第十一話 マッテオの相談(前編)
すっかり春らしくなった季節に店内ではお客さんも春らしいお召し物に衣替えをいているようだ。もうダウンを着ている人はどこにもいない。
こないだまでは飲み物もホットばかり出ていたが最近はアイスコーヒーやアイスティ―などもよく出るようになった。既に日中の気温は二十度の中盤にかかる程だ。
「かしこまりました。アイスオーレとパンケーキですね」
あかりがテーブル席の女性客二人の注文を取ってから厨房の三太に声をかける。
「聞こえた?」
「そりゃ聞こえたけど、面倒くさがらずにオーダー通すにゃ」
「え~、聞こえたんならいいじゃない」
「仕事放棄しちゃだめにゃ」
「はいはい、テーブル2番のお客さんアイスオーレとパンケーキね二つずつね」
「あいよ……って、ドリンクはあかりの仕事にゃ」
「ばれたか、なんかこんなにぽかぽかしてくると仕事やる気も無くなるわよねえ」
「仕事に関してやる気満々なところも見たこのないけどにゃ」
「なによお」
いつもの小競り合いが始まったその時、新しいお客さんが入って来た。そのお客さんは最近イタリアから日本人の奥さんの実家の近くに移住してきた人だ。コーヒーが好きなようでよく来てくれる。
「こんにちは。空いてるお席にどうぞ」
そのイタリア人はにこりと笑ってカウンターに腰かける。綺麗な金髪をしており、なかなかのイケメンだ。
「ご注文は?」
あかりは聞くと、そのイタリア人は決まり文句の様にこう言う。
「もうちょっとマッテヨ。僕はマッテオだけどね。ハハハ」
ああ、またわかってたのに振ってしまった。あかりそう思い肩を落とす。
「マッテオさんいっつもそういいますけど頼むものいつも決まってますよね?」
「おお、確かにそうね、ではいつも通りカプチーノお願いします。私はカプチーノのみてーのです」
全く時間の無駄だわ、と思わずため息が出そうになるあかりだがなんとか我慢する。あかりは厨房の奥の三太に苦虫を噛み潰したような顔で声をかける。
「三太。またダジャレイタリア人が来てるわよ」
「お客さんに変なあだ名付けるんじゃないにゃ。マッテオだろ?」
「いや~でもあの人の相手してると疲れるのよ」
「僕は気にならないにゃ」
「同類だからね」
皮肉を込めたあかりの言葉も三太には通じない。
「まあ確かに僕もイケメンだからにゃ」
三太は顎に手を当ててにやりと笑う。それを見てまたイラっとするあかりだった。
やがてマッテオは優雅にカプチーノを飲みながら、しばらく本を読んでいたがふと手を止め深いため息をついた。
「なんかダジャレイタリア人がわざとらしくため息ついてるわよ。また何か相談があるんじゃないの?」
あかりが三太に耳打ちする。
「だからそのをあだ名で呼ぶのやめにゃって、てゆうかマッテオって名前の方が短いのに何のためのあだ名なんだにゃ」
しかし確かにマッテオがああやって大仰なため息をつくときは、三太に声をかけて欲しいときだ。日本移り住んでまだ数か月、まだそれほど周りに溶け込んでいないであろうマッテオはなぜか三太によく相談事をする。
元はと言えばマッテオがいつも言う「ちょっとマッテヨ。僕はマッテオだけどね」という持ちギャグを初来店の時に三太が「面白いにゃ~」とか言ってマッテオを喜ばせたのがその原因だ。
マッテオはいたく感動し、それ以来店にもよく来るようになり、三太にも日本での生活についてよく相談をしていた。
「じゃ、しょうがないから、行ってくるかにゃ」
「まんざらでもないくせに」
面倒くさそうにカウンターに向かう三太の背中を、あかりの声が追っかける。
「チャオ、どうしたマッテオそんなため息ついて」
マッテオは待ってましたと本を置き、三太に笑顔を向ける。金髪でほりの深いマッテオが笑うとちょっとした映画スターの様だ。
これだけイケメンなのだからあかりも多少のダジャレくらい笑顔で許しそうなのだが彼に対してはかなり手厳しい、あまりタイプではないようだ。
「チャオ、三太、実は少し相談に乗ってほしいことがあってね」
ほら来たとばかり三太はカウンターの中の休憩用の小さな椅子を出して、マッテオの正面に座る。
マッテオは憂いの表情を浮かべながら重いトーンで話し始めた。
「実は僕のギャグが義理の母にウケが悪くてね」
「ほう、あの『ちょっとマッテヨ~』ってやつかにゃ?」
「そうなんだ」
テーブル席の食器をかたずけながら聞いていたあかりは、そもそもそれいつどこでウケたんだよ! と心の声が漏れそうになっていた。
「うーんおかしいにゃ、面白いのににゃ」
おかしいのはお前達の笑いのセンスだ! (あかりの心の声)。
「ちょっといつもやってるように言ってみてにゃ」
さっき聞いたわ!(あかりの心の声)
「いつもは、ドアを開けながら妻のさつきの後を追いかけるふりをして言うんだ。ちょっとドアから入ってみるね」
マッテオはそう言っていったん店を出る。
いいかげんにしろ! (あかりの心の声)
マッテオは外からドアを開けて入ってくると同時に言う。
「さつきさーん、ちょっとマッテヨ! 僕はマッテオだけどね!」
うるさい!(あかりの心の声)
「うーん、声の大きさもタイミングもばっちりだけどにゃ」
「やっぱりそうですよね、おかしいなあ」
……(あかりの心の声ついにあきれて沈黙する)
「知り合いに噺家の師匠がいるから一度聞いてみるにゃ。また来週あたり来た時にでもアドバイスを伝えるにゃ」
「おお、噺家! 素晴らしい! ぜひお願いします」
そうしてマッテオはまた来週結果を聞きに来ることとなった。
続く




