婚約者
いつものようにお昼を彼と園芸施設の中で過ごしていた。この段階までくれば、彼もエリーゼがここにいないことなど疑っていない。もはや彼がエリーゼに会いに来ていた。
「え? 王都を案内してほしい?」
会話の流れの中で、彼に提案を持ちかける。
「何でまた?」
「この学園には私の国との違いを学ぶために来たと言ったと思います。それは間違いではないのですが、正確にはこの国そのものを学びに来たのです。けれど、国全体を学ぶとなると今回の期間ではあまりに足りません」
「だから、王都だけは見ておきたいと?」
「はい、その通りです」
学園だけではなく国全体を学びに来た。けれど、期間が足らないからせめて王都だけ見て帰る。彼と二人きりで出かけるため、それらしい理由をつけて勧誘する。
学園の外に出ればなんとかなりそうだしね。
彼の好感度は上がってきているが、学園の中ではあくまでも学生。婚約をどうこうする話はなかなか出しづらい。そのため、学園以外の場所へ連れ出すことが大事だった。
今回は王女が留学に来ているという説明をしているため、王都へ繰り出すための理由は自然とできている。王都なら男女の雰囲気を盛り上げる場所などいくらでもあり、候補としては最適だ。むしろ、ここ以外を探すとなれば少し考えなくてはならなくなる。
「いいよ。王都全部を知っているわけじゃないけど、それでいいなら」
「もちろんです。私はフェリックに案内してもらいたいのですから」
彼だからこそ、と持ち上げておく。
「次の休日は、よろしくお願いしますね」
さて、どうなることか……。楽しみだ。
そうして作戦も軌道に乗り、後は王都デートで仕上げだと思っていた時。放課後にエリーゼは一人の女性に声をかけられる。彼の婚約者であるミリアだった。
ここではちょっと……ということだったので、彼女のためにも場所を変える。とりあえず、ここなら大丈夫だろうということで、人気のない校舎の裏手へ二人は移動した。
「話とは何でしょうか?」
話があると言った彼女だったが、どこか尻込みしていて言いづらそうだったので、こちらから話を振ってみる。すると、ようやく意を決したのか、彼女はゆっくりと口を開く。
「私のフェリックに……近づかないでほしいです」
彼女から告げられたのは、婚約者と仲良くするエリーゼに対する懇願。
「ええ……と」
「エリザ様は、いつもフェリックと会ってますよね」
「え、えぇ。彼とは懇意にさせてもらってます」
「彼は私の婚約者です。王女様は素晴らしい人だし、周りに色んな人が集まってくるのは当然だと思います。けれど、私にはフェリックしかいません。だから、私から彼を取らないでください」
懇願と言いつつも、内容としては要求に近い。
その目には婚約者を奪われるという怯えを含みつつも、どこか狂信的なものを感じた。彼からエリーゼに近づいているとはこれっぽっちも考えていない、完全に彼を信じ切った目だ。
自分が傷つけられていることに気付かせず、なお自分に尽くさせようとする。ここまで相手を信じさせる彼の手口には素直に感心した。
そんな騙された哀れな彼女を見ていると、ふと昔の自分と重ねてしまった。婚約者を信じ切り微塵も疑わないその姿を。
だからだろう。本来なら王女として適当に言葉を濁してこの場を治めるつもりだったが、気付けばつい口を開いていた。
「あなたは、どうしてそこまで彼を信じられるの?」
外向きの口調を取り繕うのも忘れて、普段の調子で尋ねてしまった。
「どういう意味……ですか?」
「相手が何考えてるなんて普通わからないじゃない。あなたのことを大切に思ってるかもしれないし、そう思ってないかもしれない」
他人である以上、相手の考えなんてわかるはずがない。だから、彼女のことを思っていると限らないと暗に伝えた。
ここで彼女が彼の本性に気付くことができれば、今回の問題は解決する。気付くまで行かずとも疑念を抱ければ、そこからはどうとでもなるだろう。そんな打算もあった。
余計なことだとはわかっているし、彼女が彼に話した時を考えるとこのことはリスクでしかない。けれど、昔のことを思い出したエリーゼとしては、どうしても言わずにはいられなかった。
「彼がわたしのことを大切に思っていないなんてありえません」
しかし残念ながら、彼女はそう言い切ってしまった。
「彼は私の料理をおいしいって言ってくれるし、彼は部屋を掃除した時も君のおかげで綺麗になったと褒めてくれる。彼は私が困っている時は、文句を言いつつも一緒に手伝ってくれます。彼はたまに言葉がきつかったり手が出たりするけど、彼はすぐに謝ってくれる。彼はいつも私を大事にしてくれます」
頭の中に彼の姿を思い出しているのか、うっとりとした表情をしていた。
……まぁ、あまり期待はしていなかったけどね。
自分の経験からもわかっているが、妄信している相手に何を言っても響くことはない。それでも可能性があるならと、無意味だとわかりつつも黙ってはいられなかった。
「……あなたがそこまで彼を想っていることはわかりました。今後は彼と会うのをなるべく控えるようにいたします」
「ほんとですか!」
彼女は嬉しそうに表情をほころばせた。
エリーゼは彼女に微笑みを返すと、恍惚としている彼女を置き去りにし、話は終わったとばかりにその場を立ち去った。
やっぱり無理やり婚約を破棄させるしかないか……。
あの嬉しそうな様子なら、今日のことを彼に話すことはないだろう。
予定通り、次の休日が本番かな。
彼も次のターゲットとなったエリーゼを落とすため、色々プランを考えているだろう。王女相手にどうするべきか、あの過去の話を聞いた上で利用できないか、などなど。
エリーゼはそんな考えに乗った上で、彼のプランを手助けするように動く。そうすれば、後は勝手に彼から言い出して、自然と婚約がされるだろう。
彼になるべく会わないって言っちゃったけど、まぁ大丈夫でしょ。なるべく、だし。
エリーゼは元より彼女との約束を守る気はなかった。




