見ている者たちがいたが、自分が近づいていくことですぐにどこかへ行った。常時目を光らせていることができないのはもどかしいが、少なくとも自分が見ているというのは彼らにも伝わっただろう。


 それから数日が経つものの、何事も起きることなく平和な日常だった。自分の行動のおかげかはわからない。けれど、彼女に何も起こっていないのは好ましかった。できればこのまま続いてほしい、そう思っていたが現実は残酷だった。



 ある日廊下を歩いていると二人の女生徒が話している姿を見つけた。一人はイリーナで、もう一人は自分の婚約者――カレン・キャンベリーだ。カレンとイリーナという組み合わせは少し意外に思ったが、予想外とは思わない。


 カレンとは幼い頃からの付き合いでお互いのことを良く知っている。自分がこの国を変えると決意した時、彼女も協力をすると言ってくれた。それは婚約した後も変わらない。カレンは目的を同じくする自分の同志。だから、彼女もイリーナのことを気にかけてくれていたのかと思った。


「――――」


「――」


 けれど、自分の予想は外れているかもしれない。


 声をかけようと彼女たちに近づくにつれ、少しづつ声が聞こえてきた。会話の内容までははっきりと聞き取れはしないが、どことなく楽し気な会話をしている雰囲気には感じられない。


「こんなところで、何の話をしているんだい?」


 ともあれ、近くに来て黙っているのも変だ。何も知らない体を装い、こちらを振り向く二人に対し笑顔を向けた。


 やはり楽し気な会話ではなかったのか、少し困ったような表情をしていたイリーナは、助け船を出した自分を見て安堵していた。


 対するカレンはどこか不満げな表情だ。まるで邪魔が入ったとばかりに。


「偶然二人を見かけたから声をかけたけど、邪魔をしたかな?」


「いえ、そんなことはありません。お気になさらず」


 カレンはそう言うと、すぐさまこの場を去っていった。声の調子はいつもと変わらなかったが、明らかにいつもと様子は違った。


 どうしたんだろうか。彼女を怒らせることをしたかな……。


 記憶を探るも心当たりはない。


「あの……」


 去っていく婚約者の後姿を見て思案していると、イリーナから声をかけられた。


「ああ、すまない。彼女のことで少し考え事をしていてね。カレン・キャンベリーという僕の婚約者なんだけど……」


「はい。先ほどカレン様からお聞きいたしました」


「なら話は早い。もしよければ、先ほどまで彼女と何を話していたかを聞いてもいいかな? どうもいつもと様子が違うようで、少し気になってるんだ。どうかな?」


 無理やり聞き出すのはよくないため彼女に配慮して尋ねると、少し悩んだ素振りを見せたものの最後には頷いてくれた。


「その……。カレン様は私のことを良く思っていないようでして……。多分、私が平民だからだと思うのですが……」


「本当に? 彼女がそう言ったのか?」


「はい……」


 イリーナの言うことが信じられなかった。


 カレンが優しい性格をしていることは良く知っている。それに、彼女も貴族・平民といった身分の違いによる差別を良く思っていなかったはず。だからこそ、自分も彼女のことを一番信頼していた。


「本当に彼女がそんなことを?」


「はい……。それに、私がライル王子とお話していたこともよく思っておらず、ライル王子に近づかないように言われました」


「彼女が……」


 カレンも自分がイリーナに気をかけている理由はわかるはず。なのに、イリーナに自分へ近づかないように言う。そんなことがあり得るのか……。


「ライル王子は私に気をかけてくれてますが、そのせいで他の人には迷惑になっていたんですね。これからは気を付けるようにします……」


 彼女は申し訳なさそうに言った。


「いや、君が気にする必要はない。彼女がそう言ったとしても、きっと何かの間違いだろう」

「ですが――」


「本当に気にしなくていい。君はいつも通りで大丈夫。君が近づいてるのではなく、僕が勝手にしているだけだからね」


 彼女が一人になれば、それこそ良くないことになる。


「……教えてくれてありがとう。彼女のことについては僕からも話を聞いておくから。君は気にせず学園で過ごしてほしい」


「ライル王子……」


「そういえば、どこかへ行く途中だったのかな?」


「えっと、図書室まで行く途中でして……」


「なら、せっかくだし僕もついていくよ」


「そこまでお手を煩わせるわけには……」


「遠慮しなくていいさ。僕がしたいだけだからね」


 あまり遠慮するばかりでも悪いと思ったのか、彼女への同行は断られなかった。


 目的地まで移動する間、彼女との会話に興じながらもカレンのことについて考えていた。何故そんなことを言ったのか。何故今までと考えが変わったのか。考えるものの、理由がわかるわけもない。


 移動はそんなにかからず、すぐに図書室へは到着した。


「一緒に来てくださりありがとうございます。私はここで少し調べ物がありますので」


 彼女は会釈して、部屋の中に入っていった。


 彼女と別れると、学園の外の馬車に乗り込み帰路に就く。馬車の中でも考えにふけっていて、自身の表情がすぐれることはなかった。

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