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報告

 あれからも何度か彼女たちに絡まれる場面をイクスに目撃させた。水をぶっかけるというあの時ほどの衝撃はなかったが、激しい罵倒やすれ違いざまに足を引っかけられるなどはおおよそ見ていて気持ちのいいものではない。


 だが、それほど酷い場面を見せつけても、彼はヒルダが命令したとは信じていなかった。未だにヒルダはそんなことしないはずだと彼女のことを信じているようだ。何が彼をそこまで信じさせているのか。というか――


 これって、ヒルダのこと好きだからじゃないの……。


 元々お互いが合意のもと決まった婚約だ。彼がヒルダのことを悪く思っているとは、あまり考えにくい。つまり、彼がヒルダに伝えた言葉は正しい可能性が高い。


 これ以上、やる必要あるのかな……。


 珍しくエリーゼは困っていた。



 というわけで休日の昼頃、エリーゼはヒルダのもとに来ていた。


「現状はどうなってるのでしょう?」


「イクスと仲良くなって、これから私に心酔させるところ」


 屋敷の一室にて、彼女に現状の報告を行う。


「まだその程度なのですか? 婚約破棄のプロといっても大した事ないのね」


「そうは言っても、まだそんなに時間経ってないけど……」


 すんなり終わればいいと考えてはいたが、ことはそう単純ではないかもしれない。エリーゼは時間がかかることを覚悟していた。


「来週のパーティまでには間に合うと思ってたんですけど、見込み違いだったようですね」


「何それ? そんな話今聞いたんだけど……」


 期限付きとか初耳だ。


「あら? そうでしたか。言わなくても間に合うと思ってましたから、言ってなかったかもしれませんわね」


「……さすがに要望があるなら言ってもらわないと」


「今言いましたわ」


「今からは流石に無理かな……」


 急に言われても準備ができていない。それゆえの返答だったが、彼女は一度鼻を鳴らしただけだった。


「……というか、婚約を破棄させる必要ある?」


「どういうことでしょうか? まさか、今更無理になったとでも?」


「そういうわけじゃなくて……。彼の様子を見ていると、婚約破棄して確かめるまでもなくあなたのことを好きなように見えるんだけど……」


 自分が思った感想を率直に伝える。


「何かそれを示す証拠はありまして?」


「それは……ないけど……」


「でしたら、わからないのではなくて? わたくしですらそうなのに、あなたにわかるとは思いませんわ」


 そう言われると何も言い返せない。


「あなたは婚約破棄しかできないのでしょう? なら、依頼通りに事を進めていただければいいのです」


「……まぁ、依頼者がそう言うのなら」


 思うところはあるが、確かにエリーゼは雇われただけの部外者だ。彼女とは依頼人と請負人の関係でしかない。エリーゼとしては淡々と依頼をこなすしかない。


 状況の報告を終えたエリーゼは、フードを被り直し屋敷を後にした。



 はぁ……。よりにもよって面倒くさい依頼を受けちゃったなぁ……。自分で受けると決めたとはいえ、失敗だったかな。


 王都の通りを歩きながら、エリーゼは後悔していた。


 そもそも、レナがあんな依頼を持ってきたのが悪い。うん、そうだ。


 次第に考えるのも面倒くさくなって、全ての責任を彼女に擦り付けることにする。


 この後どうしよう……。ローブ姿で知り合いに見られると面倒だし、あんまりうろうろできないなぁ……。


 姿はフードで隠れていて見られないだろうが、エリンやキリカなどの友人に声を聞かれればバレてしまう。そうなれば、なぜフードを被っているのかなど問い詰められるのは明白だ。それを避けるためにも、何もせずおとなしく家に帰るのが一番いい。


 でも、少しくらいなら……。


 さすがにローブで全身を隠した人物が道で大量に買い食いしていれば目立つだろうが、店の一つや二つで商品を物色するくらいなら問題ないはず。そんな考えのもと、先ほどまでの警戒は投げ捨てて王都を回ることを決める。


 とはいっても、大好きなスイーツを目にすると歯止めが利かなくなるため、そちらは依頼を終えた時の自分へのご褒美として我慢する。代わりに近くにあるお店、仕事で使うためのメイク用品など変装するための道具を見て回る。仕事道具としてあまり古い物を使ってもよくないので、適宜最新の物は入念にチェックしておく。


 そうして遊びなのか仕事なのかわからないお店巡りをしていると、日も傾いてくる。あと一つくらい見たら帰ろうと思い、目についたアクセサリーのお店へと入った。


 店内はお世辞にも広いとはいえなかったが、商品が綺麗に棚に並べられていた。休日の王都にも関わらず人がまばらにしかいないため、そこまで有名なお店ではないのかもしれない。


 そんな数少ない人の中にエリーゼが見知った人物がいた。イクスだ。普段の制服とは異なって軽装に身を包んだ彼は、どこにでもいる普通の青年だった。彼はどのアクセサリーを買おうかと迷っているように見える。


 ふと思い立って、エリーゼは彼へと近づいた。


「誰かへの贈り物?」


 フードを被っている上に、ソフィアのものではなくエリーゼ本来の口調で話しかけたためバレる心配はない。


 急に話しかけられた彼は、声の主を見て目を丸くしていた。ローブを被った明らかな不審人物で、しかも聞こえてきた声が女性のものだったのだから。


「あ……あぁ。来週婚約者の誕生パーティがあって、彼女に何を贈ろうか考えていたんだ」


 なるほど。ヒルダが言っていたパーティとは、彼女の誕生日パーティのことだったのか。


「それは素晴らしいね。もしよかったら、その婚約者がどんな人か聞いてもいい?」


 すると、彼は少し照れ臭そうに話し始めた。


「彼女はキツイ言葉を使うし、周りから傍若無人だと勘違いされやすいんだ。だけど、本当は彼女は寂しがり屋で優しい一面を持っているんだ。そんな彼女だからこそ私は愛しているし、彼女を守らなければと思ってるんだ」


 やはりというべきか、彼はヒルダのことを想い続けていたいたようだ。


「その婚約者はあなたみたいな人に想われて幸せだね」


「彼女もそう思ってくれてれば嬉しいが……」


 ここまで強固な気持ちがあったからこそ、度重なるエリーゼの仕掛けがすんなりいかなかったのだと理解した。


 というか、この言葉聞かせてあげたら依頼終わりそうなんだけど……。わざわざ苦労してまで婚約破棄をさせなくてもよくない? ここまで想っている人物の心から引きはがすのすごく面倒くさいし……。


 エリーゼとしては今からでも依頼を破棄したいと思っている。けれど、プロとして一度受けた以上、依頼を取りやめることはない。この先どうすべきか、エリーゼは悩んでいた。


「声からすると女性だろうか? よければどういったものを贈ればいいか、参考に教えてもらえないだろうか?」


 そんなエリーゼの葛藤も知らず、イクスは贈り物の相談をしてくる。


「そうだね……。例えばこれなんてどう?」


 エリーゼが手に取ったのは、ダイアモンドがはめられたネックレス。


「きっとあなたたちに似合うんじゃないかな」


 彼にネックレスを渡す。彼はそれを手に持ち眺めている。その心中では、彼女に似合うかどうかを考えているのだろうか。


「時間だから、そろそろ失礼するね」


「わざわざ教えてくれて感謝する」


「いえ、お気になさらず」


 大したことないと彼に告げ、エリーゼは店を出た。


 彼がどうするかわからないが、先ほどの様子だとあのネックレスを購入するのだろう。


 ダイアモンドの宝石言葉は『永遠の愛』。二人の変わることのない関係を願うものだ。


 エリーゼとしても二人の関係を壊したいとは思っていない。自分から依頼を破棄できない以上、ヒルダが依頼を取り下げることを期待するしかない。彼のさっきの話だと、来週の誕生日パーティの贈り物ということ。ならば、そこまで待てばヒルダも彼の愛に気付くことができるはず。


 自分の手によってダイアモンドを粉々に砕けさせないためにも、エリーゼはしばらく静観することを決めた。

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