第40話 歌よ、響け。澄み渡った空に。
歌、歌、歌……。
歌って言われても、何を歌ったらいいんだろう。
と思ってたら、オーウェンさまが曲を奏で始めた。
あ、これ、この間のと同じ、女神を讃える歌……。
「思いを込めて歌えば、大丈夫ですよ」
そっか。あの時、歌を歌うことで、不思議な力が暴走したんだっけ。
音に集中して歌いだす。
この世界を創造してくださったことに感謝の祈りをこめた曲。この先の未来も、その祝福を賜ることを願い、慈愛深き女神の恩寵がいつまでも続くことを祈る。
目を閉じてその曲を聴けば、まるで天上にいるかのように錯覚してしまう。目の前には、慈しみ深き女神ルビーニア。女神さまがあたしのお母さまだなんて恐れ多すぎる。女神さまは女神さま。この世界の偉大な創造主。
空に、海に、大地に。木々に、水に、風に、炎に。女神さまのお力は、この世界のすべてのものに宿る。その恵みを受け、鳥は歌い、花は咲き、人は癒される。
お願いです。
今は、その慈しみ深きお力をあたしにお貸しください。
祈り、歌うあたしの前に、キラキラ光る水のようなものがあふれ出す。
女神のお力だ――――。
そっと両手ですくい上げることで、それを確信する。
指の隙間からこぼれ落ちる、光の雫。
口元に寄せ、軽く息を吹きかける。
歌に合わせて広がるように。世界に女神の慈愛が満ちるように。
光は歌に乗って広がっていく。真っ暗な闇だった世界を、払暁の光が白く染めていく。
闇は蠢き、抵抗する。けれど、光は消せない。歌とともにいくらでもわき起こり、闇を打ち消していく。
「ヤメロオオォォォッ……!」
闇から叫び声が上がった。
その声に驚き、目を開けると、そこにあったのは、わずかな闇をまとわせて苦しむ子どもの姿。さっき見たような余裕はない。額を押さえ、肩で息を荒く刻んでる。
「何が女神だ。慈愛深きだっ! ぼくたちを見捨てたクセに、偉そうにっ!」
ハーハーと、呼吸の合間に呪いのような声で叫ぶ。
「呪われた土地、忌まわしき一族と言われたぼくたちを、アイツは見捨てたんだ! ぼくたちに自分の後始末を押しつけて、のうのうと創造主なんて地位に居座ってっ! 女神なんて、大っ嫌いだっ! あんなヤツの創った世界なんて滅びてしまえばいいっ!」
こちらを睨みつける目だけが、ギラギラと光る。
その昏い激情の炎のような瞳に、思わず足がすくむ。
「……勝手なことを言うな」
アウリウスさまの剣が、容赦なく振り下ろされる。
ギリギリのところで、子どもがその刃を受け止めたけど、さっきのような余裕は感じられない。
ジリジリと、剣先が、子どもの身体に近づいてく。
「女神に対する文句は、女神に言え」
一気に形勢が逆転した。
殿下とルッカさまがアウリウスさまの加勢に走る。聖獣さまがその咆哮で、残った闇を払っていく。
「ミサキッ、しっかりしろっ!」
闇から解き放たれたミサキさまの身体を、ライネルさんが受け止める。
「ライネ……ル……」
微かだけど、ミサキさまの声も聞こえた。その声に反応するかのように、ギュッと抱きしめるライネルさん。レヴィル先生は、そんな二人を守るように、魔法具を構え直す。
「さあ、リュリ。アナタの力で、あの子どもを憎しみから解き放ってあげてください」
「えっ? あたしの力!?」
オーウェンさまが頷いた。
「人を、世界を憎んで生きるのは辛いことです。ドルティニア帝国の実状は厳しい。でも、だからといって、その恨みを晴らすために、無辜の人々を巻き込むことは間違っている」
優しいオーウェンさまに似つかわしくないほど、厳しい言葉。
「その杖で、闇を、苦しみを終わらせてあげてください」
…………杖?
「って、えええええっ?」
なにこれ、ナニコレッ!
いつの間にあたし、杖なんて持ってたのっ?
手のなかにあったのは、光り輝く白い杖。杖の先には、月と星の意匠。そこから、杖に沿って雫が流れ落ち、手元のあたりには、小さな花が咲いてるといった装飾つき。神官さまたちが持つような司教杖みたいな威厳はないけど、神々しさを感じる杖。
さっき、光をすくい上げたような感覚があったけど、まさか、それが、この……。
「リュリ。頼みます」
いや、頼みますって。
どうしたらいいの?
代わりにやってよ! って言葉はかろうじて飲み込む。
とりあえず、さっきみたいに、目をつむって、集中して……。
「……闇に囚われし、小さき魂よ。この慈しみをもって、その闇より解き放たれんことをっ!」
杖の先から光があふれる。
その光が吸い込まれるように、子どもに向かって飛んでいく。
バシイィィィッ……。
光が何かにぶつかる衝撃音。
「そこまでにしてもらおうか。女神の娘よ」
光を受け止めたのは、わずかな闇から姿を現した青年。片手で受け止められた光は、そのままギュッと握りつぶされた。
「…………っ!」
一瞬のうちに、青年が目の前に肉薄する。
「リュリッ! ……グッ!」
オーウェンさまが、見えない手によって弾き飛ばされた。駆け寄ろうとした殿下とルッカさまも、そのまま動きを封じられた。
「オーウェンさまっ!」
「ふうん。これが、『女神の娘』か。ウワサに聞いていたが、まさか、本当にいたとはな」
子どもによく似た褐色の肌。グイッと顎を持ち上げられ、金色の瞳で見つめられる。
「ここで、殺しておいた方がいいのだが、……それを許す気はないようだな、悪役の」
クッと、青年が喉を鳴らした。
彼の背後から、喉元に突きつけられた短剣。
肩越しに見えた、その冷たく殺気立った目は……。イェルセンさま?
「ええ。リュリを今殺されては、物語が破綻いたしますから」
えっ?
なんか、この場にふさわしくないほど優雅な声音。
まさか、まさか、まさか。
驚き、軽くふり返る。
「遅くなってごめんなさいね、リュリ」
あたしの少し後ろ。そこに立っていたのは……。
「お嬢さまぁっ!」
第四十話です。
まだまだ続く戦いの回。
何を得物にして戦いに臨むのか。結構悩みました。アウリウスは、剣でガンガン行きそうだよな。オーウェンは竪琴。レヴィルは魔法具を駆使しそう。殿下は剣と魔法のバランス型かな。セルヴェスティは聖獣らしく、火を吹く……!?(まぶしいデシと、熱いデシ)
ってなると、リュリ自身は何を持てばいいんだ!? そうだ杖だ!! 魔女っ子っぽいじゃん!!
と、訳の分からん理由で杖を持たせました。でも、リュリって使い方わかんなくて、「えーいっ!!」ってタコ殴りしにいきそうだよな。うん。悪者が改心するまでポカポカ叩くの。
これからもよろしくお願いします。




