王都案内1
ミリアと会ってからもフェリックの様子が変わることはなかった。相変わらず昼にはいつもの場所へやってくるし、こちらをいぶかしむ様子はない。やはり彼女は彼に何も話していないようだった。少しだけ心配していたが、作戦を変更する必要もなく杞憂に終わりほっとする。
エリーゼはなるべくフェリックに近づかないと彼女に告げたが、実際に近づくことをやめていない。やめればそれこそ彼から理由を聞かれてミリアのことを話さないといけなくなるし、そうなるとあの会話の内容に触れなければいけなくなる。そっちの方が都合が悪い。なので、知られないためにも、何もなかったように振舞うのが一番だ。
周囲から人気のある王女相手に執拗に付きまとえば、彼女こそが周りから責め立てられるだろう。彼女としてもそれは避けたいはず。長い間続けば再度接触してくることもあるかもしれないが、暫くは大丈夫だろう。
エリーゼは変わらない毎日を過ごしながら、次の休日を待っていた。
そして、ようやく次の休日が訪れる。
この日のためにフェリックはプランを立てていて、成功させるために気合を入れていることだろう。
そのプランに対し、エリーゼも彼の考えを上手く読んで、彼の望む答えを返してあげないといけない。こちらも気合が入っていた。
休日の朝。王都を案内するというフェリックとの約束のため、エリーゼは馬車に運ばれて中央広場にある噴水を目指していた。約束の時間としては10時頃。恐らく彼は予定時間よりも早く到着し、王女が来るのを待っていることだろう。
反対にエリーゼは10時より少し遅れて向かうことにした。道に迷ったとか準備に手間取ったとか予定外のことが起きたわけではない。
それならなぜ遅れていくかと言えば、その方が効果的だから。想定外の事が起き、申し訳無さそうな顔をして遅れて待ち合わせの場所に現れる。演出としてはよくあるものだが、それゆえに効くだろう。
そんな考えのもと、エリーゼを乗せた馬車は約束の時間より10分ほど過ぎてから目的の広場へと到着する。案の定、フェリックも馬車から降りて広場でエリーゼを待っていた。
広場に入ってきた馬車にフェリックも気づく。彼がこちらに気づいたところで扉を開き、ゆっくりとした所作で馬車から降りる。
「ごめんなさい。少し迷ってしまいまして……」
彼に駆け寄りながら、申し訳なさそうにして謝る。
「あ、あぁ……」
だがそんなエリーゼの思惑も知らず、彼は黙って立ち尽くしている。彼の視線はエリーゼの服装に向けられていた。
王都を出歩くということで、学園にいる時のような制服ではなく私服姿。しかも、王女だからといってゴテゴテとして飾りを付けているわけではなく、白いワンピースを着ているだけ。
あまり好きじゃないんだけど……。
エリーゼは気楽な服装の方が好きなので、こういった服は着ない。彼の心を掴むため仕方なく着ているだけに過ぎない。
その甲斐あってか、彼はエリーゼに見とれていた。普段見ている王女の姿とはかけ離れているためだろう。てっきり、豪華で綺麗な服装でも着てくると思ったのかもしれない。
「あの……何か変でしょうか?」
まずは目論見通りに進んだことを喜びつつも、このままでは進まないため彼に再起動を促す。
「あ……いや。エリザさんがあまりに綺麗で見とれてしまってました」
「ふふ。お世辞がお上手なのですね」
「お世辞などじゃ……」
とここで問答をしてても仕方ないと思ったのか、彼は一つ咳ばらいをして切り替える。
「それじゃあ、これから王都を案内させてもらいます」
「えぇ。よろしくお願いします」
エリーゼは案内するという彼の馬車へ乗り込み、彼とのデートを開始した。
まず彼が最初に案内したのは、この王都では有名な時計塔だ。時計が取り付けられ高くそびえ立つそれは、どことなく色あせていて年代を感じさせた。
「ここのことは知ってますか?」
「いえ。王都には今回初めて来ましたので……」
「そうですか。それでは、説明させてもらいます。この時計塔はヴェルトゥルムという名で――」
彼は自身の知識を張り切って披露していく。何百年前からあるとか、どういう目的で建てられたとか。一般に知られていること以外にも、詳しく丁寧に。そこには自分を良く見せようとする魂胆が見えていたが、エリーゼが知らないこともあったので素直にためになった。
「フェリックは物知りなのですね」
「これぐらいなら王都に住んでれば皆知ってますよ。大したことじゃありません」
知識量を披露しつつも、自分を主張することもなく謙遜した態度をとる。しかしわずかに口角が上がっていることから、王女相手に上手くいって内心で得意げにしているのが手に取るようにわかる。
気分良くさせることには成功だね。悪くはない。
順調な滑り出しで、エリーゼも不満はなかった。
次に案内されたのは大聖堂。こちらもそれなりに有名な場所だ。
「ここは――」
先ほどと同じようにこの場所の説明をしてくれた。彼は自分の素晴らしさを見せたいし、エリーゼも彼に気持ちよくなってもらいたい。お互いの思惑が噛み合い、周囲から見ると二人は楽しそうな空気をまとっていた。
途中レストランで昼食を挟みつつも、劇場や美術館など彼の案内は続く。さすが相手をオトすために頑張っただけあるのか、観光として見た場合彼の案内は悪くないものだった。
普通に観光として来たかったかも……。
純粋に楽しめないことを少し残念に思うが、それは仕方がないこと。今は依頼を遂行中。自分が楽しむより、彼を喜ばせることが大事なのだ。
そうして何か所かの場所を回った後、先に戻っておいてと言うフェリックの言葉に従いエリーゼは馬車に戻ろうと歩いていた。
「きゃっ」
すると、向かいから歩いてきた通りすがりの人物と体がぶつかった。エリーゼは小さく叫び声を上げながら尻もちをついてしまう。
「いってーな、おい。どこ見てやがるんだ」
ぶつかった相手であるガラの悪い男が、エリーゼを非難してきた。
「す、すみません」
「すみませんで済むと思っているのか? こっちは腕を怪我したんだぞ。どうしてくれるんだ?」
男はぶつけられたという右腕を押さえている。
その光景を見ながらエリーゼは必死に笑いをこらえていた。
ベ、ベタすぎるでしょ……。
どうせこれもフェリックの作戦だろう。男に絡まれ困っているところを颯爽と助ける。その姿を見せつけ自分の株を上げる。わかりやすすぎて、逆に違うんじゃないかと困るくらいだ。
そもそも男が向かってくる時、ぶつからないよう少し横に避けたのだ。にもかかわらず、わざわざ体が当たるように位置をずらした。作為的なのは明らかだ。
そのことに気づいたおかげで、ぶつかったときも醜態を晒さずエリザとして振る舞えていた。
「そ、その、どうすれば……」
「何か誠意ってものを見せてもらわねぇとな」
男は下卑た笑みを浮かべている。エリーゼはオロオロと困った様子を見せる。
「僕の連れに何か用かな?」
と、ここでついに彼の登場だ。
「あぁ? 何だお前?」
「彼女は僕の連れでね。彼女を困らせるのはやめてもらいたい」
後は男から経緯を聞き、怪我などしておらず言いがかりであることを指摘。その後、自分が貴族の身分であることを明かし、彼を撃退した。彼らの中では予定調和の出来事なのだろう。
「大丈夫でしたか?」
「ありがとうございます。助かりました」
「エリザさんの身に何かあればと心配で……。無事で何よりでした」
心配なのはこの作戦が成功したかどうかの方だろう。
「フェリックはすごいですね。あのような人物を相手にしても一歩も引かないなんて……」
「あれぐらいのことは大したことはありません。似たような者は何度か相手にしたことがありますからね」
彼を呆然とした様子で眺める。彼に見とれてしまったという空気を出すためだ。
「どうかしましたか?」
「いえ……。何でもありません。それよりも行きましょう」
彼を見るとにこやかに笑っていたから大丈夫だろう。どうやら無事に上手くいったようだ。
長くなったので分割




