ファーストコンタクト
まずは人物分析ということで、数日間はケインの人となりを観察していた。その結果、得られた情報からエリーゼは彼のことを次のように理解する。
まずは優等生であること。これは依頼者ティアナからの情報通りで、彼は学園内で優秀な人物であった。そして、他人に優しく、困っている人を放っておけない。表でいい人ぶるような人物は大体こんな感じなので、エリーゼとしてはわかりやすくて助かる。
もう一つは、女性に対してモテたい・褒められたいといった願望が強いところ。彼の承認欲求は他の貴族に対してのものと考えていたが、どうやらそれだけではなく、男性としての願望・欲望は人並みにあるようだ。
しかし、他の女子はケインのことをカッコいいと思うけど、恐れ多くて近づけない。そんな風に扱っているせいで、彼としては自身の欲を発散することができていないようだ。なら、エリーゼのすることは簡単だ。女として彼の承認欲求を満たしながら、彼を支える。そんな一歩引いた立ち位置に収まれるよう仕掛けるだけだ。
学園で受ける授業の一つに、王国の歴史を学ぶ王国史というのもがあった。この授業は普段の教室ではなく別の教室で行われるため、授業のために移動する必要がある。その際に、座る席は自由である。
エリーゼは教室に入りケインの姿を探す。やがてすぐに見つかり、幸いにも今回は隣に誰もいないことを確認。彼女はそれとなくケインの近くへと着席する。その状態で待っていると、やがて教師が入ってきて授業が開始された。
「教科書の93ページを――」
授業を進めていく中、教科書を見るように教師から言われる。
――よし、このタイミング。
エリーゼは鞄の中を探し、教科書が見当たらないことを確認。すぐさま困った表情を作る。そして、周囲に対して本がなくて困ってますとわかるように、戸惑った仕草を見せる。あからさまに見せつける。
「よかったら、一緒に見るかい?」
すると、横から誰かに声をかけられる。この場所に座ったのは意図的なため、横に誰がいるかなんて見なくてもわかる。声の方を向けば、教科書を指し示しているケインの姿があった。
よし、釣れた。
「あ……、ケイン様……。よ、よろしいのでしょうか?」
「ああ。ヘレン嬢がよければだけどね」
「わ、私は大丈夫です……」
ケインが近寄ってきて、教科書を見せてくれる。お互いに肩が触れるかどうかの距離。恋愛をしたことのないヘレン嬢にとって、ここは初めて男性である彼を意識する場面。
自然な素振りで彼の横顔を眺める。
「ん? 僕の横顔に何かついているのかい?」
「い、いえ……」
彼の顔を見ていたことに気づき、恥ずかしそうに視線を教科書に戻す。
――どうよ、この完璧な流れ。
ケインには、きっと恋愛にウブな女性としての印象をつけられただろう。その証拠に横目で彼を少し見れば、微笑ましそうな顔をしていた。
授業は何事もなく進んでいく。
「あっ……」
教科書をめくろうとして、ケインと肩が触れることがあった。彼の顔を見れば優しそうに微笑んでいて、直視することができずにすぐ顔をそらす。
また、時折彼を意識してますアピールとして、チラチラと彼の横顔を見ていた。その内の何度かは、彼と視線が合う。その度に恥ずかしそうに視線を教科書に戻す、といった作業を繰り返した。
「よし、ここまで」
授業の終了を告げる鐘の音とともに、教師が終わりの言葉を告げる。周りは授業から解放されて、教室から出ていく者や残って友人と話をする者たちがいた。
それはケインも同様で、教科書などを片づけて教室から出ようとしていた。
「あ、あの……」
「ん? なんだい?」
そんな中、エリーゼは彼を引き留める。
「き、今日はありがとうございました」
「なに、気にすることはないさ。僕以外でも皆同じことをしただろうからね」
「い、いえ。そんなことありません。ケイン様みたいな優しい人、私にとって初めてです」
どんだけ箱入り娘で人生経験少ないんだよ、と内心で言葉を口にしながら一人でツッコミをする。
「ふふ。まぁ、君にそう思ってもらえたならよかった」
と彼は、褒められて満更でもないようだった。
「困ったことがあれば、また僕を頼るといいさ。じゃあ」
そう言って、華麗に去っていく。
「ケイン様……」
それを憧れの目で見つめるヘレン。彼の姿が見えなくなるまで、それは続いていた。なお、すでに周囲から人は消えている。
誰にも見られてないとわかるや否や、エリーゼは表情を気だるげなものへと変化させた。
とりあえず、これで初期の好感度稼ぎは十分かな。
成果としては上々だったが、脳内ピンクの人物を演じているせいで少し疲れていた。
まぁ、早く終わらすためにも頑張ろっと。もっと接触を繰り返して、さらに好感度を上げるぞー。
エリーゼは心の中で一人叫ぶのだった。




