ついでに利用
数日後、再び王国史の授業の日がやってきた。自由に座ることのできるこの授業は、エリーゼにとっても彼と接するには一番都合のいい機会だった。隣に座ることができれば、彼との距離を詰めることができるためだ。
そのために、エリーゼは教室を移動するタイミングを見計らっていた。早すぎればケインはおらず、棒立ちのまま待っているのも不自然なため、大人しく一人で座らなければならなくなる。反対に遅すぎれば、彼の隣に別の人が座ってしまい、エリーゼが干渉することが難しくなる。
早すぎず、遅すぎずのタイミングを見計らい、エリーゼは教室へと入る。
よし、タイミングはバッチリ。
教室には人がまだ数人しかおらず、その中の一人にケインが含まれている。静かな足取りで向かい、彼の隣を陣取る。ケインとしても隣に誰かが来れば気づく。席に座ったエリーゼの方を向き、優しく微笑んだ。
「やぁ。こんにちは、ヘレン」
「こ、こんにちは。ケイン様」
空いてる適当な席に座ったら、偶然隣に意中の人がいた。そんな風を装うため、驚いた表情を見せる。彼もこちらの表情を見て、すぐに察せたようだ。
「僕の隣に来たってことは、何か困ったことでもあったのかい?」
表情から偶然だと思っているだろうが、あえてそんなことを口にする。
「い、いえ。偶然です。私、周りを見てなくて、適当に空いてる席に座ったら……」
「僕がいたってことだね」
と白々しく嘘をつくが、彼はそんなことは微塵も気づいてないようで、顔の笑みを絶やすことはなかった。
「け、ケイン様はいつも早いんですね……」
「ん? あぁ。遅すぎるといい席が埋まってしまうからね。早めに来て場所を確保しておくことは当然のことさ」
優等生としての模範解答的な答えをもらう。
「す、すごいですね、ケイン様は……。他の人には遅れてくる人もいるのに……」
「そういう君も、十分に早い方だと思うよ」
「そ、そんな。たまたまです。ケイン様の様に、私はそんなこと意識してませんでしたから……」
教室に来るのが早い、遅いなんて正直どうでもいいけど……。
自分なんてまだまだであなたの方がすごい――と、どうでもいいことでも取り合えず褒めておく。
そうして教師が来るまでの間、他愛もない会話を続けていく。何が得意で何が苦手か。好きなもの嫌いなもの。会話の種になりそうなものはなんでも使っていく。しばらくすると教師が入ってきて、好感度上げが終了した。
こうしたことを繰り返し、少しづつ彼との距離が縮まった。その証拠に、最近は授業を受けるために教室へ行くと、彼はこちらの姿を探している。恐らく、誰かが入室するたびに確認しているのだろうと思う。そんな行動は、相手のことを意識していないと普通しない。
彼の挙動が変わったせいか、周りも少しづつケインに近づくエリーゼのことを認識しだしていた。見ているだけだった憧れの男性に近づいている人物がいると。いきなり現れた人物に、横やりを入れられるわけにはいかない。そう思ったのだろう。
とある日の昼頃。昼食を取りに食堂へ向かったエリーゼに絡んでくる女子たちがいた。名前も知らないモブ三人。いつぞやの光景を思い出すようだが、今回エリーゼは何もしていない。彼女たちが勝手に動いていた。
あー、丁度よさそう。せっかくだし、利用させてもらおうかな。
エリーゼは彼女たちと相対することを決める。
「あなた。最近ケイン様に近づいているそうね。一体どういうつもり?」
「え……。その……」
「一人だけ抜け駆けしようなんて、いい根性してますわね」
「わ、私は、そんなつもりじゃ……」
「言い訳は結構ですわ」
モブの内一人が近寄ってくる。
「ケイン様は素晴らしいお方です。あなたのような方が近寄るべき人ではありません」
「で、でも……」
「あなた、ここまで言ってもまだわからないようですね。頭の方もあれでしたか……」
三人からクスクスと嘲笑が漏れる。エリーゼは何も言い返さない。むしろ、落ち込むような仕草を見せる。何故なら――
「君たち、こんな場所で何をしているんだい?」
声とともに現れたのは、今しがた話題にしていたケイン本人だ。
エリーゼは気づかない振りをしていたが、ケインが食堂で食事を取っているのは確認済み。どうやって近づこうか考えているところ、急に絡まれたのだ。ならば、後は成り行きに任せれば勝手に事態は進むというもの。自分に近づく足音が聞こえてきたので、これ幸いと落ち込む様子を見せていた。
「け、ケイン様!?」
三人がケイン本人を見て驚いていた。
「三人がかりで一人を責めるのは、あまり美しくないよ。君たちの品位を落とさないためにも、これ以上はやめておくべきだと思うが?」
「っ! ……ケイン様がそう言うなら」
三人は彼の言葉に仕方なくといった感じで、エリーゼから離れていった。
「災難だったね、ヘレン」
「あ、ありがとうございます。ケイン様……」
「友人が困っているんだ。当然だろう?」
「け、ケイン様にとっては当然でも、他の人にはそうではない、です。周りの人は、見ているだけ、でしたから」
お前が凄いんだぞとヨイショしておく。そのおかげか、彼も少し誇らしげにしていた。
「で、でも、ケイン様にご迷惑だったのでは?」
「そんなことないさ。僕にとって君は大切に思っているからね。ただ――」
彼は一度周囲を見回す。
「君が僕と仲がいいことを、良く思わない人たちがいるようだね」
そりゃそうだ。婚約者いるのにあんた何してんだと思うよ、普通。
婚約者を放っておいて他の女性にうつつを抜かすなど、浮気以外の何物でもない。ただ、彼にとってはそんなこと関係ないようで、女性含めた他人は自分を敬うべきという考えが根底にあるのだろう。そのため、女性が惚れるのは当然のことと思っているに違いない。
「そうだ、いいことを思いついたよ。今度パーティを開くんだが、よかったら君も参加しないかい?」
その言葉に周囲はざわつく。女性側がしつこく言い寄っていると思っていたため、ケイン側から誘うのは予想していなかったようだ。
「パーティですか?」
「ああ。素晴らしいパーティだから、きっと君も気に入ると思うよ」
「私なんかが……ですか?」
「もちろん、君だからこそだよ! どうかな?」
自分には似合わない。でもケイン様がいるなら……。内心でそんな葛藤をしているような表情を見せる。そして、少し悩んだ後、彼に決まりきった答えを返す。
「は、はい……」
当然のオッケー。
「ふふ。きっと君を退屈させることはないから、安心してくれていいよ」
そんなことはどうでもいい。問題なのは、パーティを退屈させないためのそのお金は、婚約者のティアナにとっても、領地の民にとっても大事なお金だということ。それを当然の如く湯水のように使おうとする考えは許されることではない。
なら、せいぜい楽しませてもらおうかな。
どうせ使うならせいぜい利用させてもらおう。内心ではほくそ笑んでいるエリーゼであった。




