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第七話 なにわ家 梅吉・さくら

挿絵(By みてみん)

 からんからん♪ と入口のベルが鳴る。 

「邪魔すんで~」

「邪魔するんやったら帰って~」

「あいよ~……ってなんでやねん! ワシやがな! おじいちゃんやで!」


 大阪から祖父母が来たときの鉄板のやり取りである。今日祖父母が来ることは電話で聞いていたので合いの手を入れるあかりにも心の準備は出来ていた。三日前おじいちゃんから電話があって「最近体の調子がええから東京に遊びに行くわ~」とのことだった。

 祖父母、つまり父の両親は病弱なくせにやたら明るいコテコテの大阪人であった。そもそも二人が結婚したきっかけは大阪で漫才コンビを組んでいたことであり、いわゆる夫婦漫才というのをやっていた。

 おかげで二人ともやたらとお笑いに厳しい。お笑いに厳しいだけなら.よいのだが日常会話にもツッコミやボケを求めてくるところが厄介であった。


「いや~あかりちゃんが店をやるて聞いたときはえらい心配したけど、立派にやっとんなあ。これやったら来年にはミシュランから干し柿もらえるんちゃうか?」

「あんた、干し柿もろてどないすんの? 星やがな。お・ほ・し・さ・ま!」

「何を『お・も・て・な・し!』みたいゆうてんねん。それにに干柿の方が食えるからええやないか。ちがうか!」

 突然始まった夫婦漫才に店のお客がなんだなんだと祖父母の方を見る。

「ちょっとおじいちゃん、おばあちゃん。漫才やるのはいいけど、他にもお客さんいるんだからもう少しボリューム抑えてよ」

 まだ席にもついてないのにアクセルを踏む祖父母をあかりがたしなめる。

「せやかて、声張らなお客さんに聞こえへんがな」

 おじいちゃんが口をとがらせる。

「聞こえなくていいのよ、喫茶店なんだから、さ、こっち座って」

「ほんまやでお父さん、東京の喫茶店やから大声出したら迷惑やがな」

 大阪でも迷惑だと思うけどにゃ。と思いながら三太が水を持ってくる。


「おう。三太君、久し振り。あかりと仲良うしとるか?」

「まあまあですにゃ」

 三太はにっこり笑う。

 祖父母は三太が猫叉だということを知らない。葬儀のときも三太はあかりの友人として人間に化けて受付をしていたので、祖父母からするとそのときが初対面だ。

 その後店を開く際も当初、祖父母はあかりを心配して、一緒に大阪で住もうと熱心に誘ってくれていたが、三太がシェフとして一緒にやるということで最終的には認めてくれた経緯もある。なんだか三太と祖父母は不思議と気が合うようだ。

「それにしても、二人ともまだちょっと肌寒いのに遠出して体は大丈夫なの?」

 騒がしくて元気そうな二人だが、今年七十五歳になるおじいちゃんは高血圧と痛風等、同じ歳のおばあちゃんは糖尿病に肺の病気等々。いわゆる病気のデパートで、具合の悪い日は一日中家にこもっている。父の葬式のときもだいぶ体調は悪かったようだ。この家系で健康なのは私だけだなとあかりは思った。その点だけは丈夫に産んでくれた母親に感謝だ。


「ああ、だいぶぬくうなってきたし、最近は調子がようてな。あかりはなかなか大阪には来られへんよって、こういうときに顔見とかんと、わしらもいつぽっくり行くかわからんからな」

「また縁起でもないこと言う。それだけ饒舌なんだからまだまだ大丈夫よ。それで、何か飲む? ケーキもあるよ」

「それが、お昼を駅でなんか食おうと思ったけど食いそびれてもうて、昼めし食うてないんや。ここで食べてええか?」

 時間は午後二時を回ったところであった。

「もちろんいいわよ。またネコロンチーノでいい?」

「おお、それそれ頼むわ、お母さんもそれでええな」

「もちろんや、三太君が作るネコロンチーノはうまいさかいな。なにより名前がええなあ、ユニークや」

「さすが、お笑いの本場の方はわかってらっしゃるにゃ」

 三太は満足そうにうなずいて厨房に戻って行った。

「ちょっと褒めると調子に乗るから、あんまり適当なこと言わないでよ」

「なんでや? おもろいやないか。メニューの名前一つにもユーモアを忘れんっちゅうのはええことやで」

 おじいちゃんは水を半分飲み、ふーっと息を吐く。

「そうやわ、何をするにもおもろい風に考えるんが幸せの秘訣やで」


 おばあちゃんも同調する。そういえばまだお父さん生きていたときにも年に数回はレストランにしていたが、いつも「なんやメニューの名前がおもろないなあ」とか言っていたのをあかりは思い出した。お父さんは祖父母と違い冗談もめったに言わない真面目な性格だったので伝統的なイタリア料理の名前をそのまま出していた。

 一度カルパッチョをおじいちゃんに出したときは「この料理全然軽くないでしっかりした味や。これやったら軽パッチョやのうて重パッチョでええがな」とか言っていた。

 お父さんが反応に困る中、店の二階で聞いていた三太だけは「流石お笑いの本場で育った方だにゃ。ただもんじゃないにゃ」と言って妙に感心していた記憶がある。

 そんな祖父母と久し振りに会えて嬉しい三太は上機嫌でネコロンチーノを作り始めた。

 しかし今でこそ祖父母と三太はよい関係だが、元々普通の猫時代の三太と祖父母はほとんど接点がなかった。それと言うのも祖父母は猫アレルギーも持っていたからだ。まあ病気のデパートの祖父母にとってはそんなの病気のうちに入らないかもしれないが。

 なので本人達はさほど気にしていなかったが、あかりの父親は万全を期して三太を祖父母には近づけなかった。そういう訳で三太にとっても葬儀の受付で人間の姿で会ったのが最初の接触だった。ただ、人間に化けていれば猫アレルギーは発動しないのか、その辺は謎である。

 三太がネコロンチーノを作っている間にお昼を食べていたお客たちも帰って行き、店内は祖父母とあかりと三太の四人になっていた。


「はい、おまちどうさま。ネコロンチーノね」

 あかりがネコロンチーノを二人分持ってきた。今日の付け合わせのサラダは若人参のサラダだ。間引きした若いニンジンは小さくて葉から根っこまで柔らかく食べられる。

「おお、来た来た。でもわしら猫アレルギーやけどネコロンチーノ食べても大丈夫かいな」

「お父さん、名前に猫がついとっても関係ないやん、そんなんゆうたら町内会長の猫田さんに会うたびにじんましん出てまうわ」

「わし出るかもしれんで、あいつ嫌いやから」

「それは別のアレルギーやわ」

 猫が作ってるのも多分アレルギーには関係ないだろうにゃ、と三太は思いつつ、厨房から祖父母を眺めていた。

「ほな冷めんうちにいただこか。いただきます」

「いただきます」

 祖父母は丁寧に両手を合わせ軽く目を閉じる。

 あかりも三太も祖父母のこの動作は大好きだ。お父さんも同じようにしていたので自然とあかりも真似するようになっていた。

「いただきます。は肉や魚、野菜等材料の命をいただくことへの感謝はもちろん、生命をはぐくむ地球や生産者、流通業者、料理人など自分に食べ物を与えてくれる全てに対する感謝である」と父は言っていた、「だからこそ人は決して一人では生きられないんだ」とも。こういった父の教えはあかりの人格形成に大きな影響を与えていた。


 威勢のいい祖父母ではあるが基本的に体は弱いので、一口づつゆっくりとネコロンチーノを口に運び、よく噛んで食べていた。これも不思議なのだが、食事中だけは急に祖父母は静かになる。喋りながら食べるとせき込むのかもしれない。

 食べ物がゆっくりと食道を通るように慎重に食べ進めていること祖母を見ながら、これでも一応自分たちの体のことは気を使っているんだな、とあかりは思う。

 ネコロンチーノを全て胃に収め、まったりしているところに三太がノンカフェインのコーヒーを運んでくる。


「食後のコーヒーをお持ちしました。砂糖とミルクはお好みでどうぞにゃ」

「ありがとうな。三太君。しかし、いつもながら君はけったいな喋り方やな。東京で流行っとんのか?」

 おじいちゃんが首をかしげてあかりに聞く。

「そんなわけないでしょ。この人だけだよ。まあ、癖みたいなもんだから気にしないで」

「でもなんや猫みたいな喋り方やな。猫は喋らんけど」

 三太とあかりは苦笑いするしかなかった。

「まあまあ、そんなことはええやないのお父さん。そんなことより二人はいつ結婚するん?」

 おばあちゃんが唐突に切り出す。

「ちょっと! だから違うって言ってるでしょ。三太と私はそういう関係じゃないの。前にも言ったじゃない!」

 あかりは狼狽しながら全否定する。

「そうやったっけ?」

 おばあちゃんは、納得いかない様子だ。

「お前、そうゆうフェンスなところに無神経に突っ込んだらあかんがな」

「いやお父さんそれを言うならバリケードや! いやデリケートや! ややこしいボケしなさんな」

「どっちでもええがな。まあ、二人のことは二人に任せとこうや」

「まあ、そうやねえ。ついあかりのことが心配になってもうて」

「だか違うって言ってるでしょ! 三太からもなんか言ってよ」

「まあ、いよいよとなったら僕が引き取りますのでご安心ください」

 三太はしれっと言う。

「誰がそんなこと言えって言ってんの! いいかげんにしなさい!」

「おっ! ちゃんとオチが付いたがな。腕上げたな~」


 おじいちゃんはご満悦だ。そんな時間を過ごしているうちにお客が数人入ってきた。

 あ、ずいぶん長話してもうたな。いまからスカイツリーに行ってくるさかい。また夜は外でご飯食べようや。三太君も一緒にな」

 そう言って祖父母は出かける準備を始めた。あかりが奥に預かった荷物を取りに行った際、おじちゃんとおばあちゃんはそっと三太に近づき、真剣な顔で言った。

「わしらは、たぶんあと何年も生きられへんから、あかりの花嫁姿も見られへんやろと思う。三太君。あかりのことくれぐれも頼むで、あんたが頼りや」

 おじいちゃんとおばあちゃんはうっすらと目を潤ませ、三太の手を両手でやさしく握った。

「はい。おまかせ下さいにゃ」

 三太も真剣な顔で答えた。

 しかし結局このおじいちゃんとおばあちゃんは多くの持病を抱えながらも、この後夫婦ともに三十年近く生き、あかりどころかあかりの娘の花嫁姿まで見ることになるのだが、このときはまだ誰も想像してない未来。

                                  続く


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