第41話 帰ってきた、お嬢さま。
「リクウィエル殿下。どうか、今は剣を収め、かの地にお帰りいただけませんか」
優雅な足取りで、お嬢さまが近づいてくる。
「殿下がリュリと出会うのは、二年後。それまでは、彼女に干渉しないでいただきたいのです」
「……ほう。それが『戦乙女と蒼き炎』の筋書きだからか」
「いいえ。筋書きだけではありませんよ。このままだと、殿下の本懐を遂げることが出来ない。だから申し上げているのでございます」
あたしを挟んで、お嬢さまが青年とにらみ合う。
何? なんの話?
間のあたしは、全く理解が出来ない。
「ふん。転生者がほざきよるわ」
え? この人、転生者って言葉を知ってるの?
「まあいいだろう。こちらも、様子見に来ただけだからな」
顎から青年の手が離れる。直前に、スルリと指で撫でられたけど。ぞわわ。
「帰るぞ、ユーイン」
次の瞬間には、青年はグッタリした子どもを抱えていた。
「すみません、殿下……」
「構わないさ。乙女の姿を見ることも出来たしな」
宙に浮かんだ青年――リクウィエルから、また意味ありげに見下ろされる。
「それでは、二年後に。また会おう、乙女よ」
ニヤリと笑いだけを残して、青年たちが闇とともに消える。
同時に、辺りが色を取り戻し、半分瓦礫となった元の場所に立っていることに気づく。
「た、助かったぁ~」
あー、怖かった。あー、緊張した。
もーダメかと思った。
「お嬢さま……」
安心したら、目が潤んできた。
すがりつきたくって、ふり返る。
「やっぱり、リュリが二期のヒロインだったのね」
柔らかくお嬢さまが微笑まれる。
にき? ひろいん?
訳が分からず、キョトンとしていると、「その姿よ」と指をさされた。
へ? 姿?
「うえええええっ!」
悲鳴とも叫びともつかない声を上げてしまった。
だって。
「かっ、身体がっ、……ひっ、胸がっ、胸がぁっ! あわわわ、髪もっ!」
あたしの身体に胸があるっ!! きついぐらいドレスを押し上げて、存在感タップリ。手足もスラッと伸びてるみたいだし、いつのまにかほどけていた髪も、艶やかに波打ってる。
「お嬢さま、これって……」
「それが、二年後のリュリの姿ね。アナタ、続編の『戦乙女と蒼き炎』のヒロインだったの。杖とその姿が証拠よ」
オタオタと周囲を見回す。ライネルさんの手を借りながら立ち上がったミサキさまが、お嬢さまの言葉を肯定するように頷いた。
「あれが、リュリの……」
「二年後の姿……」
いや、なに呆けてるんですか、殿下、アウリウスさま。
というか、そんなにマジマジと見ないでくださいっ! ひ~、恥ずかしすぎるっ!
ポンッ……!
セルヴェの時のような、軽妙な音がした。
「きゃあっ!」
小さな光に包まれ、一瞬で消える。
「あ、戻った」
ルッカさまが呟く。
プシュン。そんな音が聞こえてきそうなほど、簡単に身体が縮む。杖も消え、胸も消えて、元のリュリに変身する。
さほどのふくらみもない胸に安心するべきかどうか。女の子としては、結構フクザツ。真剣に悩みそう。
「さて、皆さま。そろそろ帰りましょうか」
パンッと手を鳴らして、お嬢さまが空気を変えた。
「お話ししたいことはたくさんありますが……」
なんだろ。ガラガラと音がする。
「ここ、崩れますわよ」
ニッコリと笑うお嬢さま。見れば、周囲の瓦礫が所々崩れ落ちてきてる。
ひいいぃぃっ……!
あわてて皆で脱出を試みる。
オーウェンさまに案内されたのは、まだ無事だった、神殿の一角。遠方からの参拝客が泊まるための宿坊。そこの寝台に、弱っていたミサキさまを寝かせる。ミサキさまは、体力的にも限界だったのだろう。横になると、そのまま深い眠りに落ちてしまわれた。
聖獣さまが、彼女に囁くように息を吹きかける。
「これでもう心配ない。しばらく眠れば、元通りになる」
その言葉に、ライネルさんがホッと胸を撫でおろした。心配してたんだな、ライネルさん。ずっと、ミサキさまに寄り添ってたし。
ミサキさまを起こさないように、ライネルさんを残して、話しをするのは、食堂でということになった。
さっきのあの事件で皆、逃げ出しているんだろう。広い食堂には、誰もいなかった。
その片隅に座られた皆さまのために、勝手にお借りした茶器で、お飲み物を用意する。それほど高級そうな茶葉ではなかったけど、一服するにはそれでじゅうぶんだった。
殿下とお嬢さまが向き合って座る。殿下の両隣にはアウリウスさまとレヴィル先生。お嬢さまの隣にはイェルセンさま。なぜかちゃっかり座ってる。オーウェンさま、ルッカさまも殿下と同じ側に。聖獣さまは、いつものようにポンッとリスに戻って、あたしの肩が定位置に。
「さて。どこからお話ししたらよろしいのかしら」
お嬢さまが切り出した。
「皆さまは、ここがわたくしの知る『ゲームの世界』だということは、ご存知ですわね」
「ああ、リュリの持っていたメモから。信じられないが、そう書いてあったからな」
代表して、殿下がお答えになった。
「わたくし、前世を思い出した時に、ミサキさまがヒロインで、わたくしが悪役令嬢の『君の瞳に恋してる』の世界だと思っていたのです」
ミサキさまが、どなたかとラブラブになることで、お嬢さまが断罪される世界。
「ですが、色々調べていくうちに、少しそれとは違う。そう感じるようになったんです。きっかけは、あの魔法具の不正取引で、ドルティニア帝国の名が出てきたからなんですけど」
「ドルティニア帝国?」
殿下とアウリウスさまが顔を見合わせる。
「ええ。『君の瞳に~』の時、あの帝国は表立って動くことはありません。だって、あの帝国は、二作目の『戦乙女と蒼き炎』のために創作された国。一作目の時間軸で動くなんておかしいと思いましたの」
………………? あたしには理解できない。でも、皆さまは真剣に聞いていらっしゃる。
「そこでもう一つ思い出したのが、『蒼き瞳のアンジェリカ』には続編があって、今いるこの世界は、その続編が始まる手前、二年前の世界なんじゃないかしらって思い至ったんですの」
「二年前の世界……」
「ええ。他にも、リュリの危機を殿下が知らせてくださったでしょう? ローゼリィが謂れのない罪で断罪されかかっていると」
「ああ、そうだな」
「それと、聖獣さままでリュリの元にいる。本来なら皆さま、大なり小なり、ミサキに好意を持っているはずなのに、そうなっていない。ローゼリィのというより、リュリの味方になっている。そこに確信を持ちましたの。もうすでに、二作目の世界が始まっているんだって」
「あの、それは、どういうことですか?」
ついていけないあたしは、口を挟んでしまった。
「つまりね。二作目で、『攻略対象者』は全員、アナタに好意を抱くようになるの。二作目は、アナタが『攻略対象者』とラブラブになって、ドルティニア帝国に巣食う闇と戦う物語なのよ」
「うええええっ! あっ、あたしがですかっ?」
「そ。正確にはあと三人、対象者が増えるわ。さっきの帝国の二人もその対象者よ」
「そっ……、まさかっ!」
あの、こわ~い人たちが?
「アナタは、第二のヒロイン。正確にはヒロインの卵。わたくしも気づかなかったけど、二年後にはヒロインとなる存在だったのよ。だから、皆、前作ヒロインになるミサキではなく、アナタに好意的だった。そう考えれば、辻褄が合うわ」
つまり、今この世界のヒロインは、ミサキさまではなく、あたしってこと?
「えっ、じゃ、じゃあ、あたしがお嬢さまを断罪しちゃうんですかっ?」
ミサキさまがやろうとしたように。
「それはないと思うわ。というか、リュリ、アナタそんなことするつもり、ある?」
「いいえ、全くっ!」
即断即決。完全に、全面否定。
「二作目はね、そんなことやってる余裕がないくらい、スゴい物語展開だから」
悪役令嬢なんて発生する隙すらないのよ。
お嬢さまは話の区切りに、お茶をすすられた。隣に座られたイェルセンさまは理解されているらしく、お嬢さまと視線を交わし合って、笑顔を向けられた。
その優雅なお姿を眺めながら呆然とする。
あたし、とんでもない立場にいるようです。
――――――
第四十一話です。
帰ってきたウ○トラマン……もとい、お嬢さまの回。
一作目の悪役令嬢と、二作目のヒロイン。リュリは二作目ヒロインですが、転生者ではありません。ゲーム世界で主役的存在だからって、転生者でなければいけないことはないと思います。逆に言えば、転生してきてるローゼリィやミサキのほうが特殊な存在なんだと。
だって、……ねえ。普通、世界の未来は決まってないでしょ!?
それなのに、この先どうなっていくのか、人の感情まで知ってるなんてブキミじゃない!? 世界は、あくまでゲームに似ているのであって、ゲームそのものではないのです。だから、言ってしまえば、お嬢の心配していた断罪だって、絶対起こるものではないのですよ。
ちょっとややこしい話かも。
これからもよろしくお願いします。




