奥義実行
休日一緒に出かけたことで、彼との仲はより深いものとなった。何故か自分のもとによく来る女性から顔見知りに。顔見知りから一緒にお出かけするほどの友人関係へ。
顔を見かければ話しかけるし、今も続いている訓練場通いも邪険にはされてない。むしろ、彼の感触を確かめるため敢えて遅れていくと、心配され理由を聞かれることだってあった。
これなら大丈夫かな。
ある程度好感を得ている自信はあったため、エリーゼは仕掛けを次の段階へと移行する。
時間は放課後、場所は訓練場の横手。出入り口からは死角になっていて見られることはないが、多少の騒ぎなら聞きつけることができる絶好の位置。この場所にエリーゼは3人の女生徒と共に立っていた。
この3人は当然エリーゼが用意した人物。彼女たちには報酬を対価に協力を依頼した。内容はもちろんエリーゼを苛めてるように見せること。
婚約者がいると知っているにも関わらずイクスに近づいたソフィア嬢をヒルダは良く思ってなかった。その上、ヒルダのことを悪く言っていて、おまけに二人で出かける始末。そのことを良く思わなかったヒルダが身の程を思い知らせるため、自分を慕う女生徒たちへ命令してソフィアに酷い目を合わせる。そういったシナリオだ。
これならヒルダが他人を苛めるような酷い人物と伝えることができるし、実際に彼女は手を下していないため無実を言い張ることができる。まさに、依頼者が望む展開だろう。
エリーゼとしてもイクスの同情を買うことができるため、早く使いたいと思っていた。けれど、好感度がなければあまり効果は見込めない。ゼロということはないだろうが、見ず知らずの人物に親身になってくれる人がどれほどいるか。
そのため、ある程度仲を深めてからしか使えないのがもどかしかった。二人で出かけたことで最低限の基準を満たしたと判断したため、今回決行した。
訓練場にはイクスがいるため、休憩などで外に出てきた際に苛められている現場を見せつけることができる。毎日通っているため、休憩を取る時間などはわかっている。少し遅れただけで心配してくるイクスなら、ソフィアがいつもの時間に現れないことを気にしているはず。
ならば、ソフィアが来ないか周囲を気にするイクスには、訓練場の傍で騒ぎがあればすぐ聞きつけるだろう。後は機会を待って実行するだけ。
よし、出てきた。
隠れて入口の様子を窺っていると、予想通りいつもの時間にイクスは訓練場から出てきた。そして、これから作戦を開始すると白けた顔をして待っていた3人に合図を送る。
しばらく待たされていた3人だったが、ようやく始めるとわかると張りきった表情を見せいていた。
「あなた、最近イクス様に近づいているそうじゃない?」
大声でもなく、されど聞こえないほど小さな声でもない。近くにいる人には微かに聞こえるような絶妙な声の大きさで言った。
「そうですけれど、何か問題でもあるかしら?」
「……それは、ヒルダ様という婚約者がいることを知った上で仰ってるのでしょうか?」
「ヒルダさんね……。私を呼び出したのも、その彼女の命令なのかしら?」
と台本通りに会話を進めていく。
「まるで羽虫のように目障りだこと。あの方はヒルダ様の婚約者です。二度とイクス様に近づかないでください」
「そんなの私の勝手でしょう? 放っておいてくれませんか?」
「言うことを聞けないと?」
「聞く必要も感じませんから」
耳を澄ませていると、離れたところからこちらに近づく足音らしきものが微かに聞こえる。
「なら、仕方ありませんわね」
そう言うと、彼女は他二人に指示してエリーゼの両手を拘束して逃げられないようにする。自身は近くに用意していた桶を持ち、エリーゼに近づく。
二人の拘束が解除されたと同時に、彼女が持っていた桶から水をぶちまけられる。当然びしょ濡れになるエリーゼ。それを見て笑いを上げる彼女たち。
「え……」
何が起こったのかわからないといった様子を見せる。
「一体ここで何をしている!」
そんな中、こちらへ近づいていた人物がこの場に現れた。その人物はもちろんターゲットのイクスだ。
「君たち、なぜ彼女にこんなことを……。彼女に何か恨みでもあるのか!」
「そのようなものはございませんわ。私たちはただヒルダ様に命令されただけですので」
「ヒルダに!?」
彼は動揺していた。なぜ自分の婚約者が、とでも思っているのだろうか。
「今回はこれぐらいにしておいてあげます。まだ続くようなら……わかりますね?」
それだけを言い残し、彼女たち3人はこの場から去る。
いい仕事よ、グッジョブね。
一瞬横目でチラリと去り際を見たのち、イクスへと視線を向ける。
彼は先ほどからうわ言のように、なぜだ、どうしてだと繰り返している。だが、エリーゼがいることを思い出し、ようやく現実に戻ってきた。
「すまない、私の婚約者が……」
「いえ、ヒルダさんの気持ちも考えず近づいた私が悪いのです」
「それは……。いや、多分何かの間違いなんだ。彼女がそんなことをするはずが……」
ヒルダを擁護するような言葉を言う。
「今度彼女に会ったら確認しておくよ。……私の事情に巻き込んで悪かった」
そう言って、彼は申し訳なさそうな顔をしてこの場をゆっくりと去っていった。
エリーゼとしては、彼にヒルダが苛めの黒幕だと意識づけることができた。まだ疑念は残っているようだが、何度か続けていると次第に消えていくだろう……と思っている。後は愚直に回数を重ねるのみ。ただ、それにしても――
水に濡れた友人を放置して行くのね……。なかなかにクールだわ。
エリーゼは皮肉を込めて、心の中で彼を罵倒した。




