第16話 溶けて流れて、にじんで消えて。
あああああ。どうしよう。
涙目になりながら、池とその手前にいるルッカさまを見る。
髪に絡んだままの謎の存在も怖いけど、あのメモが無くなることの方が、もっと怖い。
あのメモには、これからのこと、この先どうしたらいいのかが、ビッシリと書かれていたのに。
「ギィッ、ギッ、ギッ…!」
思わず首を伸ばしたあたしの頭上で、謎の生き物が暴れる。
「あたっ、痛いっ、痛いっ!」
髪、引っ張らないでっ!
触るの怖いけど、早く取りたい。
「じっとして」
格闘するあたしの後ろで声がした。
同時に、髪から伝わる重みが消える。
「そう、そのまま。暴れると絡みついて危険だ」
男の人の声。
髪を引っ張らないように、丁寧に何かを外してくれている。
「……、よし。これで大丈夫だ」
少し髪が乱れたけれど、それでも、頭の上にあった重みが消える。
「あの。ありがとうございます」
言いながらふり返る。
「どういたしまして」
そこにいたのは、年若い青年。手のなかにいるのは、……リス?
「コイツもケガしてないみたいだな」
リスの手足を確認してから、上を見上げる。
つられて視線を上げれば、木の枝に、……猫?
あたしと視線が合うと、猫がフシャーッと威嚇の声を上げた。
あの猫に追われて、このリスが落っこちてきたんだろうか。あたしの頭に。
自由になったリスが、ピョンッと青年の手の中から飛んだ。
「ひゃあっ!」
そして再び、頭の上へ。
今度は髪に絡みつくことなく、チョコンと乗っかる。
「えっ? ちょっ、ちょっとっ!」
リスを捕まえようとするけど、スルリと逃げられる。そして今度は肩の上。
「ははっ。ソイツ、あんたのことが気に入ったみたいだな」
青年に笑われた。
木の上から猫がいなくなっても、リスがあたしから離れる気配がない。まるで昔からのあたしのペットみたいに、そこに居座っている。
(うう。気に入られても……)
困る。リスがかわいくないわけじゃないけど、今はそれどころじゃない。
あと約二か月半。お嬢さまの身代わりを立派に務めなくて……。
「あっ!」
あのメモ紙っ!
「あっ、あのっ! 助けていただいて、ありがとうございましたっ!」
もう一度、青年に頭を下げてきびすを返す。リスよりなにより、あのメモ紙っ!
あわてて池に近づいたあたしに、ルッカさまがふり返った。
精一杯頑張って拾い上げてくれたのだろう。彼の右腕がびしょぬれになっていた。
そして。
「ああああっ……!」
手のなかのメモからも水が滴り落ちている。
よく見れば、お嬢さまの文字も、にじみ、ぼやけて雫になっている。
どどどど、どうしようっ!
あたしがウッカリしたせいで、メモをダメにしてしまったぁっ!
アタオタと、意味もなくしゃがみこんで芝生を撫でる。
「……とりあえず、殿下に報告しよう」
そんなあたしの頭を、殿下と同じようにルッカさまが撫でた。
「………はい」
多分、絶対、おそらく、怒られるんだろうな。特に、アウリウスさま。また、あのこめかみグリグリをされるんだ、きっと。
いや。
こめかみだけですめばいい。
せっかく、外に連れ出してもらったおかげで軽くなった身体に、鉛よりも重いものを詰め込まれたような気分になる。
チィッ。
肩の上で、リスが鳴く。
アンタのせいだよ。リスを少しだけ恨みたくなってしまった。
「お・ま・え・は。ど・う・し・て……」
「いっ、痛い、痛い、痛いぃぃっ……」
やっぱりあった、アウリウスさまのこめかみグリグリ。
今回は、いや、今回もかなり痛い。
「まあ、そこらへんにしてやりなよ。リュリだってわざとやったわけじゃないだろうし」
乾かしてもフニャフニャになったメモ紙を持って、殿下が仲裁してくれた。
「申し訳ありません。ボクがついていながら……」
ルッカさまも一緒に謝罪してくれている。公園に出かけたのは、ルッカさまの独断だったらしい。この失態にかなりうなだれていた。
「いいよ。誰が悪いわけじゃない。不幸な事故だったんだ」
殿下は、ルッカさまも咎めなかった。
「メモの内容は、だいたい僕たちが把握している。そうだろう? アウリウス」
「……まあ、それはそうですが」
「狙われている僕たちが覚えている。それでなんとか対処出来るはずだ」
だから、そこまで落ち込まないで。
殿下は、どこまでもお優しい。
「それにしても……」
頭の上に視線が動く。
「かなり……、気に入られたみたいだね」
例のリスはあたしの頭の上で尻尾を丸めて眠っている。
ペンダントを身に着けてお嬢さまに変身しても、驚きもせずに、あたしの上に乗っかっている。
「リュリの頭を、巣かなにかと勘違いしているんじゃないのか?」
冴えない砂色だし? って、アウリウスさま、それはさすがに、ヒドいのでは?
「これから、そのリス、どうするの?」
「えっと。とりあえず、なつかれていることだし、飼ってみようかなと」
このリスのせいでと腹が立たないわけでもないけど、だからってここまでなついたものを捨てるのもかわいそうだ。
「お嬢さまのフリをするのに不都合なら、あきらめますが」
公爵令嬢にリスなんてと言われるなら、屋敷に置いてくるか、公園に帰すけど。
「いや。リスがいてもかまわないさ。小動物を愛でるローゼリィっていうのも、意外な一面を見てるようでカワイイし」
「そっ、そうですかっ」
なんか、殿下にノロケられた?
「名前、つけてあげたの?」
「あ、まだです」
そっか。いつまでも、「リス」じゃダメだもんね。
ペットなんて初めてだから、思いもしなかった。
名前、名前、なまえ……。
う~ん。
やっぱ、「リス」しか出てこないあたしの思考は貧困なんだろうか。
第十六話です。
突然の、リス。
そして、アウリウスのこめかみグリグリ。
おかしいなあ。アウリウスはもう少し、クールでツンなキャラだったハズなんだけど。なんかコミカルな方向をむきはじめたような……。
殿下は相変わらずの、優しい系キラキラキャラですが。王子さまっていうのか。
そういったキャラの特徴づけって難しいですね。
いつか、シュバリエッってかんじの騎士を書いてみたいです。(どんなかんじだよ。シュバリエ…。仏語だけど) リッター(独語)、カヴァリエーレ(伊語)じゃないんだよなあ。ナイト(英語)でもない。高潔な騎士っていう、あくまでイメージ。
これからもよろしくお願いします。




