第九話 扇子が無い(前編)
今日、三太はまた三丁目へと足を向けていた。街中を流れる川沿いには桜の木が植えられており、既に満開の時を迎えている。
桜色の花びらがチラチラと踊るように宙を舞っている、川沿いを歩く人たちは桜の木と写真を撮ったり、川沿いにあるカフェでコーヒーを飲みながら花見をしたりそれぞれが春の風物詩を楽しんでいた。
日曜日は喫茶ミケの定休日、三太も今日はオフモードで本来の猫の姿で川沿いを歩いている。目的地は白沢先生の家(正確には先生の飼い主の家)だ。本当はもっと近道があるのだが、今日は少し遠回りをして花見を楽しみながらの道中となっているわけである。
今日はあかりも大学の時の友達と花見に行くと言っていた。せっかく日本に住んでいるのだから四季の移り変わりを楽しまない手はないな、三太はそう思いながら歩くその目には落ちていく花びらが映っていた。
もうすぐ白沢先生の家なのだが少し妙な気配がすると三太は感じていた。なんというか野生の本能がくすぐられるような匂いと言うか気配がする。
三太はいつものように壁に飛び乗らず、正面の門の隙間からそうっと庭に入る、おそらく今日も縁側で日向ぼっこしているであろうと思い縁側に近づくとそこには白沢先生と人間の言葉で会話する小さなねずみの姿があった。
猫又になっているとはいえ、三太の本質は猫である。思わず三太はそのねずみに飛びかかろうとしたが、その爪がねずみに届く前に白沢先生の尻尾が目の前に伸びて動きを制された。
「おいおい三太、私の客人に乱暴な真似はやめてくれよ」
白沢先生は尻尾でネズミを守りながら言う。
「すみませんにゃ、つい本能的に体が動いて。ねずみなんかずいぶん久しぶりに見たもので」
三太は落ち着くために前足を嘗めながら言う。
猫又の妖力によるものかわからないが、喫茶ミケには全くねずみがいない。三太が猫叉になってからは三軒隣りまでねずみが全く出なくなり、「三太がいると猫いらずだね」とお父さんにも言われていた。猫に言うセリフとしてはどうかと思うが。
そんな中、急に出てきたねずみに昔の野生が目覚めてしまったのも致し方ないことだろう。
「すみません、ねずみさん驚かせて。もう大丈夫落ち着きました」
三太は頭を下げる。
「かまわねえよ。実際に飛びかかられたところで俺っちは大丈夫だから」
たしかに、そのねずみは小さいながらもなにか不思議なオーラのようなものを纏っており、ふつうのねずみではなかった。だいたい普通のねずみは喋らない。
「三太、雪舟って知ってるか?」
白沢先生が聞いた。
「なんか聞いてことがあるかも。確かあかりの部屋にあった美術教科書に載っていたお坊さん? いや画家の人でしたっけ? 子供の頃、修行先のお寺で修業せずに絵ばっかりかいてるから和尚さんに怒られて、お堂の柱に紐で縛り付けられたときに、自分の涙を絵具代わりに足でねずみを描いたとかだったかにゃ」
「そのねずみさんだよ」
「ええ? あれって作り話じゃなかったんですかにゃ?」
「世間的にはそう言われているが、実際に本人が目の前にいるからねえ」
そのねずみはちょっと得意げにこっちを見ている。
「なんせ、天才画家がお坊さんの修行をしているときに書いた絵だからね。その時の涙の効果も相まって、こうして霊力を持ったねずみが生まれたというわけだ」
「ま、昔の話さね」
とねずみが言うが確かにその話はもう六百年程前の話のはずだから、このねずみも六百歳ぐらいと言うことになる。
「まあ、今日は日曜だし三太も来ると思っていたから、他の日にしてもらいたかったんだが、どうしても早く相談したいって言われてね」
「何の相談ですにゃ?」
「それは、俺っちが話すよ。実は今はねずみの姿をしてるけど、普段は人間の姿に化けていてね。人間の姿をしているときの仕事は噺家なんだ」
「それはまた突飛な話ですにゃ、いつから人間の姿に?」
「雪舟禅師によって描かれた絵、つまり俺っちはお寺の和尚に拭き取られたが、既に命を授かっていたから本質的には消えなかった。しばらくは霊体のようにお寺の中を彷徨っていたが、十年経ち二十年経ち、百年がたった頃、生きたねずみとして実体化したんだ。それから何百年もお経を聞きながら過ごしているとだんだん不思議な力が身についてきたのさ」
「へ~すごいですにゃ」
三太が相槌をうつとねずみは恥ずかしそうにして、
「白沢先生に聞いたところでは、お前さんは三十年足らずで人間の姿に化けられるようになったらしいじゃないか、俺は三百年以上かかったんだから大したことないよ」
「君は元々が生命体じゃない人の涙から生まれたものだからね。それを考えたら立派はものだよ」
白沢先生がフォローする。
「ありがとうございます。まあ、そんなこんなで五百年もたったころお経を聞くのも飽きて来て俺はお寺を出ることにした。そうすると街中に寄席と言うのがあって、そこで落語というのをやってたんだ。俺っちはねずみだから勝手に出入りするのも容易で、毎日聞きに行ってたんだ」
「それで、噺家になりたいと思ったんですかにゃ?」
「そういう事だ。それから最初は岡山で十五歳くらいの人間に化けて落語家の師匠に弟子入りして落語家になったという訳さ」
「それから百年続けてる大ベテランだ」
白沢先生が補足する。
「そんな長寿の落語家がいたらニュースになりそうなもんですがにゃ」
「そこはさすがに定期的に姿を変えてやり直すさ。ほら俺っちは本体がねずみなもんで、役所でも厚生労働省でも忍び込み放題だからまあ、戸籍だの身分の証明書だのはどうとでもなるんだよ」
「おお、すごいにゃ、スパイみたいにゃ」
終らない話に白沢先生が割って入る。
「まあ、自己紹介はその辺にして本題に入ろうじゃないか。なんでも弟子のことで相談があるって?」
「ええ、そうなんです」
このねずみは現在は東京で芸歴三十年の師匠と言う立場で落語界にいる。名前は宙々亭雪平、「ちゅーちゅーてい」とも呼べるところがミソらしく、雪平はもちろん雪舟から一文字もらった名前だ。
「俺っちの八番目の弟子に雪八ってのがいるんですが、こいつがどうもいけねえ」
「というと?」
前座の頃は筋がよく客にも受けていたんですが、昨年二つ目に上がってからは高座に出ても終始緊張でまったく落ち着きがないもんだから、話はとちるし間は悪いしでさんざんなんでさあ」
白沢先生と三太は「ふんふん」と相槌を打ちながら話を聞いている。
ちなみに二つ目と言うのは噺家の階級制度で、デビューしたては前座といい見習い中の身分、その次が二つ目で見習いを卒業して落語に集中できる環境になる、そして最後が真打となっていて、落語界のトリ、つまり最後の出番を飾れるようになるのだ。
「そんな感じなもんで、いよいよ高座に上げてくれる寄席も無くなってきてね、俺っちもこのままこの仕事を続けるよりは他の仕事を探した方がいいんじゃないか、と考えるようになったきてましてね」
雪平師匠は小さな両手を体の前で組みながら言う。
「まあ、落語家が高座に上がれないんじゃ話にならないね」
白沢先生はにべもない
「でも、結構繊細な奴だからどうやって伝えたらよいかと悩んじまって、白沢先生にお知恵を借りに来たという訳で」
「才能が無いからやめなって言うのが本当は一番親切なんだけどね。まあ、師匠の気持ちもわからんでもない。長年人というものを見てきた師匠だから、言い方を間違えるとその人の人生にかかわることをわかってるんだね」
「ええ」
そういって、雪平師匠はうつむく。
白沢先生はしばし目をつむって考えている。やることがない三太は明日の日替わりサラダのことを考えている。昨日は人参のドレッシングで一昨日はバジルのドレッシング、たまにはストレートにフレンチドレッシングでもいいかにゃ、でもなんか手抜きみたいに思われるのも嫌だにゃあ、とか考えていると、
白沢先生が目を開いて話し出した。
「やっぱり落語は粋でないといけないから、やんわり本人に伝わるように落語で伝えるのはどうかな」
「というと?」
「雪八さんは高座に上がるとき扇子をもって上がるだろう? しばらく、扇子なしで落語をやらせてみてはどうかな」
「ええ、でも今アイツが持っている扇子は二つ目の昇進祝いに俺っちが贈った扇子で、雪八もたいそう大事にしているんですが」
「つまりだね、扇子を持たせない、扇子がない、センスが無い、遠回しに伝えるんだ、まがりなりにも噺家なんだから、それくらい気が付くだろう?」
「気づきますかにゃ? というか落語と言うよりダジャレじゃにゃい?」
三太の言葉を白沢先生が無視する中、雪平師匠はしばし考えていたが、
「いやそういうのもまあ、噺家の素養の内だからいいかもしれませんね、自分で悟って辞めていく可能性はあります」
「そのお弟子さんって他に仕事はできそうなの?」
白沢先生が聞くと、雪平師匠は口惜しそうな表情を浮かべ、
「そいつは一応国立大学出ていてね、そう言うちょっと変わったところも気に入って弟子にしたんだが……」
「見込みのない道を諦め指すのも愛情だよ」
結局、雪平師匠は白沢先生の案をやってみることとした。
続く




