第八話「一杯のお茶」
「……ところで、茶神様」
エルフが俺の手元を覗き込んだ。
「何だ?」
「先ほどのお茶ですが」
「ああ。飲みたいのか?」
「そうではありません!」
エルフは少し考えてから尋ねた。
「茶神様は、お茶をご存じなのですよね?」
「そりゃあな。毎日飲んでたし」
「毎日……?」
エルフが目を丸くした。
「お茶を毎日飲むのですか?」
「え? 普通だろ?」
「普通……」
エルフは何かを考え込んでいる。
「私たちエルフの間でも、お茶を知る者は多くありません。まして、実際に飲んだことがある者となると……」
「そんなに珍しいのか」
「はい。私も、実物を見るのは久しぶりです」
「でも、さっき香りを嗅いで驚いてたじゃないか」
「香りだけは、古くから伝わっていますから」
「へえ」
俺は茶葉の入った袋を見た。
「じゃあ、エルフにとってお茶って何なんだ?」
「……難しい質問ですね」
エルフは少し考えた。
「大切なもの、でしょうか」
「ずいぶん曖昧だな」
「私たちの伝承では、お茶は心を静めるものとされています」
「薬みたいなものか?」
「いいえ。病を治すものではありません」
「じゃあ、何に使うんだ?」
「ただ、飲むのです」
「……それだけ?」
「それだけです」
俺は思わず笑った。
「なんだ。俺の知ってるお茶と同じじゃないか」
エルフは不思議そうに俺を見た。
「同じ……なのですか?」
「そうだよ。お茶ってのは、飲むために淹れるんだから」
そのとき、門番が口を挟んだ。
「おい。いつまでそこで話しているつもりだ?」
「すみません。もう少しだけ」
「まだ何かあるのか?」
俺は茶道具を見た。
「もう一杯、淹れようと思って」
「まだ飲むのか!?」
「せっかくだしな」
俺は水を用意し、茶葉を選んだ。
「茶葉鑑定……」
茶葉の状態を確かめる。
「湯温調整……」
湯を注ぐ。
「抽出時間操作……」
少し待つ。
やがて、一杯のお茶ができた。
俺はエルフに差し出した。
「飲んでみる?」
「よろしいのですか?」
「もちろん」
エルフは両手でカップを受け取った。
そして、一口。
「……」
「どうだ?」
「不思議です」
「何が?」
「同じ茶葉なのに、先ほどとは違う味がします」
「そりゃあ、淹れ方を少し変えたからな」
「淹れ方……」
エルフはカップを見つめた。
「お茶は、ただ茶葉を湯に入れればよいのではないのですね」
「まあ、そういうことだな」
俺は自分のカップにも口をつけた。
うん。悪くない。
そのときだった。
コツン。
荷車の卵が鳴った。
「またか」
エルフが卵を振り返る。
「……茶神様」
「ん?」
「この子も、お茶を飲みたいのでしょうか?」
「さあな。飲めるのかどうかも分からないし」
コツン。
「……」
「……」
エルフが真剣な顔で卵を見つめた。
「茶神様。もしかすると、この子にとってもお茶は大切なものなのかもしれません」
「そうか?」
俺はカップを置いた。
「生まれてから考えればいいんじゃないか」
「……そうですね」
門番が大きなため息をついた。
「お前たち、いつになったら街に入るんだ……」
「もう少ししたら」
「本当に頼むぞ……」




