第十二話 マッテオの相談(後編)
前回相談した次の週、マッテオは早速月曜日に喫茶ミケに来ていた。在宅勤務が多いらしく日中でも自分の裁量で自由に行動できるらしい。
コロナの時は仕事の仕方が変わり色々と大変だったが、「不便は発明の母」とはよく言ったもので、その時に確立された仕組みが仕事とプライベートの共存を可能にしていた。
今回はギャグの改善を意識してか、いつものギャグは発射せず、おかげであかりはイライラせず仕事が出来ていた。
「お知り合いの噺家と言うのは雪平さんの事だったんですね。私、彼の落語大好きです」
マッテオは顔を紅潮させ興奮気味に語る。
マッテオが来日したのは数か月前だが、元々学生時代は日本に留学していたので日本の文化にも詳しい。ダジャレが言える程日本語が堪能なのもこのためだ。
「つい最近知り合いを通じて顔見知りなったんだけどにゃ、でも実際に雪平師匠の落語を聞いたことはないんだにゃ」
「それはもったいない、今度是非一度寄席に行って聞いてみてください。彼の落語はなにか哀愁があるというか深みがあって心に染みます」
弟子の名前を付けるセンスはいまいちだけどにゃ、と三太は思いつつ、雪平師匠から貰ったアドバイスをマッテオに話し出した。
「まず、ギャグと言うのは間が大事だという事にゃ。こないだいつもの通り再現してもらった時には、さつきさんのすぐ後に入って来て言ってたような気がしたけどあってるかにゃ?」
マッテオ右手を頬にあてて少し考えてから答える。
「そうですね、一秒後くらいに入ってました」
「雪平師匠が言うには少しタメがあった方が良いと、さつきさんが入ってから五秒くらい待ってから入った方がいいんじゃないかと言ってたにゃ」
「それはなぜですか?」
「さつきさんに続いてすぐ入ってきたら、受け取る側が情報が渋滞するから一旦“さつきが来た”という情報を処理してからの方が聞き手の脳に余裕が出来るという事にゃ」
「おお、なんて素晴らしい分析だ、メモしなきゃ」
マッテオはスマートフォンを取り出しボイスでメモで熱心にメモを取り出した。それを他のテーブルの片づけをしながらあかりが冷ややかな視線を浴びせている。
「で、二つ目は顔にゃ」
「顔? 私の顔がなにか?」
マッテオは自分の顔をペタペタと触りながら困った顔をする。
「いや、顔の造形がどうのと言う事じゃなくて、表情にゃ。ふざけたことをいうときほど真面目な顔で言った方がギャップがあっていいということにゃ」
実際に雪平師匠の言ってたのは「イケメンがへらへらしながらダジャレ言って来たらちょっとイラっとするだろう? 一旦、へらへらするのやめてみたらどうだい?」と言う事だったが、ここは三太が少し気を使って言い換えている。
「なるほど~」
マッテオはまたうなずきながらボイスでメモを取る。「真面目な表情で言うこと」メモなのでイタリア語で喋ってもよさそうなものだが、なぜかマッテオは日本語で喋ってメモと取っている。きっと寝言も日本語で言うのではないかと三太は思う。
「で、三つ目が最後にして一番大事なことにゃ」
「お願いします」
三太はコホンと咳ばらいをし、うやうやしく話し始めた。
「いつも同じでは飽きられて当然です。決まりのギャグでも変化を付けることが大事でありますにゃ。この場合は『まってよ』にもう一つダジャレを被せて面白さの火力をあげるとよいということですにゃ」
マッテオは衝撃を受けたようで、難しい顔をしながら顎に手を当てて少し考え込むようなしぐさを見せた。
「どうだニャ?」
「それはすごく高度な技ですね。僕にできるかどうか……」
「要はもうひとつマッテオにかかった言葉を考えるにゃ」
マッテオがまた腕組みをして難しい顔で悩んでいる。
「しばらく考えてみます」
そう言って、店を後にした。
マッテオが帰った店ではあかりが不思議そうに
「なんであの人あんなにダジャレにこだわるんだろうね。顔はいいんだから普通にしてればちやほやされるんじゃない?」
「別にちやほやされるためにやってるわけじゃないと思うけどにゃ。彼なりの日本文化に対する敬意なんじゃないかにゃ」
「そうだとしたら絶対ダジャレ以外で敬意を示して欲しいわ」
あかりは今回は全然マッテオの相手をしていないのになぜか疲れた顔で言った。
そして三日後——
からんからん♪
喫茶ミケの入り口のベルが鳴ったが、誰も入ってこない。
五秒後——
真顔のマッテオが入って来た。
「さつきさーん、ちょっとマッテヨ! 僕はマッチョのマッテオだけどね!」
あかりは白目をむいていた。
続く




