依頼者のもとへ
少し早めの時間に出て、依頼者の元へと向かった。昼間案内してもらった時に一通り道は把握したが、いつもとは違って慣れない異国なため用心した形だ。
しかし、そんなエリーゼの考えは杞憂だったのか、何か起こることもなくすんなりと目的の場所へと到着した。到着した場所は、ごく普通の貴族の邸宅。姿形などは、自分の国とそう変わらないようだ。
さて、いつものようにエリーゼは中の人物に到着を知らせると、門が開き敷地内へと招き入れられる。玄関から中に入ると、待っていたのは燕尾服を着た老執事だった。
「ようこそおいでくださいました」
彼はフードを取ったエリーゼの姿を見ても、侮ることもなく丁寧に挨拶をしてきた。
「あなたが依頼者?」
依頼者は書かれていたが、先の例もあるため念のため確認をする。
「いえ、私ではありません。依頼者はお嬢様となります」
「そう」
こちらへ、と先導する執事の後をついていき、案内先の部屋へと入る。そこには、赤みがかった長い髪の女性がテーブルを挟んで椅子に座っていた。
「どうぞ」
執事に椅子を引かれたので、そのまま椅子へと着席する。
「この度は依頼を受けてくださりありがとうございます。私が依頼者のカレン・キャンベリーと申します」
「私はエリーゼ。知っての通り婚約破棄の代行をしてる。あと、一応来たけどまだ依頼を受けるかは決めてないから」
「依頼の内容を聞いてから、ということでしょうか?」
「そういうこと」
彼女にそう伝えると、あっさりと理解を示す。
「わかりました。お話させていただきます」
懐から一枚の写真を取り出す。
「彼がこの国の王子である、ライル・セイレーンです」
そこには凛々しい姿の好青年が写っている。彼がこの国の王子ライル・セイレーンらしい。
「彼とは幼いころからの付き合いで、子供の頃からよく一緒に遊んでいました。それは婚約者になってからも変わらず、彼とは二人でこの国をよくしようと頑張っていました」
「ふーん……」
幼い頃からの付き合いなら、お互いのこと理解できてそうなものだけど。……いや、わかり過ぎているからこそという線もあるか。
「それで、あなたは彼ことが嫌いなの?」
「それはありません。私は彼のことを愛しています」
ふむふむ。相手のことを好きだけど、仕方なくってパターンか。
「なら、他に何か不満があるってことだよね」
「いえ。彼はとても素晴らしい人で、不満などあるはずもありません」
え、じゃあどういうこと?
エリーゼの脳裏には疑問符が浮かび上がる。要するに、相手を嫌いでもないし不満もないけど婚約を破棄したい。以前のように、婚約破棄をただの手段として利用するのでなければそういうこととなる。
この時点で一体どんな理由なのかは想像もつかなくなった。
「どんな理由なのか聞かせてもらえるんだよね」
「はい。実は――」
彼女は今回依頼した理由をゆっくりと話し始めた。
「なるほどね……」
彼女からの説明を一通り聞き終わり、エリーゼは依頼内容を理解した。
「それで依頼は受けていただけるのでしょうか?」
「別に、受けてもいいんだけど……」
エリーゼはどこか歯切れが悪かった。
「何か問題でしょうか?」
「その……。あなたはそれでいいの?」
エリーゼからの問いかけに目を丸くして驚いた顔をしていた。
「なんか驚くとこあった?」
「代行者は依頼人の事情には立ち入らないと聞いていたので、そんなことを聞かれるとは少し意外でした」
「……基本はそうだけど、私だって人間だもの。思うところくらいあるよ」
「お優しいのですね。ですが、心配いりません。これはもう決めたことですので」
エリーゼの問いかけに対しても、彼女の答えは揺るがなかった。
「そう、わかった。なら、依頼を受けるよ」
「ありがとうございます」
「また後で連絡する」
「お待ちしております」
丁寧に頭を下げた彼女に見送られながらエリーゼは屋敷を去った。
宿までの夜道を歩きながらエリーゼは考える。依頼者が構わないと言ったから今回の依頼を受けることを決めた。どうせ自分が断ったところで、別の誰かに依頼をするだろうと思ったからだ。
それなら、せめて自分が関与できる状態でいればまだ何とかできるかもしれない。そう考えて依頼を受けたが、これは本当に正しかったのだろうか。
婚約破棄の代行者としてエリーゼにできることは限られている。いくら関与できるからといっても、依頼を受けた以上は要望通り婚約を破棄しなくてはならない。
色々思うところはある。けれど、それも詮無いこと。後はただ愚直に依頼を達成するべく動くしかない。
宿に戻ったエリーゼは準備を進めていく。
今回の依頼は依頼者本人の協力をするというものだ。彼女が一人でするには難易度が高いため、手伝ってくれる人が欲しかった。だから、それを頼むのに相応しい人物として婚約破棄代行者ことエリーゼが呼ばれた。
依頼者の意図を汲むなら、今回の人物は彼女でいいだろう。ごく普通の平民の間に生まれた子供で名前はイリーナ。彼女は商人である両親の都合でこの国に暫し滞在し、その間依頼者たちの通うセイレーン王立学園に入学することになる。
セイレーン王立学園は表向き貴族・平民問わず門戸を開いていて、優秀な生徒が集まる学園と言われている。だが、実際入学しているのは高貴な貴族ばかりで、平民の姿などない。そのため、一人平民として入学したイリーナは、周りから疎まれていく。
やること自体はいつもと変わらない。違うのは依頼者が計画に関わるかどうかだけ。本人が協力するのだ。婚約破棄自体は簡単に実るだろう。
結末までの道筋は見えてしまっている。だからこそ、エリーゼは一人陰鬱な表情で思い悩んでいた。




