第39話 闇色の子ども。
「やあ、よく来たね、女神の娘」
闇の中に浮かぶ子どもの姿。何もないはずの空間に、足を組んで座ってる。
「きみのことだから、この聖女さまを助けに来るって思ってたよ」
その言葉と同時に、磔られたように両手を吊るされ、グッタリとうなだれたミサキさまの姿が闇から現れる。
「ミサキッ……!」
「おっと、勝手に近づかないで欲しいな」
一歩踏み出しかけたライネルさんを、子どもが牽制する。
「この聖女さまを闇に染めるの、意外と楽しかったんだよね」
クックッと子どもが笑いながら、ミサキさまの顎を持ち上げる。そのキレイな顎を撫でながら、こっちの様子を目の端で見て、頬を歪める。
「クソッ……!」
ライネルさんの声が苛立つ。
「ちょっとこの国の様子を見に来ただけだったんだけどさ。聖女が女神の娘を断罪しようとしてるんだもん。こんな面白い見世物、他にないよね」
ミサキさまを人質にとられている限り、あたしたちは動けない。剣を抜いたままアウリウスさまが、悔しそうに歯ぎしりをする。
(なんでこんなことに……)
状況がつかめない。のみこめない。
朝、聖獣さまが行く先として示したのは、昨日、あたしが断罪されかけた神殿の異端裁判所の跡だった。聖獣さまがあたしを助けるために開けた天上の穴はふさがっておらず、ぶっ壊した壁とともに、瓦礫となって散らばっていた。
人の気配のない空間。
頭の上には、瓦礫の間からのぞく青空があったはずなのに、空気は異様なまでに張り詰めていて、刺すように冷たかった。
こんな場所に、ミサキさまが?
あたしが質問しようとするより早く、辺りは一面黒い靄に取り囲まれてしまった。
そして現れたのが、この子ども。
漆黒の髪、褐色の肌。そして金色の瞳。
どう見ても味方じゃないよ、敵だよっていう容姿。
さっきから、ずっと背中にピリピリと電気が走っているような、イヤな感じが続いてる。
「……神官長は、どうした」
感情を押し殺した声で、殿下が問うた。
「神官長……? ああ、あの欲に肥え太ったオッサンね。もう用がないから、適当に捨ててきた。魂だけは、黒竜さまに捧げといたけど」
「ひっ……!」
その言葉に、思わず息を飲む。
「ああいう薄汚れた魂は、正直美味しくないから、いらないんだけどさ。せっかく手に入れたんだから、有効活用しなくちゃね」
「貴様っ……!」
にこやかに答える子どもに、アウリウスさまの剣先が向けられる。
「そんな怒んなくてもいいじゃん。あのオッサン、魔法具をうちに横流ししてた張本人なんだぜ?」
「うち?」
「そ。ぼくの故郷、ドルティニア帝国。これから魔法具を戦争に使われるかもって心配よりも、売ったお金が手に入ることの方が大事だったんだもん。それに、自分に捜査の目が向けられないように、えーっと、なんだっけ? なんとか公爵って人の領地で取り引きまでしてさ。それで聖職者かって、ぼくが言うのもなんだけど、……笑っちゃうよね」
笑えない。
そんな闇取引があったせいで、お嬢さまは、あやうく断罪、処刑されてしまうところだったんだから。
それに。
「だからって、人の魂を……」
暗黒竜に捧げたの?
悪い人だって、ちゃんと罪を認めさせてそれなりの罰を与えれば済むことだ。なにも、魂を抜き取る必要はない。
「何を怒ってるんだよ、女神の娘。悪いヤツはやっつける。それが正義なんだろ?」
悪びれる様子もない。
「そうだ。この聖女もさ、アンタをハメようとしてたんだし、悪いヤツってことで、魂、もらって行ってもいい?」
「なっ……!」
「聖女の魂。きっと暗黒竜さまもお喜びになると思うんだけどなあ」
「……言いたいことはそれだけか?」
すぐ脇で、風が起こった。
次の瞬間、アウリウスさまが闇の子どもに肉薄していた。風は、彼が残した跳躍の痕跡だった。
「うわっ、イキナリだなっ!」
子どもが見えない楯で、その一撃を受け止める。
剣が弾かれるが、すぐに体勢を立て直し、二撃目、三撃目を加える。
それを合図に皆さまが一斉に動いた。
ライネルさんと、レヴィル先生がミサキさまの救出に向かう。
「ちょっと、人の獲物を奪うなよっ!」
アウリウスさまの攻撃を受け止めながら、子どもがライネルさんたちに手のひらをかざす。
聖獣さまは、その咆哮で、くり出された炎を打ち消す。
「ミサキッ、しっかりしろっ、ミサキッ!」
ライネルさんが、必死にミサキさまに呼びかける。
「ラ……イネ……」
レヴィル先生と二人がかりで、ミサキさまの腕を縛る闇を壊そうと奮闘している。
皆さま、作戦通りなんだろう。行動に迷いがない。
「まったく、反抗的だよな、人間ってさ」
アウリウスさまと聖獣さまの攻撃をものともせず、闇の子どもが笑う。
防御にまわる、その間を縫うように、こちらに向かって氷の刃をくり出した。
大量のツララッ……!
その数に、聖獣さまの防御が間に合わない。
ガキィイイン……!
「まったく、ボクたちがいなければ、串刺しだったね、リュリ」
思わずしゃがみこんでしまったあたしの目の前には、ナディアード殿下と、ルッカさま。手にはそれぞれ剣が握りしめられている。
「きみのことは、僕たちが守るから、リュリ、きみはアイツを倒す方法を考えてくれ」
「はっ、はいっ!」
殿下やルッカさまを盾にしていいわけじゃない。
「リュリ、私たちもやりますよ」
オーウェンさまの言葉に、大きく頷く。
でも、何をどうやったらいいんだろう。
女神の娘とかなんとか言われても、具体的な方法が思いつかない。
剣も、魔法も使えないあたしの攻撃……。
ポロン……。
オーウェンさまがつま弾く。
「歌を。リュリ」
え? 歌?
「あなたの歌には、それだけの力があります」
第三十九話です。
戦え、リュリッ!!の回。
バトルシーンってさ、難しいよね。うん。今回、ものすごく痛感しました。
映像があれば楽なのに、文章だけでそれを説明しようとすると……。そういうのをワクワクさせるような勢いで書ける人を、マジで尊敬します。こういう部分だけでも三人称にしておけば、もう少し書きやすかったのに。
ずっとリュリ目線だからなあ。(たまにアウリウス目線が混じってるけど)
これからもよろしくお願いします。




