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第25話 ラストダンスは、お手やわらかに。

 「え? ルッカさま、あたし、下手ですよ?」

 「言われなくても、知ってる」

 あ、そうですか。

 ルッカさまが近づいてきて、ムーンストーンのネックレスを外された。光があたしを包み、元のリュリに戻る。ちょっとドレスとちぐはぐなあたしの18歳の姿。

 「ここでなら、誰の人目も気にしないで、リュリとして楽しめるだろう? ボクもあまり上手じゃないから、殿下やアウリウスさまほど楽しめないかもしれないけど」

 「え、そんなことないです」

 ルッカさまの腕前も知らずに否定した。

 お嬢さまとしてではなく、リュリとして。ダンスを申し込んでくれる、その心づかいがうれしい。

 ホールの真ん中で、シャンデリアの灯りの下、みんな注目を浴びて踊ることは出来ない。

 けど、ここにはリュリにダンスを申し込んでくれる人がいる。風に乗って音楽も流れてくる。その手を取って踊り出せば、そこは、リュリのために設けられたダンス会場になる。

 ルッカさまのダンスは、殿下のような優雅さも、アウリウスさまのような派手さもない。ぎこちなく身を寄せ合って、右へ左へ少し身体を揺らすだけだ。

 でも、楽しい。

 「ありがとうございます、ルッカさま。あたし、アウリウスさま以外、誰も誘ってくださらなかったので、少し寂しかったんです」

 これは本当。

 殿下と踊ったあと、広間にいた紳士たちは、誰もダンスに誘ってくれなかった。アウリウスさまと踊った後も、誰も話しかけてこなかった。

 舞踏会は、次々に男性からダンスを申し込まれるものだとお嬢さまから伺っていたから、ちょっと落ち込んでいた。ミサキさまだって、殿下とのダンスの後には、ほかの殿方からダンスを申し込まれてたし。

 「あー、それな」

 ルッカさまか、軽くため息をもらした。

 「殿下が、いらない虫よけをつけたからだ」

 「虫よけ?」

 ルッカさまがご自身の頭をトントンと叩いた。

 「その髪に飾った花だよ。その花、殿下の胸に挿してあるのと同じなんだ」

 え? そうなの?

 おそろいの花をそれぞれ身に着ける。それは互いに想い合っている証で、となると、他の男性はあたしに声をかけづらくなる……ということだろうか。

 想い合ってる二人の間に入って、あたしに声をかけるのは野暮。多分、そんなルールめいたものが、舞踏会にはあるんだろう。

 「アウリウスさまみたいに、無視してダンスに誘う人もいるけどね」

 「アウリウスさまは、お嬢さまのために誘ってくださっただけですよ」

 おそらく、それ以上の思惑は含まれていない。

 「……どうだろうな」

 え?

 呟きが小さすぎて、聞き取れない。

 それどころか。

 「きゃああっ!」

 勢いよくグルンッと一回転させられた。

 「ははっ。やっぱりリュリのステップはメチャクチャだ」

 笑わなくったっていいじゃないですかぁっ!

 ムッとすればするほど、ルッカさまが屈託なく笑う。

 もうっ! と思わないでもないけど、そのうちどうでもよくなって、あたしも笑う。


 「代われ」


 広間に通じる階段の方から、短く告げられた声。

 驚いてダンスをやめてそちらを見る。

 そこにあったのは、ゆっくりと階段を降りてくる、男性の姿。

 (誰……?)

 見知らぬ人。

 ルッカさまもご存じないのだろう。あたしをその背中にかばうように立った。

 「その乙女は我のものだ。我と踊れ、リュリ」

 目の前まで近づいてきて、スッと手を差し出される。

 「どちらさま……ですか!?」

 背の高い男性。その髪は輝くように白く長い。銀髪なのかな。暗がりだからか、純白にしか見えない。瞳は……え? 真紅?

 その珍しすぎる容姿は、全く知らないもので、多分、今初めて会ったと思う。

 なのに、この人はあたしの名前を知っている。あたしを自分のものだと言った。

 (誰? 誰なの?)

 「ダンスの途中で代われとは。かなりぶしつけな人ですね」

 ルッカさまの声にも、警戒心がにじむ。

 「お主が、勝手に我の乙女と踊っていたのだ。我が乙女を取り戻すのは、当たり前のことだろう?」

 この人から見れば、悪いのはルッカさまの方であって、自分に非はない。当然の行動だと思っている。

 「さあ、踊ろうではないか、リュリ」

 怖い。

 あたし、こんな人知らない。

 「あたし……、あなたの乙女じゃないわ」

 声が震えた。

 「何を言う。そなたの力に導かれてここにいるというのに」

 ちっ、力?

 「我を惹きつけた、その稀有な力だ。未だ無自覚のようだが、そなたには、特別な力が備わっておる」

 訳が分からない。この人、何を言ってるの?

 「走れ、リュリッ!」

 ルッカさまに手を引かれて、広間に向かって走り出す。

 早く、人ごみに紛れてしまいたい。

 「逃さぬ」

 男性が追ってくる。

 というか、見えない触手のようなものが、あたしの身体を捕らえる。

 「きゃああああっ!」

 「リュリッ!」

 ルッカさまの手が離れる。

 あたしの身体が、引っ張り戻される。

 「リュリを離せっ!」

 ルッカさまが、男に突進する。

 「―――がっ!」

 「ルッカさまっ!」

 ルッカさまの身体が、後ろに大きく吹っ飛ばされた。

 背中から地面に叩きつけられ、呻き声を上げる。

 「ルッカさまっ、ルッカさまっ!」

 必死になってその名を呼ぶ。

 「逃げ……ろ、リュ…リ……」

 「いやあああっっ!」

 捕らえられてるあたしは叫ぶことしか出来ない。

 「恐れることはない、乙女。ただ我と踊ればよいだけだ」

 そんなこと言われても、この状況で踊る気なんてさらさらない。

 なのに、グイッと身体を寄せられ、強引にダンスを始められる。

 

 「その手を離せ」


 短く鋭い言葉。

 そして男性の背後から首筋に当てられた剣先。

 アウリウスさまだ。

 「リュリッ!」

 同時に後ろから腕を引っ張られ、男性から引き離される。

 「殿下っ!」

 あたしをかばうように抱きしめる殿下の腕。

 お二人とも、庭の騒ぎに気づいて、駆けつけてきてくれたのだろうか。

 かたわらで、ジャリッと音を立てて、ルッカさまが立ち上がった。口元を拭いながら、男性を睨みつける。

 広間のほうが騒がしい。

 彼ら以外の人たちも庭の異変に気づいたらしい。

 あわてて、ムーンストーンのネックレスを首にかける。お嬢さまの身代わりのことが、バレちゃいけない。

 「……フッ。偽りの姿に戻るか、乙女よ」

 光に包まれ変化したあたしに、男が軽く笑った。

 「いいだろう。今日はそなたと踊ることを諦めることとしよう」

 アウリウスさまの剣を軽くはじき返し、あたしたちから距離を取った。

 「だがな。そなたはいずれ我を求めるようになる。その稀有な力を発現させるためには、我の助力が必要だからな」

 男の姿が揺らめく。

 「さらばだ」 

 そう言うと同時に、その白い姿が夜の闇に溶けていった。

 え? 溶けるって? え? ええっ?

 今の、幽霊かなんかだったの?

 訳もわからず、殿下を見上げる。続いてルッカさま、アウリウスさま。

 だけど、誰も理解出来なかったみたいで、男の消えた闇を凝視するだけだ。

 

 「セルヴェスティ……」


 階段の上で、ポツリと呟かれた。

 え?

 その声に驚いて見上げると、両手を祈るようにしながら、ミサキさまが立っていた。

 広間の灯りで逆光になって、表情まではわからないけど、それでも肩が震えているのは確認できた。あたしたちを見ることなく、男の消えた闇だけを見つめ続けてる。

 セルヴェスティ。

 ミサキさまが呟かれた言葉。

 それは、間違いなく彼女の守護獣の名前。

 第二十五話です。

 ラストダンス…大波乱。

 こういう波乱含みの展開が出来るので、舞踏会は好きですな。殿下のくださった花にはそういう意味があったのねー。アウリウスはなにを考えて踊ったんでしょう。そして、ルッカも。個人的には、この三人+ライネルが好きです。うっかりすると、彼らの描写しかしなくなりそうで。ヤバいヤバい。

 ってか、ラストのヤツ、ちょっとサイテーかも。ゴメンね、ルッカ。

 これからもよろしくお願いします。

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