第23話 これも「いべんと」なんですかっ!?
「ローゼリィ・カルティミラ嬢。僕と踊っていただけませんか?」
広間の真ん中を、真っすぐに迷いなくこちらへと歩いてきた殿下。優雅に胸に手を当て、あたしの手前でお辞儀する。
(あわわわっ、そんな、やめてください殿下っ!)
そう叫びたいのをグッとこらえる。
「ええ、喜んで」
精一杯の笑顔とともに、右手を差し出す。その手を優しく受け取り、殿下があたしを広間の中央へと導く。
殿下に伴われて歩くだけで、周囲の視線がいっせいにあたしに向けられる。
(うわあああっ。どっ、どうしようっ!)
緊張で強張りきった顔に、どうにかして笑顔をはりつけるけど、それが限界。
視線が気になっても首を動かす余裕はない。いや、動かせば、ギギギッと軋んだ音がするんじゃないかと思う。
皆さまが作ってくださる道の先だけを見つめて、歩いていく。というか、それ以外に顔が動かない。下手すりゃ両手両足が、なんの違和感もなく、同時に前へ出てしまいそう。
こんなんじゃダメだ。
自分でもそう思うけど、直す方法が見つからない。思いつかない。
「大丈夫だから。僕に全部任せて」
広間の中央にたどり着いたとき、殿下にそっと囁かれる。気づけば腰を抱き寄せられ、身体を殿下と密着させている。
(ひあああっ! こっ、腰があっ!)
なんて驚いてるヒマはなく。殿下があたしの右手を軽く持ち上げたのを合図に、ヴァイオリンが最初の一音を奏でる。
次に駆け出すのは、チェロの低音。同時に、殿下のおみ足。
音楽しか聞こえない大きな広間で、すべるように踊り始める。
(わわわっ……!)
ステップを間違えないように。殿下の足を踏まないように。
なんて考える余裕もなくて。
気がつけば、殿下に寄りかかるように、クルクルと身体が自然に動いていった。
アウリウスさまとの特訓の成果……、だけじゃない。
殿下が巧みにあたしをリードしていくからだ。
少しぐらいステップを間違えても気にならないように、少し強引に、それでいて倒れないように、しっかりと。
翻弄される、というのとはちょっと違う。
まるであたし自身がダンスが得意になったような錯覚を覚えるぐらい、殿下が上手なのだ。
あたしが不安なときは、しっかりと。安心しているときは少しだけ自由に。あたしのダンスをこれ以上ないぐらい華やかに、素晴らしいものにしてくれていた。
クルリと回転するときですら、動いて広がるドレスの裾の優雅さまで計算されたように。
その動きに、あたしたちのダンスを見つめる貴族の皆さまから、ため息がこぼれ落ちる。
その反応に、あたしは少しだけ自信を持って殿下を見上げる。
すると、柔らかく微笑まれ、少しだけ動きが大胆になる。
多分、ステップは滅茶苦茶なまま。でも、こんなに楽しく踊れるなんて思いもしなかった。
自然とあたしも、頬が緩む。
「きみは、いつでも、そうやって笑っていたらいいんだ」
ダンスの終わりに身を寄せられ、告げられた。
うわわっ! 胸を鷲掴みにされるよりも苦しいです、殿下っ! 胸、キュウキュウしますっ!
音楽が終わり、二人並んで、手をつないだままお辞儀をする。音楽の代わりに鳴り響く、盛大な拍手の音。
ダンスと興奮が相まって、心臓がどうしようもなくバクバクしてる。きっと今、絶対に顔赤くなってる。少し早くなった息も熱い。
「さあ、もう一曲、踊ろうか」
拍手が鳴りやむと、もう一度殿下に抱き寄せられた。
周囲でも、貴族の皆さまがダンスの用意を始める。今度は、あたしたちだけでなく、周りの方々も踊るらしい。
舞踏会のマナーとして、同じパートナーと二回以上続けて踊るのは、その人と親密な関係であると、公表するためでもある。
そんなふうに聞いたことがある。
だから、連続して踊っていいのは、婚約者、もしくは夫婦。恋人という関係だけで、二回踊るのは、少々破廉恥なことなのだそうだ。(その後に婚約発表するのなら、まあ、許してもらえるらしいけど)
だからこうして、二回一緒に踊るということは、殿下が、お嬢さまを婚約者として公言しているようなもので。間違ってもミサキさまとの婚約話を認めていないという、意思表示にもなっていて。
その行動に、あたしはホッとしていた。殿下は、お嬢さまを大切に思ってくださってる。間違っても「ふらぐ」なんかに惑わされないで、「攻略」なんてされていない。
このままいけば、お嬢さまがあれほど恐れていた「断罪」は起きない。起こせない。それがたとえ、決まった「るぅと」であっても。
二曲目の音楽も、殿下と一緒に見事に踊りきる。
またもや拍手に迎えられ、あたしも、仕事をやりきった充足感に包まれる。
「素敵だったよ」
「ありがとうございますっ!」
殿下の称賛にも素直に応じることが出来た。
さすがに、三曲目も……ということは無理なので、二人で手を取り合ったまま、壁際に戻る。
ちょっとだけ小休憩。
「お飲み物をどうぞ」
そう言って、給仕をしていたルッカさまからグラスを受け取る。
殿下に差し出されたのは、シャンパン……かな。あたしには、もちろんお酒じゃなくってレモネードだった。ま、まだ子どもだしね。
レモンの酸味とハチミツの甘さが、ダンスで疲れた身体に心地いい。
「上手に出来てましたよ」
「ま、殿下に支えられてなんとかな」
ルッカさま、アウリウスさま、それぞれのご評価。ルッカさま、お優しい。アウリウスさま手厳しい。
その評価に、殿下がクスリと笑う。殿下ご自身の、本音の評価はどうだったんだろう。ちょっとだけ気になった。
――ザワリ。
広間の貴族たちが少しだけ騒がしくなる。
あたしたちを見て何か言い合ってるんじゃない。皆さまの視線は、大階段の上に注がれている。
(誰かいるの?)
あたしも殿下も、みんなでそちらを見る。
「……ミサキさま」
大階段の上に立っていたのは、なんとミサキさま。
白いモスリンのドレスには、クリームピンクの淡いリボンがあしらわれている。襟ぐりは大きく開けられており、肩がむき出しの大胆なデザインだけど、その上から薄くオーガンジーのショールのような生地が、肌の露出を抑えている。ふんわりと結われた髪といい、まるでどこかの絵物語から抜け出してきた妖精みたいだった。
そんな彼女をエスコートするのは、親族の男性だろうか。集まった視線に、少し頬を赤らめながら、ゆっくりと階段を降りてくる。
「こんばんは、ナディアード殿下」
あたしたちに近づいてきたミサキさまが、優雅にお辞儀をした。
「殿下。我が娘は、今宵の舞踏会が、社交界のデビューと相成ります。もしよろしければ、この国の聖女に選ばれた娘に、殿下と踊る栄誉をお与えくださいませんか」
エスコートしてきたのは、ミサキさまのお父さまだったのか。やや自慢げにミサキさまを紹介してくれた。
一瞬、殿下がこちらをふり向く。
「……ええ、喜んで。聖女殿の初めてのお相手を務められるのなら、僕にとってもこの上ない栄誉ですよ」
殿下も胸に手を当てお辞儀をする。そして、ミサキさまの手を取り、広間の中央へと導いていく。
次の曲は、殿下とミサキさまが踊る。
あたしのときと同じように、殿下の腕がミサキさまの腰に回される。
満足感も疲労感も何もかも忘れて、二人を見つめる。
ねえ、大丈夫だよね。これも何かの「いべんと」で、お嬢さまが不利になることはないよね。
思わず、祈るように両手を組む。
第二十三話です。
ズンチャッチャ、ズンチャッチャ♪
ダンスです、舞踏会です。
殿下のダンスって、なんか周りにキラキラのポワポワが飛んでいそうだよなあ。なんとなく。
正統派王子さまのダンスってかんじ。そして現るライバルの存在っ!!
これからもよろしくお願いします。




